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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
錬金術師、娘を学校に送る
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国家プロジェクトは甘くない!?

 無事に初デートを済ませたトウルは、リーファと工房のキッチンで晩ご飯とレベッカのお弁当を用意していた。


「お弁当ー。お弁当。おいしい、たのしいお弁当ー」


 リーファが即興で作ったお弁当の歌を聴きながら、トウルはお弁当の箱におかずを詰めていく。


「レベッカ。帰りは気を付けろよー。修羅場クッキーも持ってくか?」

「あ、念のためお願いします。後、この後の仮眠用に安眠クッキーの方も頂いていいですか? というか、本当にお手伝いしなくて良いんですか?」

「良いよ。レベッカはお客さんなんだから」

「うー……、せっかくちょっと頑張って覚えてきたんですけど、そういうのなら御言葉に甘えます」

「今度来る時にお願いするよ。次は最初から遊びで来られるだろうし」

「はいっ! 任せて下さい!」


 トウルの一言一言にテンションを上げ下げし、大げさな反応を見せるレベッカはやっぱり犬のように見えた。

 精霊祭の衣装に犬耳と尻尾の生えたズボンがあったが、それを今引っ張り出してきて、つけて貰いたいなと、思わずトウルが思ってしまうほどだった。

 その好意にどう答えて良いかは、まだ答えが見つかっていない。

 でも、可愛らしいと思う気持ちはちゃんと自覚している。


「そう言えばさレベッカ」

「はい、なんでしょう先輩?」

「高速列車の完成はもう目処が立ちそうか?」

「はい。先輩のおかげで何とかなりそうです。試作機をいくつか作って試験して、大体二年あれば正式採用機が出来ると思いますよ。今回はトンネル掘って一直線の線路でしたけど、勾配やカーブが多い路線では先輩の動力集中式を採用すると思いますし、そっちでの試験次第で複数機種を導入するかどうか決まると思います」


 二年で正式採用機が完成すれば、リーファの進学には十分に間に合う。

 トウルは無事にこの先もリーファと一緒に村で暮らせる未来を手に入れたことに、ワクワクが止まらなくなった。


「で、二年で完成したら、高速列車の導入っていつ頃になるのかな?」


 新しい玩具を買って貰うのを待っているような子供みたいな顔をして、トウルがレベッカに尋ねた。


「えっと……確か車両開発含めて八年後だと、上は見積もっているみたいですけど」

「八年!?」


 トウルは声が裏返るほど驚いた。


「くっ……車両の更新と整備班の技能向上と研修に時間がかかるのは分かる……。それに田舎路線の採算が悪いのも理解できる……。だが、何故八年もかかるんだ?」

「高速環境下での走行はまだ未知数なことが多くて、正式採用機が決まっても鉄道局の方で、データを蓄積したいとか言ってまして……。開発局でもデータを取るとは言ったんですけど、季節毎のレールの歪みや、納品されるパーツの歪みがどれだけ許されるかの検査など、車両開発の後で見られる整備知見の蓄積や、安全検査基準の策定とかで時間かかるみたいです。その手の問題が出たら、開発局の方に解決しろと投げ返されますしね。それら諸々込みで八年だとか」

