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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
錬金術師、娘を学校に送る
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村長の差し入れ

 リーファを駅まで送ったトウルは、錬金工房でアイデアをまとめる作業をしていた。

 机の上には積み上がった本とノートが散らばっている。

 その隅にはリーファと一緒に作ったサンドイッチの入ったバッグも置かれている。


「んー……まいったな。理論は出来ても実物に移すとなると、うちの錬金炉じゃ小さすぎて作れないな」


 列車を作ろうとなると、それだけ巨大な錬金炉が必要になる。

 パーツを小分けで作ることも出来るが、組み立てるための作業員が必要だ。

 サイズの問題は人を雇えば解決出来るが、もっと別の問題もある。


「エンジンは蒸気機関式から発展させた内燃式が候補の一つだけど……。確かレベッカが電気の属性結晶を使う電池電動式エンジンを開発するとか言っていたっけ? えーっと、資料は……あ、あった」


 エンジンをどれにするか決まっていなかったのだ。

 今の列車は煙が出ないようにエンジンを改良された蒸気機関式だ。

 石炭の代わりに熱を発し続ける高熱石を放り込むことで、蒸気を作り出している。

 ただ、それでも蒸気機関の弱点であるエネルギー変換効率を良くすることは出来ていない。

 そこで新しいエンジンを開発局では開発していた。


「内燃式は列車レベルの重量だと、加速力の問題があるのか。電動式の資料を読むと、加速性能が高くてより速くなる感じがあるんだよな。ただ、運転する度に属性結晶を取り替えるとなると、維持費が高くて採用される可能性が低くなりそうなんだよなぁ」


 どちらも作れることは作れるが、同じだけデメリットもある。


「んー……。これはちょっと専門家に頼ってみるか」


 トウルは手紙を一筆したためると、開発局に向かって空飛べ袋を射出した。

 中央に向かって飛んで行く気球の袋を見送ったトウルは、改めてアイデアを練るために本にかじりついた。


「電池を交換式の形式にすれば良いけれど、駅につくたびに交換していたんじゃ、効率悪いよなぁ」


 トウルはふーむと声を出しながら、天井を仰いだ。


「試しにミニチュア試作機を作ってみるか」


 トウルはもう一度机に向かうと、今度は小型のエンジンを描き始めた。

 作る試作機は電動式と内燃式の両方だ。

 電動式はモーター形式で、内燃式は爆発による力を使った動力機構だ。


「サイズは四十五分の一、出力も想定の四十五分の一に下げてっと」


 トウルは続けて車両のデザインを描いた。


「エンジンの場所は前部に設置するとして、こんな感じか?」


 鼻の出っ張ったような四角い機関車を紙に描く。

 色は電動式を青、内燃式を赤にして分かりやすく区別出来るようにした。


「後はレールか。二車線の円状にしてと、レール幅は三十二ミリか」


 トウルは参考資料をもとに、スラスラと全ての設計図を描き上げた。


「よし、んじゃ、早速錬成してみよう」


 玩具でも組み立てるような軽いノリで、トウルはあっさりとミニチュアの鉄道を完成させてみせた。

 全ては愛する娘との理想の生活のため。

 作ったのは良く出来たミニチュアだが、トウルは錬金術師としての力を最大限に使っている。

 トウルは庭にレールを敷くと、さっそく小型の列車を走らせようとワクワクしながら小型列車を外に持ち出した。


「トウル様、何やっとるんです?」


 白髪の中年男性がちょうど工房から出たトウルに声をかけてきた。

 酒好きな村の村長、ジライルだ。


「あ、村長。新しい列車の試験をやろうとしてるんですよー」

「ですが、随分とレールが小さく見えるのですが……」

「あぁ、うちの工房ではいきなり大きい車体を作れないので、まずは小さいので試験するんですよ」

「ほぉー。そんなもんですか。というか、何故急にそんなものを?」


 トウルが村で作ってきた物は日用品や医薬品がメインで、それ以外の特殊な物は鉱山に必要な掘削道具や祭りの花火を作る程度だった。

 そんなトウルが依頼も受けていないのに突然列車を作ると言い出したため、ジライルは混乱したのだろう。とトウルは判断した。


「この先もリーファと一緒に暮らすためです」

「はて? というと?」

「実はですね」


 トウルはジライル村長に最近のリーファの様子を伝えた。

 学校に興味を持って、実際に通い始めて、友達が出来たこと。

 リーファは頭が良いだけで無く、運動もちゃんと出来ること。

 その全てをトウルは自分のことのように自慢げに話した。


「あのリーファが変わりましたねぇ」

「えぇ、歯も抜けそうで、大人の歯にそろそろ変わりそうですよ」

「おぉ……。子供の成長は早いですなぁ」

「あはは。本当にそうですね」


 感慨深そうに頷くジライルに、トウルも合わせて頷いた。


「ところで、それとリーファと一緒に暮らすが繋がらないのですが……」

「あぁ、だって、このままだとすぐに飛び級して中央の高等学校行くと言いかねませんから。中央の学校に通うことになったら、一人暮らしさせないといけないと考えると不安で不安で……」

