マリヤの質問
祭りが終わり、一部の観光客が特別列車で戻ろうとする中、トウルとリーファはゲイル局長とカイトを見送りに出ていた。
リーファとカイトが子供同士で話を始めてしまった隙を見て、トウルはゲイルと会話を始めた。
「局長、本日はありがとうございました」
「なに、楽しませて貰ったよ。十年前に私がやった花火よりも面白い物を作ってくれて、対抗意識が燃えてしまっているよハハハ」
「はは。来年は局長も作る方として参加します?」
「ははは。休暇があえばそうしよう。それと、例の件だが、何か分かれば報告する」
「分かりました」
リーファ達には気付かれないよう、さりげなく誘拐犯の話題に触れたトウルはそれ以上追求しなかった。
何より、勘の良い子供達だ。少しでもヒントがあれば気付いてしまうかも知れない。
「リーファは中央の錬金術学校にくる予定はないのですか?」
「んー、今は無いよ。お父さんここにいるし」
「そうですか。残念です。もし、万が一、通うことになったら教えて貰えないでしょうか? その時は真っ先にリーファと友達になりたい」
カイトが手を差し出すと、リーファは困ったように首を傾げた。
「もうお友達じゃないの?」
「そうですね。ありがとうリーファ。また会える日を楽しみにしています」
「うん。お手紙ちょうだいねー」
「えぇ。では、また」
「ばいばい。カー君」
軽いノリで約束を交わす二人を見て、トウルは内心で冷や汗をかいていた。
王族から手紙が来るとは、想像もしたことがなかった。
厳重に封がされて、衛兵が届けにでも来るのだろうか。など良く分からない想像をしてしまう。
そんな想像をしているトウルはゲイルから声を再度かけられた。
「ではな。トウル君」
「はい。色々な情報ありがとうございました」
「親として知っておくべきことさ」
ゲイルは多くを語らず、カイトを連れて列車に乗り込んだ。
これで祭りは終わり。
後は、のんびりと温泉に浸かってゆっくり眠るだけ。
――とはいかなかった。
「今日は三人もうちに泊まるのか。部屋は余っているから良いけどさ」
「れーちゃんも泊まるんだよねー。病気の人に部屋を貸すって優しいねー」
「そうだな。それに、レベッカも知らない相手じゃ無いし、クーデ達とも知り合いだから大丈夫だよな」
「みんな仲良しー」
「だな。よし、俺達も家に帰るか」
「うんっ!」
手を繋いで家路についたトウルは、空に浮かぶ月を見上げて長い息を吐いた。
マリヤの予告は今夜だ。
トウルはいつリーファが豹変するか、ドキドキしながら歩いて行く。
ただ、そんな緊張もリーファの笑顔が一瞬でほぐしてくれた。
「ね、お父さん。家に帰ったら温泉一緒に入ろー」
「いいよ。今日はいっぱい動いたし、ゆっくりつかって疲れを取ろうか」
「やった」
トウルが工房につくと、川を挟んで向こう岸で保安員達が最後の確認作業をしているのが見えた。
クーデリア達が来るのはもう少し後だと分かったトウルは、工房の扉に書き置きを残して鍵を閉めた。
そして、自室で水着に着替えるとタオルを持って一階のシャワールームに降りた。
いつも通りリーファと背中を流し合い、川辺に作られた露天風呂へと身体を浸ける。
「ふぃー……生き返るなぁ……」
「あったかいねー」
トウルは肩まで身体を温泉につけると大きく伸びをした。
キャンプ地の方からは川の音と一緒に、賑やかな話し声が聞こえてくる。
宿泊客が一斉に移動してきたようだ。
「初めてだな。こっちが夜でも賑やかなのって」
「そうだねー。みんな楽しそう」
「頑張ったみんなのおかげだよなぁ。良い祭りだった。うん、楽しかったなぁ」
「お父さんも頑張ったもんねー」
「リーファもな。本当によく頑張ったよ。また腕を一気に上げたからな」
「えへへー」
リーファの可愛らしい笑い声にトウルも小さく笑った。
「あのね。お父さん」
「うん」
「……今日、花火、すっごくドキドキしたの」
「知ってるよ。上手く行くかどうか、不安だったんだろ?」
「え? どうして分かったの?」
「打ち上げる前、一瞬振り向いたのが見えたからさ。リーファは頑張り屋さんだから、不安になって、俺達に心配させちゃいけないって思ったんじゃないか?」
「えへへ……お父さんにはお見通しなんだ」
「リーファのお父さんだからな」
恥ずかしそうに顔を染めて笑うリーファの頭をトウルは優しく撫でた。
今は思いっきり甘えても良いよと伝える代わりに、トウルが自分からリーファに身体を寄せていく。
「リーファね。失敗したらお父さんがガッカリしないかなーって、すっごく怖かったんだ。分かんないこともいっぱいあって、お父さんが手伝ってくれたし」
「ガッカリなんかしないよ。リーファの努力は俺が目の前で見ていたし、失敗は誰でもある。一緒に原因を考える事はするけど、ガッカリも怒ったりもしないよ」
「お父さんがすごく細かいのをすすーって書けるのに、リーファはゆっくりしか書けなくて、頭で分かってるのにすぐ真似出来なかったよ。もし、ずっとリーファが細かい設計図を書くのが遅かったら、お父さんはリーファにガッカリする?」
トウルはこの時、ようやく以前リーファがお風呂で言いかけた言葉に気がついた。
初めて設計図を書く速度に差を見せつけたあの日から、リーファはずっとその不安に耐えていたんだ。
