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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
錬金術師、娘を学校に送る
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いつものお風呂

 リビングに戻ったトウルは五人分のお茶を入れて、机の上においた。

 中央にはライエの作ったクッキーをお皿の上に盛る。


「さて、ライエが作った初めての物だ。まずは自分で食べてみてくれ」

「は、はい!」


 ライエは緊張した面持ちでクッキーをつまむと、プルプルと震える手でクッキーを口の中に放り込んだ。

 ライエの強ばった肩の力が抜けていく一方で、目が大きく見開かれていく。


「ちゃんとできました!」

「おめでとうライエ。これが君の初めての錬成成果だ。よくがんばったね」

「トウルさんとりっちゃんのおかげです。ありがとうございます」


 トウルがクッキーを一枚取ると、リーファも続いて一枚取った。


「俺もいただくよ」

「らーちゃんのクッキー。いただきまーす」


 続いてクーデリアとミスティラもクッキーに手を伸ばす。


「それじゃ、私ももらうねー」

「いただきますね。ライエ」


 クッキーの崩れる軽い音がすると、トウルの口の中に優しいミルクの味が広がった。

 紅茶の香りが鼻を抜けていく。

 クッキーもほろほろと口の中で砕け、溶けていった。


「ミルクティークッキーちゃんと成功したな。レシピ化した設計図通りだ」

「らーちゃんのクッキーおいしいね」


 トウルとリーファも成功を祝うと、クーデリアとミスティラも笑顔で驚いていた。


「おー、ライエちゃんやるなー。おいしいよ」

「えぇ、そのうちライエのクッキーも、一緒に売り出すかもしれないですね」


 みんなが笑顔でライエをたたえると、ライエは照れているのか両頬に両手をあてて真っ赤な顔を隠してしまった。


「リーファはね。初めて錬金術やった時、爆発させたんだよ。初めてでちゃんと作れるって、らーちゃんすごいね」

「え? りっちゃん失敗したの?」

「うん。真っ黒になっちゃった。ね、お父さん」


 リーファが笑いながらトウルに尋ねてくる。

 リーファが初めての錬金術をやった時、術式を間違えて圧縮しすぎた水が破裂した。

 今となってはトウルにとっても懐かしい笑い話になっている。


「あれから本当に色々なこと覚えて、作れるようになったもんだな」

「えへへー」


 色々な意味で成長したリーファにトウルは笑顔を向けると、そっとリーファの頭をなでた。


「ライエ。君もこれから色々な物を作ることになると思う。失敗することは絶対にあるけど、俺でもリーファでも失敗したことがある」

「トウルさんもですか?」

「あぁ、俺も爆発させて、師匠によく笑われた」

「そうなんですか。意外です。国家錬金術師って一番すごい人なのに」

「うん。失敗を認めて、どうするか考える力が大事なんだよ。だから、最初に言っておくけど、失敗したらダメだとか、失敗したら怒られるって思ってやらないでいいよ」

「はい。分かりましたトウル師匠」

「あ、トウルさんより良いかも」


 その後、トウル達は学校の話しや、リーファの作った道具についてあれこれお喋りし、時間はあっという間に過ぎていった。

 ライエの親が心配する時間になる前に帰らせないと、迷惑がかかる。

 トウルは昼間の自分を思い出すと、名残惜しいと感じつつお開きを切り出した。


「ライエ。今日はそろそろ帰ろうか。ご両親が心配するだろうし。後、ちゃんと俺の所に弟子入りするなら、ご両親に許可を貰ってくれ」

