リーファのクッキー
少女達より遅れて工房に戻ったトウルは、運動したせいか小腹が空いていることに気がついた。
少女達は温泉に浸かっていることだし、あがってきた時に何か食べる物があると良いかもしれない。
「いや、俺は俺が食べたいから錬成するんだ。あいつらの分はついでなんだからな」
自分に言い聞かせるように独り言を呟いたトウルは、設計図をすぐに引き始めた。
コムギ、大豆、水、そしてコーヒー豆。それぞれを分解して、再構築することで、クッキーを作ろうとしていたのだ。
コーヒーは目を覚ますために、コムギは圧縮率を上げて、小さくても満足感が得られる作りとして設計していく。
「よし。出来た。付加効果もスッキリ目が覚める。お腹が膨れる。体力回復がついたな」
できあがったのは茶色い四角形の板型のクッキーだった。
みんなきっと喜んでくれるだろう。
そのクッキーを皿にのせて、少女達が戻ってくるのをトウルは椅子に座って、頬を緩ませながら待っていた。
「とーさん。それなに?」
「あぁ、これは俺が中央で研究をしていた時に開発した携帯糧食でな。小さいけど満腹感が得られて、栄養もあるという優れものだ。目も冴えるぞ」
リーファの問いに腕を組み自信ありげにトウルが答えた。
「へー、いっただきー」
「いただきます」
冒険者向けな商品説明にひかれたのか、クーデリアとミスティラがトウルの説明の途中で、クッキーをつまんで口の中に放り込む。
すると二人は急に顔をしかめて、恨めしそうな目でトウルを睨み付けてきた。
「ね、ねぇ、トウルさん。これ自分で食べた?」
「リーファちゃん。これを食べるのはよしなさい。舌がおかしくなります。お菓子では無く、薬の味がします」
簡単に言えば不味いと言われたらしい。
そんな不本意な二人のリアクションに、トウルは呆れたように肩をすくめた。
ただ、実際はため息をつかないようにかなり強がってもいる。
「酷い言われようだな。確かに甘味がなくて、少し苦いだけのクッキーだが、栄養価は高いぞ。こう眠気で倒れられない修羅場の時に口の中に入れると、数時間は意識をもたせてくれる」
トウルは食べ慣れているからか、口の中に入れても特に顔を歪めることは無かった。
板状でさくさくしているブラック珈琲を食べているような物だ。
コーヒーを飲めれば、普通に食べられる程度の苦みにしかトウルは感じなかった。
「うわー……出来ればそうなる前に仕事終わらせたいわー……。って、呆れてたら、リーファちゃん。食べちゃった!? 吐き出して良いんだよ!」
「ねー。とーさん。設計図見せて?」
クッキーを片手にリーファが錬金術として尋ねてきた。
そう聞かれたら、錬金術師としては悪くない気にさせられる。
設計図というのは、錬金術師の力そのもので、設計図を見たいと言われるのは力量が優れていると思われるのと同義だからだ。
「あぁ、これだ。レシピはこの本のこのページだ」
「ありがと」
トウルが携帯糧食のレシピ本と設計図をリーファに手渡すと、リーファは二つの本を持って製図台の椅子に登った。
「えっと、これがこうして。こうなってー。ここはとーさんの真似をして」
あれこれリーファが呟きながらペンを走らせていく。
そして、ものの数分で書き上げると、倉庫から色々な食材を取り出して持ってきた。
「まず牛乳入れて。コーヒー豆入れて、コムギを入れて、後は半量のコムギを入れて。よし。えいっ!」
リーファは一人でてきぱきと錬成の手順を踏んでいき、最後に魔力を通して錬金炉を起動させた。
「すごいねリーファちゃん。私、今でも設計図書けないし、レシピの文字の意味が分からないことあるのに」
「あの子は本物の天才だと思うよ。……俺と違って」
トウルは自分の全てを賭けて錬金術を学んだ。
それをたった一日、それも数回見ただけで、見よう見まねで出来るようになるというのだから、リーファのポテンシャルが羨ましくも、恐ろしくもあった。
トウルが逆立ちをしても手に入れられないリーファの才能に、トウルは長いため息をついた。
「できたー。とーさんのクッキーは大人の味だったから、子供の味にしてみようと思ったの」
黒かったトウルのクッキーとは違い、リーファの錬成したクッキーは薄いクリーム色になっている。
「いっただきまーす」
クーデリアに続いてミスティラが口の中にクッキーを放り込んだ。
「なにこれ美味しい!」
「トウル様のと違って、これは普通に食べられますね。私が作るのと遜色無いですわ。というか、二枚目が欲しくなりますわね」
明らかにトウルのクッキーと反応が違う二人を見て、トウルも不満げな表情でクッキーを口の中に入れた。
