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祭りの夜

「お父さん、リーファ自分で歩けるよ?」

「俺がこうしたかったんだよ。嫌だったか?」

「ううん。お父さんがしたいなら仕方無いなー。ぎゅー」

「ありがとうリーファ」


 今は出来る限り一緒にいたい。そうトウルは思いながら感謝の言葉を口にした。

 甘えさせてあげたいのに、甘えているみたいだと、トウルは苦笑いする。

 トウルは鍵を開けて、外に出ると川の方に回り込んだ。

 そこにはクーデリアとミスティラ、そしてレベッカが腕を組みながら立っていた。


「ごめん。みんな待たせたな」

「遅いですよ先輩。って、あれ? リーファちゃんどうかしたんですか?」


 レベッカの言葉で皆の視線がリーファに集まった。

 リーファのことだから、三人を見て飛び込むとでも予想していたのだろう。


「悪いな。さっきお風呂上がったばかりでさ。後、リーファがちょっとのぼせそうだったんで、念のため抱いて連れてきた」

「違うよー。お父さんがリーファに甘えたいから、抱っこさせてあげてるのー」

「なっ!? ちょっと違わないか!?」

「違わないよー。お父さんが安心できるように、ぎゅーってしあげたんだよ。そしたら、寂しそうな顔じゃなくなったもん」

「今日はそういうことにしとくか」

「うん。そういうことにしておいてー」


 リーファなりの甘え方と、照れ隠しにトウルは優しく微笑んだ。

 それにリーファの言ったことも間違っていない。

 結局トウルとリーファは似た物親子なだけだ。


「ふふ、トウル様、どうせなら私にもぎゅーっとされちゃいますか?」

「あ、いいね。私も抱きついちゃおっかなー」


 普段着に着替えたミスティラとクーデリアは、指をうねうねと動かしながらトウルに迫ってきた。

 月夜に照らされた不気味な微笑みに、トウルはツバを飲み込むと一歩後ろに足を引いた。


「ふふ、トウルさん。夜なのにハッキリ分かるほど顔が赤くなっていますわよ?」

「ぷぷぷ。あはは。びびりすぎだよー」


 ミスティラとクーデリアはトウルに肉薄すると、突然噴きだして笑い出した。

 トウルはまたからかわれたことに気がつくと、大きくため息をついて俯いた。

 保安員の二人は演技が上手すぎる。冗談か本気か見抜くことが出来るのは当分先になりそうだ。


「あっ! 先輩!」

「へ?」


 レベッカの声でトウルが頭を上げると、二人の保安員は両手を広げて、白い歯を見せていた。


「隙ありです」

「引っかかった引っかかったー」


 トウルはリーファを落とすまいと腕に力を込めたが、二人の手はトウルの肩と背中に置かれた。


「へ? あれ?」

「ふふ、リーファがいるのに抱きついたら危ないですからね。なので、かわりに肩です」

「ぷぷ、三段重ねのひっかけに全部ひっかかってくれたね」

「お前らなぁっ!?」


 二度も三度もかき乱されたら、主導権は完全にミスティラ達の物になってしまう。

 一人一人でも翻弄されるのに、二人で一緒になられたら、トウルにはどうしようもない。

 それでも、その二人の間にいられることが、トウルにとっては少し嬉しかった。

 この二人の間に、自分も混ざって良い気になる。


「せ・ん・ぱ・い」

「どうしたレベッカ?」


 レベッカが一歩ずつ近づく度に、トウルを一言ずつ呼ぶ。

 ミスティラとクーデリアがイタズラをしかけた後だ。さすがのトウルも警戒して、平常を装った。


「早く工房に入りましょうよ。早く温泉入りたいんですから」

「あ、あぁ、ごめん。そうだな」

「あれぇ? 先輩ぃ、何か期待してました?」

「むしろ、警戒していたよ。またからかわれるんじゃないかってさ」

「あはは。そうですね」


 レベッカは笑いながらトウルの横を素通りしていくと、ミスティラとクーデリアも手を離してトウルの前を歩き始めた。

 トウルは小走りをして三人に追いつき、工房の扉を開けて中に入った。

 そして、リーファを下ろすためにかがんでいると、耳元にふわっとした柔らかい物が触れた。


「今日の先輩は素敵でした」


 耳の奥までくすぐるようなレベッカの囁き声に、トウルはつま先から頭の先まで電撃が走ったように震えた。


「レベッカ!?」

「あはは。本当だ。二人が言ったとおりだ。結構照れ屋なんですね先輩?」

「またはめられた!?」

「えぇ、そろそろ油断する頃だと思っていましたが、バッチリでしたね。あ、でも今日の先輩は本当に素敵でしたよ? 花火も音楽つきにするとか進化してましたし、楽しい花火でした」

