雷神ディラン
ヒロインであるリーファのイラストを頂きました。
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ピリッとした空気が場を支配する。
トウルが驚くほど、いつもの緩いクーデリアの顔が真剣そのものになっている。
「はぁっ!」
さきに仕掛けたのはクーデリアだ。
持ち前のスピードを活かして、一気にディランとの距離をつめる。
たった一突きの間に三回の剣戟の音が鳴って、両者が離れた。
「何だ今の!?」
「……先生もくーちゃんもすごい」
「リーファも見えたのか?」
「うん。くーちゃんの剣が弾かれたのに、叩き返して、また弾かれたの」
瞬きをするだけで攻撃を見逃しかねない攻防に、トウルは息を飲んだ。
「全く衰えないですね。先生は」
「一の型、一閃。より速くなりましたね。反撃は入れられませんでした」
「なら、次はもうちょっと速く行きますよ!」
クーデリアが低い姿勢で、もう一度真っ直ぐディランに向けてつっこんだ。
先ほどより確実に速い。
「確かに速い。でも、直線なら――」
ディランが剣を構え、クーデリアの攻撃に合わせて袈裟切りを放つ。
空気を切る音がするが、打撃音は聞こえない。
「貰った!」
横に飛んで攻撃をかわしたクーデリアがディランの背後に飛び込み、剣を振り下ろす。
土煙が巻き起こるほどの衝撃で、二人の姿が消える。
「……あの先生マジか」
「くーちゃんの剣を飛んで避けたの!」
トウルとリーファが声を漏らす。
土煙が晴れると、ディランの身体は電気を帯びているように発光していた。
「私に魔力を使わせる使い手になりましたか」
「やっと私にも見せてくれましたね。雷神の姿」
「その名は引退済みなんですけどね。今は普通の先生です。それに私の型を見せても、保安員の姿を見せていないのはあなたも同じですよ。クーデリア」
バチバチと鳴る音はまさに雷を帯びている神だ。
そんな人間に普通とか言われたく無い。とトウルは心の中でツッコミを入れた。
「トウルさん!」
「どうしたクーデ?」
「木剣をもう一本貸して下さい」
ディランが本気を出したことで、クーデリアも本気を出すことを決めたのだろう。
先ほどまでのやりとりは、師弟の挨拶のようなもの。
師匠、先輩、弟子として色々な勝負事をやってきたトウルは、クーデリアの気持ちをくみ取って剣を投げた。
「クーデ! 勝て!」
「がんばれくーちゃん!」
トウルの応援とともに、リーファも木剣をクーデリアに向かって放り投げる。
「っとっと、さすがに三本は多いかな。でも、ありがとう二人とも!」
クーデリアはもともと自分の持っていた剣を地面に突き刺すと、トウルとリーファから受け取った剣を逆手に構えた。
「良い友達を持ちましたね。クーデリア」
「親友です。……残念なことに」
「なるほど。それならば、結末を知るために長生きせねばなりません」
「応援ありがとうございます。でも、手は抜かせませんよ!」
「この姿で抜くと思いますか? 一の型《一閃》」
ディランがニッコリと笑った瞬間には、青い雷光を残してクーデリアの懐につっこんでいた。
「はやっ!?」
突きを含めた軌跡はまさに一筋の雷光。
避け切れないと思わせるには十分な速度だ。
「くーちゃん!」
リーファも叫ぶと、クーデリアがニヤリと笑ったように見えた。
木が激しくこすれる音がすると、クーデリアが逆にディランの腹部に向けて左手の剣を振っている。
「クーデの奴、あの攻撃を右手の剣で受け流しながら、踏み込んだ!?」
恐ろしいまでの集中力と勇気がないと出来ない芸当に、トウルは驚愕した。
いつものゆるいかわいい雰囲気とは違うクーデリアがいる。
だが、そのクーデリアの攻撃も止められた。
ディランは右手を剣から離すと、クーデリアの腕を掴み、投げ飛ばしたのだ。
ディランの生み出した突進力とクーデリアの瞬発力が組み合わさったせいか、クーデリアは大きく投げ飛ばされた。
「強くなりました。ですが、まだ一の型、一閃を破っただけですよ」
「あはは……相変わらず、反則的ですね。先生」
「いえいえ。本当に良い動きになりました。あなたの最初の一閃も速度だけなら私に負けていませんよ?」
「そうやって子供扱いされてるうちは、まだまだですから!」
クーデリアは逆手持ちから順手持ちに突進中に持ち帰ると、連続で剣を振り下ろした。
