トウルの初デート
高速鉄道の完成はもう目の前だ。
村でモーターの取り替えが出来ないことが非常に惜しいトウルだったが、レベッカになら後を任せられる。
そんな信頼もあってトウルは残りの時間を、約束通りレベッカの案内をすることにした。
「ま、この三人なら何でも作れますから!」
「だな。それじゃ、約束通り村を案内するよ」
「よーっし、デートです。先輩! リーファちゃん!」
「三人だけど、それってデートなのか? まぁ、それじゃジェラートでも食べるか。新鮮な牛乳で作ってるからか、バニラのジェラートが美味いんだよ」
やけに気合いが入っているレベッカをなだめるように、トウルは最初にすることを提案する。すると、レベッカは目を輝かせてトウルに詰め寄った。
「ジェラート! 食べます!」
「よし。んじゃ、こっちだ」
トウルがレベッカを案内しようと歩き始めると、突然レベッカに腕を掴まれた。
「あー、先輩、デートなんですから、私の手ぐらい握ってくださいよー」
「そ、そういうものなのか?」
「そういう物です。錬金術が出来る遙か昔から決まっていることです」
「そ、そうか。それはごめん……」
「ん? もしかして、先輩。リーファちゃん以外とのデートって初めてですか?」
「そういうレベッカはしたことあるのか?」
トウルはレベッカから顔を反らしながら反論すると、レベッカの待ってましたと言わんばかりの笑い声が聞こえた。
「ふっふっふーん。したことありません!」
「って、おい!? それでさっきそんな決まっているとか言ってたのかよ!?」
「えぇ、だって、書籍ではそういう物と書いてあるんです。私だって女の子ですよ? 物語のような雰囲気に憧れることぐらいあります」
理論も理屈もないが、自信満々に言い放つレベッカの迫力にトウルは負けた。
トウルはやけにドキドキする心臓を誤魔化しながら、レベッカに手を差し出す。
「その……他に何かした方が良いことがあれば教えて欲しい。そういう気遣いはあまり得意じゃないんだ」
「そうですねー。後は歩くときは女の子に合わせて下さい。遅すぎず早すぎず。でも、ちょっと引っ張るぐらいが理想です」
「なるほど。なかなか難しいけど、善処しよう」
トウルは冷や汗をかくほど緊張した表情で、レベッカの手を握って歩き出した。
「リーファもれーちゃんとデートするー」
レベッカをトウルとはさむようにリーファが彼女の手を握った。
「意味は違うけどダブルデートだね」
「えへへー」
リーファの無邪気さがトウルは羨ましくて仕方がなくなった。
トウルがデートだとより意識すると、妙に喉が渇くのを感じた。
おかしな薬を盛られた記憶を必死に探してみるが、そんな記憶は一切無い。
「が、がんばるぞリーファ」
「先輩リラックス! リラーックス!? 顔が青いです! 息吸って!?」
トウルのレベッカとの初デートは、波瀾万丈の予感がした。
結局がちがちな動きをするトウルを、レベッカがリードしたままいつもの宿屋に辿り着いた。
村で唯一の食事処で、レベッカも足を運んだことがある場所だ。
「日が高い時間に来るのは初めてかも」
「あぁ、ここ昼間は喫茶店やってるんだ。結構良い紅茶とか珈琲とか入れてくれるよ」
「あ、先輩、生き返った」
「すまないレベッカ……。思った以上に緊張した。なるほど、デートは確かに難しいな……」
トウルは水を一気に飲み干すと、青ざめた顔でレベッカに謝った。
「謝らないでください。むしろ、こんな反応してくれるのなら、これはこれで脈ありっぽいので、ありです」
「……そうか。それなら良かった」
「先輩気を遣いすぎですよー。って、私が気を遣って欲しいって言ったんですよね。ごめんなさい」
「あぁ、いや、すまない。俺がデートのなんたるかを知っていれば良かったんだが……」
「私も全然詳しくないのに、勝手に舞い上がって先輩に気を遣わせちゃって」
二人一緒になって頭を下げ合っているのが、トウルは何だかおかしくて仕方無かった。
国の基幹を作るようなマクロの仕事を担う国家錬金術師が二人も揃って、デートという極めてミクロな出来事に頭を悩ませて、謝り合っている。
「ぷっ、あはは。俺達錬金術師なのになぁ」
「あはは。そうですねー。一応、最高研究機関、開発局の人間のはずなんですけどねー」
先ほどまでの緊張が嘘のように、トウルもレベッカも自然に笑っている。
「お父さんもれーちゃんも、急にどうしたの?」
トウルが突如笑い出した理由をリーファが聞いてくる。トウルは照れたように笑うと、リーファの頭をなでた。
「んー、錬金術師だ天才だって言われても、専門以外はやっぱからっきしだ」
「そうそうー。リーファちゃんがリーファちゃんのように、先輩は先輩だなーって」
トウルとレベッカの説明に、リーファは理解出来ないように首を傾けたままだった。
「まだまだ分からないことがいっぱいあるってことさ。リーファも分からないこといっぱいあるだろ?」
「うん。そっかー。お父さん達はデートが何か分からなかったんだね?」
「あはは……そんなところかな」
これ以上の説明は危険だと思ったトウルはそこで話題を打ち切った。
レベッカと一緒にいる時間は楽しい。
仕事などで共通項が多いからだろうか。とトウルが思考を巡らせていると、村の名物であるジェラートが運ばれてきた。
「お待たせしました。イチゴ、バニラ、ヨーグルトのジェラートです」
