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錬金術師と雪合戦

 翌日の朝、トウルが目を覚ますと、リーファは既にベッドにいなかった。

 トウルは寝ぼけてフラフラする頭を押さえながら歩いていると、香ばしいパンの香りに気がついた。


「おはようございます。とーさん」

「おはよう。リーファ……って、これお前が用意したのか?」


 リビングに行くと、パンとサラダとスープがすでにテーブルの上に置かれている。

 トウルにとっては何年ぶりかとも思えるほど、立派な朝食だった。


「錬金術か? 設計図と付加効果を出す術式を教えてくれ」

「とーさん何を言ってるの? リーファがキッチンで作ったの。ばーちゃんに色々教えて貰ったの」

「あぁ、ごめん。混乱しててな……」


 トウルのボケに、目の前に座ったリーファが口を尖らせて抗議してくる。

 トウルはあれこれ作り方を説明するリーファの抗議をひとまず無視して、食事を始めた。


「うまい……」


 トウルが思わず驚くほど、味も良かった。

 パンの表面はカリッと焼き上がり、中身はしっとりとして柔らかい。

 スープの方も塩味と甘みのバランスがちょうど良く、野菜も細かく刻んであるため、すんなり飲み込める。


「はかりの使い方になれているとは思ったけど、料理を覚えていたからか」

「うん。ばーちゃんとみーちゃんがね、料理は量るのが基本って言ってた」

「そうか。錬金術も量を量るのが基本だ。レシピと自分の設計図に従ってな」

「はーい」


 錬金術の話題をいつの間にかしていることにトウルは気がついたが、とっくに教えないという気持ちは無くなっていた。

 むしろ、天才だと思ったリーファの見せる錬金術が生み出す物を、少し見てみたい気持ちがわき上がってきていたのだ。

 そして、天才に負けない道具を作ると、子供に対しても負けず嫌いなトウルは意気込んでいた。



 朝食の片付けが終わった後、トウルは薬の錬成を始めた。

 自分の隣にリーファを置き、ただひたすら図面を見せていく。

 そして、一緒に素材を集めて量り、投入していった。


「よし。傷薬と風邪薬がそれぞれ三十個もあれば、今日の分は十分だろ。店頭に並べるぞ。リーファ看板を開店にするんだ」

「りょーかい!」


 一階の販売スペースに薬の瓶を並べたトウルは、椅子に座ってどっしりと構えた。

 さぁ、何人でも来るが良い。このトウルの作った薬を売り切って見せるという意気込みが表れている。

 だが、何も無い時間が過ぎていき、トウルの背中が曲がっていく。そして気付けば身体を机の上に投げ出していた。


「誰もこないねー」

「お……おかしいな? 昨日の歓迎会で俺なんか変なことした?」

「んー、踊って転んだ。とーさん踊るのあんまりうまくないねー。あはは」

「笑ってれば大丈夫じゃないのか!?」

「あははー。そだよ。とーさんも笑おー」

「笑えねぇよ!」


 リーファの脳天気な笑顔にトウルは頭を抱えた。

