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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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大婆様の悪戯とミリィの照れ隠し

「みーちゃん、鍵がかかる音がしたよ?」

「……ごめんなさいリーファ、トウルさん。閉じ込められました」

「なんで?」

「……大婆様の悪戯です。やられたぁ」


 リーファの質問に、ミスティラは帽子を脱いで天井を仰いだ。

 事態の意味が分からなかったトウルは試しに入り口に移動して、扉の鍵を回そうとしたが、溶接でもされたかのように鍵が動かなかった。


「鍵が回らないな……」

「えぇ、かなり上位の魔法を使われています。解除するには私では半日くらいかかりそうです」

「徹夜する気か?」

「いえ、眠っている間に精霊に解いて貰います。ただ、どうしましょうか。ベッドは一つだけですし」


 トウルが部屋に戻って周りを見渡すと、ベッド、ソファ、机と椅子が一つずつしかない簡素な部屋だった。

 飲み物はポットが置いてあり、十分な水が入っている。


「ミリィ聞こえるかい?」


 突然シャルの声が部屋に響いた。姿は見えないのでこれも魔法の一種だろう。


「大婆様、何するんですか!?」

「ふふふ、最近寂しがってたミリィに、ちょっとした悪戯とご褒美よ」

「あっ、もしかしてあの手紙も!」

「あっはっは。気付いたかい? これがやりたかったのよ」

「大婆様!?」

「場は作ってあげたよ。それじゃ、上手くやりなさい。が・ん・ば・って・ね・ミリィ」


 話を一方的に打ち切ったシャルにミスティラは体をベッドの上に投げ出した。


「はぁー……もう……大婆様ったら」

「何というか、やっぱり、ミリィの師匠だな」

「私、こんなに大規模な悪戯は仕掛けません」

「あはは……そこを比べるんだ」


 悔しそうに口を尖らせるミスティラに、トウルは苦笑いした。

 なかなか愉快な師弟関係のようだ。

 いつもは飄々としていて余裕タップリなミスティラが見せる、しおらしい姿が新鮮だった。

 椅子に座って膝の上にリーファを乗せたトウルは、もっと彼女のことが知りたいと思って、色々聞くことにした。


「昔っからあんな感じなのか?」

「そうですね。悪戯が大好きで、普通に私のおばあさんや、お母さん達もからかっていました」

「すげぇな……ミリィ以上のからかい力か……」

「あ、でもトウル様をからかって良いのは私だけですから、大婆様にはからかわせません。トウル様は私が守ります」

「いや、格好付けて言ってるけど、結局俺からかわれてるよな!?」

「あら? 気がつきました? さすがトウル様抜け目が無い。私を頼ってくれるかと思いましたのに」

「抜け目がないのはミリィの方だろ!?」

「うふふ、本当にトウル様は面白いお方です」


 ベッドから起き上がったミスティラが、口元を隠して小さく笑う。

 閉じ込められたというのに、からかってくる余裕の持ち方はさすがだと、トウルは感心してしまった。


「ごめんなさいトウル様。変なことに巻き込んでしまって」

「気にするな。初めて見るミリィの姿も見られたし、面白かったよ」

「あっ、ここぞとばかりに反撃ですかー?」

「ふふふ、まぁな。でも、そうだな。おかげで、何となく分かった。色々な形で血や想いってのは受け継がれていくんだな」


 トウルは膝の上に乗せたリーファの頭に手を乗せて、優しくなで始めた。

 トウルに頭をゆだねて、リーファは気持ちよさそうに笑っているのを見て、トウルも目を細めた。

 色々な親子と師弟の関係性がある。

 レベッカは口うるさい親に反発しながらも、確実に錬金術の癖は染み込んでいる。

 クーデリアも明るくて元気な家で暮らしているからこその、活発さと天真爛漫さを受け継いでいる。

 ミスティラは魔法と人をからかう悪戯心を師匠から譲り受けた。


(俺はリーファに何を残してあげているのかな)