一人一人の前に置かれた小さな器には、三種類のジェラートが盛られている。
それが置かれた途端に、リーファとレベッカは先ほどまでの話題など忘れてしまったかのように歓声をあげた。
「いっただきまーす! はぁー、なにこれすっごい美味しい! 幸せー」
「冷たくておいしー」
レベッカはスプーンを口にくわえながら、蕩けたような顔をしている。
リーファも目を瞑って味を噛み締めているようだった。
「やっぱ美味いよなぁ。ここ。主人の腕がすごいや」
そして、トウルも口の中でジェラートを溶かすと、しみじみ呟いた。
バニラは優しい甘みがあって、スッと溶けていく。
ヨーグルトはほどよい酸味が暖かい日に、活力を与えてくれるような味だ。
ストロベリーも口の中いっぱいに広がる新鮮なイチゴの香りは、まさに春の味だった。
「これはおかわりしたくなりますね!」
「んー、なら、次はこれを頼んでみたらどうだ? 特製チーズケーキ」
「チーズケーキ! そういうのもあるんですね! それにしましょう先輩!」
甘い物好きなエンジンがかかったのか、その後レベッカはノリノリでケーキ類を全種類注文するまで、食べ続けた。
「うーん、満足満足っ!」
「すげー……食べたな」
「うん。先輩の言う通り、美味しかったんですから、仕方無いです! というか、錬金術で頭使うから、糖分補給は大事なんです! そんな食べたら太るとか脅されても抗えない魅力がっ!」
トウルに詰め寄ってくるレベッカの目は必死だった。
その目にはどこか後悔の念が含まれているようにも見える。
「う、うん、そこは同意するから力説しなくて大丈夫だって。俺も疲れた時は甘い物食べるし」
「理解があって嬉しいです。さて、お腹は満足しました。先輩、次はどこに連れて行ってくれるんですか?」
「んー。そうだな。それじゃ、次は結晶の滝でも見に行こうか。結構綺麗なんだ。ちょっと荷物を持って行こう」
「はい。お願いします。先輩っ」
お代を払ったトウルは店を出ると、今度は自然にレベッカの手を繋げた。
○
工房の隣を流れる川に沿って山の小道を歩くこと三十分ばかし、トウル達の目の前に淡く輝く滝壺が現れた。
「ここが結晶の滝。ここらへんは属性結晶が良く取れる土地だから、滝で抉られた地面から顔を出した属性結晶の鉱石が、光を反射して光ってるんだ」
透明度の高い水底を覗いてみると、いくつもの水晶が水底から顔を出していた。
トウルが水底を指さすと、レベッカは息を飲んでいた。
「すごい……綺麗」
「夜に来ると、水中の属性結晶が光って、小宇宙みたいに見えるんだってさ。危ないからなかなか夜に来ることが出来ないんだけど、将来観光スポットになりそうだよなー」
「吸い込まれそうですね」
「あぁ、ちょっと怖いくらいにな。水深もこう見えて結構あるみたいだし」
五メートルの滝が削り取った穴はかなりの深さがある。
ただ、精霊がかなり住み着いている場所らしく、生き物が溺れそうになると外に押し出してくれると、トウルはミスティラから教えてもらったことがあった。
「まぁ、魔力が溜まる場所でもあるみたいで、精霊が結構いるから助けてくれるらしいよ」
「へぇ。とは言っても飛び込みませんからね?」
「言わない言わない。あ、飛び込みはしないけど、ちょっと歩いた疲れを取るために、ちょっとこっちに来てくれよ」
トウルはレベッカの手を引いて歩くと、山の中には不自然な木の長いすと、石をどけて丸いくぼみがあった。
くぼみの中には浅い水が張っていて、白い湯気がたっている。
「足湯って言ってな。足用の温泉なんだ。ここまで歩いてきた疲れを、ここで一旦休んで取ろう」
トウルは自分の靴を脱いで足をお湯につけた。
暖かなお湯に疲れが溶けていくような気持ちよさだ。
「リーファもー」
「あ、待って。私もー!」
続けてリーファとレベッカがトウルを挟むように座って、靴を脱いだ。
レベッカは長い黒の靴下も脱いで美しい足を露出させた。
靴下も何かしらの特殊効果を付加させているだろうかと思って、トウルは生地を触ってみたくなったが、何故か妙な犯罪臭さを感じ取って咄嗟に止めた。
「あー、あったかーい。先輩は本当に良い所に住んでるんですねー」
「最初は何も無い所だと思ったんだけど、色々あったんだよなぁ。ほら、お茶とクッキー」
トウルは工房から持ってきたカバンから、クッキーと、タンブラーの形をしたキッチンポットを三人分取り出した。
「レベッカ何飲みたい?」
「紅茶をいただいてもいいですか?」
トウルはカバンの中からカラフルな角砂糖の入った瓶を取り出すと、赤い角砂糖をタンブラーに入れて振った。
すると、あっという間に紅茶の良い香りがタンブラーから漂い始めた。
「はい。どうぞ。リーファは何飲みたい?」
「リーファも紅茶ー」
「おっけー」
同じ要領でリーファの分もトウルは作り、自分の分の紅茶も作った。
「先輩のキッチンポット本当に便利ですね」
「だろ? 持ち運びは軽いし、飲み物なら振っただけで作れるし、結構自信作なんだぜ」
「さすがですよね。まさに発想の勝利です。なるほど。デートにも使えるのは意外でした」
満足そうなレベッカの表情に、トウルはホッとしていた。
初めてデートをしているが、それなりに相手を満足させることが出来ているらしい。
その後も楽しく開発局で何が作られているかの話をして、トウル達は工房へと戻っていった。