「トウル様のご両親は中央にいるのですし、ご実家に預ければ一人暮らしではない気もしますが……」

「俺がリーファのいない生活に耐えられません!」

「がはは。なるほど。そっちでしたか!」


 トウルの熱弁にジライルは景気よく手を叩きながら笑った。


「それで高速列車ですか」

「はい。一時間で中央に行けたら、村で暮らしながら通えますから」


 トウルは当然と言ったような感じで頷いた。

 相当無茶なことをさも簡単なことをするように言うトウルに、村長は呆れたように笑った。


「高速列車が完成した時に作った理由を聞いたら、みんな思わず噴き出しそうな理由ですな」

「そうですか?」

「娘のために国の交通機関を変えるとか、普通はやらないですよ」

「錬金術師ですから」

「ガハハ。さすがトウル様。それじゃ、その第一歩を見届けていきましょうか」


 春の昼下がり、トウルは村長と一緒にリーファの作ったサンドイッチをかじりながら、走るミニチュアの列車を眺めていた。


「うん。やっぱり電動式に分があるか」

「どうやら決まったようですな」

「えぇ、基本方式は決まりました」

「なら、飲みましょうトウル様!」

「あぁ、頂きます。……って、何を飲むつもりですか?」


 つい隣にいるのがリーファ達のノリでトウルは即答してしまったが、よくよく考えてみれば隣にいるのは酒好きなジライル村長だ。


「しばし、お待ちをトウル様!」

「え、ちょっ! 村長!?」


 結局何を飲むかも聞く時間も貰えず、村長は走り去った。

 あのノリは間違い無く酒を持ってくるノリだ。

 真っ昼間から酒盛りを始める気配に、トウルは酔い醒ましの薬を自分の懐に忍ばせた。


「トウル様!」

「やっぱりビール持ってきましたか……」


 戻ってきたジライル村長の両手にはビール瓶が握られている。

 それも四本もある。

 昼間っからすごい数を持ってきたとトウルはため息をついた。


「それ全部飲むんですか……?」

「えぇ、もちろん。村の掟ですから」

「嬉しいことがあったら、みんなで祝うですか」

「えぇ、リーファの話しと列車の話を肴にやりましょう」

「はぁー……。久しぶりですし、付き合いましょうか。グラス取ってきます」


 太陽の高い時間からお酒を飲める仕事の緩さに、トウルは苦笑いした。

 中央にいたら、店主が酒飲みながら商売するのは絶対に無理だ。

 庭のベンチに座ったトウルがグラスを置くと、ジライル村長は嬉しそうにビールの栓をあけて注いできた。


「乾杯じゃ」

「乾杯です」


 気持ちの良いグラスのぶつかる音がすると、トウルはビールを一気に喉に流し込んだ。

 冷たい爽やかな炭酸とともに、苦いくせに美味いビールが通っていく。


「ぷはー……。まったく昼間からお酒とか、前の俺なら信じられませんよ」

「何を言っていますかトウル様。ビールなんてただの炭酸飲料ですよ」

「そうやって二十歳未満に飲ませちゃダメですからねー。村長」

「がっはっは。分かっておりますよ」


 本当に分かっているのか分からないほど、ジライル村長は愉快に笑いながら頷いた。

 トウルは仕方なさそうに笑うと、ジライルのグラスにビールを注ぐ。


「そういえば、それで思い出しましたが、トウル様はその二十歳未満のどの子を伴侶にするか決めましたか?」

「ぶふっ!?」


 リーファの話しだと思ったら、トウルの話しだったことに驚いて、トウルは口の中のビールを噴きだした。


「おや? 大丈夫ですかトウル様?」

「げほっげほっ。だ、大丈夫です」

「あっはっは。その様子だと何かあったようですな」

「無いからこうなったんですよ……」

「ほぉ、そこらへん詳しく聞きたいですな。クーデリアかミスティラか、それとも中央のレベッカさんか。トウル様はどの子を好いておるのですか?」


 酔っ払った村長は遠慮無く聞いてくる。

 今すぐにでも酔い醒ましの薬でも飲ませてやろうかと思ったトウルだったが、周りに誰もいないし、ちょうど良い機会だとも思った。

 酔っ払いなら、このまま酒を飲ませて忘れさせることも出来るかも知れない。

 トウルはジライル村長のグラスにもう一度ビールを注いだ。


「クーデも、ミリィも、レベッカも、実はみんな好きなんですよ」

「ほぉほぉ。皆、素晴らしい娘達ですね。そして、どの娘もトウル様に好意を抱いていらっしゃる」

「そうなんですかね」

「えぇ、完全に惚の字ですな。がっはっは」


 無責任に笑う村長に、トウルは遠い目でため息をついた。

