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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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クーデリアの実家へ

 食器を片付けたトウル達は買い物のために外出した。

 リーファを挟むように三人で手を繋いで歩いている。


「靴の調子はどうだ?」


 トウルがクーデリアの足下を見ながら問いかけた。

 クーデリアの足下はサンダルではなく、トウルと作った赤い靴になっているのだ。


「うん。良い感じだよ。ちょっと軽すぎてまだ慣れてないけど、すぐ慣れると思う」

「そっか。それは良かった」

「ありがとうトウルさん。お願いして良かったよ。錬金術のことも知れたし、かわいくて使いやすい靴も貰えたし」


 トウルは良い仕事が出来たことで貰えた称賛を素直に受け止めた。

 やはり、自分の作った物で喜んで貰えるのは嬉しい。

 そんな当たり前の感情をトウルは楽しんでいた。


「リーファも新しい靴作ろうかなー」

「お、リーファはどんな靴作りたいんだ?」

「えっとねー。かけっこが速くなる靴が欲しいなー。学校のお昼にね。みんなで鬼ごっこしてるのー」

「なるほど。それは確かに靴が大事だな」


 トウルがリーファの言い出したことに納得し、どうすれば良いかを考えていると、クーデリアがうーんと唸った。


「くーちゃん、どうしたの?」

「うーん、リーファちゃんだけが足の速くなる靴を履いてたら、ずるいとか言われないかなーって」

「そうなの? みんな何も言わないよ?」

「うーん、ほら、靴のせいで負けたんだー。って、負け惜しみを言いそうな子いるでしょ?」

「クラフトが使ってて、らーちゃん追いかけて来るの。だから、らーちゃんに作ってあげようかなって。壁とかにくっついて走れる靴あったら逃げやすいかなー?」

「あはは……そういうことかー。クラフト君も相変わらずだなぁ」


 クーデリアの心配は意外な落ちがついた。

 結局クラフトは相変わらず、ライエに変な接し方をしていて、全然仲良くなれていないのだ。

 あげく、リーファは彼をライエから、更に遠ざけられようとしている。


「友達になるのも大変だよなぁ。クラフトも大変だ」

「トウルさんそっち!? いや、うん、相変わらずだけど」

「え? あれ? あ、もしかして、クラフトってライエのこと好きなのか?」

「いや、うん、どう考えてもそうでしょー。好きな相手に振り向いて欲しくて、いたずらしちゃう。小さい男の子っぽい恋心だよ」

「そ、そうなのか」


 トウルが自分の勘違いに恥ずかしくなって、話題をずらそうとリーファに問いかけた。


「ライエが鬼になったその後はどうなるんだ?」

「えっと、リーファが鬼を貰って、適当に近くにいる人追いかけるよ?」


 リーファが当然だよと言わんばかりに、小首を傾げている。

 ディラン先生やクーデリアの一閃を使えるリーファが、鬼になったら追いかけられる方は恐怖だろうな。とトウルは思った。


「ちなみにリーファ。もしかして、その時、一閃と同じ動きしてる?」

「え? ダメなの? クラフト以外はみんなすごいって言ってくれるよ」

「はは……あははは。さすがリーファだよ」


 同年代の子達からリーファはやはり頭一つも二つも飛び抜けている。

 むしろ、リーファがここまですごいせいで、クラフトはライエに良い所を見せようと道具を持ち出しているのではないか。


「よしっ、ならリーファちゃん。今から私とかけっこする?」

「いいの?」

「うん。そんなに足が速いのなら、ちょっと競ってみたくなっちゃった」

「良いよー。くーちゃんかけっこしよ。くーちゃん相手なら、リーファ本気出すね。お父さん、合図出して」


 リーファがうずうずしているのか、その場で素早く足踏みをし始めた。

 靴も走りやすそうな物を履いているし、転けることもないだろう。

 トウルはリーファから手を離して二人の横に立つと、腕を真っ直ぐ上にあげた。


「二人とも位置について――」


 そして、声を出した瞬間、嫌な予感がした。

