ライエの弟子入り
トウルが工房を開けると、ライエの感嘆の声が聞こえた。
「ようこそ。ライエ。ここが俺とリーファの家兼、工房だ」
「わぁー……りっちゃんの言った通り色々な物がある」
「錬金工房だからな。あ、ここの棚がリーファの作った物なんだ。すげー良く出来てるだろ?」
トウルは自慢げに棚を指さすと、両手に商品を一杯に抱えてライエに道具を見せつけた。
「えへへー。お父さんが教えてくれたんだ」
「りっちゃんすごいなぁ。本物の錬金術師見習いなんだ。クラフトとは全然違うね」
リーファもトウルの脚に抱きつきながら、ニッコリと笑う。
ライエは目を大きく見開いて、リーファの道具に感心しているようだった。
そんなライエを見て、トウルはクラフトに少し同情した。クラフトはライエに好意を持っているのに、かなり嫌われているようだ。
「うん。決めたよ。りっちゃん!」
リーファを見て大きく頷いたライエは、次にトウルを真剣な顔で見上げてきた。
何か覚悟を決めたようなライエの表情に、トウルは首を傾げる。
一体彼女は何を決めたというのだろうか。
「トウルさんお願いします。私も弟子にしてください」
「らーちゃんを弟子にしてください。お願い。お父さん!」
ライエと一緒になって、リーファもお願いしてくる。
その唐突なお願いにトウルは目を点にした。
「リーファ、どういうこと?」
「らーちゃんもね、錬金術師になりたいんだって」
「えっと、いや、それは分かるんだけど……。ライエ、いくつか聞きたいことがある」
拒否をしてもムダだろうな。と思ったトウルは頭をポリポリかくと、短く息をはいた。
「ライエは何で錬金術師になりたいんだ?」
「りっちゃんの作ってくれた薬とクッキーも使いましたし、花火も見ました。みんなが笑顔になるのを見て、私も作ってみたくなりました」
「なるほど。後はもう一つ。これはお願いになる。俺が忙しい時は、リーファと一緒に自習して貰うこともあるし、教えることで勉強になるからリーファに説明させることもある。それでもリーファとずっと友達でいてもらえるか?」
リーファには常人にはない才能がある。その才能に嫉妬されて友達関係が崩れるのなら、トウルは錬金術を教えるのを拒むつもりだった。
自分が体験した嫌な記憶まで、リーファに体験して欲しくない。とトウルは考えていた。
「はい。もちろんです」
「おっけー。それなら、良いよ。んじゃ、入門書を持ってくる」
トウルはライエの真っ直ぐな目と言葉を信じて、受け入れることにした。
リーファだったらきっと上手くやってくれると、思えたからだ。それに万が一何かあっても今のトウルなら何とかしてあげられる自信があった。
そんなことを重いながらトウルが自室に本を取りに振り向くと、リーファとライエのはしゃぐ声がする。
この先、二人がどんな関係になるのか。クーデリアとミスティラみたいな関係や、自分とレベッカみたいな関係になって欲しいなと思いながら、トウルは階段をあがった。
○
トウルがリーファとライエに一階の机で特別授業をしていると、店の扉がノックされた。
「お、クーデ達が来たか。入っていいぞー」
トウルが嬉しそうに扉に声をかけると、勢いよく扉が開かれた。
トウルの予想通り、クーデリアとミスティラが、両手にたっぷりの食材を持って遊びにきたのだ。
「やっほー。トウルさん約束通り遊びに来たよ」
「今日のメインはラザニアにします。あ、安心してくださいね。クーデは食材切るだけですから」
「ちょっ、ミリィ!?」
「あはは。冗談冗談。作り方教えてあげるから、一緒に作ろ」
店に入った瞬間から賑やかなクーデリアとミスティラの様子に、ライエは面食らっていた。
「トウルさん、何で保安員の二人が?」
「あぁ、俺の親友なんだ」
「へー。そうなんですね。こんばんは。クーデリアさん、ミスティラさん」
