錬金術師の剣術
トウルは剣を構えて腰を低くした。
脚のバネを最大限に使うために力を溜める。
ミスティラも体勢を低くしていて、一閃が飛んでくる気配がする。
ちょっとした遊びだったが、トウルもクーデリアも本気で遊ぼうとしていた。
「始め!」
ミスティラの合図で、トウルとクーデリアが同時に跳躍した。
剣と剣がぶつかり、トウルとクーデリアの勢いが止まる。
「やるじゃんトウルさん。敢えて、突っ込んで来て一閃の勢いを殺したんだ」
「対処方法は正解だったみたいだな」
「でも、私は二刀流だよ!」
クーデリアが上半身を捻って、勢いよく二刀目の剣を切り上げてくる。
トウルの複合剣はクーデリアの一刀目を抑えている以上、二刀目を防ぎようがないように見えた。
「なら、こっちは複合可変剣だからな」
トウルがニヤリと笑うと、突然剣の柄が伸びてクーデリアの剣を受け止めた。
「え!? 槍になった!?」
「貰ったぞクーデ!」
刃の方でも変形が発生する。内側の刃が上にスライドし、刃の向きをクーデリアへと向ける。
その瞬間、刃が八つに割れ、蛇のようにクーデリアへと襲いかかった。
「っ!? 鞭剣になった!?」
本能的に危険を察知したのか、クーデリアはトウルの剣を弾くと、一気に距離を離すように後方へと飛んだ。
「……なるほど。名前の通り複合可変剣かぁ。厄介な剣だね」
「避けられたか。あれで縛り付ける予定だったんだけどな」
「トウルさんがネタばらしをしたくない理由が良く分かるね」
「だろ?」
トウルは槍形態になった剣を構えてクーデリアにつっこんだ。
槍のリーチを活かして連続で横薙ぎに振るう。
「剣の型も綺麗だと思ったけど、なかなかどうして、槍も上手じゃないトウルさん」
「師匠が趣味人というか気まぐれでな。日によってメニューと武器が変わったんだ」
「にしては随分と良い腕してるよ!」
クーデリアがトウルの攻撃を二本の剣で受け止めながら、後退していく。
「基本は全てに通じるってのが、師匠の教えでな。遊びも意外としっかり教えられたんだ」
時折突きを交えて、クーデリアを幻惑させていく。
ただ、クーデリアもさるもので、トウルの攻撃をしっかり防いでくる。
トウルが押しているように見えたが、決定打は与えられなかった。
「やるなクーデ」
「そりゃ、本職が負けたら話しにならないからね! 見切ったっ!」
クーデリアが逆手に構えた剣でトウルの槍を防ぎ、真っ直ぐトウルに向かってつっこんでくる。
「貰ったよトウルさん!」
左腕の刃でトウルの槍を防ぎながら、右腕で剣を下から切り上げようとしている。
だが、クーデリアの剣がトウルに届くよりも早く、彼女は体勢を崩して前のめりに転けた。
「あたっ!?」
「おっと。大丈夫かクーデ」
トウルに向けて倒れ込んできたクーデリアを、トウルは優しく抱きしめた。
頭に衝撃を与えたせいか、クーデリアは真っ赤な顔をして、目を白黒させている。
「クーデ動くなよ。頭に当たったから、ちょっと落ち着くまでこのままでいろ」
「えっと、もしかして私何かに躓いて転けた?」
「違う違う。俺が槍から鎌形態に変形させたんだ。それで鎌を引いてクーデに攻撃をあてたんだよ」
トウルは鎌の形に変形した武器を見せると、クーデリアはトウルの腕の中で残念そうに笑った。
「あー、それで頭はたかれたのか。トウルさんが教えてくれない訳だね。でも、これはこれで役得かも……」
「あぁ、技術はクーデの方が圧倒的に上だからな。俺は道具の強さで戦うしか無いし」
「良く言うよー。どの武器も基本的な動きが出来る癖にー。まぁ、道具も実力のうちってやつだよね」
「あぁ、変形パターンを知られていたら、不意打ちは出来なかった。軽く当てたつもりだったんだが、身体の調子は本当に大丈夫か?」
「んーー……もうちょっとこのまんまでいいかなー」