 相談をする相手を間違えたかも知れない。


「クーデに言われました。リーファがいても恋ぐらいしても良いって」

「ほぉ? それでトウル様はどう思っているんですか?」

「リーファのことも、相手のこともないがしろにしないように、気を付けたいな。と」

「優しくて真面目ですなトウル様は。そう考えられるからこそ、きっと皆あなたを好きになるのでしょう」

「そう……なんですかね?」


 トウルが照れながら尋ねると、村長はゆっくり頷いた。


「ならばトウル様。このご老体が一つ助言を致しましょう。選ぶということが誰かを傷つけることになると考えているのなら、それは誤解だと言っておきます」

「え?」

「いつまでも中途半端な態度を取られて、期待させられて、最後に裏切られてしまう。この期待してしまう時間が長ければ長いほど、終わってしまった時にガッカリするという物です。そして、過ぎた時は戻りません。ならば、心の傷を癒やす時間と、やり直せる時間が多く貰える方が傷つけるように見えて、優しい行為ですよ」

「……そんなもんですかね?」

「えぇ。そんなもんです。長く生きて色々見た限りですけどね」

「実は村長の話しですか?」

「がっはっは。おかげで婚期が遅れました。まぁ、捨てる神がいれば、拾う神がいるというやつですな!」


 まるで笑い話でも言っているかのように、ジライルは大笑いをしている。

 こうやって恥ずかしい恋の話しも笑い話に出来る辺り、村長はいい年の取り方をしたとトウルは感心した。

 いつかトウルもこうやって今の悩みを笑えるようになるのか。

 そんなことを思う。


「どうやって選べば良いと思います?」

「ほぉ、錬金術師なら選ぶのは得意かと思ったのですが」

「相手は道具でも材料でもないですからね」


 トウルは恥ずかしさを消すためにビールを一気に飲み干すと、ポリポリと頭をかいた。


「なるほど。それならば、そうですなぁ。それぞれ二人きりで過ごしてみて、誰が一番しっくり来るか。理屈でも理論でも無く、心の底から勝手にわき上がる感情に聞いてみるというのはいかがでしょう?」

「二人きりで、ですか?」

「将来上手く行けば、同じ家で残りの人生一緒に過ごすのです。理屈で片付くようなことは、その理屈の前提がひっくり返れば簡単に崩れます。そして、理屈が崩れるような出来事などそれこそ山のように積み上がります。それでも許し合えるのは理屈を超えた感情があるからだと、ワシは考えております。そして、その感情があるか気付くには二人きりの時間が有効だとワシは思いますがね。事実、こうやって今、トウル様と腹を割って話せておる」

「……なるほど」


 酒が入っているはずなのに、期待した以上に親身になって話してくれる村長に、トウルは感謝しながらビールをついだ。


「クーデリアは面倒見が良いし、ミスティラはあれで実は心優しい娘だ。レベッカさんはトウル様の方が良く知っておるだろうが、どの子もお似合いですし、きっと良い家庭を築けますよ」


 村長はそう言うと、お礼とばかりにトウルのグラスにもビールを注いできた。


「リーファもみんなに懐いていますしね」

「えぇ、心配することはありませんよトウル様。あの子は強い子ですから」

「それには同意です。結構甘えん坊だけど、芯は強い子です」


 トウルとジライルはもう一度グラスをかちんとぶつけた。

 リーファのこととなればすぐに意気投合する。

 村長はトウルに負けず劣らずの親ばかっぷりを発揮していた。


「さてと、トウル様。そろそろワシはお暇いたします。酔い醒ましを頂けますかな? 酔っ払って帰っては家内にどやされますので」

「あぁ、はい。どうぞ。実はもう既に準備済みです」

「がっはっは。さすがトウル様ですな。ありがたい」


 ジライルはトウルから飲み薬の入った瓶を受け取ると、一気に飲み干した。

 三十分ぐらいすれば酔いも醒めるだろう。


「また何かあったら相談してください。このご老体で良ければいくらでも話をいたしますし聞きましょう」

「ありがとうございます。村長」


 村長を見送って工房に戻ると、結構な時間が経っていた。

 そろそろリーファを迎えに行く時間だ。


「って、今日の午後ほとんど酒飲んで終わった!?」


 思ったより長かった昼間の宴会にトウルは驚きの声をあげた。完全に村の時間に身体が慣れきっていたらしい。


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