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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
錬金術師、娘を学校に送る
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ライエの悩みとリーファ

 約束通りトウルはリーファと一緒のベッドで眠り、朝はリーファに起こされた。


「お父さん起きて。朝だよー」

「……んぁ。あぁ、もう朝か」

「おはよー。お父さん」

「ふぁー……。おはよう。リーファ」


 トウルがあくびをしながら身体を起こすと、リーファは元気良くベッドから飛び降りた。


「お父さん、何かいつもより眠そう」

「ん、あぁ、昨日リーファに話した設計図のアイデアを考えていたら、眠れなくてな」


 子守歌代わりに道具のアイデアを話すことが、トウルとリーファの日課になっていたのだが、昨晩はそれが悪い方に影響した。

 鉄道を引くと言うことは車両の様々な設計だけでなく、レールなど他の要素も考えないといけない。

 トウルは問題を一つ一つに小分けする作業をしていたら、なかなか寝付くことが出来なかったのだ。


「リーファがご飯作ってくるから、お父さんは寝てていいよー」

「あぁ、いや、そういう訳にもいかないさ。一緒にやるよ」


 トウルはベッドから降りて大きな伸びをすると、リーファの頭を優しく撫でた。


「それに昨日一緒にお弁当も作るって約束したしさ。ありがとうな。リーファ」

「えへへー」


 リーファの前では強がったトウルはリーファと一緒に顔を洗うと、一緒になって朝の仕度を済ませた。

 食事も終わると、リーファの歯を落とさないようにトウルは細心の注意を払いながら磨いた。


「よし。歯磨き終わり。突然ポロッと落ちるから、気を付けろよ。触ったら余計ばい菌が入って悪化するから、下手に歯茎は触るなよ?」

「うん。分かったー」


 朝の仕度が一通り済んだところで、トウルはもう一つの約束を思い出した。


「んじゃ、髪の毛しばってみるか。えっと、どういう風にしたい?」

「んー。お団子がいいなー」

「分かった。お団子だな……。って、しまった。髪の毛の結び方全然知らない!?」

「あはは。お父さんはしょうがないなー。それじゃ、リーファが髪手で縛るから、お父さんゴムつけてー」


 自分の情けなさにトウルがガッカリしていると、リーファは笑って許してくれた。

 リーファは髪を右側でまとめると、まとめた所を指さした。

 そこにトウルが髪留め用のゴムをつける。


「どう? お父さん?」

「うちの娘は世界一可愛いんじゃないだろうか……」

「えへへー。ありがとー」


 普段見慣れないサイドテールの髪型に、トウルはびっくりして固まりかけた。

 髪型一つで随分と印象が変わる。

 ずっと眺めていたかったトウルだったが、列車の時間を思い出して我に戻った。


「よし。それじゃ、駅まで送るよ」

「はーい」


 トウルがリーファにカバンを手渡すと、リーファはカバンを受け取ってそのままトウルの手を握った。


「いこっ。お父さん」


 わざわざ確認することもなく、リーファは自然にトウルの手を引いて歩いている。

 トウルは言葉に出さず、ただ笑顔で頷いた。

 工房から出たトウルとリーファは横に並ぶように歩いて、手を大きく振っていた。

 ぽかぽかと暖かい朝の日差しで、リーファはより元気になったようだ。

 そんなリーファと川辺を歩いていると、ちらほらと子供達が歩いている姿が目についた。


「みんな学校にいくのかな?」

「うん。みんな学校で見たことある人達ばっかりだよー。あ、らーちゃんだ。おーい、らーちゃーん」


 リーファがライエを見つけたのか、大きな声でライエを呼んだ。

 トウルがリーファの視線の先を追うと、そこには黒髪で眼鏡をかけた少女がこちらに顔を向けていた。


「りっちゃん。おはよー。あ、今日は髪型変えたんだー」

「そうなのー。お父さんと一緒に結んだんだー」


 ライエはトウル達の方へ駆け寄ってくると、可愛らしい笑顔で挨拶をしてくれた。


「トウル師匠おはようございます」

「おはよう。ライエ。一緒に駅にいかないか?」

「はい。私もりっちゃんと一緒に行きたかったから、お願いします」


