トウルとクーデの工房デート2
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、靴の素材が決まり、デザインを決める段階に入った。
「クーデ、色は何が良い?」
「んー、そうだなー。赤色にするよ。ほら、保安員だし、目立った方がいいでしょ?」
「おっけー。赤だな。それじゃ、赤い染料を最終材料に追加してっと。んじゃ、次は」
トウルが工程を確認すると、顔に血が上るのを感じだ。
靴を作るためには、足のサイズを測る必要がある。
つまり、トウルがクーデリアの足に直に触れる必要があった。
「どうしたのトウルさん。顔真っ赤だよ?」
「クーデ……足触っても良いか? 測定のた――」
「ふぇっ!?」
「へ、変な意味じゃないぞ!? 足のサイズを測らないと設計図書けないだろ?」
「あ、あぁ、そうだよね。ちょっとビックリしたよ。早く言ってよね」
「いや、言ってたんだけどな……」
顔を真っ赤にしたクーデリアに、トウルも恥ずかしくなって顔を反らした。
トウルはメジャーと定規を持つと、クーデリアの足下に屈んで、彼女の足からサンダルを外した。
「うぅっ、恥ずかしいなぁ」
「……前もこんなことあったな」
「いきなり腕触ってくるんだもん。あの時もびっくりしたよ」
顔を真っ赤にしたままのクーデリアが、もじもじとした口調で話すせいで、トウルも妙に緊張していた。
クーデリアのために剣を作ったとき、トウルは彼女の腕とかを触って体格を確かめていたが、あの時よりもはるかに恥ずかしさがある。
ピンク色で艶のある綺麗な爪に、走り込んでいる割には柔らかい足の感触が妙に心臓をドキドキさせた。
「はぁー。出来た」
「はぁー……」
トウルとクーデリアが同時にため息をつく。
トウルがふと横を向くと、リーファがニコニコしながら見つめてきた。
「お父さんとくーちゃん仲良しだねー」
「あぁ、大事な……親友だからな」
トウルは一瞬言葉に詰まったが最後まで言い切った。
そして、誤魔化すようにリーファへと近づく。
「リーファも測るか? 足大きくなったかもしれないし」
「まだ大丈夫だよー」
「そっか。ならいいけど」
トウルは残念そうに肩を落とすと、自分の席に戻った。
「あはは。残念。ふられちゃったね」
「仕方無いさ。さて、それじゃ、サイズも分かったことだし、最後に靴の見た目はクーデが描いてくれ。俺はその絵を元に清書してみるからさ」
「あ、なるほど。それが手を加えるってやつだね」
「そういうこと。気分だけは一人前の錬金術師さ」
「あはは。そうかも。そうだなー。それじゃ、こんな感じで」
クーデリアは紙に紐靴の絵を描き始めた。
あまり上手ではなかったが、形は十分に分かる。
さすがのトウルでも前衛芸術には対処出来ないと思っていたが、十分現実的だった。
「出来たよ。トウルさん。格好良くしあげてね」
「よし、それじゃ、任された」
クーデリアのデザインを元にトウルがペンを走らせる。
特徴敵なのは雷のような柄を、横の部分に入れるところだった。
恐らく、雷帝と呼ばれたディラン先生の意匠だろう。
師匠想いのクーデリアにトウルは、自然と笑顔がこぼれていた。
「こんなんでどうだ? イメージ通りになったか?」
「うんっ! バッチリ! さすがトウルさん」
「よし、これで後は上の階で清書して、錬金炉で作るだけだな」
トウルは下書きをした図面をまとめると、椅子から立ち上がった。
「楽しみだなぁ。トウルさんが作ってくれた靴かー」
「クーデの作った靴だよ。俺にはない要望があって、クーデがデザインを描いた。だから、今日の靴は錬金術師クーデリアの成果だ」
「そっか。ありがとうトウルさん」
「お礼を言うのはまだ早いぜクーデ。これからまだ計量があるんだからさ」
トウルは椅子に座っているクーデリアに手を差し出すと、手を取ってくれた彼女が立ち上がるのを手伝った。
「あれ? トウルさんもう手を離しても大丈夫だよ?」
「あれ? ……デートは手を握って歩くもんなんだろ?」
「あっ……。ぷっ、あはは。トウルさん何読んで、そんなこと覚えたのさー」
「……内緒だ」
レベッカの経験が役に立っていないことにトウルは衝撃を受けた。
クーデリアはよっぽどトウルの行動がおかしかったのか、お腹を抱えながら笑い続けている。
「えっと、その……嫌だったか?」
「あはは。あ、ううん! そんな訳ないよ。むしろトウルさんの癖にすごく気が利いてて、ちょっと見直しちゃった」
「トウルさんの癖にってなんだよ? 癖にって」
「んー、そうだねー。恋人の作り方が分からないーって悩んでたトウルさんも、成長したなーって」
「うっ……あ、あれはだな」
「あはは。トウルさんが照れてるー。ほら、製図室は二階だよねー。いこっ! トウルさん。手は離さないからねー」
トウルが言い淀んでいると、クーデリアは笑いながらトウルの手を引っ張った。
彼女の前では悩んだり、戸惑ったりしているのがバカバカしくなる。