もしかして、それよりも前からリーファのアイデアにトウルが手を加えたことで自分の力に不安を持っていたのかもしれない。
ユージが言っていた言葉と同じことを、リーファはずっと気にしていた。
「リーファはリーファだよ。俺じゃ無いし、他の誰でも無い。俺の弟子になって、家族になったからと言って、俺の完璧なコピーをしないといけない理由にはならない。俺とおじいちゃんとおばあちゃんは似ていたけど、全然違っただろ?」
「……うん」
「だから、ゆっくり成長すれば良いよ。焦らずゆっくり、自分のやりたいことを見つければいい。俺はずっと側にいてあげるからさ。あ、リーファは良い子だけど、もし、何か悪いことしたら怒るからな? 父親としてさ」
「えへへ……」
リーファは安心しきったのか目を瞑ると、口元まで一回温泉に沈んでから、顔を外に出すと大きく息を吸い込んだ。
「あのね。お父さん」
「うん」
「もし、もしもだよ。リーファが錬金術止めて別のことやりたいって言ったら、お父さんはどう思う?」
リーファの質問にトウルは少しの間、無言で自問自答を繰り返した。
悲しいとか、もったいないとか、色々な気持ちは浮かんでくる。
「んー……。ちょっとショックを受けるだろうなぁ」
「……そっか、なら――」
「でも、それならそれで、良いと思う。村長が俺を呼んだから、リーファは錬金術師の勉強をしているけど、リーファならきっと何だって出来るからさ。リーファがやりたいことを見つけたのなら、俺はそれを錬金術師としても、父親としても応援するよ。だから、その時は相談して欲しいな。お父さんなんだからさ」
「本当にいいの? だって、お父さん、リーファがお父さんみたいな錬金術師になりたいって言ったらすごい喜んでたよ?」
「嬉しいけど、それとこれとは別だからさ。俺も父さんの後は継いでないし。あ、実はもう、リーファにはやりたいことがあったとか? んー、リーファはクーデ達と仲が良いし保安員とか? あ、料理上手だし料理人とかお菓子職人とか?」
どんな未来に進んでもリーファならきっと上手く行くし、かわいらしい姿を想像出来る。
色々な制服姿のリーファにトウルがほっこりしていると、リーファがトウルから離れた。
「……そっか。それがお主の本心か」
「え? まさか、マリヤさん?」
「気付くのが早くて大変よろしい」
「あの……いつからマリヤさんに? というか、リーファをどうするつもりですか?」
結局マリヤがトウルの何を知りたかったか、分からないままだ。
トウルは取り乱さないように必死に自分を抑えながら、マリヤに尋ねた。
「さっきの質問からだ。ふーむ、あの狸の元に行って、後見人にさせるのも悪くないと思っていた」
「……一体俺に何を聞きたかったんですか?」
「くくく。それすら分からぬとは、お主はバカだな」
「お願いします。リーファを連れて行かないで下さい」
リーファがミスティラよりも黒い笑みを浮かべるが、トウルは構わず食らいついた。
それがよっぽどおかしかったのか、滑稽だったのか、マリヤは水をばしゃばしゃ蹴りながら大笑いを始めた。
「くはは。バカじゃバカじゃ大馬鹿じゃ。この上ないほどの親バカだ」
「へ?」
「あぁ、知りたいことは知れた。そして我はお主に託すことを決めた。お主がリーファの未来を決めつけない意志を見たかった。この子は我の意志と命が混ざっていても我ではない。お主の知識を持ってもお主ではない。我の経験を夢で学んでもこの子の心はこの子の物だ。お主はそれを分かっておる、お主とともに生きるのであれば、例え錬金術師としての道を歩もうと、この子は我とは違うこの子の未来を歩み、間違いを犯さないだろう」
「なら、リーファは……」
「あぁ、これからも頼むぞ。父親よ。この子が大きくなるに連れ、我の影響は消えていくが、それまで影から見守らせて貰う。後、もうのぼせる寸前だ。外に出してあげなさい」
「はいっ!」
トウルはリーファを温泉から抱き起こすと、眠ってしまったリーファの身体を拭いてパジャマを着させた。
そして、自分の部屋に運び、ベッドの上に寝かせると毛布を身体にかけてあげた。
「今日は……色々なことがあったな。何というかたくさんのことを託された気がする」
「あ……お父さん?」
「ごめん。起こしちゃったか?」
リーファが目を覚まし、むくりと上半身を起き上がらせた。
トウルに見せてくれる柔らかい笑顔は、いつも見慣れたリーファの笑顔だ。
「ううん。大丈夫……。あのね。また夢でお母さんが出てきたの。白い髪の人だった」
「リーファと同じだな」
「うん。頑張って。って言われたの。良く分からなかったけど、リーファがんばるよ」
「そっか。うん、俺は頑張り屋なリーファが大好きだぞ」
「えへへー」
トウルがリーファの頭を撫でると、リーファは嬉しそうにゆっくり頭を左右に揺らした。
このままリーファが寝付くまで一緒にいようかとも思ったが、窓の外から大きな声でトウルの名が呼ばれた。
「おーい! トウルさーん!」
「せんぱーい! 聞こえますかー?」
クーデリアとレベッカが揃ってやってきたようだ。
「行ってくるよ」
「リーファもいくー」
「よし、それじゃ、一緒に行くか」
トウルはリーファを抱き上げると、彼女の小さな身体を抱えたまま一階へと下りた。