 そして、トウルには礼儀正しくお辞儀をしてくれた。

 周りを見てもご両親は見当たらない。


「そう言えば、ご両親には俺の所で錬金術の勉強することは伝えたのか?」

「はい。トウル師匠なら安心して預けられるって、言われたので、近い内に挨拶にいくと思います」


 真面目に村で仕事して良かったと、得られた信頼にトウルはホッとした。

 ちょうど良い機会だと思って、トウルは昨日のリーファの疑問を晴らしてみようと思った。


「ライエは兄弟いるか?」

「はい。五歳の妹と三歳の弟がいます。かわいいですよ。たまに喧嘩もしますけど」

「三人兄弟の長女なんだ」

「そうです。お姉ちゃんっぽくないですか?」

「ううん、そんなことないさ。しっかりしてる所はお姉ちゃんっぽいよ」


 トウルが首を縦に振るとライエは嬉しそうに笑った。

 見事に言い当てたトウルに、リーファは目を見開いて驚いている。


「お父さんすごいね。本当にらーちゃんお姉ちゃんだった」


 トウルはむしろ、ライエの微妙な気持ちに気付いたリーファが凄いと思った。

 リーファは本当に良く人の心に気がつく子だ。


「ねー、らーちゃん。リーファ聞きたいことがあるんだ」

「なに?」

「お姉ちゃんって大変?」

「うん。大変だよー。お父さんもお母さんも、妹と喧嘩してもお姉ちゃんだから我慢しなさいって言うし、お姉ちゃんだからしっかりしなさいって言うし」


 ライエの言葉に、トウルはご両親もライエもどっちも大変そうだなと思って、黙って聞いていた。

 親が子供の面倒を見られる身体は一つだし、より手のかかる小さい子に気を遣うのは当然だ。でも、我慢しろと言われた方の子供は嬉しい訳がない。

 もし、リーファに妹が出来た時に、リーファが不安を感じないぐらいのことをしてあげられるのか、トウルは少し不安になった。


「そっかー。抱っことかしてもらえる?」

「んー、あんまりないかなー。お姉ちゃんだし」


 リーファが質問を続けると、ライエは平気なように答えた。


「そっかー。なら、えーい、ぎゅー」

「りっちゃん!?」


 リーファがトウルから手を離すと、リーファは元気良くライエに抱きついた。

 咄嗟の出来事でライエは混乱しているのか、目をぱちぱちと素早い瞬きをしている。


「ちょっと、りっちゃんどうしたの?」

「えへへー。らーちゃんかわいいー」

「え、えー!?」


 抱きしめられたライエはリーファに頭まで撫でられて、戸惑いの声をあげている。

 トウルは昨日の夜、リーファと話した言葉を思い出して、温かい目を二人に向けていた。

 リーファは寂しさを感じているだろうライエを、励まそうとしているようだ。


「ちょ、ちょっと恥ずかしいよ。りっちゃん」

「らーちゃんのこと、リーファ好きだよー」

「私もりっちゃんのこと好きだけど、本当にどうしたの!?」


 ライエが真っ赤な顔で声をあげると、リーファはライエをようやく解放した。


「らーちゃん、元気でたー?」

「あぁっ、もう、お返しだ。りっちゃん!」

「きゃー。あはは。くすぐったーい」


 今度はライエからリーファに抱きつくと、ライエがリーファの胸元や脇の下をくすぐり始めた。

 ライエなりの照れ隠しなのか、ただ子供らしくじゃれ合いたいだけのか、トウルには分からなかったけど、リーファもライエも太陽のように明るく笑っている。

 それが答えで十分だった。

 唯一残念だったことと言えば、トウルがこのくすぐり合いに参加出来ないことだ。

 さすがにクーデリア達に逮捕されたくない。


「ほら、二人とも遅刻するぞ?」


 トウルは仕方なさそうに笑いながら時間を告げた。

 ずっと見ていたくなる姿だったけど、時間は待ってくれない。


「あっ、そうだった。らーちゃんいこー」

「あ、すみません。トウル師匠。……ありがと。りっちゃん。手繋ごう」

「えへへー」


 落ち着いた二人はまた手を繋いで歩き始めた。

 好きと言いながら頭を撫でたり、すぐ抱きつく癖は誰に似たのやらと、トウルは苦笑いしながらリーファの頭を見下ろした。


(あ、俺か)


 トウルがリーファにやっていることを、リーファはライエにやっていた。

 それが、トウルは嬉しくて胸の奥が暖かくなった。

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