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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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ミリィと大婆様

 中央へ到達すると、トウルは開発局の倉庫に星海列車を止めて外へ出た。

 倉庫が増築されていたのはレベッカの機転だろう。


「ねー、お父さん、れーちゃんの列車新しくなってた」

「この前遊びに行った時、すげー張り切ってたからなぁ。またそのうちにスペックを聞かせて貰おう」

「うん。まずは魔法局だね?」

「あぁ、そうだ。二人とも夜だから、手を離すなよ?」


 トウルが真ん中になるように、リーファとミスティラと三人で手を繋ごうとした。

 眠らない街だの、夜に浮かぶ太陽だの、王国首都の赤煉瓦の街は夜になっても賑やかな声が聞こえてくる場所だ。

 だが、中には例外もある。政府系の施設が集まった地区は仕事が終われば、人がぐっと減るのだ。

 街灯はあっても建物から漏れる光が少ないせいか、夜は暗い地域だった。

 治安が良い街ではあるけれど、女の子を一人にするのは不安でトウルは手を繋いでいた。

 ただ、トウルがせっかく手を繋いだのにミスティラは足を動かさなかった。


「あのトウル様」

「どうした?」

「えっと、その、何でもありません。ごめんなさい。からかおうと思ったんですけど、上手いネタが思い浮かびませんでした」

「大丈夫。信じてみよう」

「……はい」


 弱々しく握ってくるミスティラの手を、トウルはしっかりと握り返した。

 今度はしっかりトウルも覚えていた。

 ミスティラはトウルよりも歳下で、トウルが大切に思っている子だ。


「行こう。きっと待ってくれているから」


 ミスティラがこくんと頷き、ようやくトウルと歩調を合わせて歩き始めた。

 リーファも気を遣ってくれているのか、トウルの隣で静かにしている。

 代わりに、リーファもどうにかしてあげたいと思っているのか、トウルの手を握ったり緩めたりを繰り返している。

 口よりも雄弁な仕草にトウルもしっかりリーファの手を握って、言葉にしない思いを返した。

 薄暗い石畳の道を進む。街灯でぼんやりと照らされた赤い街並みは、人がいないとなかなか不気味な雰囲気が漂っていた。

 その暗い道を進んだ先に、トウル達の目指す魔法局があった。

 とんがった屋根が特徴的な丸っこい大きな建物だ。

 その隣には中央でよく見る赤煉瓦のアパートが建っていた。

 柵状の鉄門は閉まっていて、門番もいなかったせいで、トウルは開けて良いのか分からなかった。


「俺、入ったことないんだけど、入館許可証とかいるのかな……」

「それは大丈夫です。私が魔法使いですから。でも、手を離さないでくださいよ?」

「あぁ、分かった」


 ミスティラが杖を構えると、杖の赤い宝石がボンヤリと輝いた。


「火の精霊よ。隠された鍵を照らして、燃やせ」


 彼女の声に応えるかのように、錠の開く音がして、扉が横にスライドして入り口が開いた。


「原理は分かっているものの、やっぱ目の前で見せられると、すげぇなぁ。どれだけ人間が頑張っても体内のエーテルを変換して、自分の体か、身の回り数センチの作用か、機械の起動で精一杯なのに」