 だが、突然聞こえた来客を告げる鈴の音に、トウルはハッと顔をあげた。


「いらっしゃいませ!」

「やっほー。トウルさんは元気?」

「お邪魔します。本当に開店したんですね」


 入ってきたお客はクーデリアとミスティラの保安員コンビだった。

 結局来た人が知り合いだったことに、トウルはがっかりして営業スマイルがはがれおちてしまう。


「お前らかー。今日も傷薬か? 一個三百ガルなー」

「何か露骨にがっかりされてる気がするけど、村の美少女コンビが来たんだよ? もうちょっと喜んでよ」

「自分でそれを言うかー?」

「えー、トウルさんだって、ふっ。そこらの低級錬金術師よりかは腕が立つけどな。この天才錬金術師様が来たことをありがたく思え。って言っちゃう人でしょ?」

「俺そんなこと言ってねぇよ!?」


 少なくともそんな偉そうに言ったつもりはないと、トウルは抗議した。

 村長あたりが酒に酔っ払って変に尾ひれ背びれをつけたのだろう。


「ふふ。でも、トウルさん村になじめたと思ったのに、誰もこなくてガッカリはしてたのでしょ?」

「うっ……」

「それもお客が数少ない知り合いしか来なくて、あれ? 昨日の歓迎会は何だったんだろう? とか思っていたのでしょ?」

「そ、そんなことはないぞ! 静かで良いと思っていたくらいだ!」

「ちなみに、多分今日は昼過ぎまで誰も来ないと思うわよ?」


 トウルは必死に虚勢を張ってみるが、ミスティラは余裕たっぷりな表情でトウルの言葉を受け流していた。


「……なんでだよ?」

「みんな二日酔いで倒れているのだもの。夜中の三時くらいまではどんちゃん騒ぎだったみたいだし」

「……リーファが居てくれて本当に良かった」


 あの村長達のことだ。リーファがいなかったら、間違い無くトウルも三時まで付き合わされただろう。主役であるトウルがいたら、日が昇るまでやっていたかもしれない。


「ということで、トウルさん。私たちの依頼は二つ。一つ目は二日酔い用の薬を五十個。錬金術の付加効果は痛みに効く、小さく凝縮。で負担がかからないように飲めるのが良いって村長が言ってる。ほい、依頼のお代は一万五千ガル」

「ふむ。その金額なら十分黒字だな。なら、ついでに体力回復効果と眠気がスッキリするでも付けておくか。で、もう一つの案件は? クーデリア達用に付加効果を変えた傷薬でも作るか?」


 クーデリアが突然仕事の依頼を口にし始めたので、トウルは慌ててメモ用紙を開いて注文を書き始めた。


「トウルさん、遊ぼ」

「トウルさん遊ぶ。え? 俺と?」

「うん。私達とリーファと一緒に遊ぼうよ」

「ちょ、ちょっと待て。クーデリア。俺は仕事中だぞ? 錬金術師だぞ?」


 リーファだけならまだしも、トウルは何故自分まで誘われるのか分からなかった。


「いやさ。ずーっと雪合戦したかったんだけど、中央じゃ雪なんて積もらないし、私とミリィだけだとつまらないし、リーファも入れるとチーム分け出来ない。でも、トウルさんがいるとちょうど良いんだよね」

