初めての看病1
「おかしいな。製図でもしてるのか?」
さすがに遅すぎると思ったトウルは、錬金炉のある製図部屋へ行ったが、リーファの姿はもちろん無かった。
「って、俺じゃないんだから……。料理するならキッチンだよな」
忙しい時は錬成で食事を作っていた癖を思い出したトウルは、首を横に振って思考をリセットした。
「おーい。リーファ?」
「あ……とーさん?」
「って、リーファどうしたんだ!? 顔真っ赤だぞ!?」
トウルがキッチンの扉を開けると、椅子に座ったリーファが壁にもたれかかっているのが見えた。
リーファは顔を真っ赤にして苦しそうに息をしている。
「ごめん……なさい。ごはん……まだ」
「動くな寝てろ!」
「でも……私、役に立たないと……」
「何も言うな。動くなよ」
トウルは慌てて膝をつくと、右手をリーファの額に添えた。
自分の額と比べてもリーファの額はかなり熱い。
明らかに風邪を引いているようだ。
「とーさん……」
「喋るな。今ベッドに運んでやる」
トウルはぶっきらぼうに言い放ったが、内心では酷く動揺していた。
(何が原因で風邪を引いた? 雪合戦か? それとも錬金術の勉強で体力を使ったか? まさかずっと今まで調子が悪いのを隠していたのか? 待て。落ち着け俺。大人の俺が動揺してどうする)
トウルはお姫様抱っこでリーファを抱えると、急いで彼女の寝室へ連れて行った。
そして、ゆっくりベッドの上に彼女を降ろすと、急いで毛布をかけてやった。
「ごめんなさい」
「謝るな。それよりも、お腹は空いてないか?」
「大丈夫……。でも、とーさんのご飯を準備してない」
「リーファ。俺は大丈夫だ。錬金術師だぜ? 無い物は作れるさ」
なぜか食事にこだわるリーファに、トウルは精一杯胸をはって答えた。
すると、リーファは何故か毛布で口元を隠し、目だけでトウルを見上げた。
不安の色が映る瞳は風邪が悪化することを心配しているのだろうか。とトウルは予想した。
「……リーファ明日もここにいていい? ご飯作れなくても追い出されない?」
だが、リーファの不安はトウルの予想とは全く違っていた。
あまりにも意外で、子供らしくない回答に、トウルは少し困惑してしまう。
「何言ってるんだ当たり前だろ?」
「……気持ち悪くて何も食べたくないけど、喉がかわいたの」
「分かった。すぐ水を持ってくる。後、錬成した風邪薬もだ」
「……ありがとう。とーさん」
毛布を下げて口元を見せてくれたリーファは、弱々しく微笑みながらお礼を伝えてきた。
トウルはそのお礼に小さく頷くと、落ち着いたふりをしてゆっくり部屋から出て、扉を閉めた。
「ふぅ……とりあえずは薬だ」
階段を駆け下りて薬を探していたトウルは酷く慌てていた。
商品棚に並べられている薬の瓶を指さし、一つ一つ等級を確認し始めたのだ。
「薬は最高ランクのA級を。って、俺が作ったんだ全部A級に決まっているだろ!」
自分にノリツッコミを入れたトウルは、水をコップに入れて薬と一緒にリーファの寝室に持っていった。
「リーファ。起こすぞ」
トウルはリーファのベッドに腰掛けると、彼女の背中を手で支えながら抱き起こした。
「ちょっと苦いかも知れないが、我慢して飲んでくれ」
「……うん」
瓶に入った薬をリーファはゆっくり飲み込むと、小さく咳をした。
「大丈夫かっ!?」
「大丈夫だよ。えへへ。とーさんは心配性だね」
「いや、そんなんじゃ……ただ、俺に移らないか心配なだけで……。って、あぁっ! 俺のことはいい。ほら、水も持ってきた。ゆっくり飲め」
「……ごめんなさい。迷惑かけて」
「そんなことないぞ。うん、俺は錬金術師だからな。これぐらいどうってことない。風邪も俺の作った薬ですぐ治るさ。ほら、とりあえず、寝てろ。な?」