瞬きをする間に、二度の剣戟の音がなる。
一気に高速化した攻防の間に、クーデリアは器用に順手と逆手を入れ替えて戦っている。
「腕をあげましたね。二の型《連閃》も止めますか。なら、差し出がましいですが、雷神として最初の指導です。学校では教えない技をお見せしましょう」
「っ!?」
喋る余裕を見せたディランが距離を離すために、一気に後方へと跳躍する。
「裏一の型」
突きの構えをとったディランの剣から、青い光とともに電気の音が弾ける。
最初の一撃より明らかに危険な空気が漂っている。
「クーデ!」
トウルが叫んだ瞬間、ディランが木剣を投げた。
雷がクーデリアに落ちていくような迫力があったが、クーデリアはギリギリで身体を反らして、雷剣を避ける。
ディランはこれで丸腰。反撃に出る絶好の機会だとクーデリアは思うだろう。
だが、その気の緩みこそが最大の罠だと、トウルは見抜いていた。
「ディランが来てるぞ!」
剣の光の影に隠れて、ディランが無手で突進している。
「げっ!? やばっ――」
剣を避けるために体勢を崩しているクーデリアは、いとも簡単に掴まれた。
雷光をまとったディランが地面を蹴ると、更に加速し一瞬で剣に追いつく。
クーデリアが速度を殺そうと、剣を地面に刺してブレーキをかけるが止まらない。
「避雷針」
ディランは追いついた剣を掴むと、掴まれて逃げられなくなったクーデリアを地面に叩きつた。
身体を守るためか丸まっているクーデリアに、ディランの刃が振り下ろされる。
「負けるかっ!」
歯を食いしばって衝撃に耐えたのか、クーデリアが丸まった身体から蹴りを放つ。
ディランの突きより速くクーデリアの蹴りが入り、ディランが吹き飛ばされた。
「はぁはぁ……」
「素晴らしい良く耐えましたね。それに良い蹴りでした」
「咄嗟に腕でガードした癖に良く言いますよ。ディラン先生」
叩きつけのダメージが抜けていないのか、クーデリアが肩で息をしている。
「でも、おかげで今の技の意味は分かりました。裏一の型。相手の動きを強引に封じ込める技ですね。それなら……」
クーデリアが腰を低く落とすと同時に、右手の木剣をディランに向けて投擲した。
同時にクーデリアが前方に跳躍する。彼女の前には、トウル達から剣を受け取った時に地面に刺してあった剣があった。
「裏一の型、避雷針!」
「甘いですよクーデリ――むっ!?」
ディランは投擲された刃をあっさり弾く。
だが、そこへもう一本の剣が飛来した。
ディランが剣を振った力と、クーデリアの渾身の一投の力が組み合わさったせいか、ディランの剣が弾かれ宙に舞う。
「いけっ! クーデ!」
無防備となったディランに向かって、三本目の剣を地面から抜いたクーデリアが襲いかかった。
「届けぇぇぇぇ!」
クーデリアの叫びとともに剣が振り下ろされるが、ディランも空中に浮かんでいた剣を既に掴んでいる。
二人の剣がぶつかると、何かが爆発したような音がして、青くまばゆい光が飛び散った。
「互いの剣が折れてしまいましたね。引き分けです」
ディランが優しい笑顔で結果を伝える。
先ほどの飛び散った光は、クーデリアとディランの木剣が同時に折れて、雷をまとった破片が飛んだものだったらしい。
「ぷっはー! 危なかったー! さすが裏の型、自分も危ないですねこれ」
「こちらこそ危うい所でした。武器が本物ならどうなっていたことやら。私相手に引き分けるようになりましたか」
「またまたー。でも、トウルさんの作った剣でやったら確かにもっと楽だったかも。あー、でも最後の避雷針は三本目がないか。うーん、残念」
「さらなる研鑽を期待しています。では、クーデリアさん。先生らしく生徒のみんなに言葉をかけてください」
練習試合が終わり、ホッとしていたクーデリアがしまったという顔をした。
本気になりすぎて、授業だと言うことを忘れたのだろう。
「えっと、みんなもがんばれば、こんな風に誰かを守るための力が手に入るよ。でも、人を傷つけるために剣を振るうつもりなら、そうだな」
クーデリアはもったいつけるように言葉を区切った。
そして、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべると、腰に手をあて胸を張る。
「私が逮捕しちゃうぞ。悪い子はクーデリアお姉さんが成敗だ」