「褒められているはずなのに素直に喜べない!」


 保安員に感化されたようなレベッカのからかいに、トウルは改めて衝撃を受けた。


「お父さんみんなと仲良しだね」

「……仲良しなのかなぁ」

「うん、みんなお父さんといると笑顔になるもん。お父さんも笑ってるよ?」

「あはは……ほとんど苦笑いなんだけどな。リーファがそう言うなら信じてみるよ」


 床に降りたリーファはニッコリと微笑んでいる。

 子供は大人より素直に物を言う時があるし、リーファは自分の隠し事は上手でも人の隠し事はあまり得意では無い。

 トウルが短く息を吐いて気持ちを切り替えると、店の奥からクーデリアの声が届いた。


「トウルさーん。温泉借りるよー。レベッカさんも一緒に入ろー」

「はーい。んじゃ、先輩、また後でー」


 リーファと二人きりにされたトウルは、彼女の手を握って一歩歩き出した。


「みんなが出てきたときのために、飲み物用意しようか」

「うん! リーファもお手伝いするー」

「ありがとな」


 今夜はきっと賑やかな夜になる。

 そんな楽しくも大変そうな予感に、トウルが気合いを入れようとしたまさにその時だった。

 ミスティラが顔だけを扉から出して、声をかけてきたのだ。


「あ、トウル様、覗きに来てもいいですよ?」

「覗くなじゃないのそこは!?」

「あはは。ちょっとからかっちゃいました。あ、飲み物ありがとうございます。リーファもありがとう。きっと二人も喜びますわ」

「お礼なら普通に言って欲しかったよ。何か今日は会う度にからかわれている気がするな……」

「だって、誕生日ですもの。それに、昼間はトウル様をからかえませんでしたから」

「可愛らしく言っても嬉しくないからな!?」


 さすがにトウルも今度だけはわざと乗って、大げさに応えておどけてみせた。

 すると、ミスティラは小さくクスッと笑って扉を閉めた。

 その後、三人娘が温泉から上がると、五人で一緒に温めのお茶をすすった。

 初めは随分と険悪な関係のように見えたが、大分仲良くなったように見える。


「さてと、それじゃ、見張り行ってくるよー。ミリィは先にちゃんと休んでおいて」

「うん。クーデも何かあったら起こしに来て」


 クーデリアが立ち上がると、ミスティラも名残惜しそうに立ち上がった。

 すると、その二人にレベッカがストップをかける。


「あ、クーデ、これ持っていって。保水パックと化粧水。睡眠不足によるお肌の荒れを少しでも防ぎなさい。後、ミリィは先輩とリーファが作った安眠剤。短くても良い眠りが出来るはずよ」


 レベッカがカバンから道具を取り出すと、二人は素直に感謝の言葉を口にしながら受け取った。


「ありがとーレッカさん」

「ありがとうございます。レッカさん」

「どーいたしましてー」


 そして、トウルがふと気付いた時には彼女達がお互いに呼び合う時の呼び名が愛称に変わっていた。


「レベッカ。今、レッカって?」

「え? あー、ほら、私達ライバルですから、それなりに仲良くなったんです」

「あの二人とレベッカが? なんで?」

「ふふ、秘密です。正々堂々と勝負したいですからね」


 レベッカがイタズラっぽく笑うが、大きくあくびをしたので、トウルは追求するに追求出来なかった。


「ふぁぁ、本当は先輩を独り占めしたいんですけど……実はもう限界だったりします……。カイト様の件でろくに眠れてないので……。おやすみなさい先輩、リーファちゃん」

「あぁ、おやすみレベッカ。今日は楽しかったな」

「はい。良い夢見れそうです」


 レベッカも立ち上がると、リーファは眠そうな目をこすって挨拶を声にした。


「おやすみ……れーちゃん」

「あはは。リーファももう眠そうだな。今日は一緒に寝ようか」

「うん……お父さんと一緒がいい……」


 そのリーファの言葉でトウルは急いでコップを片付けると、リーファと一緒にベッドの中へと入った。

 思ったより静かな夜だったけど、トウルの心は十分に満たされ、幸せな夜だった。

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