だが、トウルの苦い表情はすぐに緩んでしまう。
「普通にレシピ通りしただけだろ……って、これは驚いたな。コムギの二度入れは分解による糖化を狙ってやったのか」
甘くて優しい味が口の中に広がった。しっとりした生地を噛めば、ふんわりとミルクの香りが漂う。
そのミルクの香りが臭みにならないよう、珈琲の香りが後味をスッと引き締めている。
しかめっ面が瞬く間に笑顔になってしまうような味だ。
「ぶんかいとちゅーしゅつって昨日の薬にもあったから、真似してみたの。牛乳好きだからあっしゅくしたら美味しいかな? って思った」
「糖化は教えていないぞ?」
「パンを噛んでると甘くなるから、分解したら甘くなると思ったの。じーちゃんがそんなこと言ってた。後、朝起きてからとーさんのノートと教科書を読んだら同じことが書いてあった」
「すごいな……リーファ」
「えへへー。とーさんに褒められたー。あのね、とーさんの書いたメモ。分かりやすかったよ。いっぱい書いてあって、大事なところを分かりやすくしてくれてありがとう」
トウルは素直に感心した。
リーファはトウルの完全なコピーだけでなく、作りたい物を作るために、レシピを自力で解読して設計図を書いた。
学習速度が普通の人の比ではない。天才と称されるトウルから見ても、リーファは錬金術師としての天賦の才があった。
「なぁ、リーファ。お前本当に錬金術を始めたばかりか?」
「うん。そーだよー」
「なら、村長から何か特別な訓練受けたとか? 見た物をそのまま覚えられるって言ってたけど」
「ううん。お料理とお洗濯とお掃除は教えて貰ったけど、特別なことはしてないよー」
リーファが嘘をついている様子はない。
そして、リーファが本当のことを言っているのは、クーデリアが保証した。
「前からリーファちゃんは人のやっていることを一度見るだけで、真似出来る力があるんですよー。あ、リーファちゃん。私クッキーのおかわりが欲しいな」
「私もいただきたいです。今度は私がお茶を入れるので、お茶を飲みながら食べましょうか」
リーファは錬金術で二人の少女を心から笑わせている。
人と笑顔の中心にいる錬金術師を見て、トウルは胸を押さえた。
(そういえば、師匠は錬金術のことを何て言っていたっけ?)
トウルはリーファを見て、錬金術を始めた切っ掛けを思い出そうとしたが、何故だったのかなかなか思い出すことが出来なかった。
いつの間にか一人で研究をして、研究室に籠もるようになっていた。
あんな笑顔を誰かにして欲しかったし、自分も笑顔になっていたのではないだろうか。
自分はもっと純粋に錬金術と向き合っていたのではないかと、トウルの頭の中を言葉がよぎった。
そんな風に、トウルは幼い頃の自分の姿をふとリーファに重ねてしまい、思わず首を横に振った。
「とーさんも食べる?」
「ん、あぁ、食べるよ」
「やったー」
はしゃぐリーファを、トウルは何処か遠い存在のように眺めていた。
同じ天才と呼ばれる人間にしては、トウルとリーファでは随分と人にも錬金術にも向き合う表情が違う気がして、トウルは自分の持っていない大切な物をリーファが全て持っている人のように見えた。
○
その後、トウルはリーファの作ったクッキーと酔い醒ましの薬をクーデリア達に持たせて、配達に向かわせた。
人もいなくなり、トウルは静かになった部屋でレシピ本を読んでいると、隣に座っていたリーファが声をかけてきた。
「ねぇ、とーさん」
「なんだ?」
「リーファが錬金術をもっと出来るようになって、みんなを笑わせることが出来たら、リーファはずっとここにいてもいいのかな?」
「リーファ……お前」
「あはは。ねぇ、とーさん。もっと錬金術について教えて」
リーファは人懐っこい笑顔で笑っている。
そんな笑顔には似合わない言葉を、トウルは聞き逃さなかった。
そのせいだろう。トウルはリーファのお願いを、どうしても断ることが出来なかった。
トウルも錬金術の腕を磨いたから、足の引っ張り合いと嫉妬の中を生き延びられた。
平民の癖に錬金術師なんて生意気なんだよ。とトウルは言われてきたが、孤児であるリーファもきっといつか同じことを言われるだろう。
そして、リーファのみんなを笑顔にすることが出来たらという言葉に、トウルは胸に引っかかりを覚えていた。
その引っかかりが、自分のなくしたとても大事な何かだと思ったトウルは長いため息をついた。
「……分かったよ。客が来たら、中断するからな」
「うん。お客さんは大事!」
言葉の意味を分かっているのか分かっていないのか、どちらか分からないリーファの明るい返事にトウルは苦笑いした。