情けない姿を見せても、笑って引っ張り回されてしまうからだ。
「ちょ、クーデ、だからって引っ張るな!? うわっ、階段でジャンプすんな!? 転ける転ける!」
そして、物理的にも振り回されそうになるトウルだった。
製図室でトウルが図面を引いて綺麗な絵を描くと、クーデリアに席を替わった。
「クーデ。下書きで俺が書いた文字を、今から俺が指さす所に書いてくれ」
「うん。えっと、ここだね?」
「あぁ、そうだ。書く文字はこれ。術式と係数だ」
「言葉の意味とか値は良く分かんないけど、こんな感じかな?」
クーデリアが一文一文書く度に、トウルに確認してくる。
リーファの初めての間違いを思い出したトウルは、クーデリアが桁を間違えていないかしっかり見ていた。
「そうそう。良い感じだ」
「何かワクワクするね。トウルさんがはまるのも理解できる気がする」
「だろ?」
クーデリアの感想にトウルは満面の笑みを浮かべた。
勉強などジッとしていることよりも、鍛錬などの体を動かす方が好きだとクーデリアは良く言っていた。
そんな彼女に、楽しんで貰えるかどうかトウルは不安だったが、杞憂で済んだ。
「後少しだ。この調子で残りの術式も書き込もう」
「はい」
ペンを真剣な表情で持つクーデリアの顔は、いつもの可愛くて元気な感じではなく、剣を持った時のような凜とした雰囲気がある。
そんな彼女の姿にトウルは見とれていた。
好きだという自覚があるからか、それとも、クーデリアがやけに女の子っぽい格好をしているせいか。
トウルは少しの間呆けていた。
「トウルさん、トウルさん、これで良い?」
「え? あぁ、えっと……。うん、術式の綴りも間違えていないし、数値も大丈夫。全部書けたな」
「次は何するの?」
「材料を量るんだよ。よし、作業台を移るぞ。今度はあっちの秤がある机だ」
トウルはほんの数歩の短い距離でも、クーデリアの手を握った。
すると、クーデリアは何も言わずに笑顔で頷いて立ち上がると、手を繋ぎながら秤用机に移動した。
「さてっと、材料は俺が持ってくるから、クーデはこぼさないように材料を乗せていってくれ」
「き、緊張するね」
「大丈夫。俺が見てるから」
「あれ? 余計ドキドキしてきた!?」
「えぇ!? 大丈夫だ。絶対に失敗させない」
「ありがと。頑張るね」
トウルは倉庫から皮やゴムなどの基礎素材を持ち出してくると、作る靴の材料毎に基礎素材を並べた。
おどおどした手つきでクーデリアが素材の重さを量っていく。
危なっかしい彼女の動きをトウルがハラハラしながら見守っていると、クーデリアが手を滑らせなめし皮を落とした。
「うわわっと!?」
「っと、あぶなっ」
咄嗟にトウルが手を伸ばすと、クーデリアも手を伸ばしていて、二人で同時に掴みとった。
「あ」
二人の声が同時に重なり、手も重なっていた。
「あ、危なかったな」
「そ、そうだね。ありがと」
「次ヘマしても……絶対フォローするから、その……気にせず続けてくれ」
「……トウルさん」
トウルは目をクーデリアから反らして、手を握っていた。
トウルにとっては当然のことを言ったつもりだった。リーファにも同じことを平気で言える自信もある。
だが、何故かクーデリアの前ではやけに恥ずかしさを感じている。
「お父さん、くーちゃん、次の量らないの?」
そんなトウルとクーデリアの間にリーファが頭を突っ込んで、見上げるように尋ねてきた。
「あっ、そうだったな。ごほん。よしクーデ。次は油を十グラムだ」
「は、はいっ! 次はこぼさないように気を付ける!」
二人で慌てて机にむき直して、トウルとクーデリアは計量を続けた。
リーファがいなかったら、いつまであぁやって固まっていたか分からない。
トウルはリーファの介入に心から感謝した。
「で、出来たよトウルさん!」
「よし。最後はクーデの手で材料を入れてくれ」
「はいっ!」
トウルが錬金炉の素材投入穴のフタをあけて、指を指す。
そこにクーデリアが量った材料を投入した。
「全部入ったな。最後はここに手の平を乗せて魔力を流し込めば、後は待つだけだ」
「あ、せっかくだからトウルさんがエスコートしてよ?」
「え?」
「一緒に作ったんだから、最後も手を貸して欲しいな」
「ったく、仕方無いな」
仕方無いと言いつつトウルの顔は嬉しそうに緩んでいた。
トウルはクーデリアの手を握ると、彼女の手を引いて起動盤の上に手を乗せた。
「クーデ、やるぞ。設計図はもう入れてある」
「うん。錬金炉起動!」
クーデリアのかけ声で、錬金炉がガコンと音を立てて起動した。
安定した振動と聞き慣れた駆動音に、トウルはほっと息を吐いた。
「無事に始まった。後は待つだけ。――って、おーい、クーデ何で息止めてるんだ?」
「ぷはぁー! 緊張したぁー。うん、終わったって思ったらお腹空いてきたね。リーファちゃん、トウルさん、何食べたい?」
大きな息を吐いたクーデリアが大きく伸びをすると、ニッコリ笑いながら問いかけてきた。
工房でのデートはもう少し続きそうだ。