「トウル様の優しさは、リーファにしっかり受け継がれていますよ」

「え?」

「私と二人で帰ろうとした時、トウル様みたいに慰めてくれましたから。錬金術で何とかしてあげるって」

「そっか」


 トウルは自分がしっかりリーファの中で根付いていることが、嬉しくて仕方無かった。

 トウルとは違う世界を持ち始めても、そこにはトウルの意志が残っている。


(あぁ、マリヤの言っていたことは、これだったんだなぁ……)


 生みの親に次ぐ二人目の親であるマリヤは、言うなれば再誕の親とでも言うのだろうか。

 自身の肉体の不老不死を諦めたマリヤが辿り着いた精神の不死。

 その理論のもと、リーファの中で生き続けていく錬金術と魔力エーテル制御の才能を託してくれた。

 そして、リーファの心はトウルと繋がっていて、リーファはまた違う人と心を繋げていっていく。


「トウル様、私にもリーファをなでさせてもらっても?」

「あぁ、もちろん」


 トウルがリーファをなでるのを止めると、リーファはとてとてとミスティラに駆け寄って、彼女の胸に飛び込んだ。


「みーちゃん、元気が出てよかったの」

「ふふ、リーファのおかげね。ありがとう」

「えへへー」


 大人っぽい雰囲気を持つミスティラがリーファを抱きかかえて撫でる様子は、母娘のようにも見える。

 リーファは身を任せているし、ミスティラも受け止めている。

 そんな二人の様子をトウルが微笑ましく見守っていると、リーファが言葉の爆弾を放り投げた。


「ねー、みーちゃんは何でお父さんのこと好きなのー?」

「げほっげほっ! リーファ!?」


 驚きのあまりトウルがむせると、ミスティラはトウルの方を一瞥して、ニヤリと危険な笑顔を見せた。


「そうですわね。まず、私のからかいに最高の反応を見せてくれるからですわ」

「お父さんみーちゃんとお喋りする時は元気いっぱいだもんねー」

「えぇ、いっつも一生懸命で可愛いですよね」


 リーファと喋るミスティラが、時折トウルの方へと視線をちらちらと向けてくる。

 さすがのトウルもからかっています宣言をされれば、心の準備が出来ていて、平静を装えた。


「それに、トウル様はこんな私でも受け止めてくれますし」

「どういうことー?」

「ふふ、大婆様にも言われたので白状しますけど、私、これでもお友達が少ないんですよ。小さい頃から精霊が見えると変な目でみんなに見られていたので、クーデは気にせず面白がって付き合ってくれましたけどね」

「精霊さん可愛いのにもったいないねー」

「ふふ、そうですね。でも、トウル様は私が何を言ってもトウル様のまんまで付き合ってくれるので、私はトウル様が大好きなんですよ」

「お父さんは優しいからねー」


 自慢げに答えるリーファに、ミスティラはくすくすと笑いながら頷いた。

 からかいだと分かっているトウルだが、褒められて悪い気はしなくて、妙に体がむずがゆくなっている。


「みーちゃんはお父さんが大好きなんだよね? 結婚したいの?」

「ふふ、そうですね。でも、最初は恋人からかしら」

「恋人?」

「えぇ、恋人からです。もっとトウル様のこと好きになりたいので」

「へー。恋人ってもっと好きになるためのものなんだね」


 トウルは極力反応しない振りをしていたが、さすがに限界だった。

 ミスティラの話が冗談だったとしても、嬉しいと思ってしまっている。

 目の前で好きな人から告白をされているのに、からかいだと分かっているせいで、喜ぶに喜べないトウルだった。

 部屋の外に飛び出て、深呼吸とため息を繰り返したい気分になっている。


「トウル様は、私のことどう思っています?」

「へっ!?」


 いきなり話題を振られて、トウルの返事の声は裏返ってしまった。


「私のこと、好きですか?」


 ニッコリと微笑むミスティラの問いかけに、トウルは言葉に詰まってしまった。

 さっきの目を見れば、からかいだというのは分かっている。

 それでも、からかわれている状況だからこそ、本音を隠せるのかもしれない。とトウルは思った。


「……好きだよ。そのしっかりしてるとことか、気の利くところとか」


 トウルは床に目を落として、口ごもるように言葉を述べ始めた。


「へぇー。そんな風に思ってくれていたんですね? からかっているせいで嫌われているのかと思いましたわ」

「そういう所、さっきのシャルさんそっくりだぞ。まぁ、からかわれるのはあんまり好きじゃないけど、それで楽しそうに笑うミリィのことは可愛いと思うし、笑顔をずっと見ていたいと思う。その笑顔が俺のおかげで見られるのなら、からかわれたかいもあるというか……」

