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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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トウルと師匠

 トウルの実家から歩いて十分程度、庭に色々な植物が生えている一軒家の前にトウルは立っていた。

 大きな煙突屋根が特徴的な二階建ての家は全く様子が変わっていなかった。


「ここ、お父さんが錬金術勉強した工房?」

「あぁ、俺はここで錬金術を勉強してたんだ。確か今日辺り帰ってくるはず」


 トウルが扉をノックすると、中から渋い男性の声が返ってきた。


「開いてるぞ。勝手に入れー」

「お久しぶりです。ガンレイヴ師匠」

「あん? おう、トウルじゃないか。この前の公募のキッチンポット。良い仕事してたじゃねぇか! ったく、人が出張している間に色々面白いことしていきやがって」


 歳は四十前半で、白髪の交じったグレーヘア、紫煙を吐き出すパイプを咥え、眼光鋭い瞳の上に眼鏡をかけている。

 服装は灰色のコートと長ズボンを着て、腰のベルトには剣がぶらさがっている。

 動物で例えるのなら、でかいクマみたいな人だ。

 ガンレイヴ師匠はトウル達のところにゆっくり歩いてくると、ガキ大将のようなふてぶてしい笑顔を見せた。


「師匠の方こそ、出張お疲れ様でした。港町の船を直していたとかで」

「あぁ、まぁ、軽い仕事なんだけど、数が多くてな。ちょいとばかし時間がかかった。って、ところでそのちっこいガキと、黒い嬢ちゃんは何者だ? 客って訳じゃなさそうだが?」

「今日はこの二人を紹介しに来たんです。えっと、こちらの小さい子が俺の娘で弟子のリーファ。で、こっちの黒い服を着ている子が俺の親友で魔法使いのミスティラです」

「うん? 娘の弟子に親友だとっ!? くっ! はっはっは! トウル、お前冗談が上手くなったな! 学校行っても無愛想で天涯孤独みたいなお前が娘に親友? 嫁さんがいないのは愛想尽かされて逃げられたか?」


 ガングレイヴ師匠はパイプを片手に腹を抱えて愉快に笑っている。


「いや、冗談でも嘘でもなくて」

「分ぁってる分ぁってる。お前が嘘苦手なのは知ってるさ。いやー、でもお前が弟子を取った上に娘か! 周りの奴は頭が悪くてつまらない。俺は一人で良いって言ってたお前がなぁ?」

「うぐっ……。そんなことも言っていましたね……」


 師匠はパイプを机の上に置くと、苦笑いしていたトウルの頭を人差し指で小突いてきた。


「良い顔。出来るようになったじゃねぇか。学校では学べなかったみたいだが、村で人を学べたみたいだな?」

「はい。おかげさまで」

「うっしっ。んじゃ、俺も自己紹介すっかな。見ての通りトウルの師匠をやってたガングレイヴだ。泣きベソも小憎たらしいどや顔も全部見てきたぜ。こいつの恥ずかしい昔話ならいくらでもしてやるよ」


 パイプを咥え直したガングレイヴが威勢の良い笑顔とともに自己紹介をした。

 トウルの言葉をほとんど聞かずに喋る師匠の勢いと、ぶっ飛んだ内容にトウルは苦笑いが止まらなかった。

 それでも、ここがトウルの錬金術師としての原点なのは変わらない。


「初めまして。がーさん。リーファはリーファなの。冬に弟子にしてもらって、公開公募の後、とーさんにお父さんになってもらったの。えっと、養子ってやつなの」


 リーファがトウルの前に出て自己紹介すると、ガングレイヴ師匠はかがんでリーファと視線を合わせてから返事を返した。


「あん? そうか。公開公募で養子か。そーいうことか。別にトウルが奥さんに逃げられたって訳じゃないのかっ! そいつは良かった! で、どうだ? こいつはちゃんと師匠やってるか?」

