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エピローグ。約束の誕生日プレゼント

 翌日トウルはリーファと一緒に早く起きると、朝ご飯の仕度をしていた。

 レベッカはお客さんで、保安員の二人はまだ寝ているか、監視の仕事を続けている。

 トウルは三人の事情を考えて、自分から起こしに行くことはしなかった。


「うー……朝日が目に染みました……」


 三人で一番最初にダイニングに来たのは、朝の見張りをしていたミスティラだった。

 さすがに寝不足なのか、少し足下がフラフラしているようだった。


「おつかれミリィ。朝ご飯出来てるよ」

「みーちゃん、おはよー。リーファとお父さんが一緒に作ったんだよー」


 トウルはミスティラの好きなハーブティを入れながら声をかけ、リーファは朝から元気良く両手をあげて挨拶をした。


「おはようございます。良い匂いがしますね。お手伝いも全然していないのに、ありがとうございます」

「気にするな。お客さんだし、ミリィ達はさっきまで仕事だったんだからさ」

「そう言って貰えると助かります。そう言えば、クーデとレッカさんは?」

「まだ寝てるよ。二人とも疲れているだろうし、寝かせてあげようと思って起こしにはいってないんだ」


 ミスティラがあくびを手で隠しながら席につくと、トウルはハーブティの入ったコップを置きながら椅子に座った。

 そして、リーファもキッチンからスープを持ってくると、トウルの膝の上に座った。


「そうでしたか。そうですね。なら、それまでの間、トウル様を独り占めさせて頂きましょう」

「リーファもいるよー」

「ふふ、そうでしたね。なら、トウル様とリーファを独り占めしましょう」

「えへへー。どうぞ召し上がれー」

「いただきますわ。うん、おいしいです」


 村の朝にお似合いなゆったりとした時間が流れている。

 開いた窓からは暖かい風が吹き込み、川の流れる音とともにどこかの鶏が鳴く音が聞こえた。

 今ならリーファ以外いないし、プレゼントを渡す気恥ずかしさは多少紛れるはずだ。

 イタズラ好きなミスティラのために、トウルはプレゼントの中身を考えに考え抜いた。


「ミリィ、昨日渡せなかった誕生日プレゼントだ。是非受け取って欲しい」


 トウルはリーファを下ろして立ち上がると、部屋の隅に置いてあった包装された箱をミスティラに手渡した。


「え? 今ですか? クーデ達も今日のお昼くらいにくれるみたいですけど」

「あぁ、他の人に見られると恥ずかしいからな」

「ふふ、そうですか。早速開けても?」

「もちろんだ」

「ふふ、トウル様は何をくれるのでしょう?」


 ミスティラは丁寧に包装を取ると、箱の蓋をゆっくりあけて首を傾げた。


「ぷ、あはははは。カシマシキ村工房商品券、三千ガル。しかもトウル様の手書きって! あははは。印鑑までしてある」

「そうなんだよ。全然思いつかなかったんだ。リーファはクッキーって言うし、クーデはハーブティを贈るって言うし、もうこれしかないと思ってな」

「はー。だからってこれは、あはは。ダメだ。トウルさんらしくてお腹痛い。あはは」


 朝から机を叩きながら大笑いするミスティラを見て、トウルは腕を組みながら笑顔で頷いた。

 全てトウルの狙い通りだ。


「ミリィ、その箱ひっくり返して置いてみて」

「あはは。え? こうですか?」

「そうそう。それでその紙を置いて、軽く叩いてみてくれ」


 ミスティラはトウルに言われた通りに箱を裏返し、ぽんと叩くと、何かが落ちる音がした。


「あれ? 何か落ちた?」

「箱を持ち上げてくれ」

「え? これってティーポットですか?」


 ミスティラが箱を持ち上げると、箱の中からもう一つの箱が出てきた。

 その箱の中に入っていたのは、ティーポットの形をしたランプだ。


「俺が作ったアロマランプだ。お茶が好きなミリィのために、喫茶店の香りシリーズのオイルを作ってさ。このランプにオイルを入れて灯りを付けると、紅茶、珈琲、ハーブティ、フレーバーティとか色々な香りが楽しめる」