「ぷぷぷっ。あはは。トウル様はやっぱり真面目ですわね」


 トウルの予想通り、こらえきれなくなったミスティラの笑い声が聞こえる。

 からかわれていたのは知っていた。ただ、ちゃんと言葉にしたおかげで、トウルの胸の内は少し軽くなっていた。

 緊張感から解放されたトウルは俯いたまま長いため息を吐いた。


「トウル様、顔をあげてくださいよ」

「あー、今回は引っかからないつもりだったんだけどなぁ。またやられたよ」


 ミスティラがトウルの頭をさすりながら声をかけてきて、トウルは苦笑いを浮かべた顔をあげる。

 するとトウルの目の前にいたミスティラが、トウルのおでこの髪をかきあげ、唇を近づけて来た。


「へ?」


 トウルが声を出した瞬間には、目を閉じたミスティラの唇がトウルのおでこに触れていた。

 一秒にも満たない軽いキスが終わり、ミスティラが体を起こして離れていく。


「ミリィ、今の……」


 おでこを両手で押さえたトウルが目を白黒させながら尋ねると、彼女は意味ありげに微笑んだ。


「あら? どうかしましたかしら?」

「いや、今、おでこに……された?」

「ぷっ、あはは。トウル様の顔面白いっ。あははは。かわいいー」

 

 クーデリアはおでこに指を指しながら、笑い始めた。


「あああっ!? またやられたっ!?」

「あはは。最高の顔を見せて貰いました。私は大満足ですっ!」

「あぁっ、分かっていたのにっ」

「まだまだですわね。トウル様。これでは大婆様には敵いませんよ」


 悔しがるトウルを見て、クーデリアがお腹を抱えて笑い始める。

 トウルがコレまでに見た最高で最長の笑い方かもしれない勢いだ。


「あー、ドキドキした。今日は良い夢が見られそうです」


 スッキリしたような表情でミスティラがベッドに横たわると、トウルの方に妖艶な笑顔を向けてきた。


「ふふ、トウル様、一緒に眠ります?」

「もうひっかからねぇよ!?」


 挑発的なミスティラにトウルは全力でつっこむと、ソファにふんぞり返って目を瞑った。


「あら残念、大婆様に嫌がらせとして、仲睦まじい姿でも見せつけてやろうかと思いましたのに」

「そっちの方がどう考えてもやばいだろ!?」


 それでもトウルはミスティラのたった一言に反応し、焦った顔で言い返した。


「うふふ、冗談です。それじゃ、リーファ、今日は私と一緒に寝ましょうか」

「はーい」


 最後までトウルは振り回されて疲れたせいか、魔法にかけられたようにソファの上でもあっという間にトウルは眠りに落ちた。

 そのせいで、トウルが眠った後に、ミスティラから何を言われたのかは聞くことが出来なかった。


「相変わらず酷い照れ隠しだねぇ。ミリィ。それもおでこだけかい? 唇くらい奪ってやれば良かったのよ」

「大婆様の悪戯の方が酷いですよ。こうでもしないと眠れる訳ないじゃないですか」

「何を言っておる。顔、にやけておるぞ」

「うっ……。だって、クーデは何か週明けから嬉しそうだったし、あれ絶対トウル様となんかあったよ。素直になって頑張ろうと思っても、恥ずかしくてからかっちゃうし……」

「ふむ、こればかりは占いに頼らず、自分で頑張ると良い。鍵はあけておいたからな」

「はぁー……。まったくもう……」


 二人の魔法使いの言葉は二人だけの秘密のようだ。


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