「リーファも雪合戦したい!」


 クーデリアの提案に、リーファは目を輝かせて跳ね回った。


「いや、その理屈はおかしい。子供は他にいるだろ?」

「えー、もしかしてトウルさん雪合戦も知らないの?」

「それぐらいは本を読んで知っている。雪の球を作って投げ合うんだろ?」

「あー、ならトウルさんは子供だと思ってる私達に負けるのが怖いのかー」

「な……なに?」


 クーデリアは挑発的に肩をすくめてきた。


「錬金術師なのにねー。ねー、ミリィ」

「えぇ、そうね。錬金術師なのに雪合戦の一つも出来ないのね」


 ミスティラも呆れたようにため息をついて、露骨にがっかりした様子を見せつけてくる。

 ここまでされたら、トウルのプライドが敗北を許さなかった。


「くっ。言わせておけば。良いだろう。二日酔いの薬を錬成している間、錬金術師の力を小娘にも分かりやすく見せつけてくれる!」


 こうして、冬の朝からトウル達は雪合戦をすることになってしまった。

 酔い覚ましの薬を作り始めた時にトウルはものすごい後悔に襲われたのだが、初めての雪合戦にワクワクもしていた。

 チームは村娘チームと、錬金工房チームに勝手にリーファが分けていた。


「やるぞ。リーファ!」

「うん。とーさん!」


 かけ声とともに雪玉を丸めたトールとリーファが同時に雪玉を投げた。

 だが、二人の雪玉は五メートル離れたクーデリアとミスティラの元まで全く届かなかった。

 対照的にクーデリアとミスティラの雪玉は、真っ直ぐトールとリーファに襲いかかってきている。


「くっ! なんて怪力だっ! 化け物かっ!?」

「あはは! 冷たーい!」


 逃げ回るリーファは楽しそうにしているが、トウルは内心焦っていた。

 何せ追いかけて来る二人がかなり本気だったからだ。


「あはは。トウルさんが非力なんだよ!」

「乙女に怪力と言ったおしおきをしてあげますわ」


 このままでは一矢も報いることは出来ない。それでは大人や錬金術師としての威厳が失墜してしまう。

 雪合戦に負けてしまう情けない錬金術師だと称されて、仕事が無くなったら終わりだ。とトウルの頭に暗い未来がよぎる。


「くっ! こうなったら! ちょっと錬金炉の調子を見てくるから、少し待て!」


 トウルは大声で断りを入れると、一度工房に引き上げた。

 そして、帰るやいなや、製図用具を使って設計図を書き始めたのだ。

 錬金術師として勝利する。

 その思いを胸に錬成した武器を完成させ、トウルは雪合戦の戦場へと舞い戻った。


「待たせたな小娘ども!」


 トウルが手にしているのは長いチューブがついたクロスボウだった。


「トウルさん……それはっ!?」

「ふはは! チューブの先端が自動的に雪を吸い集め、機械弓の機構で発射する雪合戦用決戦兵器雪弩スノウボウ一号だ! 付加効果は連射速度最速、装填速度アップ、飛距離大アップをつけてやった!」


 クロスボウを構えたトウルが、雪の玉を一秒間に一発ずつ発射し始めた。

 飛距離も二十メートルぐらいは飛ぶので、逃げ回るクーデリア達を逃がすことは無い。


「とーさんすごい!」

「リーファの分もあるぞ。使え! 俺達が勝つんだ!」

「お姉ちゃん達には負けないぞー」


 錬金工房組の弾幕は激しく、木の陰に隠れたクーデリア達の動きを完全に封じていた。


「見たかっ! これが錬金術の力だっ!」

「大人げないっー!」


 クーデリアの叫びにトウルとリーファは高笑いを返した。


「ふはははっ!」


 トウルは全力で雪合戦を楽しんでいる。悪意があった訳ではなく、もう楽しくて仕方がなくて笑っていたのだ。

 だが、その気持ちが伝わる訳もない。

 端から見れば、本当に大人げない大人だった。


「良いでしょうトウル様。それならば、私達も本気を出すまで。魔女である私の本当の実力を見せて差し上げます!」


 ミスティラの堪忍袋の緒が切れたのか、突如地面に積もっていた雪が舞い上がった。

 その舞い上がった雪の壁が無数の雪玉に分裂し、トウル達に向けられて放たれた。


「ミリィ。それ魔法を使ったのか!?」

「風の精霊の力を借りました。これはまだ序の口ですよ?」

「大人げないぞミリィ!」

「その言葉そっくりそのままお返ししますわ! トウル様!」


 こうして、雪合戦とは名ばかりの激しい雪玉の撃ち合いが始まった。



 雪合戦が終わったのは、全員の身体が雪まみれになってしまったからだ。

 トウルは肩で息をしながら、激しい撃ち合いをしたミスティラに手を伸ばした。


「やるなミリィ……」

「トウル様こそ、私の魔法についてくるなんて思ってもみませんでした……」


 トウルとミスティラは満身創痍だった。トウルと同じでミスティラも普段激しい運動をしないのか、疲れで顔が青ざめている。


「あー、楽しかった。あはは。トウルさんにリーファちゃんすごい格好」

「くーちゃんとみーちゃんも真っ白だー。楽しかったね。また今度もう一回やろ」


 対照的にクーデリアとリーファは体力が有り余っているようだ。


「よし。それじゃ、服を取りに行くついでに工房の温泉借りるねー。いこうリーファちゃん」

「あ、ちょ、クーデ!」


 我が物顔で工房に入っていくクーデリアに、トウルの声は届かなかった。

 何で住人よりも構造に詳しいのだと、つっこむ暇もない。

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