デートの終わり
トウルはクーデリアに連れられて白い馬に乗せられた。
「お、おぉ……景色が違う」
「馬って結構大きいからね。それじゃ、ルーク、大人しく待っててね」
クーデリアはルークと名付けられた馬を撫でると、リーファを連れてもう一頭の馬に近づいた。
クーデリアとリーファが二人で茶色い馬に乗ると、リーファは声をあげてはしゃいでいた。
「お父さん、リーファもお馬さんに乗れたよー」
「怖くないかー?」
「全然平気だよー」
トウルの心配もなんのその。リーファは楽しそうに手を振った。
「よし、それじゃ、いこっか。ルークついてきて」
クーデリアは慣れた物で、指を前に指しただけでトウルの乗った馬が歩き出した。
ゆっくり歩いているはずなのに、意外と上下に揺れる鞍にトウルはびっくりして、手綱を強く握ってしまった。
「トウルさん、落ち着いて。そう簡単には落ちないから。ルークを信じてあげて」
「そ、そうか。分かった」
トウルが勇気を出して手綱を緩めると、ルークはよりゆっくり歩くようになってくれた。
「へぇー。やっぱり馬って賢いな」
「そうそう。ちゃんと気遣ってくれるから、その調子だよトウルさん」
横に並ぶクーデリアはトウルを暖かい笑顔で見守ってくれていた。
午前中の錬金術体験とは立場がまるっきり入れ替わっている。
そのことがトウルにとっては新鮮だった。
「お父さんがんばってー!」
「おう、お父さんがんばる!」
それにリーファに応援されたら格好悪いところは見せられない。
揺れるタイミングと強さを記憶し、衝撃のくるタイミングを測る。
トウルは揺れに対する心の準備をして、恐怖心を和らげていると、次第に揺れにも慣れが出た。
「あ、良い感じになったねトウルさん」
「歩く程度なら何とか。慣れると結構気持ちいいな」
トウルの狭まっていた視界が開けると、一気に周りの景色が見えてきた。
草原の丘の上を散歩しているせいだろうか、下の村が一望出来た。
鉄道も見えるし、住宅街や畑もよく見える。
「クーデはここで育ったんだなぁ」
「うん。ミリィもよく一緒に馬に乗ってたよ。ミリィって運動苦手だけど馬は上手に乗れるんだよ」
「へー。山に虫取りとか言ってたけど、こういうこともしてたんだな」
「あはは。まーねー」
爽やかな初夏の風が心地良い。
風になった気はしなかったが、十分に爽やかな気分にトウルはなっていた。
「よし、それじゃ。トウルさんも慣れたところで!」
「ん? クーデ、お前まさか!?」
「風になるよ! リーファちゃんしっかり掴まっててね! ハイヤッ!」
クーデリアが馬の横腹を蹴ると、馬が軽快な足音を立てながら走り始めた。
トウルの乗っている白馬もクーデリアを追いかけて、一緒に走り始めている。
「うおっ、うおおおお!?」
「あはは! すごーい! 気持ちいいー!」
トウルとリーファの反応は正反対だった。
倍増した揺れにトウルは目を白黒させているのに対し、聞こえるリーファの声はとても楽しそうだ。
そして、丘を走り回ること十分ぐらいでトウル達は牧場に帰ってきた。
「トウルさんどうだった?」
「びっくりしたわ!」
「あはは。でも、楽しかったでしょ?」
「あぁ、まぁ、それは認める。列車の操縦はしててスピードになれているつもりだったけど、馬はまた違うスピード感があるな」
トウルは白馬をねぎらうように頭をなでながら笑った。
今度はミリィとライエも入れて五人で遊ぶのも悪く無さそうだと、素直に思える。
すると、やはり血は繋がっていなくとも親子だからだろうか。
リーファがトウルの思ったことと同じ提案をしていた。
「くーちゃん、あのね! 今度らーちゃんも連れてきて良い?」
「うん。いいよー」
「やったー」
自分から友達を遊びに誘おうと思えるようになったリーファを見て、トウルは寂しくも嬉しい気持ちでリーファの笑顔を見つめていた。
いつかリーファの母親であるマリヤが言っていた言葉をトウルは何となく思い出していた。
リーファはトウルでもなければ、マリヤでもない。
その言葉通り、リーファにはトウルの知らない世界を確かに手に入れていた。
「さてっと、それじゃ、トウルさん、リーファちゃん、もう一周行く?」
クーデリアの提案を断る理由は一つもなかった。トウルは次の機会のために腕を上げようと、快く頷いた。
「あぁ、もちろん」
「リーファ、今度はお父さんと一緒に乗るー」
そうして、リーファが乗る馬を幾度か変えながら、トウル達は夕暮れ時になるまで馬に乗って歩き回った。
一日中遊んでくたくたになったのか、馬を下りたリーファはフラフラしながらトウルの隣をついてくる。
「リーファ大丈夫か?」
「だいじょーぶ……だいじょーぶ……」
リーファは笑う元気もないようで、まぶたを半分落としながら呟くように答えた。
「そろそろ帰るよ。リーファも疲れてるし」
「あ、それじゃ、買い物の荷物は私が持つね」
「いいのか? もう遅い時間だけど」
「いいよ。いいよー。だって、トウルさんリーファちゃんおんぶしないといけないでしょ?」
トウルはリーファを背負いながら、両手に食料を抱える姿を想像して、血の気が引いた。
家に帰るまで体力が持つ気がしなかったのだ。
「……それじゃ、御言葉に甘えてお願いするよ。ありがとうクーデ」
「どういたしまして。それじゃ、お父さん達にトウルさん送ってくること言ってくるね」
「あ、んじゃ、俺も挨拶はしていくよ」
トウルは限界を迎えそうなリーファを背中に背負うと、クーデリアの家族の人達に挨拶をした。
やけに熱烈な歓迎を受けたが、リーファのことを伝えると凄く残念そうな顔をして引き下がってくれた。
トウルはまた遊びに来ることと、店の宣伝もしてオーウィル牧場を後にした。
そして、工房に無事辿り着いたトウル達は、リーファを部屋のベッドに横にする。
トウルの背中でいつのまにか寝ていたリーファは、幸せそうな寝顔を見せていた。
トウルとクーデリアはリーファを起こさないよう部屋を出て、店の玄関の前に移動した。
外は日も沈み薄暗くなっている。クーデリアが家に着く頃には完全に夜になっているだろう。
「クーデ。帰り道には気を付けろよ」
「ありがと。でも、大丈夫新しい靴も貰ったし、得物が無い時の拳の型もあるから」
「あはは……さすが保安員」
クーデリアのたくましさに、トウルは敵わないなと思い笑った。
下手したら、トウルが一人で歩いている方が心配されそうだ。
「あのね。トウルさん。今日、楽しかったよ」
手を組んでもじもじと体を揺らしながら、クーデリアが言った言葉に、トウルは笑顔で頷いた。
「あぁ、俺も楽しかった。また遊びに行ってもいいか?」
「うんっ! もっちろん! 私もまた遊びに来ていい?」
「あぁ、いつでも遊びに来い」
遊び慣れた友達のようで、どこかよそよそしい恥ずかしさが混じったやりとり。
お互いに言葉が途切れて、視線を泳がせながら頬をかいていた。
「そ、それじゃっ、またね!」
「あ、あぁ、おやすみクーデ」
「おやすみなさいっ!」
ずっと続くかと思った沈黙は、クーデリアの声で破られた。
そして、走り去って行く彼女が見えなくなるまで、トウルは門を開けっ放しにして動かなかった。