 風も無いのに土煙が舞い上がっている。二人とも本気だ。


「どん!」


 トウルが手を振り下ろしながら声を出すと、リーファとクーデリアは爆発でもあったかのような勢いで、吹っ飛んでいった。

 地面に足跡がくっきりと残されている二人は、風のような速度で川沿いの道をダッシュしている。


「ゴール地点どこだよ!?」


 トウルが叫んだ頃には二人ともかなり小さく見える所まで行ってしまった。

 結局トウルも走って二人を追いかけるはめになってしまった。

 二人に何とか追いつくと、まるで一仕事したかのようにリーファとクーデリアが良い顔をしていた。


「くーちゃん、やっぱり速いねー」

「いやー、ついてくるリーファちゃんすごいよ。大きくなったらどうなるか分かんないね」

「えへへー」


 二人の話を聞いている限り、トウルはクーデリアが勝ったのだと判断した。

 それでもリーファのポテンシャルは底知れない。

 そんな二人の健闘をたたえて、トウルは拍手した。


「二人とも風になったみたいに走ってったからびっくりしたよ。走りやすい服装でもないだろ」

「ふふふ、この分野は私もトウルさん以上だね」

「ぐぬ……まぁ、認めざるをえないな……」

「本当に素直になったなぁ。あ、そうだ! トウルさんもっと風を感じてみたくない?」

「え、次は俺も一緒に走るのか?」


 トウルが少し嫌そうな顔をしてクーデリアに聞き返すと、彼女はニヤニヤと意地悪な笑顔を見せてきた。


「トウルさんでも分からないことあるんだね。買い物終わったら馬乗ろうよ」

「お馬さん乗りたい!」


 トウルが答える前に、リーファが飛び跳ねながら意志表示する。

 トウルも今まで一度も馬に乗ったことが無かったので、クーデリアの提案は全く考えたことが無かった。


「面白そうだな。買い物終わったら行こう」

「うんうん。馬もみんなも歓迎してくれるよー」


 初めての乗馬にトウルはワクワクしながら、クーデリアの誘いに乗った。

 ただ、みんなという言葉の意味が、妙にトウルの頭に引っかかった。

 ちょっとした違和感を覚えながらも、トウルは気にせず買い物を済ませると、ジェラートを片手に牧場へと向かった。



 トウル達が牧場に着くと、身の引き締まった馬達が柵の中で草を食んでいた。

 美しい毛並みと逞しい身体付きと、かわいらしい瞳にリーファが隣で興奮している。


「お馬さんかわいいねー! あ、小さいのもいるー」

「あの小さいのは子供みたいだな」

「仲良くなれるかなー?」

「リーファならすぐ仲良くなれそうだな。よし、リーファ。後で人参をあげにいこうか」

「えへへー」


 楽しそうにはしゃぐリーファの頭をトウルが撫でて落ち着かせる。

 馬を見て喜ぶトウルとリーファに、クーデリアは苦笑いした。


「こらこら、人の馬に勝手にエサをあげないでよ」

「そ、そうか。なるほど。確かにエサの分量が変わってしまうか。それで栄養状態に変化が生じて病気になる可能性があるという訳だな?」

「トウルさんすごい深読みするね。まさかそこまで本気で考えるとは思って無かったよ。人参もエサであげているから、後で牧場にある人参を一緒にあげよ」


 トウルがガッカリしながらも考察を述べると、クーデリアは頬を困ったようにかいた。


「えっとね。トウルさん。オーウィル牧場へようこそ」

「あれ? オーウィルって確かクーデの名字じゃ?」

「うん。あのね。ここ私の実家なんだ」

「あ、そっか。実家か。なら当然だなって、実家!?」


 トウルが大声で驚くと、クーデリアは恥ずかしそうに顔を赤くして笑った。


「牧場はお姉ちゃん夫婦がやってるんだ。まずは家族のみんなに紹介するね」

「え、えっと、大丈夫か?」

「うん。トウルさんのことはちゃんと話してあるよ。リーファちゃんのことも知ってるし。さ、こっちこっち」


 トウルは急に恥ずかしくなって頭が混乱しそうになっていた。

 クーデリアの両親に会ったら何を言えば良いのか分からなくなっている。


(工房の宣伝? 娘さんにはお世話になっています? リーファがお世話になっています? いや、というか何で俺は緊張しているんだ!? 友達の家への挨拶だろ!?)