ライエは椅子から立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「あれ? ライエちゃんも来てたんだ」
「へぇ。この子が騎士リーファのお姫様?」
「そうそう。いたずらっ子からライエちゃんを守るリーファちゃん、格好良かったんだよー」
盛り上がる保安員を前にライエが顔を赤く染めながら戸惑っていると、リーファが椅子から立ち上がり、ライエの隣に移動した。
「リーファのお友達になってくれたから、お家につれてきたのー。一緒にお父さんから錬金術も教えてもらってるんだー」
「りっちゃん大人相手にすごいね。本当に二人とお友達なんだ」
「うん。よく遊んで貰ってるよー」
颯爽とライエのフォローに入ったリーファの姿に、大人組は顔を見合わせて笑った。
「ミリィ、材料は足りてるか?」
「えぇ。もちろん」
トウルの一言にミスティラはニヤリと笑って頷いた。
そして、クーデリアもトウルの意図を理解しているらしく、仕事を振られるのを待っている顔をして、トウルを見つめてきている。
「クーデ、ライエの家は分かるか?」
「もっちろん。保安員だからね」
トウルの問いかけにクーデリアは笑顔で親指を立てた。
これで工房側の条件は全て揃った。
後はライエ次第だ。
「ライエ。せっかくだから、うちで晩ご飯を食べていかないか?」
「え? でも、お母さんに言ってないから」
トウルの申し出に、残念そうに首を横に振るライエの肩にクーデリアが手を置く。
「ひとっ走り行ってくるよ。晩ご飯前の運動代わりにさ」
「いいんですか?」
「ふふーん。保安員だからね。足を使うのは得意なんだよ」
「お、お願いします。お手紙書きますね。トウルさん紙一枚貰えますか?」
ライエはトウルから紙とペンを借りて手紙をしたためると、クーデリアに手渡した。
「おっけー。それじゃ、行ってくるね。ミリィ、美味しいご飯をよろしくっ」
クーデリアは手紙を受け取るとすぐに走り出して、店の外に出て行った。
大人達の鮮やかな連携プレーに、何も言えなかったリーファが目を丸くしていた。
「お父さん?」
「リーファ。村長の言ってたこの村の掟を忘れたか? 嬉しいことがあったら、みんなでお祝いをする。俺はリーファが友達を連れてきて嬉しいからな」
「えへへ。ありがとうお父さん」
トウルの村長の受け売りをトウルが言うと、リーファはトウルに抱きついてきた。
「りっちゃん、お父さん大好きなんだね」
「えへへー」
ライエが朗らかな笑顔でリーファに笑いかけると、リーファも可愛らしい笑顔を返した。
「お母さんはいないの?」
ただ、やはり子供同士で遠慮が無いせいか、トウルをひやりとさせる言葉もライエの口から飛び出してくる。
それでもリーファは特に悲しむ様子も怒る様子も見せなかった。
「うーん。死んじゃったんだー。お父さんもね。ちょっと前にお父さんになってくれたんだよ」
「そう……なんだ。リーファちゃん大変だったんだね」
「そんなことないよー。それに、ここにはいないけど、れーちゃんって人もいてね。くーちゃんもみーちゃんもれーちゃんもいて、みんなお母さんみたいだよ?」
リーファの言葉に、トウルは先ほどとは違う意味で心底ドキリとした。
午後にクーデリアと話したことを思い出して、余計に意識してしまう。
リーファのお母さんということは、トウルのお嫁さんになる人だ。
トウルの好きな人が二人も一緒にご飯を食べに遊びに来てくれているこの状況が、急に恥ずかしく感じられた。
「あれ? お父さん顔赤いよ?」
「な……なんでもない。さてと、それじゃ、さっきリーファとライエの描いたクッキーの設計図で錬成しようか」
トウルはリーファの疑問を誤魔化すと、設計図の下書きを持って話題を無理矢理変えた。




