クーデリアの先生
木造二階建ての学校は少し古ぼけている。三角形の屋根は雪対策だろう。
外から見える教室は6つだ。
「意外と小さいな」
トウルがぽつりと呟くと、クーデリアは頭をかきながら苦笑いした。
「中央の学校と比べたらダメだよ。一学年一教室で、先生六人もいるだけマシだよ」
「まぁ、確かに」
トウルは気を取り直すとリーファと手をつないで学校の中に入って行った。
クーデリアに職員室へ案内されると、人の良さそうなおじいさんが立ち上がりトウルに握手を求めてきた。
細身の老体の割にはピンと背を伸ばしていて、若々しさを感じる人だった。
「ようこそ。二年生の担任をしています。ディランです。クーデリアから話を聞いています。カシマシキ村錬金術師のトウル様ですね」
「よろしくお願いします。トウルです」
軽い握手を済ますと、ディランはリーファの前に屈んで優しい笑顔を見せた。
「初めまして。リーファさん。先生のディランです」
「初めまして。リーファはリーファなの。お父さんと一緒に錬金術師やってるの」
リーファも丁寧に頭を下げて自己紹介を済ませる。
子供相手より大人相手の方が慣れているリーファに、トウルは頬をかいた。
「賢そうな子ですね。今日は授業を受けて貰うけど、大丈夫ですか?」
「え? リーファ授業受けるの? 学校見に来ただけじゃないの?」
「あれ? お父さんから聞いていないのかな?」
ディランが首を傾げると、リーファはトウルを見上げてきた。
トウルは申し訳無さそうに笑うと、リーファの頭に手を置いた。
「うん。俺も一緒にいるからさ」
「……お家に帰るまでずっといるの?」
「うん。ずっと後ろで見てるから。リーファを置いて帰らないよ」
「……それなら良いよ」
へそを曲げたのかリーファは口を尖らせている。
それでも、授業を受ける気でいるリーファを見て、トウルは頷いた。
それにリーファが不安を感じている理由も、トウルは見抜いている。
ただ、それを指摘したらリーファが意地になりそうだったので、トウルは敢えて言わなかった。
「話はまとまったようですね。それにしても、クーデリアも立派になりましたねぇ」
立ち上がったディランは目を細めながら呟いた。
「あはは。先生の剣の腕にはまだ劣りますけどね。今日の鍛錬の時間に一本やりますか?」
「ふふ。良いでしょう。成長を見せて貰いますね」
クーデリアが謙遜するのは珍しいし、申し出を受けたディランの目が一瞬鋭くなったのをトウルは見逃さなかった。
ホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴り、トウル達は教室へと移動した。
広い部屋に反して席は十五席しか埋まっておらず、教室の後ろ半分は何もない空間だ。
トウルとクーデリアは特別講師という形で紹介され、リーファは体験入学をしにきたとディランが紹介をした。
黒板にリーファ=ラングリフと名前が書かれると、リーファは教壇の横から一歩前へ出て頭を下げた。
「は、はじめまして。リーファはリーファなの。……えっと、よろしくお願いしますです」
リーファの緊張が良く分かる言葉遣いだ。
「リーファってこの前の精霊祭の花火作った人?」
「同じ名前ってだけだろー。子供が国家錬金術師と一緒に花火作れる訳ないじゃん」
男の子達が適当なことを言い始めている。
リーファが国家錬金術師と一緒に花火を作ったのは本当だ。
トウルは助け船を出そうとしたが、クーデリアに手で制された。
「クーデ――」
「大丈夫。リーファちゃんを信じてあげよ」
「……そうだな」
トウルとクーデリアが小声で囁きあうと、リーファがおどおどしながら顔をあげた。
「女神様の昔話花火を作ったのはリーファだよ。リーファも錬金術師見習いだもん」
「嘘つけー!」
やけにリーファを否定しようとする男の子に、トウルが目を向けた。
栗毛色の短髪、黒い瞳、子供にしては小綺麗で派手な刺繍がされたシャツを着た少年だ。