「ごめんクーデ。すぐに薬を持ってくる。ミリィ、クーデの介抱を頼めるか!?」
トウルはすぐに良くならないクーデリアの容体に焦って、大声をあげた。
「あぁっ! 大丈夫大丈夫だから! これでも鍛えてるからね? ディラン先生にも中央の先生にも結構やられたことあるし。本当に大丈夫」
すると、クーデリアは何事も無いかのようにトウルの胸から離れ、軽くその場でステップを踏んで元気さをアピールしていた。
「でも、顔が赤いぞ?」
「それはそのぉ……。恥ずかしいじゃん。本職が錬金術師に負けちゃうなんて。何となくまだ変形パターンがある気がするし」
「あ、あぁ、そっか。そっちの恥ずかしさか。えっと、うん。まだ変形機構はあるし、隠しギミックもある」
「おー、トウルさんと遊ぶと、いい鍛錬になりそうだね。良い立ち会いをありがとう。トウルさんまた遊んで貰って良い?」
「お手柔らかに頼むよ」
クーデリアの差し出した手をトウルが握り返す。
思ったより柔らかい手にドキッとしてしまう。細身の身体で良くあの動きをすると感心してしまった。
「おつかれさまです。トウル様、クーデ。それにしても、まさかクーデが負けるなんてなぁ」
「あはは。油断しちゃった。でも、次は負けないもんね」
「でも、ちょっと嬉しそう」
「まーねー」
ミスティラの苦笑いにクーデリアは余裕の笑みを返す。
クーデリアは鍛錬の相手が増えて嬉しいのだろう。ミスティラは魔法使いだし、クーデリアと剣を競い合える人間は少なそうだ。とトウルは勝手に納得していた。
すると、リーファの元気の良い声がトウルの耳に届いた。
「お父さんお父さん!」
見守っていたリーファが興奮気味にトウルに近づいて来た。
格好良いところを見せられたと、トウルも胸をはる。
「どうだ。お父さん勝ったぜ」
「うん! でも、この剣どうやって作ったの?」
「あはは。やっぱりそっちに興味が沸いたか。さすがリーファだな」
勝敗と剣の腕より、道具に興味を持つあたり、リーファは根っからの錬金術師気質な子だ。
自由に生きて貰いたいと心から願っているトウルだったが、やっぱり錬金術に興味があると分かるのは嬉しかった。
「よし。それじゃ、部屋に戻ってライエの作ったクッキーを食べながら教えるよ」
「やった! らーちゃんこっちこっち。クッキー取りに行こっ!」
リーファはライエの手を引っ張ると、弾むように走って工房の中へと向かった。
「りっちゃん、もうちょっとゆっくりー!」
引っ張られるライエの慌てた声も聞こえて、トウルは苦笑いをミスティラに向けた。
「クーデとミリィもあんな感じだった?」
「あはは。似たような感じでしたね。まさか、あのリーファがクーデに似るとは思っていませんでしたが」
「まぁ、もともと元気の良い子だったからなぁ。同い年の友達が出来ると、あんな感じになるんだな。きっと二人を真似て、面倒見の良いお姉さんやろうと頑張ってるんだろうな」
「もともと面倒見の良い子ですよ。トウルさんの面倒見てますし」
「はは。そうかもな。子供の背伸びかと思ったけど、やっぱり優しい子だった」
トウルはわざと背伸びという表現を使った。
もちろん、そうじゃないことは分かっている。
孤児であったリーファが大人達から放り出されないために、身につけた処世術だ。
でも、今やその処世術は、トウルの前では背伸びくらいの意味しかない。
もう家から放り出されることも無いし、帰る場所はトウルのところなのだから、寂しい理由は必要無いのだ。
「……よかったな。リーファ」
「あれ? トウルさん泣いてる?」
「……汗だよ。久しぶりに運動したし」
トウルは額を拭う振りをして目元を袖でふいた。
「へぇー」
「そうでしたか。汗ですかー」
からかうような口調のクーデリアとミスティラの声がする。
意地を張って引っ込みが付かなくなったトウルは、真っ赤な顔で鼻を鳴らしながら工房に帰った。




