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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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トウルとクーデの工房デート

 週末の休みは天気がとても良く、絶好の外出日和だった。

それなのにトウルは定休日の看板が掲げられた工房で、仕事用具と本を準備している。

 本の表紙には錬金術入門編や、錬金術の基礎知識と銘打ったタイトルが書いてある。


「おはよー。トウルさん」


 閉められていた店の扉が元気の良い挨拶とともに開かれると、見慣れない姿をしたクーデリアが入ってきた。

 初夏に似合う淡い水色のワンピースに、赤いストールをゆるく巻いていた。

 足下もいつもの走りやすそうな靴ではなく、少しヒールのある涼しげなサンダルだ。

 シンプルながらも女の子らしさを感じる服装に、トウルはドキッとした。


「おはよう。クーデ。ワンピース着ることもあるんだな」

「これでも年頃の女の子だよ? ワンピースくらい持ってるよ。……これお姉ちゃんに選んで貰って、自分で初めて買ったけど」


 ぽっと出たトウルの一言でクーデリアがムスッとした表情になる。

 それを見てトウルは慌ててフォローに入った。


「すまん。珍しかったもんだからつい……。いつもの動きやすそうな服装も似合っていたけど、そういう服も似合っててビックリした」

「あはは。怒ってないよ。ありがと。こういう服の方が好きだったりする?」

「いつものショートパンツ姿の方が元気の良いクーデっぽいけど。うーん、でもこういうスカート姿も似合ってるし。どっちも良く似合うよ」

「なら、遊びに来る時はたまにスカートもはいてみよっかな」


 クーデリアが嬉しそうにその場で一回転した。

 勢いが良すぎて完全にめくれるかと思って、トウルは一瞬目を反らした。

 そして、ふと思う。今日のクーデリアは服装だけで無く、いつもと雰囲気が違う。

 その理由をトウルが考えていると、階段からリーファの声が聞こえてきた。


「おはよー。くーちゃん。あ、今日のくーちゃんいつもよりかわいいねー。がんばったんだー」


 困った事にトウルは理由も分からず、リーファの言葉に同意した。

 いつもより女の子っぽいクーデリアの雰囲気に、トウルはまだ少し困惑している。


「おはよー。リーファちゃん。今日はよろしくねー」

「えへへー。まかせてー」


 そんなトウルの困惑を知ってか知らずか、リーファがトウルの隣に駆け寄ってきて胸を張る。

 頼もしさをアピールするリーファに、トウルは口には出さずに感謝を心の中で述べた。

 クーデリアをどこに誘えば全くアテが無かったトウルだったが、リーファの言う通りに錬金術をやってみるかと尋ねたら、瞬く間に話が決まったのだ。

 ただ、そうなるとトウルには大きな疑問が生じていた。


「クーデは何か作りたい物あるか?」

「えっと、そうだなー。あ、新しい靴が欲しいなー。ちょっと靴底すり減っちゃったし。って、錬金術師じゃなくて靴屋に相談しろって話だね!?」

「いや、別に作れるぞ? あー、ただ、そうだなぁ。クーデに全工程やってもらうのは……よし」


 トウルは少し悩むと、何かを思いついたように頷いた。

 最近ライエにも指導したかいがあって、錬金術初心者の対応も出来るようになっている。


「何とか出来ると思う。ただ、さすがに靴となると、俺も結構手を加えるがそれでもいいか?」

「お願いしますトウル先生!」

「クーデに先生って言われると、何か背中がかゆくなるな……」


 普段、対等に接しているクーデリアが突然へりくだったことに、トウルは驚きと気恥ずかしさを同時に覚えた。

 そんなトウルの気持ちを察してくれたのか、クーデリアは少し悩んでから頼み方を変えてきた。


「えー、それじゃ、そうだな。お願いします。トウルお兄ちゃん」


 クーデリアが上目遣いで可愛らしく告げた言葉に、トウルは妙な背徳感を覚えた。

 クーデリアの子供らしい性格もあって、リーファの目の前だというのに衝動的に頭をなでにいきそうになる。


「……頼む……いつものクーデでいてくれ……」


 右手を左手で必死に抑えながら、トウルが言葉を発すると、クーデリアは楽しそうに笑っていた。


「あはは。ごめんごめん。今日はよろしくねトウルさん」

「はぁー……やっぱ、それが一番しっくりくるよ……」


 トウルはいつもの感じに戻って、ホッと一息つくとクーデリアを誘って席に座った。


