リーファのいない昼下がり
錬金工房に戻ったトウルは店の机の上でだれていた。
「静かだなぁ……」
リーファがいないせいで、お客がいない間は店が恐ろしいほど静かなのだ。
それがとても寂しく感じられて、トウルはリーファがいないことを嫌というほど実感していた。
「寂しい……。というか、リーファが初等学校を卒業したら、錬金術師専門の学校行きたいって言うよなぁ……。そうなると中央で一人暮らしになるのか……」
当たり前のように、高難易度の試験を受かる前提でトウルは未来を想像してみた。
「リーファが一人暮らし!?」
「トウルさん、リーファちゃんどうしたの!?」
トウルが立ち上がって絶叫すると、クーデリアがびっくりしたような顔で店の扉に立っていた。
「言われてみれば、リーファがいませんね」
隣にミスティラが顔をのぞかせ、店内を見渡している。
そして、ミスティラは納得したように手を叩くと、わざとらしい笑顔を見せた。
「家出でもされました?」
「学校だよ! さっき無事についたよって連絡あった!」
「あはは……相当来てますねトウル様。心配して来てみれば、クーデと私の予想通りでした」
ミスティラが苦笑いしながら店内に入ると、クーデリアも苦笑いしながらトウルに近づいて来た。
「トウルさん親バカだからねー。リーファちゃんがいなくなったらすごく寂しがると思ったけど、予想以上だったよ」
「うん。すげー寂しい。だって、考えてもみろ。これから学校がある日は昼間にリーファがいないんだぞ? んで、すぐ飛び級で卒業して、中央の錬金術学校行くってなったら、中央で一人暮らしだ! 年に何回会えるんだよ!? それにリーファが一人暮らしと知られたら、何が起こるか! こうなったら俺も先生になるしか!」
クーデリアの言葉に対して、トウルが早口でまくしたてた。
「ト、トウルさん落ち着いて。その時はトウルさんも中央に引っ越せばいいじゃん?」
「それはそうなんだが……」
トウルは口ごもると、クーデリアとミスティラは不思議そうに顔を見合わせた。
「……笑うなよ?」
「うん」
「俺がいなくなると村のみんなの薬はどうすんだよ」
「どこも笑うところなんかないよ?」
「……あと、二人と会えなくなるのが寂しい」
トウルは机に突っ伏して、二人から顔を隠すように小さく呟いた。
言葉はすぐに返ってこなかった。笑えないほど呆れているのかも知れない。
代わりに椅子に人が座る音が両隣でした。
「トウルさんはリーファに自由に生きて欲しいから、学校行って貰ったんだよね?」
「……うん」
クーデリアの言葉にトウルは顔を突っ伏したまま答えた。
「トウルさんはそれで自由なの? 自分を捨てすぎてない?」
「そうでもないさ。俺は父親になるって選択したんだから」
「なら、すっごい無責任なこと言うけどさー。作っちゃえばいいじゃん。トウルさんとリーファちゃんが村にいたまま、中央の学校に通える道具。錬金術師なんだからさ、自由ぐらい作っちゃえ」
クーデリアがトウルの肩をポンと叩くと、逆側にもたれかかられるような感覚がやってきた。
「クーデの言う通りですトウル様。リーファが卒業するまで時間はあるのですから、作っちゃって下さいよ。そうすれば、もしトウル様が中央に戻っても、私達が気楽に会いにいけますから」
ミスティラも真面目な口調でお願いしてくれていた。
二人の励ましにトウルが顔をあげる。
クーデリアもミスティラも明るい表情でトウルを見守ってくれていた。
「……ありがとう。二人とも」
トウルは身体を起こすと、大きく息を吸い込んだ。
さび付いた頭に酸素を送り込み、思考を回転させる。
「そうだよな。俺は錬金術師だ。欲しい物は作り出す。リーファとみんなの生活のために、何を作れば良いか考えれば良いんだ。昨日俺が授業したばかりじゃないか」
トウルはペンと紙を手に取ると、新しいプロジェクトの名前を大きく書いた。
《超高速鉄道計画》
全てはリーファとの生活のために、トウルの挑戦が始まった。
「クーデ、ミリィ、ありがとう。俺やってみるよ」
トウルは二人に感謝の言葉をかけると、二人は椅子から立ち上がった。
そして、各々にトウルに言葉をかける。
「元気が出てよかった。また夕方に遊びに来るよ。リーファちゃんの様子も気になるし」