「……そうか」


 八年後となると飛び級をしていなくても、リーファの高等学校入学には間に合いそうにない。

 トウルは錬金術師では直接解決出来ない、思ったよりも高い壁にぶち当たってしまった。


「ごめんなさい。隠すつもりは無かったんですけど……」

「あぁ、いや、聞かなかった俺が悪い。錬金術師の悪い癖だな。作った後のことをあまり考えないというのは」


 頭の中で重い鐘が鳴っているかのような目眩を覚えたトウルは、長く深いため息をついてしまった。


「お父さん大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だ。ちょっと頭の整理をしてる」


 トウルはリーファに心配を掛けないよう、精一杯の作り笑いを見せた。

 最低でも後一年は削らないといけない。

 その晩、トウルはリーファの料理の味が分からなくなるほど、ショックを受けていた。

 手早く食事を済ませたトウルは自室の椅子に座って、ボーッと窓の外の夜空を見ていた。

 レベッカは夜に出発するため、先に温泉に入って貰っている。

 トウルは夜空に浮かぶ月を眺めて、もう一度ため息をついた。

 手段自体は上手く達成出来たのに、肝心の目的が果たされていない。

 目的と手段が入れ替わるとは、まさにこのことだった。

 高速列車を作り出しても、レールを勝手に使う訳にはいかないし、自力でレールを村から中央まで引くお金も、さすがに持っていない。

 トウルがあれやこれやと悩んでいると、リーファが部屋に入ってきた。


「お父さん。れーちゃん、先寝るって」

「あ、そっか。しまった。挨拶しそこねたな……」

「お父さん。こっち向いて」

「ん? どした?」


 トウルがリーファの声で振り向くと、トウルの顔はリーファの胸元に埋められた。


「ぎゅー」


 声を出している割には、リーファはかなり優しくトウルの頭を抱きしめてくれてる。


「俺は大丈夫だよ。……リーファ。大きな事業になれば、一般化が遅れるのはよくあることさ。むしろ」

「ありがとう。お父さん。リーファのためにやってくれたんでしょ?」

「……俺のためだよ。俺がリーファと別れたくないからやったんだ」

「お父さんは優しいね。良い子良い子」


 いつもとは逆でトウルがリーファに頭を撫でられている。

 それが情けなくて、少し嬉しいトウルだった。


「リーファ、ごめんな」

「ううん。我慢するの一年とか二年でしょ? それまでお父さんとは一緒にいられるし、離れていてもお父さんだし。お父さんお風呂いこー」

「あぁ、いこうか」


 リーファが手を離すと、トウルは柔らかな笑顔をリーファに見せて頷いた。

 子供の成長には驚かされるばかりだ。ついこの間まで独りぼっちになるのが怖いと言っていたリーファが、一年、二年は我慢すると言い出した。

 すっごくリーファが気を遣ってくれたと理解しているトウルは、改めて新しい手段を作ろうと心に誓った。



 リーファに手を引かれるように温泉に入ったトウルは、目をつむって水の音に身を任せた。

 川の流れる音もお湯のわき出る音も、何も昨日と変わらない。


「ふー……。気持ちいいなぁ……」


 何となくトウルは今日の出来事を一から思い出していた。

 放魔炉の実験と新型列車の初試乗、それに初めてデートということもやった。

 初めてだらけの一日で、思ったより疲れているようだった。


「あ、タオル落ちちゃった」


 リーファの言葉でトウルが目を開けると、お湯に落ちたタオルが流されて溢れ出たお湯と一緒に浴槽の外に落ちようとしていた。

 リーファが動くと、水面に波紋が広がりタオルが逃げるように流されていく。


「逆転の発想……。引っ張っるんじゃなくて、押されていく? 反発の力……」


 頭からつま先まで電流が走ったような感覚に、トウルは全身が震えた。

 水の流れ、鉄道のレール、放魔炉、充填機構、広がって流されるタオル。


「え……っと? 大気中エーテルの固定。架空レールとエーテルの同時放出、内燃機関の爆発をエーテルに置き換えて、激流の制御……。受け取る帆を車体にすれば?」


 複合可変剣の変形、クーデリアとディラン先生の見せた一閃と避雷針、空飛べ袋と射出台。ここ数日見た物が一気にトウルの頭の中で再生された。

 基本は全てに通じる。ならば、応用も元を辿れば基本の事象があると言える。


「あああああああ!」

「お父さんっ!?」


 大声をあげて突然立ち上がったトウルに、タオルを掴んだリーファがびくっと驚いた。


「はは、ふははは! あるじゃねぇか! 俺が試験をし続けられる新しい乗り物!」

「お父さん何を思いついたの?」

「リーファ、ありがとう!」


 トウルは最高の解決策を思いついた喜びのあまり、リーファを思いっきり抱きしめた。

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