「魔法使いですからね。ゲストハウスはあっちの建物ですね……」


 トウルが気を遣って声をかけるが、ミスティラは険しい表情を崩さなかった。


「行こう」


 トウルの声に無言でミスティラが無言で頷くと、三人で一緒にゲストハウスの中へと入っていった。

 手紙に書いてある場所は311号室。三階の一番奥の部屋だ。

 ミスティラが木の扉をノックすると、部屋の中から声が聞こえた。


「うん。その精霊はミリィだね。入っておいで」


 部屋に入っていないのに、ミスティラだと指摘した優しそうな女性の声に、トウルは驚いてミスティラを見た。


「ふふ。魔法使いですから……」


 ミスティラが帽子を深く被り直して、トウルから顔を隠して呟いた。

 ホッとしたような彼女の声に、トウルもつい笑顔がこぼれる。

 気持ちを落ち着かせていたのか、ミスティラは数秒間を開けてから扉を開けた。


「お邪魔しますわ。大婆様」

「良く来たね」


 窓辺のベッドに、体を起こした老婆がいた。

 白髪を三つ編みでまとめた丸い眼鏡の老婆が手招きをしている。

 トウルが感じた第一印象は、まさに魔女と言ったものだった。


「錬金術師のトウルさんとリーファも、こっちへいらっしゃい」

「あれ? 俺達自己紹介しましたっけ?」


 トウルはミスティラ達と一緒に部屋に入ると、老婆はくすくすと笑った。

 その笑い方がトウルには何となくミスティラと被って見えた。


「ミリィから聞いていますよ。それにリーファは以前に何度か会っていますから」

「あっ、なるほど。では、改めまして。カシマシキ村の錬金工房に配属されたトウル=ラングリフです。ミリィにはお世話になっています」

「ふふ、ひ孫のミリィがお世話になっております。私はウィリシャルティア。長い名前なのでシャルで良いですよ。トウルさん」

「よろしくお願いします。シャルさん」


 シャルの握手の求めにトウルが応じる。しわついた手だったが、暖かい手だ。


「ふふ、生真面目で誠実な魔力の流れです。凍り付くような冬が終わり、穏やかな新春を迎えた湖といったところでしょうか」

「えっと?」

「占いですよ」

「あぁ、ミリィの言っていた占いですね」


 詩的すぎてトウルには良く意味が分からなかったが、悪い意味では無さそうだったので、特に聞かずに済ませた。


「というか、大婆様。倒れたって聞きましたけど、大丈夫なんですか!? それにいつもの変化魔法を使っていないですし、お体の方はそこまで酷い状況なのですか?」

「大丈夫大丈夫。変化していないのも、初めてのお客さんには丁寧に対応しようとしていただけよ」

「でも、体の方は」

「それも大丈夫。ちょっと風邪をひいただけ。占い中に眠っちゃったから、驚かれただけで」

「はぁー……良かったぁ……もう、それならそうと言ってくださいよ大婆様……。トウル様に無茶言って星海列車を出してもらったんですよ?」

「ふふ、ありがとうね。ミリィ」


 優しく笑いかけるシャルに、ミスティラは深く長いため息をついていた。

 その様子を見てトウルとリーファは顔を見合わせて、小さく笑う。

 ミスティラが悲しむようなことは起きていない。無駄足だったかもしれないけど、トウルにとっては十分だった。


「トウルさんもありがとうございました。ふふ、大変でしょう? この子の相手をするのは。素直じゃないですからね」

「あはは……。まぁ、よくからかわれています」

「ふふ、クーデ以外の友達の話をするのはあなたが最初ですよ。この子、友達少ないですから」

「へ? ミリィがですか?」


 トウルが疑問符を浮かべてミスティラの方へと顔を向けると、彼女は帽子を押さえてそっぽを向いた。

 そんなミスティラを見て、シャルが話を続けていく。


「普段見えない物が見えるというのは、子供達にとっては異質ですから。それが考え方であれ、態度であれ、変わった人というのは排除されやすいものでしょう? そのせいで、あんまり友達作りが上手じゃないんですよこの子」

「そうには思えなかったですけど、村の宴会でも演奏してたり、祭りの仕事したりと社交的なイメージを持っていました」

「そこにはクーデがいたでしょ? 祭りは魔法使いとしての仕事ですし、トウル様がいなかった去年なんか、それはそれは毎日しかめっ面で家に帰ってきていましたよ」


 シャルの言葉を聞いたトウルは、なかなかしかめっ面になったミスティラの顔を想像出来なかった。


「気に入った人をからかうのも、自分を受け入れ――」

「大婆様!」

「あら? 何か不都合でもあるのかしら?」

「トウル様の前ですから……」

「あらあら? トウル様の前ではどんな不都合があるのかしらねぇ? うふふ」


 帽子で顔を隠すミスティラに、シャルはニヤニヤと意地悪な笑顔を浮かべて質問を重ねた。

 ミスティラが一方的に押される姿を初めて見たトウルは、シャルが間違い無くミスティラの師匠だと確信した。

 ミスティラのからかいの根源は、このおばあさんにある。そう思わせるには十分なやりとりだった。


「あら、ごめんなさいね。お手洗いに行ってくるので、みんなはこのままそこで待っていてね」


 シャルはそう言って杖を片手にゆっくり立ち上がると、意外にしっかりした足取りで何故か部屋の外へと出て行った。


「あっ! しまっ――」


 ミスティラが何かに気付いて叫んだ途端、一斉に部屋の窓と扉に鍵がかかるような音がした。


「みーちゃん、鍵がかかる音がしたよ?」

「……ごめんなさいリーファ、トウルさん。閉じ込められました」

「なんで?」

「……大婆様の悪戯です。やられたぁ」


 リーファの質問に、ミスティラは帽子を脱いで天井を仰いだ。

 事態の意味が分からなかったトウルは試しに入り口に移動して、扉の鍵を回そうとしたが、溶接でもされたかのように鍵が動かなかった。

 悪戯という名目で、魔法の鍵でトウル達は閉じ込められたのだった。

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