「私もお話聞きたいので、一緒に遊びにきますね。あ、どうせなら、晩ご飯を作りに来ましょうか。学校帰りのリーファにさせては可愛そうですから」
クーデリアとミスティラの申し出にトウルはもう一度頭を下げた。
「ありがとう。二人が良ければ、是非お願いしたい」
「はいはーい。お任せあれーってね」
「では、トウル様がんばってください」
二人の少女はそういうと店を出て行った。
たった数分間の出来事だったが、トウルを大いに勇気づけてくれた。
おかげで、その日、トウルは寂しさで倒れずに済んだ。
「ふははは! 待ってろよリーファ! この村にいながら中央に通えるように頑張っちゃうからな! 今の学校にも五分くらいでつけるようにしてやる! ふははは!」
トウルは落ち込むどころか、テンションの限界を吹っ切って、仕事をしていた。
○
四時を知らせる時計の鐘が鳴ると、トウルはハッと顔をあげた。
目の前に置いていたリーファの人形が、今から列車に乗ると告げている。
「お父さんは待ってくれてるよね?」
「あぁ、もちろん。ちゃんと工房にいるよ」
「よかった。あ、らーちゃん。これでお父さんとお喋りしてるんだー。すごいでしょー。それじゃ、お父さんまた後でね。絶対に絶対だよ」
「うん。約束はちゃんと守るよ。錬金術師だからな」
「えへへ。また後でね。お父さん」
リーファの声は楽しそうだ。
初めて出来た同年代の友達とも上手くやっているようで、トウルはホッとした。
真似て欲しくないところはちゃんと真似しなかったようだ。
「って、リーファを迎えにいかないと!」
トウルは膨大に積み重なった本と紙の山から這い出ると、慌てた様子で工房を飛び出した。
錬金術の製図に熱中はしていたが、リーファと一緒にいたいという気持ちが大きく勝っている。
「帰ってきたらどうしようかな? おかえりっていうのは当然として、抱きしめるか? 抱っこするか? それともおんぶしながら帰るか? よく頑張ったって頭をなでようか?」
呟きながら歩くトウルの顔は、緩みきっていた。
一秒一秒が待ち遠しくて仕方が無い。
改札口前についたトウルはソワソワしながらあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしていた。
「トウルさん、それじゃ不審者ですよ」
「あれ、クーデ?」
「パトロール中ですよー。とりあえず、子供達がこれから歩く道には不審者はいないみたいです」
「そっか」
「現状、一番怪しいのがトウルさんですからね」
「そうか。それなら、そいつを逮捕――っておい!?」
「あはは。本当に良いお父さんだね。……たまに心配になっちゃうくらいに」
クーデリアは笑ったかと思うと、心配そうにトウルの目を見つめてきた。
彼女が何の心配をしているのか、トウルは理解出来ない。
「ね、トウルさん。トウルさんは恋人とか作らないの? 別にそれぐらいは自由だと思うよ?」
「どうしたんだ急に?」
「リーファちゃんがいるから作らない。とか考える余裕がない。って思ってるのなら、止めた方が良いよ。リーファちゃんだもん。きっとトウルさんにまた変な気を利かせて家出したり、冷たくしちゃうかもよ? トウルさんが自由であるためにさ」
「そんなことは……」
「あはは。ごめんごめん。ただの考えすぎだよね」
トウルが否定するより先に、クーデリアは手を横にふって誤魔化した。
だが、トウルはあえて首を縦に振る。
「でも、クーデの言う通り、リーファは優しくて気が利いて賢い子だからな。そう思ってしまう可能性はあるか」
「……さりげにすごい親バカっぷりを見せつけたね」
「それと……さっきの恋人を作らない理由なんだけど……」
「う……うん」
トウルが口ごもると、クーデリアも緊張した様子で頷いてきた。
何でクーデリアが緊張しているのか、トウルは分かっていなかったが、とりあえずは気にしないでおくことにした。
「えっと……分からないんだ」
「へ……?」
「だから……作り方が分からないんだよ。友達も作ったことなかったから……。その、どうしたら恋人なのかとか、恋人になったら何をするのか……」
「リーファちゃんのお父さんやってるのに……?」
