トウルとミリィ、中央へ行く
トウルがいつものように駅へ学校帰りのリーファを迎えに行くと、黒い帽子をかぶったミスティラが手紙を握り締めながら、駅で誰かを探していた。
「ミリィ? どうしたんだ?」
トウルが声をかけると、ミスティラは珍しく慌てた様子でトウルのもとに駆け寄ってきた。
「あ、トウル様! 良かった。やっぱりここで待っていて正解でした。無理なのは承知でお願いします。力を貸して下さい!」
「何かあったのか?」
「今すぐ私を中央に連れて行って下さい! 大婆様が倒れたとの手紙が来たんですが……既に中央行きの列車は終わっていて……。お願いします。星海列車を出してもらえませんか?」
「大婆様って、ミリィのお師匠様だよな? 今、中央にいるのか?」
「はい。魔女同士の会合に一週間くらい出かけると言って、先週中央にいったと思ったら、先ほど使い魔のカラスが手紙を置いていったんです。たちの悪い冗談かと思ったんですが、本当に帰ってきていないですし……。私、心配になっちゃって」
心配そうに手紙を握りしめるミスティラの両肩に、両手を置いた。
ミスティラはしっかりしていて、人の気持ちに敏感な子だからトウルはついつい忘れてしまうが、彼女も十六歳の女の子だ。
身内の人、それも師匠と仰ぐ人が倒れたら、不安にもなるし心配にもなるだろう。
それなら、トウルは大人として、男として、彼女の手伝いをしなければとすぐに決心した。
「大丈夫。星海列車なら今からでも行ける。お店の方は臨時休業にして、緊急の薬は村の雑貨屋に置かせて貰おう。リーファはそうだな。ライエに事情を説明して、明日は学校を休むと伝えて貰おう。だから、安心しろ。いつもミリィには世話になってるし、ミリィは俺の大事な人だ。錬金術で作った道具で手伝いが出来るのなら、俺としては本望だ」
「トウル様……ありがとうございます」
顔をあげて弱々しく笑うミスティラに、トウルも優しく頷いた。
こういう時に気が利いた台詞が言えれば良いのにと、トウルは色々悩んだが結局真っ直ぐな言葉を選んでしまった。
「師匠、無事だと良いな」
「……はい」
「リーファを俺の代わりに家に送って貰って良いか? その間に置いて貰う薬のセットをまとめておくから」
トウルは出来るだけ早く動くために、一人早く家に帰ることを決めた。
その決断にミスティラは申し訳無さそうに頭を下げてくる。
「分かりました。リーファのことは任せて下さい。本当にありがとうございます。トウル様」
「いや、相談してくれて嬉しかったよ。だから、気にするな。それじゃ、準備してくる」
トウルは頭を下げるミスティラに背中を向けて、駆け足で走り出した。
そして、走りながらカバンからお喋り人形を取り出し、リーファを呼び出す。
「お父さんどうしたの?」
「ミリィの師匠が倒れたらしくて、今からミリィを連れて中央に行くことになった。薬とクッキー類を雑貨屋に預ける準備を俺は家でしてるから、リーファは駅にいるミリィと一緒に家に帰ってきてくれ」
トウルは走りながらリーファに用件を伝えると、まだまだ伝えたいことはあったが、息が切れかけて一旦言葉が途切れた。
「リーファは連れて行ってくれないの? リーファもみーちゃんの力になりたいよ」
「リーファも連れて行くつもりだった。一緒に来てくれるか? 学校にはライエに事情を説明してお休みしよう」
トウルが呼吸を整えている間にリーファが心配そうな声を出す。
そんなリーファの優しさと不安を受け止めたトウルは、出来る限りいつも通りの声で対応しようとした。
「いいよ。みーちゃんのためだもんね」
「ごめんなリーファ。迎えに行ってやれなくて」
「ううん。リーファわかってるよ。お父さん駅から今工房に走ってるんでしょ? 転ばないように気を付けてね」
「良く分かったな!?」
「えへへー。お父さんのことならリーファはお見通しだよー。それじゃ、リーファはみーちゃんと一緒に雑貨屋さんにも声かけとくねー」
