リーファ学校に興味を持つ
村の祭りが終わって二週間も経てば、村はいつもの平穏を取り戻していた。
特に大きな仕事の依頼も無く、ゆったりと流れる時の中、トウルはリーファと一緒に錬金術の参考書を読んでいた。
「トウルさん、郵便でーす」
「あ、はーい。ありがとうございます」
渡された手紙は二通、手紙の差出人はトウルの上司であるゲイルと、リーファと新しく友達になったカイトだった。
「リーファ。カイト君から手紙が来てる」
「ホント? カー君、手紙出すの覚えてくれたんだー」
王族からの手紙にしては質素な封筒に、トウルは少しホッとした。
カイトは王族としてではなく対等な関係として、リーファとこれからも接してくれるようだ。
その意図をくみ取ってトウルも、わざとカイト君と呼ぶことにした。
「開けていい?」
「あぁ、もちろん。カイト君がリーファに贈った手紙だからな」
「えへへー」
トウルはリーファにハサミを貸すと、自分は手でゲイルからの手紙の封を切った。
カイトの手紙はリーファに対してちょうど良い目くらましだった。
《例の錬金術師だが、不老不死の術式を求めてマリヤを探していたらしい。器の子のことまで知っていたのは驚きだが、単独犯だったことがせめてもの救いだ。後の処理は任せなさい》
(……どこかの組合とか組織が関わっていないことを祈るばかりだな)
リーファの誘拐事件に決着がついたことにトウルはホッと息をついた。
リーファ自身も覚えていないし、誘拐されたことは知らないままの方がリーファのためだ。
「見てみてお父さん! カー君の学校の写真が入ってる」
「へー。あ、王立ノウエスト初等学校か」
「お父さん知ってるの?」
「まぁ、有名だからな。貴族の子供達が結構行く所で、錬金術の専門学校にもノウエストの高等学校出身のやつが多かった」
「へー。学校かー。村の子供もお昼は隣の村の学校にいってるってじーさんが言ってたよ」
リーファはカイトの学校の写真を見つめながら、ぽつりと他の子供達のことを呟いた。
リーファが警察組織である保安員と遊んで貰うことはあっても、村の子供達と遊ばない理由がそもそも昼間に子供がいないからだった。
「リーファも学校行ってみるか?」
何気なくトウルが尋ねると、リーファはトウルの顔を見上げてから首を横に振った。
「ううん。別にいいや」
理由も言わずに断るリーファに、トウルは考えるように息を吐いた。
こういう時のリーファは大概嘘をついている。
別に良いのなら大事そうに学校の写真は握りしめないし、他の子供達のことを呟く必要もない。
またトウルに迷惑をかけないように、とか嫌われないようにとか、リーファが子供らしくない気遣いをしているとトウルは考えた。
「えっと、お金も全然問題無いし、むしろ、リーファが手伝ってくれるおかげで、すごく蓄えがあるぞ」
「そーなんだ。くーちゃん達におごっても大丈夫だね」
「まぁ、少しくらいなら。って、いや、そうじゃなくて」
話をはぐらかそうとするリーファに、トウルはノリツッコミを入れると腕を組んで気持ちを落ち着かせた。
「それにリーファの頭なら、勉強についていけないこともないと思うぞ」
「錬金術の勉強が減っちゃうよ?」
「う……、まぁ、そうなんだけどさ……」
錬金術以外の道も選んで良いと誓った手前、リーファには色々なことを経験して欲しいとトウルは考えていた。
少なくとも、自分のように同じ年代の友達がいなかったつまらなさは味わって欲しくない。
それでも、今のリーファは意外と頑固で素直にトウルの言うことを聞きそうに無かった。
「お父さんはリーファが工房にいない方がいい?」
「そんな訳あるか」
「えへへ。よかった」
ホッとしたように笑うリーファを見て、トウルは少し悲しい顔をみせた。
トウルにも言えないことがリーファを苦しめているように見える。
「それにリーファがいなかったら、お父さんお昼ご飯手を抜くでしょー。リーファのご飯の方が美味しいって言ってるし」
「うぐ……痛いところを突くなぁ」
気付けばトウルの生活は、リーファ無しでは成り立たなくなっていた。
リーファが自分からお手伝いをしてくれるため、断ることが出来ないでいたせいだ。
トウル一人で家事をしようとしたら、確かに色々と一段レベルが下がるだろう。
家事全般を出来るようになったのも、孤児であるリーファが生き抜くために得た知恵だろう。
可愛らしい笑顔と手の行き届いた家事が出来る子は、家の中にいても邪魔にならない。
トウルの工房で錬金術を学ぶまで、リーファは家事手伝いをすることで居候としての権利を勝ち取ってきた。
リーファが錬金術を学んだのも、村に一人の村人として住む権利を得ることが最初の目的だった。
リーファとの出会いを思い出したトウルは、椅子に座るともう一度長いため息をついた。
「リーファ。おいで」
「なーに?」
近づいて来たリーファをトウルは無言で抱き上げると、自分の膝の上に乗せた。
そして、そのままリーファの身体をしっかりと抱きしめる。
きっと今は言葉を重ねるよりも、行動で示す方がトウルの気持ちが届くと思ったのだ。
「お父さんは甘えん坊だね」
「リーファもそうだろ?」
「えへへ。同じだねー。リーファも抱っこして欲しかったんだ」
「うん。抱っこされたい時は言っても良いんだ。いつだってこうしてあげるから」
「ありがとう。お父さん」
感謝されるだけで、全て許せそうになるがトウルは頑張って耐えた。
リーファが気持ちを偽ったまま、リーファの気持ちにフタをしてしまったら、いつまでたってもリーファは自分を持てない。
そして何よりもリーファの笑った顔が辛そうだったから、トウルは父親として一肌脱ぐことを決めた。
「リーファ。今夜はクーデとミリィと一緒にご飯食べよっか」
「うん。いいよー。くーちゃんとみーちゃんも喜ぶよ」
「たいがい、俺のおごりになるからな」
「あはは。二人ともお父さん大好きだからねー」
トウルにとっては多少の出費は覚悟している。
それ以上の力を二人は貸してくれるし、そもそもトウルは何となく二人に会いたかった。