「ありがとうございます。トウル様。早速使ってみても良いですか?」

「もちろん。それじゃ、紅茶オイルを使ってみるか」


 トウルがアロマランプの中に紅茶オイルを注ぐと、ランプがぼんやりと赤茶色の光を発した。

 すると、たちまち部屋の中が喫茶店にいるような香りに変化した。


「良い香りと柔らかい光ですね。気持ちが落ち着きます。本当に期待以上でした。大切に使います」

「気に入って貰えて良かった。ちなみに他のフレーバーにすると、色も変わるぞ」

「でも、トウルさん何でこんな回りくどいことしたんですか?」

「いつもからかわれてばっかりだし、たまには俺が驚かせてやりたいと思ってな。それにミリィなら俺が手書きの商品券を書いたら大笑いしてくれるかな? ってさ」

「なるほど。一度私を出し抜きたかったということですね?」

「まーな」


 ミスティラが完璧なまでにトウルの作戦にひっかかった。それで気を良くしたトウルは腰に手を当てると胸をはった。


「今回は完全に私の負けです。さすがトウル様」

「いつまでもやられてばかりだと思うなよ?」

「そうですね。ふふ、これでトウル様をより一層好きになりそうです」


 ミスティラはトウルの勝利を素直に祝うどころか、好意をぶつけてきた。

 そんな彼女の反応に、トウルはペースを崩されてしまう。


「へ?」

「だって、これからもいっぱい私を驚かせて、笑わせてくれるのでしょう? なら、これからもからかい放題ってことですね? 最高の誕生日プレゼントです!」

「どうしてそうなった!?」

「一度貰っちゃった物は、もう返しませんからね?」

「お、おい、何かおかしな話しになってるぞ!?」


 トウルが思わず大声でツッコミを入れると、クーデリアが目をこすりながら部屋に入ってきた。


「ふぁー……朝から元気だねぇ。みんな。おはよ」

「あ、クーデ。おはよう。トウル様が早速プレゼントをくれたから、つい嬉しくて」

「へぇー。なにくれたの?」

「これからも毎日からかっても良い権利よ」


 ミスティラが誤解を伝えると、クーデリアは眠気が飛ぶほど驚いた顔でトウルの顔を見つめてきた。


「トウルさんすごいプレゼントしたね……。その発想は無かった」

「信じるのかよ!?」

「いや、トウルさんならあり得るかなって。昔、私も手書きのお金とか、なんでもする券お父さんとミリィにあげたことあるし」

「お前は本気でやったんだろ!? 俺は違うぞ!?」


 トウルは事情を説明しようと箱と商品券とアロマポットを手渡そうとしたが、ミスティラは先に商品券だけどクーデリアに見せた。


「トウルさん商品券もくれたよ。やっぱり、クーデとよく似てるね」

「トウルさん、やっぱり私達似た者同士だね!。うん、同レベル同士、今度はちゃんとハーブティーとか美味しく飲めたり食べたり出来る物贈ろう? そっちの方が手書きの商品券より喜ばれるよ?」