「うん。お父さんが色々教えてくれるから錬金術楽しいよ。それとね、お父さんはむしろ追っかけられてる方なのー。みんなお父さんが大好きなの」

「ほほぅ。そこは是非とも詳しく詳細に聞きたいねぇ。あのトウルに追っかけたぁ、世の中どうなるかわからんもんだな!」


 しゃがんだガングレイヴが意地悪な笑顔をトウルに向けてくる。

 このトウルを玩具のようにするガングレイヴの性格は、微塵も変わっていなかった。

 ただ、今のトウルはそれが彼なりの弟子に対する愛情表現だということも分かっていた。


「俺達は錬金術師ですよ? なんだって必要があれば変えて見せます」

「ククク。そうだな。お前は一応国家最高位の錬金術師だしな。言うようになったじゃねぇか。んで、こっちの黒い子は親友だったか?」


 ガングレイヴ師匠は次にミスティラの前に立つと、顎に手をあてて品定めするかのようにミスティラの顔を見た。


「初めまして。魔法使いで保安員をやっております。ミスティラです。ガングレイヴ様」

「ほぉ、道理で魔女っぽい服装な訳だな。ただの仮装少女じゃないか。だが、仮装じゃないにせよ服は錬金術で作ってある。トウルの癖があるな。こいつに作ってもらったのか?」

