リーファとトウルのお喋り人形
翌日の朝、トウルは朝食の席でリーファに声をかけた。
「リーファ。今日も学校行くか?」
「え? なんで? だって、昨日遊びにいっただけでしょ?」
「ディラン先生には、いつでも来て良いって言われてる。ライエとの約束、破らない方がいいぞ。初めて出来た友達だろ?」
「……うん」
リーファが俯きながら小さい声で答えると、トウルは自分の席を立ち上がってリーファの背後へと移動した。
「リーファ、俺はリーファが大好きだ」
「……うん」
トウルは後ろからリーファを抱きしめると、耳元に口を近づけて優しく囁いた。
「リーファは怖かったのか?」
「……うん。お父さんはいなくならないって信じてるけど、ひとりぼっちが怖いの」
「だから、一人で学校に行きたくなかったし、俺が行くなら行ったのか?」
「……うん」
「大丈夫。俺はここにいる。それと、俺からリーファにプレゼントだ。自分で作るのはめっちゃくちゃ恥ずかしかったけどな」
トウルはリーファの前に手を繋いだ男女の小さな人形を置いた。
「あれ? これリーファが作ったのじゃないの?」
「あれは俺の寝室においてある。これはリーファのために俺が作ったんだ。リーファは俺の人形を持って貰って良いか?」
「うん?」
リーファがトウルの人形を持ち上げると、トウルがリーファの人形を持ち上げた。
「ちょっとそこで待ってろよ?」
トウルがリーファの頭をなでてから部屋の外に出ると、トウルは一階に下りて人形の胸元を指で強めに押した。
「リーファ。聞こえるか?」
「お父さん!?」
「実験成功だな。遠距離で話が出来るように改良してみたんだ。これで俺達はどれだけ離れてても繋がってる。心で繋がってても、やっぱりこうやって話せる方が安心出来ること多いからさ」
トウルは自分でも台詞がくさかったかなと照れたが、周りに人が居ないおかげでそこまで恥ずかしがらずに済んだ。
「これ、リーファからもお話出来るの?」
「もちろんだ。一度会話機能を切る。今度はリーファが人形の胸元を押してみてくれ」
トウルは人形の口を押すと、リーファの声が消えた。
代わりに数秒後、人形がリーファの声を発した。
「お父さん聞こえる?」
「あぁ、聞こえる。聞こえるか?」
「うん! 聞こえてるよ!」
「よしよし。完璧だ。リーファ、口を押して会話を終わらせられるか確認してみてくれ」
ぷつりと音がまた止まると、トウルはリーファのいる部屋へと駆け上がった。
「大成功だリーファ!」
「すごいねお父さん! これなら一緒にいるみたい!」
お喋り人形。
トウルがリーファの不安を消すために作った道具だった。
「何かあったらすぐ連絡してくれ。そうすれば、すぐ飛んで行く」
トウルはリーファをもう一度抱きしめた。
「……お父さん。リーファね。らーちゃんともっとお喋りしたい。一緒に遊びたいの」
「あぁ。知ってる。それと、一人でいるのが怖いのも知ってる」
「うー……お父さんのいじわるー……みーちゃんにそっくり」
「あはは。そうかも。まだまだ勝てないけど」
トウルはリーファの耳元でくすくすと笑うと、頬をリーファにすりつけた。
「お父さんくすぐったいー」
「うん。俺はここにいる。リーファは自由だ。自分の思うままに飛べば良い」
「帰ってきて良いんだよね?」
「うん。ここはリーファの家だから」
トウルはリーファと密着したまま気持ちを伝えると、リーファは大きく息を吸い込んだ。
「……リーファ行ってくるね。らーちゃんに会ってくる」
「あぁ、行ってこい」
トウルはリーファの頭をなでながら離した。
すると、リーファは椅子から飛び降りて、とてとてと扉の外に駆けていった。
(ふぅ、やっと本音を出してくれたか。そうやってワガママ言って、頼ってくれればいいんだ。リーファは俺の娘なんだから)
トウルは食器の片付けより前に、残ったパンでサンドイッチを作り始めた。
パンにバターを塗り、野菜、玉子、ハムをはさんでいく。
それをリーファが食べやすいように小さく切り分けた。
「よし。クーデに教えて貰ったレシピ通りだ」
小さなバスケットに詰め込むと、ちょうど手提げカバンを持ったリーファが戻ってきた。
「準備できたよ……あのねお父さん」
「うん。どうしたリーファ」
「……駅まで一緒にいこ?」
「もちろん。俺も一緒に行きたいと思ってた」
「えへへ」
リーファは自分からトウルの手を握ると、トウルを見上げて嬉しそうに笑った。
何かを隠している様子はない。心から見せているであろうリーファの笑顔に、トウルも笑った。
その後、二人で駅に向かって一緒に歩き、改札口を前にしてリーファは足を止めた。
この先はリーファが一人で行かないといけない場所だ。
自由に未来を選ぶための第一歩を踏み出すためにも、トウルはついていくことが出来ない。リーファの人生を決めるのは彼女自身なのだから。
「あのね。お父さん。ちょっとの時間で良いからしゃがんで」
「うん」
トウルはリーファに言われた通りにしゃがむと、リーファが人目も憚らずに抱きついてきた。
「ぎゅっとして」
「あぁ、いくらでもしてやる」
「えへへ」
トウルはリーファの身体を力強く抱きしめると、リーファがくすぐったそうに笑った。
トウルにとっても、リーファがいない時間を埋め合わせる大事な抱擁だった。
十秒ほど経つとリーファがトウルから手を離し、トウルも手を離した。
「行ってくるね。お父さん」
「あぁ、いってらっしゃい」
トウルはしゃがんだままリーファの背中を見送ろうとした。
だが、リーファは一歩を踏み出すと、突然振り返った。
そして、トウルの前にジャンプすると、トウルの頬に唇を触れさせた。
「お父さんありがとう。大好き」
真っ赤に顔を染めたリーファはそう言い残すと、元気いっぱいに改札を通り抜けて、空いた列車の扉に飛び込んだ。
(行ってこいリーファ。リーファの帰る場所は俺がしっかり守っておいてやるから)
トウルはリーファに口づけされた所を大事そうにさすりながら、優しい笑顔で列車を見送った。