どこかの良家のお坊ちゃまだろう。
クーデリアがいなかったら、危険な笑顔でお話してしまう所だった。
そして、幸いなことにもう一人、リーファの味方がいた。
「ホントだよー。ライエ、お祭りで見たもん。そこのお兄さんと、もう一人国家錬金術師のお姉さんと一緒に歩いてたよ」
ライエだ。肩で真っ直ぐ切りそろえられた黒髪と、小さな丸眼鏡をかけている。
改めて見ると、すごく真面目そうな子の印象をトウルは受けた。
「ふん……どうせ手伝ってもらったんだろ。俺だってまだ花火作らせて貰えないし。ま、そこのお兄さんより、俺の師匠の方が良い腕してるだろうけどな」
「クラフトこそ、しょうもないイタズラ道具しか作れないくせに」
「なんだとー!」
「なによ? 嘘は言ってないけど?」
リーファをやたらと目の敵にする少年クラフトと、ライエが火花を散らし始めた。
そんな火花を消すように、ディランが手を数回叩いた。
「はいはい。皆さん静かに。では、リーファさんはライエさんの隣の席についてください」
ディランの指示で、リーファが慌てたように小走りしながらライエの隣に座る。
「よ、よろしくライエちゃん」
「うん。よろしくー。二度目だねー」
「あ、ごめん。駅で一度してるもんね」
「謝らなくていいよー。それじゃ、三度目のよろしくー」
「えへへ……」
リーファとライエのやりとりを見て、トウルはライエにお礼を言いたくて飛び出しそうになった。
だが、今度はがんばって自制した。
リーファが友達を自分から作ることが出来た。
今飛び込んだらせっかく出来た繋がりが揺れるだろう。
「ね? トウルさん」
「あぁ、本当に良かった」
家に帰ってリーファが話したがったら、ゆっくり全部聞いてあげよう。時間はたっぷりとあるのだ。
トウルはそう心に誓うと、腕を組んでニッコリ笑った。
全てが丸く収まったように見えたタイミングで、ディランがまた手を叩いて注目を集めた。
「さて、では皆さん。本日は特別授業です。まずは校庭に出てクーデリア保安員に鍛錬の授業をしてもらいましょう」
ディランのベテランらしい進行に、トウルは感心した。
子供達に信頼されている良い先生のようだ。
子供達の後に続いて廊下を歩くトウルは、隣にいたクーデリアに素直な感想を伝えた。
「クーデも良い先生に教えられたんだな」
「うん。いやー、ディラン先生の隣で先生かー。ちょっと緊張しちゃうかも」
「大丈夫。クーデもみんなに好かれてるから、きっと上手くやれるさ」
「ありがとうトウルさん。って、トウルさんも次の時間、リーファの前でみんなの先生だよ? ちゃんとやれる?」
「リーファの前だからな。やるしかない。やってみせる」
「あはは。やっぱトウルさんはトウルさんだ。すごい親バカだ。本当にリーファのお父さんだね」
声をあげて笑うクーデリアに釣られて、トウルも笑った。
「さてと、私も先生が見てるし、届かせないとね!」
クーデリアは拳を撃ち合わせて気合いを入れる。
みんなで揃って校庭に出ると、クーデリアとディランは木で作られた剣を手にした。
クーデリアはまず木剣を地面に刺すと、みんなに聞こえるよう声をはりあげた。
「将来みんなが保安員や冒険者になるかは分からないけど、魔物に出くわす機会はあると思います。そういう時に逃げられるよう、みんなには体力をつけて欲しいって思います。大事なのは戦うことじゃなくて、勇気を持って逃げること」
「はーい。クーデリア先生。でも、みんなが逃げたら魔物はどうなっちゃうの?」
「それは私達保安員や冒険者が頑張って退治するんだ。そのための力は日頃の鍛錬から生み出されるの。まだまだ剣の道の途中だけど、みんなを守る力を見せるね。ディラン先生行きますよ」
クーデリアは剣を地面から抜くと、両手で一刀を構えた。
「良いでしょう。来なさい。クーデリアさん」
ディランも静かに剣を構えると、ニッコリ笑って応えた。