「あら、さすがお師匠様ですわね。まさにその通りですわ」

「ま、こいつに仕込んだのは俺だからな。俺の癖が残りつつ、違う癖が足されたとあればトウルぐらいだよ。ってことぁあれか。あんたが――」

「えぇ、そのトウル様の追っかけの一人です」


 ガングレイヴに物怖じすること無く、堂々とミスティラは笑顔で言い切った。

 ガングレイヴもこの反応は予想していなかったのか、一瞬きょとんとしてから爆笑し始めた。


「ははっ! わはははは! 良い性格してるぜお嬢ちゃん!」

「お褒めにあずかり光栄です」


 ガングレイヴの拍手付きの称賛に、ミスティラはスカートの端をつまみ上げながらお辞儀した。


「良いね良いねぇ。良いダチが出来たなトウル」

「はい。おかげさまで」


 よっぽどトウルに友達が出来たのが嬉しいのか、ガングレイヴは豪快な笑顔でトウルの前に戻ってきた。

 師匠はトウルの前に立つと、笑顔でトウルの額をつついてきた。

 子供の頃から、機嫌がよくなると人を小突く癖も全く変わっていない。


「よし。久しぶりにお前の腕を見てやる」

「はは。そう来ると思っていましたよ。そのパイプ。俺が作ります」

「あぁ、それで良い」


 トウルが師匠からペンと紙を受け取ると、ミスティラとリーファに頭を下げた。


「悪い。ちょっと今から仕事してくる」


 こうなることが分かっていたけど、どうしても見て貰いたかった。

 そんなトウルの謝罪にミスティラは笑顔で頷いてくれた。


「やってきてください。私はトウル様の師匠から、昔の恥ずかしいお話でも聞いているので」

「ははは……気を遣ってくれてありがと」


 彼女らしい気遣いにトウルは苦笑いする。

 気にせずやってこいという応援のはずなのに、後が怖い。


「リーファも一緒に作って良い?」

「うーん、そうだな。今のリーファなら出来るか。中の燻し錠剤薬を任せても良いか?」

「うん。レシピ教えてー」


 リーファはいつものようにねだると、ガングレイヴ師匠が眉をひそめてトウルに近づいて来た。


「ん? お前の弟子、もうそんな錬成が出来るのか? 俺の錠剤は三つの素材を重合する手順が面倒なやつだぞ」

「うちのリーファは賢いので」

「ほぉー? お前以上か。なるほど良い逸材を見つけたな」

「えぇ、もう村の工房の立派な錬金術師ですよ」


 師匠に弟子の自慢をするトウルは自信満々だった。

 そんなトウルの顔を見てガングレイヴは楽しそうにニヤニヤしている。


「楽しみにしてるぜ。んじゃ、ミスティラのお嬢ちゃん、茶でも飲みながら昔の恥ずかしい話しでも聞かせてやる。そこの椅子に座ってな」

「はーい」


 こうして、師匠の工房でトウルとリーファは親子揃って初めて錬金術を始めた。

 トウルが師匠のノートを広げて薬の作り方を探していると、リーファは腕を組んで何かを悩むようにトウルに質問してきた。


「でもさーお父さん。タバコって体に良くないよねー?」

「ん? あぁ、師匠は肺の病気でな。タバコじゃなくて薬なんだ。燻して薬効成分を気体にすることで吸いこんでるんだよ。タバコに見せかけてるのは、病気だって心配されたくないからなんだってさ。あぁ、見えて意外と照れ屋なんだ」

「なるほどー。そういうお薬もあるんだねー。そう言えば、全然煙り臭くないもんね。すごいお薬なんだ」


 リーファが納得したように頷くと、目を輝かせていた。


「お、あったあった。これだ。やれるか?」

「えっと、月夜光の花、竜の爪、千年樹の樹液。へぇー、何かすごいのばっかりだね。設計図は……うん。覚えたよ」

「うん、大丈夫。間違えてもちゃんと俺が一緒に見てるから」

「よーっし。がんばろっ。お父さん!」

「あぁ。師匠を驚かせてやろうぜ」


 二人は紙の上でペンを走らせると、一気に設計図の下書きを書き進めた。

 トウルはパイプの材料となる木材の錬成から始めた。


 火と煙に強く、雑に扱ってもそう簡単には折れない一級品を作るために、トウルは材料からこだわりを見せるつもりだった。

 基本材料はパイプの王様と呼ばれるブライヤという低木だ。


 まずは木材に難燃性のコーティングをして、ちょっとした輝きを足していく。

 そして、その木材をずっと持ち続けても疲れないように、強度を維持しながらも密度を下げて重さを減らしていく。


 パイプの形は歳をとった師匠に良く似合う、曲線を活かしたベンドとよばれるデザインにする。

 そして、火皿は真っ直ぐ垂直に、掃除がしやすく、薬を入れ安くを心がける。

 色は樹を活かした濃厚な茶色。口元は黒地のツートンカラーだ。

 渋い男に良く似合う。大人な雰囲気を目指したデザインで仕上げていく。


「よし。こんなもんだな。リーファはどうだ?」

「リーファもこんな感じー」

「うん、順番も計算式も間違っていない。これなら大丈夫そうだ」

「えへへ。お父さん嬉しそう」

「そうかな? いや、そうかもしれないな」

「リーファもお父さんにプレゼント作ったときは楽しかったよ」


 笑顔で言うリーファに、トウルは贈られた人形のことを思い出していた。

 そして、自分自身が両親に人形を贈った子供の時も、一緒に記憶の底から蘇ってくる。

 それに、ミスティラとクーデリアに物を贈った時も、同じようにワクワクして、ドキドキして、すごく楽しかった。


「そうだな。気持ちのこもったプレゼントを作るのは、やっぱり楽しいな」

「それじゃ、錬金術開始だね」

「あぁ、久しぶりに使うなぁ。懐かしい」


 カシマシキ村と同じで、ガングレイヴの工房には大小二つの錬金炉がある。

 昔、トウルが使っていた小さな錬金炉と師匠が使っていた大きな錬金炉だ。

 トウルの始まりの地で、トウルは大きい方を使い、娘のリーファが小さい方を使う。

 不思議な縁を感じつつ、トウルは材料を錬金炉に投入した。


「一緒にやろうぜ。リーファ」

「うん。それじゃ、せーのでやろ?」

「おっけー。せーの!」

「「錬金炉起動っ!」」


 親子で師弟の錬金術師の声が揃い、錬金炉に光が灯る。

 がたんと揺れる錬金炉の音はカシマシキ村とは僅かに違っていた。

 だが、トウルにとってはどこか懐かしい振動と響きだった。

 毎日のように聞いていた自分とともに成長した音に、トウルは数秒間目を閉じた。

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