「あ、はい。分かりました」


 トウルの言葉でライエはハッとしたような表情を浮かべると、慌てたように席から立ち上がった。

 夜の道を七歳の女の子一人で歩かせる訳にはいかない。


「クーデ、ミリィ、悪いけどライエについて貰って行っていいか?」


 トウルは二人に尋ねると、保安員二人組は快諾してくれた。


「もちろん。保安員だしね」

「えぇ、クッキーのお礼にサービスさせていただきますわ」


 スッと立ち上がると、クーデリアとミスティラはライエを挟むように移動した。

 楽しい時間が終わる前に、楽しい時間をくれた少女達にトウルは感謝した。


「クーデ、ミリィ、今日はありがとう」

「いいよいいよ。私達も楽しかったし。ね、ミリィ?」

「えぇ。またこうやって一緒に遊びましょうトウル様」


 二人のありがたい申し出に、トウルは笑顔で頷いた。


「あぁ、もちろんだ」


 そして、トウルも立ち上がってライエの前に屈む。


「ライエ。いつでも遠慮無く遊びに来ていいからな。リーファの友達なんだからさ」

「はい。トウル師匠」


 元気の良い返事にトウルは立ち上がると、椅子の上で不満そうに顔を曇らせているリーファを抱き上げた。


「ほら、リーファ。また明日って挨拶しないと」


 トウルがリーファの耳元で優しく囁くと、リーファは小さく頷いた。

 リーファが勇気を出したことを、トウルは理解するとリーファを床に降ろした。


「らーちゃん。また明日、会えるよね?」

「うん。りっちゃんまた明日」

「うん、また明日」


 少女二人が笑みを見せ合うと、クーデリアとミスティラがライエの手を引いて歩き始めた。

 リーファとトウルが三人の後に続き、工房の玄関先まで見送る。

 リーファは三人の姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。


「お父さん。一緒にお風呂はいろー」

「あぁ、一緒に入ろうか。今日も髪を洗ってあげるよ」

「らーちゃん、一人で髪洗えるんだってー」

「……リーファも自分で洗うか?」

「お父さんに洗わせてあげるー」

「あはは。ありがとうリーファ」


 トウルはリーファの言葉に本当にドキッとしていた。

 いつか色々なことを一人で出来るようになる。

 一緒にお風呂に入ることもなくなるだろう。

 少しひねくれたリーファの甘え方が消えて、自立する日が楽しみでもあり、怖くも感じたトウルだった。


「なぁ、リーファ」

「なーにお父さん?」

「大好きだ」

「えへへー。リーファも大好きだよー」


 不安を消すためにリーファの笑顔を見たくなったトウルだったが、これではどちらが甘えているのか分からなくなった。



 数分後、水着に着替えたトウルはリーファを連れて、工房のシャワー室にいた。


「相変わらず綺麗な銀髪だな。母親譲りかな」

「そうなの?」

「何となくそう思っただけさ。綺麗な髪は女性の命。とかレベッカなら言いそうだし」


 トウルはレベッカの話題を出して誤魔化した。

 でも、本当のことだ。マリヤの若い頃の似顔絵はリーファと同じ雪のような銀色の髪だった。


「そうだんだ。夢の中で見るお母さんもね。銀色の髪だったから、リーファもそうかなーって思ってたの」

「へぇ。そっか。なら、大事にしないとな」

「うん。あ、だから、明日は髪の毛結んでみたいなー」

「へ? なんでまた?」


 いまいちトウルの中で繋がらないリーファの発想に、トウルは首を捻った。


「あのね。学校のみんな色々な髪型してるでしょ? みんなお母さんにしてもらったって言ってたの。だから、お母さんがいたらリーファの髪の毛結んでくれたのかな? って思ったの。リーファのお母さんはもういないけど、してあげたら喜ぶかなって」