 トウルが訳の分からない自問自答を繰り返していると、牧草地で干し草を作っている四人の男女の元へと連れて行かれた。

 トウルよりも歳をとっていそうな夫婦は、クーデリアのご両親で、トウルと同い年に見える二人は姉夫婦なのだろう。


「ただいまー」


 クーデリアが手を振りながら挨拶すると、両親と思われる夫婦が手を休めてトウル達のもとに駆け寄ってきた。


「おかえりくーちゃん。早かったわね。あら? あらあらあらら! お父さん見て下さい! くーちゃんが男の子連れてきました!」

「なにっ!? 例の錬金工房の坊主か!?」


 母親の方はクーデリアと同じ赤い髪にぱっちりした瞳の女性で、父親の方はやけに胸板が広く、シャツがはちきれそうになるほどの筋肉質な背の高い男性だった。

 走ってくる様子は筋肉の塊である猪のような迫力感がある。

 その迫力にトウルはビックリして、たまらず一歩後ずさった。


「お前がくーちゃんの言っていた錬金術師か!?」

「は、はいっ! クーデには娘のリーファともどもお世話になってます!」

「俺っちの方こそ、あんたの二日酔いの薬には世話になってるぜ!」


 クーデリアの父の声はかなり大きく低いせいで、かなりドスが効いた口調だ。

 クーデリアのことをくーちゃんと可愛らしく言っているのに、恐ろしいまでの迫力があった。

 ただ、そこはさすが娘と言った所か。クーデリアは顔を真っ赤にしながらも、臆せず抗議していた。


「もうっ! お父さんもお母さんもくーちゃんは止めてってば!」

「ばっきゃろい! 最高にぷりちーな響きじゃねぇか! なぁ、リーファちゃん!」


 父親の反論を聞いて、トウルは直感的に彼がどういう人物かを把握した。

 この男も自分と同類の親バカだ。


「うん。くーちゃんはかわいいよ。ぷりちーだね」


 そして、リーファの回答に思わず笑顔になるトウルも親バカだった。


「あー! もう! だから連れてくるの嫌だったんだよー!」

「諦めなさいくーちゃん」


 絶叫するクーデリアの後ろから、赤い髪の女性が近づいて来て優しい声をかけた。

 トウルと同じくらいの年齢だろうか。長い髪を後ろに縛っている。

 だが、それよりもトウルの目を引いたのは彼女の体型だった。

 お腹がぽっこり前に出ているのだ。


「お姉ちゃんまでそーいう! っていうか、お姉ちゃんは休まなくて良いの?」

「うん。大丈夫。ラルクルさんのお仕事を見てただけだから」

「もー、気を付けてよ? 赤ちゃん生むんだし」


 クーデリアと彼女の姉とのやりとりでトウルは、何故お腹が出ているのかを理解した。

 クーデリアの姉は妊婦さんだったらしい。


「あ、自己紹介が遅れました。クーデリアの姉のキキです。錬金工房のトウルさんですね。妹がお世話になっております」

「あ、いえ、こちらこそ、クーデにはお世話になってて、今日も昼ご飯作ってもらったり」

「やっぱりサンドイッチですか?」

「えぇ、まぁ」

「あはは。不思議なことに昔っからくーちゃんは、パンに挟めないスープとかは味がおかしくなるんですよ。塩入れ過ぎちゃったり、固めちゃったり。そのせいで、サンドイッチ以外は作らなくなったんです」


 キキさんは口元を抑えて、笑いを必死にこらえている。

 よっぽど酷い失敗をクーデリアは繰り返してきたのだろう。


「ちょっ! お姉ちゃん止めて!?」

「まぁ、でも、この子最近がんばってサンドイッチ以外にも挑戦してるんですよ? トウルさんのおかげかしら?」

「お姉ちゃん!」


 ミスティラ以外に翻弄されるクーデリアを、トウルはこの時初めて見た。

 顔真っ赤にして珍しく叫んではいるものの、仲が悪い印象は全く受けなかった。

 そんなクーデリア達のやりとりを見て、リーファが強くトウルの手を握りしめてきた。

 トウルはリーファの手をしっかり握り返すと、リーファの隣にしゃがんだ。


「クーデ、リーファにも乗れる馬はあるのか?」

「あ、うん。大丈夫だよ。お父さん、ちょっとトウルさん達と馬乗って散歩してくるね? リーファちゃんはまず私と一緒に乗ろっか」


 クーデリアがそう言いながら手を伸ばすと、リーファがこくんと頷いて、彼女の手を取った。

 すると、何故かクーデリアの父親が、手をバンと叩いてトウルの肩に手を回してきた。


「なるほど。そういうことか。なら俺っちがトウルさんの後ろに乗って――」

「お父さんはついていってはダメです。牧草を刈る仕事が残っているでしょう?」

「そんなぁ……」


 一瞬、背中に強烈な寒気が走ったトウルだったが、クーデリア母によって助けられた。

 親父さんはため息をつきながらトウルから離れると、暑苦しい笑顔で親指を立てた。


「ま、うちの馬はどれも良い馬だ。くーちゃんとめ一杯楽しんでこい!」

「あ、ありがとうございます」


 頭を下げてその場をトウルは後にしたが、何故か妙な視線を背中に視線を受けて一度振り向いた。

 妙に生暖かな視線と笑顔が自分に注がれていることに、トウルは妙な不安を感じた。

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