「さてと、クーデ。欲しい靴は町歩き用か?」

「そうそう。いつも履いてるやつ」

「そうか。んー、となると、クーデが欲しい靴の条件を紙に書いてみてくれ。錬金術の基本はまず、どんな物が欲しいか考えることからだからさ」

「なるほど。えっと――」


 クーデリアがスラスラと文字を紙に書いていく。

 さすが足を使うだけあって、要望は結構多かった。

 通気性が良くて、軽くて、長時間動き回っても疲れなくて、走っても飛び降りても痛くない、そして雨の日や水たまりを踏んでも大丈夫な靴。

 彼女の仕事に密接した要望ばかりだ。


「えっと、こんな感じなんだけど、できるかな?」

「割と中級者向けな錬金術になりそうだな。んー、クーデに分かりやすく言うなら、リーファなら出来るけど、ライエだとまだちょっと難しいな」

「それ、私でも出来るの? ライエちゃんも結構ちゃんと勉強してるんだよね?」

「ん、まぁ、俺が手伝うから、クーデは心配せずに挑戦してみてくれ。えーっと、リーファもこのレシピは初めてか」


 トウルは参考書を並べると、パパッとページを開いて机の上に並べた。

 そして、各ページに付せんを貼っていき、閉じてしまってもすぐ開けるように準備しておいた。


「まずは靴の基本素材の確認だ。靴の上部分には皮革、靴底にはゴムを使おう。んで、衝撃を和らげるために、靴と靴底の間にゲル層を仕込む。この三層構造が基本だ。ここまではオッケーか?」

「うん。なんとかついていけるよ」

「よし。なら、次はクーデの要望を果たすために、必要な特性を考えよう。雨の時やぬかるみにつっこんでも大丈夫なように、疎水で軽い特性を付加した錬成皮革を使おう」

「えっと、水に濡れても大丈夫ってこと?」

「あぁ、その通り。クーデも勉強苦手って言ってたくせに、ちゃんと分かってるじゃないか。んで、水を弾くって言うのは油を使えば良い」


 トウルの説明にクーデリアはうんうんと頷いている。

 その横でリーファが手を挙げた。


「でも、お父さん。靴の表面を防水にしちゃうと、靴の中むれちゃわないの?」

「あぁ、そこは錬金術師の腕の見せ所。濡れたときだけ水を弾いて、濡れてないときは空気を通す。そういう仕組みを作っちゃえば良い」


 トウルはクーデリアの下書き用の紙に、サラサラと三種類の皮革の組成を書き込んだ。

 隣同士で座っているため、二人の真ん中にある紙に書き込むと肩と肩が触れそうになった。

 そして、それだけ近ければ、クーデリアの匂いもハッキリ分かった。

 石けんの匂いでドキドキする心臓をトウルは理性で抑えながら、手を動かし続ける。


「トウルさん書くの早っ!?」

「自分の靴も自分で作ってるからな。慣れてる」

「へー。他には何作ってるの?」


 クーデリアは気にしていないような様子に、トウルは少しホッとしながらも、ちょっぴり残念な気持ちになった。

 ペンを動かす手が早いのも、緊張しているせいだったのだ。


「服も自分で作ってるよ。リーファの夏服も俺が作ったし。というか錬金術師は結構自分で作ってるからなぁ。局長覚えてるか? あの人、いっつも同じスーツ着てるけど、冬でも夏でも、走り回っても温度一定ていうすげー服なんだよ。あと、汚れを自動で分解するとかで、洗う手間いらずと自慢して回ってる」

「あはは。綺麗なのか汚いのか分からないね」

「原理的には綺麗だな。気分的には分かんないけど」


 呆れたように笑うクーデリアにトウルも苦笑いを返した。

 トウルもそうだが、錬金術師は時折ひどくずれた感性を持っている。

 作った道具が便利すぎて、普通の感覚からすればおかしく見えることがあるのだ。


「トウルさんも変わってるけど、錬金術師って意外とみんな変わり者?」

「そうでもない。リーファは良い子だし」

「あはは、やっぱトウルさんも変わり者だ。でも、それがトウルさんの良い所だよねー」

「それ褒めてるのか?」

「褒めてるよー。ね、トウルさん。靴底の方はどうするの?」

「あぁ、そっちはな」


 トウルにとって、自分のことを受け入れてくれるクーデリアと話す時間は、妙に落ち着いていた。

 変に気を遣うこともなく、そのままのトウルを受け入れてくれている気がした。

 トウルが情けないことを言ったことは何度かあったが、クーデリアはその度に笑って応援してくれた。

 そんなクーデリアが、トウルの人生と言っても良い錬金術を知ろうとしてくれている。

 それがトウルはとても嬉しかった。

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