海に続く道
とある夏の週末、トウルとリーファは朝から列車に揺られていた。
中央の開発局に星海列車を止めて、そこから普通の蒸気機関車に乗り換えている。
今度の旅はちょっと奮発して、客車を一等車で取ったトウルはリーファと個室で二人きりになっていた。
「海まだかなー」
「もうちょっとかかるな」
「どれくらいー?」
「んー、八時間ぐらいかな」
「へー、海って遠いんだねー」
リーファの故郷であるトケタケラ村につく頃には、日が沈みかけている時間だろう。
海が赤いと驚かれそうだが、途中の乗り換えで、海の見える線路を走るため、そこで青い海は見せることが出来そうだ。
ただ、それまでは畑の広がる平原と林と民家ぐらいしかない。
「目覚ましはあるから、乗り換えの駅まで寝てても大丈夫だぞ?」
「ううん、覚えておきたいんだ。リーファの生まれた場所までの道。それでね。みんなに言うんだ。リーファはこんなに大きくなったよって」
「そっか。それじゃ、俺も一緒に起きていようかな」
「えへへ。お父さんの膝に座っても良い?」
「うん。いいよ」
トウルが手を広げるとリーファが全身でもたれかかってきた。
遠慮無く飛び込んでくる様子と言い、おどおどした感じはなく楽しそうに聞いてくる様子と言い、久しぶりの二人旅をリーファは楽しんでくれているようだった。
そんなリーファを見ていたら、トウルの眠気も吹き飛んだ。
そうして、列車で揺られること数時間、野を越え山を越え、いくつもの駅を超えて、トウル達の乗る列車は、トンネルを抜けて大きな港町に到着した。
視界が開けた途端現れたのは白い街並と、雲一つ無い真っ青な空と海だった。
「うわぁぁ! すごい! 水がいっぱいだ! あっ! おっきなお船が浮かんでる! 見たことの無い白い鳥さんもいるよ!」
「あはは。大興奮だな。これが海だ」
「これが海なんだー……。すごいねお父さん!」
「あぁ、この海の向こうには沢山の国があって、外国の物もこの街で受け取って、中央に列車で運ぶんだ。あの船のどれかは師匠が修理したやつだと思うぞ」
「へーっ! そっかー。この先に違う国があるんだー。すごいねお父さん!」
「あぁ、そうだな」
海を見たリーファは列車の窓に張り付いてはしゃいでいる。
涼しげな白いワンピースのスカートがひらひらと舞い、銀色の髪が踊っている。
「次の駅で乗り換えたら、もうすぐ目的地だよ」
「えへへ。おかしいなぁ。何でだろう。リーファ、初めて見るはずなのに、ずーっと昔に見た気がしちゃった」
リーファが照れ笑いをしながら、トウルに思ったことを伝えてくる。
その理由をトウルは知っていた。
彼女の中に眠る、前世とも言えるマリヤの記憶の欠片のせいだろう。
「リーファ。今、リーファが見た景色はリーファだけのものだよ」
「お父さん?」
「この先見る物で感じるリーファの気持ちも、思ったことも全部リーファの物だ」
「良く分かんないや」
トウルの言葉の意図を理解出来ないらしいリーファの頭を、トウルは優しくなで回した。
言葉で言わなくても、リーファは賢い子だ。
自分で勝手に理解するだろう。でも、トウルはあえて言葉で伝えることにした。
「俺がリーファのお父さんになる前に、リーファには一人のお父さんと二人のお母さんがいたんだ」
「お母さんが二人いたの?」
「あぁ、リーファを生んでくれたお母さんと、リーファを生き返らせたお母さん。リーファの中にはな。リーファを生き返らせてくれたお母さんの思い出が残ってるんだ。それと、その銀色の髪の毛も、リーファを生き返らせてくれたお母さんからの贈り物なんだよ」
「あ! 夢で見たお母さんも銀の髪の毛だったよ?」
「うん。俺達はまずそのお母さんに会いに行こう。リーファの二人目のお母さん。マリヤさんに。もう亡くなってるけど、きっとリーファの顔を見たがってる」
「マリヤ……リーファのお母さんの名前……。そっかマリヤって言うんだお母さん」
リーファがマリヤの名前を口にすると、彼女の青い瞳から大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
声をあげずに泣き始めてしまったリーファは、不思議そうに自分の涙を腕でぬぐっていた。
「あれ……おかしいな。なんでリーファ涙が出てるの?」
「リーファ。おいで」
「お父さん……なんでリーファ泣いてるんだろ? 悲しくなんてないよ。寂しくないよ。お母さんの名前が分かっただけなのに、涙が止まってくれないの」
「うん。泣きたい時は泣いて良い。リーファはずっと知りたかったんだ。自分が誰なのか。それが分かって嬉しかったんじゃないかな?」
トウルがリーファを抱きしめると、リーファはトウルの胸の中で小さく震え始めた。
「リーファのお母さんはリーファのこと好きだったのかな」
「あぁ、大好きだったぞ。俺と同じか少し負けるくらいだけどな。俺が一番リーファのこと好きだからさ」
「えへへ」
「それに最初のお母さんも、ちゃんとリーファのことを愛してた。だから、今こうやってリーファは生きている。みんなリーファが大好きなんだよ」
「えへへ。そっか。そうなんだ。えへへ。リーファ、生まれてよかったんだね」
太陽に負けないほどの明るい笑顔をリーファがトウルに向けた。
リーファの言葉をトウルは受け止めて、よりリーファを強く抱きしめた。
「生まれて来てくれて、生き返ってくれて、俺を好きになってくれてありがとう。リーファ」
「えへへ。苦しいよお父さん」
「俺はさ。リーファが望むのなら、リーファが生みの親と暮らしても良いって思ってる。でも、俺はこの先もずっと一緒にいたいんだ。リーファの進む未来を見守り続けたい。リーファ、これは俺のワガママだ。だから、返事はすぐにしなくていい。リーファが自分の目で見て、自分の心で感じた答えを、後でくれれば良いから」
「お父さんはやっぱり優しいね。ありがと。大好きだよ」
そして気付けばリーファがトウルの頭をなでている。
立場が入れ替わってしまって少し情けなさを感じるトウルだったが、リーファの暖かく小さな手が頭に触れる感触がとても気持ちよかった。