「そっか。よし、んじゃ、明日の朝俺が結んでみるよ。で、お母さんにも見せてあげよう。リーファはこんなに可愛くなったって」

「えへへ」


 そんな約束をしたおかげで、トウルはいつもより丁寧にリーファの髪を洗った。

 そして、綺麗になった髪を丁寧にまとめて、落ちてこないようにタオルで留める。

 トウルとリーファは身体を洗い終わると、温泉に浸かった。


「ねー、お父さん。今日はリーファが話してばっかりだったから、お父さんの話聞きたい」

「えーっと、そうだなぁ……」


 トウルは素直に言うか、リーファに心配をかけないために誤魔化すかを悩んだ。


「新しい道具の設計をずっとしてたんだよ」

「へー、なになに? どんなもの作ろうとしてるの?」

「ものすごい早い列車を作ろうとしてるんだ。中央まで一時間ぐらいでつくようなの」

「すごいね! でも、なんで突然列車を作ろうとしたの?」


 リーファの質問にトウルは空を見上げて、宙に浮かぶ満月を見つめながら口を開いた。


「将来、きっと役に立つと思ったから」

「そうなんだ」

「うん」

「それじゃー、お父さんはリーファがいなくて寂しくなかったの?」


 今のトウルにとっては一番答えたくない質問だった。

 でも、答えないといけない。


「……寂しかったな。正直、仕事が手につかなくなるぐらいには」


 トウルは数秒間迷ったあげく、素直に言うことに決めた。

 リーファなら、トウルの気持ちを知っても、ちゃんと真意を汲んでくれるはずだと信じられたからだ。


「リーファ、やっぱり家にいる方がいい?」

「ううん。大丈夫だ。俺の所にはクーデとミリィが来てくれたし、リーファにはライエがいる。それにお喋り人形でリーファと離れていても喋れる。だから、リーファは学校に行っていいよ。それで大事な友達作ってこい」

「ありがとう。お父さん」


 二人の名前を出したおかげか、リーファは素直にひいてくれた。

 ただ、それでトウルは堰を切ったかのように口を動かし始めた。


「あ、ただ、遊びに行くときはちゃんと連絡すること。帰る時間を言うこと。お泊まりする時はどこの誰の家に泊まるか言うこと、あとはそうだな。知らない人にはついていかないこと。後は後は、あぁ、リーファにちょっかいを出す奴がいたら俺に教えろ。じっくりお話してやるから。後は――」

「お父さんまだあるのー?」

「はっ、ごめん。つい……」

「あはは。お父さんは心配性だねー」


 トウルはふと我に返ると、困り顔を浮かべるリーファに顔を向けて謝った。

 すると、リーファに盛大に笑われた。


「お父さんだから心配ぐらいするさ」


 初等学校卒業後のことまで心配までしたことをトウルは伏せて口を尖らせた。


「でも、リーファもお父さんが心配なんだよ? お父さんは昔、お仕事しててご飯食べるの忘れちゃうことあったんでしょ? ちゃんとお昼ご飯食べた?」

「えっと……うん。食べたぞ」

「何食べたのー?」

「クッキーと紅茶」

「それ以外は食べてないの?」

 リーファの質問にトウルは口ごもった。

「錬金術に夢中になって、ご飯作るのが面倒臭くなったの?」

「……栄養価だけはばっちりだ」

「もー……お父さん」


 トウルの回答に、リーファが呆れた目で見つめてくる。

 そのせいで、トウルの声は段々としぼんでいき、目をリーファから反らした。


「お父さんがリーファのお弁当作ったのに?」

「……うん」

「お父さんがちゃんとご飯食べないなら、リーファ学校行かないよ?」

「ちょっ、それは違うだろう!?」

「えへへ。冗談だよー。明日はリーファもお弁当のお手伝いするね。お父さんの分も一緒に作れば、お父さん食べてくれる?」


 トウルは長いため息をつくと、優しい笑顔でリーファの提案に頷いた。

 そうリーファに言われたら食べるしかない。断っても拗ねそうだし、食べ残しても不機嫌になりそうだ。

 それ以上に、リーファと一緒にいられる時間が増えるのが、トウルは嬉しかった。


「ったく。ミリィみたいなことを言うよな。それじゃ、明日は一緒にお弁当作ろうか」

「えへへ。お父さんと一緒のお弁当だ」


 嬉しそうに頬を緩めるリーファの顔を見たトウルは、なんだかんだでリーファもかなり寂しがっていたことに気がついた。

 今夜は寝るまでお喋りにつきあってあげよう。

 そんなことを思いながらトウルはリーファの頭を撫でた。


「今日は一緒に寝ようか?」

「うんっ! あのね、お父さんの作りたい列車のお話もっと聞かせてー」

「あぁ、俺とリーファが村にいながら、中央で勉強するための列車だからな」


 トウルは大きく伸びをすると、リーファと一緒に百まで数えて温泉からあがった。

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