「うん」
トウルはリーファを横にすると、濡れタオルを作るために部屋を後にした。
「頭が熱い。なら冷やすための濡れタオルの錬金術式は……って何を考えてるんだ俺は。普通にタオルを濡らせば良いだろう……」
こんな時に職業病を発症させてどうする。落ち着け。とトウルは自分に言い聞かせると、大きく深呼吸をした。
先ほどからどうにも自分らしくない。
気合いを入れ直したトウルは、冷たい濡れタオルを持ってリーファの部屋にもう一度入った。
タオルをのせる前に、もう一度リーファの額に手をのせるが、熱は下がっていない。
咳もしていて苦しそうに見える。
(薬が効いていないのか? 馬鹿な。俺の作ったA級風邪薬だぞ? 付加効果だって体力回復や毒抵抗をつけたはずだ)
リーファについて知っている人間の心当たりは、一人しかないない。
あの人物ならリーファの風邪をよくする手がかりを持っているはずだと、トウルは外に出る覚悟をした。
「リーファ。もう少し待ってろよ」
トウルは濡れタオルをリーファの額の上に置くと、コートを着込んで工房の外に飛び出した。
外は日が暮れていて、雪が降るほど冷え込んでいる。
それでもトウルは構わず夜の道を走り出した。
向かう先は村長の家だ。
走ること五分程度でトウルは村長の家に辿り着いた。
「村長! 俺だ錬金術師のトウルだ!」
「おー、これはこれはトウル様。こんな雪の降る夜にどうかしましたか?」
トウルが激しくドアをノックすると、村長が不思議そうな顔をして家から出てきた。
「死ぬかもしれん! 薬が効かん! 額が熱い! リーファが倒れた! 風邪だ!」
「トウル様。落ち着いて下さい。焦りすぎて言葉がメチャクチャですよ」
「いや、だって、倒れてたんだぞ!? キッチンで!」
「まずは落ち着いて下さい。リーファが風邪で倒れて、薬を与えたけど、良くならない。ってことで良いんですよね?」
年長者らしい落ち着いた態度で、村長が一つ一つ確認をとってくる。
それに対して、トウルはうんうんと頷いた。
「薬が効かないとおっしゃっていましたが、いつ与えたんですか?」
「え、あぁ、十分前くらいだ」
「あっはっは。それで治ったら苦労はしませんよ。普通の風邪でも二日か三日はかかります。それを十分で治せる訳がないですよ」
「そう……なのか? そういえば、そうか。風邪薬の効果はあくまで治癒の促進だったような」
「そうですよ。落ち着いて下さいトウル様。風邪の基本は消化しやい食べ物をとり、水を多く飲むことです。後は、熱が出ているのにと思うかも知れませんが、暖かくしてあげることですね」
トウルは村長の言葉を一つ一つメモすると、ようやく落ち着きを取り戻した。
「なるほど。そうでしたか。長いこと風邪をひいていなかったので、完全に失念していました。おかげで落ち着きました」
「がっはっは。なに、あの子の面倒を少し長く見た年の功ってやつですよ。不安そうにしていたでしょう。早く帰って一緒にいてあげてください。それがあの子にとっての特効薬です」
「参考になります。では!」
トウルはメモ帳をしまうと、深く一礼してから走り出した。
対処法が分かれば、その先は錬金術で何とでもしてやれる。
そう思ったら雪の冷たさを忘れるほどに、トウルの心は熱く燃えたぎっていたのだった。
「まずは水分補給と栄養補給。これは恐らく同時にこなすべきだ。林檎ベースに蜂蜜を錬成。後は柑橘類か。暖かくする方法はベッドの中に入れられるほど小型の暖房器具か。確かカイロのレシピがあったよな。熱した石の出力を落として効果時間を延ばしつつ、いや、ダメだ。石の原型を残すと固すぎるな」
頭の中で看病用の道具の設計図を描いたトウルは、とにかく全速力で帰宅した。