「だから、どうしてそうなった!?」


 トウルのペースが一気に崩され、結局いつもの流れに持って行かれてしまった。


「ぷっ、あははは」


 そして、こらえきれずにミスティラがお腹を抱えて笑い始める。

 そんな彼女の笑いで、トウルは出し抜いたはずがひっくり返されたことにようやく気がついた。


「ミリィには当分勝てそうも無い……」

「あはは。トウルさんはやっぱりかわいいですね。大好きです。それじゃ、クーデにちゃんと説明してあげますね」


 毎日からかっていい権利があってもなくても、ミスティラはずっとトウルをからかい続ける予感に、トウルは改めてため息をついた。


「お父さんもてもてだね」

「はは……。こんな扱いだけどな……」


 それでも、ミスティラが悪意ではなくて、好意をトウルに寄せていることは分かっている。

 トウルはやぶれかぶれになりながら、言葉を続けた。


「うん。でも、そうだな。こんな扱いだけれど、俺もミリィが好きだよ」


 友人として一緒にいて楽しい相手だ。

 そう思って放った何気ない一言だったが、まるで場が凍り付いたかのように、ミスティラの笑い声が消えた。


「ん?」


 突然静かになった室内に、トウルは首を傾げた。

 クーデリアは笑顔のまま固まり、ミスティラはトウルから顔をそらして外を向いている。

 ミスティラの横顔は湯上がりのように真っ赤になっていた。


「お父さん、みーちゃんのこと好きなの? リーファもみーちゃん好きだよー。くーちゃんも好きだよー」

「うん。俺もクーデのことは好きだよ。リーファと一緒だな」

「うん。れーちゃんも好きだよねー」

「あぁ、みんな大事な友達だ」


 リーファとトウルは反応の無いクーデリアとミスティラを置いておいて、二人で会話をすすめた。

 リーファがトウルの言葉に同意して頷くと、保安員二人の時がようやく動き出した。


「あは……あはは……。あー、びっくりしたねミリィ」

「はぁー……。分かっていました。分かっていますよ。だって、トウル様ですもの……」

「あれ? もしかして、ミリィ意外と攻められるのに弱い?」

「不意打ち過ぎよ。あんなの誰でもビックリする……クーデだったら間違い無く早とちりしてるわ」


 クーデリアがホッと息をつき、ミスティラが長いため息をつく。

 明らかにがっかりしたミスティラの反応に、トウルは困惑してしまった。


「ミリィ、俺何か失礼なこと言ったか?」

「その無自覚さですよトウル様……。まぁ、でも、これでも前進ですよね。親バカで錬金術大好きなトウル様ですから」

「えっと……?」

「トウル様が村に来てくれて良かったという話しです。精霊祭も誕生日のプレゼントもこんなに楽しくて嬉しい思い出が出来たのは初めてでしたから」


 ミスティラはそう言うと、トウルの手をとった。

 ミスティラの手は柔らかくトウルの手を包んでくれている。

 イタズラ好きな魔女が次に何をするのかと、トウルは一瞬身構えたが、全く別の声で驚いた。

 同時にミスティラもトウルから手を離した。


「お! は! よ! う! ございます! 先輩!」


 レベッカが大声で挨拶をしながら、部屋に入ってきたのだ。

 髪はバッチリセットされているし、寝起きという訳ではなさそうだ。


「レベッカ!? お、おはよう。朝から元気だな」

「だって、私だけ好きって言って貰ってません!」

「えぇっ!? ってか、俺三階に聞こえるまで大きい声で言ったっけ!?」

「扉の後ろで入るタイミングを伺っていたんです!」

「なんで? 普通に入れば良いのに?」


 トウルが当然の疑問を尋ねると、レベッカはぐいっとトウルに詰め寄った。


「先輩が鈍感過ぎるのが悪いんです! さぁ、私のことを好きというのです先輩!」

「レベッカ目が怖い! レベッカのことも好きだよ。良い後輩を持ったと思ってる」

「よし、これで何とか横並び!」

「……なんのことだ。あぁ、レベッカ。朝食の準備が出来てるから、食べてくれよ?」

「はい。もっちろんです」


 嵐が通り過ぎ去ったような気持ちでトウルがため息をつくと、ミスティラとクーデリアが呆れたように笑い始めた。


「ここまでされて気付かないのですから、笑うしかないですよね」

「本当にね。うーん、ここに関しては私の方がレベルが上だよねー」

「うん。今回だけはそこに同意しますわ。クーデの方がこれに関してはトウル様より遙かにレベル高いです」


 またもやトウルがバカにされる流れになっていて、トウルは余計に混乱した。

 今回の一件でトウルは錬金術師としても父親としても成長したはずだ。

 それなのに、クーデリアの方が上だと言われている現状が理解できなかった。


「先輩は重度の親バカだから、成長の仕方が偏ってるのよ」

「あ、それはレッカさんに同意です。トウル様は重度の親バカです」

「親バカだから仕方無いよねー。お父さんとか、旦那さんにするには良い人なのにね」


 そして、勝手に分かり合っている少女達の生暖かい諦めたような視線に、トウルはたじろいだ。


「……リーファは分かるか?」

「みんなお父さんが大好きなんだよー。リーファもお父さん大好きだよー」

「あれ? 話題が戻った?」

「お父さんももっと成長しないとダメだね。リーファも一緒に成長するから、がんばろー!」

「リーファまで!?」


 結局分からなかったのはトウル一人だということに、トウルは酷くショックを受けてしまった。

 それでも、トウルはすぐに笑い出した。

 まだまだ彼女達のことを分からないことが多い。それでも、彼女達と一緒にいると楽しいことだけは間違い無かった。

 もっとみんなのことを知りたい。

 そう感じた気持ちが錬金術ではなく、恋の芽生えだということに、トウルはまだ気がつかなかった。


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