リーファはそう言うと通話を切ってしまった。
トウルの息づかいだけで、走っていることが分かったおかげだろうか。
そして、ミスティラが駅にいるということをトウルが知っていることから、リーファはトウルが駅にいたことを推理したのだろう。
「さすがリーファだな」
リーファの賢さと信頼にトウルはいつもの感想を抱いて、さらに速度を上げた。
○
リーファが駅で待つミスティラに会うと、トウルの代わりに学校を休む理由を説明する手紙を書いて貰った。
「みーちゃんお手紙ありがと」
「ううん。私の方こそありがとう。ライエ、明日、ディラン先生にお渡ししてください。お願いしますわ」
ミスティラはライエに事情を説明して、手紙を預かって貰うと彼女の頭を撫でながらお礼を伝えた。
「分かりました。しっかり渡しておきますね。ミスティラさん」
「ありがとう。それと、ごめんなさいライエ。リーファを借りていきますわ」
「大丈夫です。一人でも帰れるますよ」
ミスティラがライエに謝ると、ライエは首を横に振ってからリーファの手をとった。
指と指をからめて簡単にはほどけないような手の繋ぎ方に、リーファも応えると、ライエはにっこりと笑った。
「りっちゃんまたね」
「うん。らーちゃんの好きなお土産買ってくるねー」
「うん。トウル師匠にもよろしくね」
「はーい」
リーファの指からライエの指がするりとほどけると、リーファはミスティラにむき直した。
そして、どこか不安そうなミスティラを安心させようと、リーファはニッコリ微笑んだ。
「みーちゃん、いこっ」
「リーファ、引っ張らないで」
リーファはクーデリアの真似をして、ミスティラの手を引っ張って走り出した。
ミスティラの辛そうな気持ちをどうにか出来るのはトウルしかいない。
リーファはそう思いつつも、自分が出来る精一杯のことで、ミスティラを元気づけてあげたかったのだ。
「みーちゃん。忘れ物無い? 着替えが無いと、中央で困っちゃうよ?」
「えぇ、ちゃんと用意していますわ。このカバンに」
「お金も持った?」
「はい。お財布もしっかりあります」
「うん、なら大丈夫。うーん、やっぱりみーちゃんの方がお姉さんだなぁ」
「あはは。リーファの聞き方だと、お姉さんじゃなくて、お母さんみたいですね」
「えへへー。お父さんのお手伝いしてるからねー」
ようやく笑顔を見せたミスティラに、リーファも笑顔をこぼした。
「リーファもお父さんと一緒に、おばあちゃんのためのお薬がんばって作るからね!」
「ありがとうリーファ。さすが、錬金術師ですわね」
「えへへ。お父さんみたいな錬金術師になるからねー」
「あら? でも、勉強ばっかりでご飯食べ忘れちゃうようにはならないようにしませんとね? ライエはどんどん大きくなるのに、リーファは今のまま背が伸びなくなるかもぉ?」
「えー、やだー。リーファ、らーちゃんと一緒がいいー。って、みーちゃん。ご飯忘れるのはリーファじゃ無くてお父さんだよー」
意地悪な口調のミスティラに、リーファが口を膨らませながら抗議した。すると、ミスティラは何か吹っ切ったようにケラケラと笑い始めた。
「あはは。トウル様は本当に仕方ありませんね。こんな優しい子に心配かけさせて」
「ミーちゃん?」
「何でもありません。お弁当買っていきましょう。トウル様のことですから、晩ご飯を忘れているでしょうし」
「あっ! そうかも」
「帰ったら二人で一緒にトウル様は仕方無いなーと笑ってあげましょうか」
「はーい」
ミスティラがいつもの調子に戻ったのを見て、リーファは歩く速度を落としてミスティラの隣をついていくように歩いた。
「まったく、本当に自分のことを忘れるくらいお人好しなのですから、全くトウル様は、まったくもう」
文句を言いつつもニヤニヤしているミスティラに、リーファはニコニコとした笑顔を向けていた。
やっぱり、リーファのお父さんはみんなの人気者なのだ。それが、リーファはとても嬉しくて誇らしかった。