「俺には師匠はいたし、父親はいた。だから、何となく父親ってのがどういうものか分かってた。それに、クーデ達も友達になって一緒にいてくれた。みんなのおかげで、俺はリーファのお父さんになれたんだと思う。最初は流されてだったしな。……だけど、恋人は作ったことがない」
トウルが申し訳無さそうにクーデリアに告げると、クーデリアは微笑んでくれた。
「うん。ちょっと嬉しいな。親友になったかいが少しはあったかも」
「え?」
「ね、トウルさん。私は恋人になったからすることなんて無いと思うんだ」
「クーデ?」
トウルが困ったような顔で聞き返すと、いつものようにクーデリアが明るく笑った。
「あはは。トウルさんは時折、真面目過ぎるよね。一緒に何かをするだけで、楽しかったり、ドキドキしたり、ホッとしたり、なんでもいいんだよ。そんな風にずっと一緒にいたい。ってお互いに思いやれることが恋人のすることじゃない?」
「そうなのか?」
「私はそう思うなー。別に特別なことなんて必要ないと思うよ? あ、互いに思い合うのが敢えて言うなら特別なこと?」
「なるほど……。そこまで詳しいとなると、クーデは恋人がいたことあるのか?」
トウルが真面目に尋ねると、クーデリアは噴きだしてから苦笑いした。
「ただいま絶賛片思い中。一緒にいると楽しいし、見ていたら応援したくなるし、困っていたら頼って欲しいなって思えるよ」
苦笑いのはずなのに、クーデリアの表情は楽しそうにトウルの目に映った。
「羨ましいな。そこまで思って貰えるって」
「本当にトウルさんはトウルさんだよね。時折、私以下のレベルに感じるよ」
「うぐ……」
トウルが精神的なダメージで胸を押さえると、クーデリアがくすくすと笑い声を漏らした。
「だから、トウルさんもそう思える相手を見つけてね。あ、リーファちゃんは無しだよ?」
「条件的に一番ピッタリなのはリーファだったんだが、うん、子供だし、やっぱ違ってたよな」
「本当にバカ親だよ。あ、間違えた親バカだよ。トウルさんは」
クーデリアはひとしきり笑うと、駅を後にした。
一人取り残されたトウルは胸に手を当て、胸の高鳴りを抑えようとした。
「……だって、そうなると、クーデも、ミリィも、レベッカのことも俺は好きってことになるんだよなぁ……」
トウルが聞いたクーデリアの言葉の意味も、それ以上の物だと思ってしまいそうになる。
友達以上になりたい。
あの言葉も親友じゃなくて、恋人という意味だったのでは無いか。
「……リーファを理由にするな。か」
胸の高鳴りが勘違いであることが、どうしようもなく怖くなったトウルは頭を思いっきり横に振った。
「ありがとう。クーデ」
少なくとも親友として心配してくれたことは間違いない。
トウルは見えなくなったクーデリアに感謝の言葉を口にすると、改札口の前で静かに待った。
そして、十分後に列車がやってくると、中から子供建ちが外に出てきた。
その中で、リーファは眼鏡の黒髪少女ライエと手を繋いで歩いていた。
明るいリーファの笑顔を見れば、リーファが一日で順応してくれたことがよく分かった。
それなら、父親としてトウル自身もリーファのいない生活に慣れないといけない。
リーファに心配されては、父親として恥ずかしいとトウルは思った。
「おかえり。リーファ。ライエちゃん」
「お父さん!」
「迎えに来たよリーファ。な? 俺はちゃんといなくならなかっただろ?」
トウルは駆け寄ってきたリーファの頭を撫でると、ライエにも頭を軽く下げた。
今にも抱きしめたくてピクピク動く身体を、トウルは必死に押さえ込んでいる。
「うん! あのね、らーちゃんお家に連れて行っても良い?」
「あぁ、もちろん」
「やった! らーちゃん遊びに来て良いってー!」
リーファはライエと両手の指を絡めるように、手を繋いではしゃいでいた。
微笑ましくも羨ましい光景に、トウルは暖かな笑顔を向ける。
寂しいけど、嬉しい、そんな複雑な気持ちだ。
「お邪魔しますトウルおじさん」
「おじさんっ!?」
「リーファのお父さんなので、お兄さんと呼ぶのもおかしいかと思ったのですが……」
「うぐ……。トウルさんの方がまだマシだ……」
「ごめんなさい。では、改めてお邪魔します。トウルさん」
「あぁ、いらっしゃい。リーファの初めての友達だ。歓迎するよ」
トウルは丁寧に言い直してくれたライエに笑うと、二人の前を歩いて工房へと案内した。




