錬金術師達の花火
レベッカが照れたように頬をかくと、咳払いをしてから発射台に点火した。
「これが私の作った光の世界だっ! いっけー!」
六つの巨大な花火の球が空に向かって打ち上がると、空に六色の滝が生まれた。
村を囲うように光が流れ落ちてくる。
「きれーっ!」
「まだまだこれからよっ!」
消えない光の滝に向かって、次々に花火が打ち上げられていく。
滝に囲まれた中央の空間から、赤、青、緑、黄、白、紫の三角形がくるくると回転しながら、次々に広がって行く。
そして、花火の連射速度が加速度的に上昇し、夜空はハート、星、ダイヤ、クローバーなど、様々な形の花火が連続して破裂していった。
「フィナーレ!」
気合いの入ったレベッカのかけ声で、無数の花火が一斉に空に打ち上がると、中央から水がわき出るように六色の光が膨れあがり、渦を描くように回った。
同時に光の滝も回転を初め、広場は光のシャワーを浴びているような光景に覆われた。
その光景にトウルはたまらず拍手をしていた。
離れた村の広場からも大きな拍手が聞こえてきて、かなり高評価だったことがうかがえる。
精霊達もかなり楽しんだのか、魔法の光を空に打ち上げていた。
「すげーな。レベッカ。このダイナミックさはちょっと真似できないレベルだ」
「どうですか先輩? これが私の実力。大万華鏡花火です! 空間を切り取って演出してみました」
レベッカはよっぽど嬉しいのか、勝ち誇ったように右手を天に掲げていた。
そんなレベッカの様子を見て、リーファもかなり興奮しているのか、両手を大きく振り回していた。
「うわーっ! すごい! すごいよれーちゃん!」
「えっへん。こんなもんよ!」
「れーちゃん、後でリーファにも教えてー」
「えぇ、良いわよ。ふっふっふーん。さぁて、次はリーファちゃん、あなたの番ね?」
「うんっ。リーファの花火も見せてあげるっ! カー君も楽しみにしてるって言ってたし、リーファ頑張るよ!」
リーファが自分の発射台に登ると、トウルの方をちらりと振り向いてきた。
不安の色は見えない笑顔だけど、振り向いたこと自体がきっとリーファにとっては精一杯見せられる不安と甘えなのだろうと、トウルは受け止めた。
「大丈夫。自分を信じていい。リーファはちゃんと頑張ったよ」
「うんっ! よーっし! いっけー!」
トウルの声援に後押しされるようにリーファが導火線に点火する。
打ち上がった花火はバラバラに別れ、六つの花が空に咲いた。
続けた発射された花火が破裂すると、消えかけた花の中から精霊が姿を現した。
精霊を中心にして小さな花火が連続で咲き誇るが、お互いに混ざり合う気配はない。
「昔々、精霊さんは喧嘩ばっかりしてました! そこに女神様がやってきて、みんなで仲良くするよう言いました!」
精霊祭に伝わる物語をリーファは天に向かって語り始めた。
花火の打ち上がっていない中心に向かって、光が昇って行くと大きな女神が現れた。
女神が指を振るうと、精霊の花火が揺れるように消えていく。
そして、最後の精霊の花火が消え、女神も消えると、リーファの花火が再度、連続して打ち上がり始めた。
最初に女神が現れ指を振ると、紫色の暗い巨大な花火が爆発し、その端っこで白く輝く小さな花火が破裂した。
すると、夜空を横に貫くように黄色い花火が連続して爆発し、その上に緑の花火が細長い軌跡を残しながら破裂した。
「闇が荒れた世界を飲み込んでまっさらにすると、女神様は暖かい光を呼びました。すると、大地に緑が芽吹きました」
花火が消えてかけては次の花火が破裂し、リーファの世界が風で踊っているも見える。
「女神様は大地を育てるために、水やりをします。そしたら、赤い花が咲きました」
垂れるように青い火花が無数に落ちてくると、それに応えるかのように赤い花の形をした花火が何個も打ち上がった。
何も無い空に精霊の色をした火が集まって出来た花咲く大地が生まれ、そして、消えた。
荒れた地に豊穣を願う物語。リーファは村に伝わる伝承を花火で表現しようとしたのだ。
「女神様は最後にみんながもう喧嘩しないよう、みんなの花を植えました」
一度全てが消えて、終わったかと思ったリーファの花火だったが、リーファが大きくジャンプをすると、もう一度六つの花火が空に向かって打ち上げられた。
最初とは違い、今度は六つの花火が寄り添うように花を咲かせていた。
「えへへー。これがリーファの作った女神様と精霊の絵本花火!」
全て計画通りに成功したリーファは両手を広げて、花火の名前を宣言した。
村の広場からは惜しみない拍手が届き、精霊達も魔法をぶつけあって花の形を作っている。
レベッカに負けていないほどの反響に、トウルとレベッカもリーファに拍手を送った。
「すごかったよ。さすがリーファだ。俺のイラスト花火もちゃんと自分の物に出来てたし、本当に良くがんばった」
「二週間でこんなにレベル上げるかぁ。先輩が教えているとは言え、ホントすごいわ。ふー、悔しいけど、良い花火だったよ。リーファちゃん」
トウルとレベッカの賛辞に、リーファは満面の笑顔を浮かべて走り出した。
真っ直ぐトウルに向かってくるリーファは、トウルの数歩前で両手を広げて彼の胸の中へと飛び込んだ。
「出来た。出来たよ。お父さん!」
「最初の普通の花火からすっごく進歩したな」
「うん! お父さんみたいに出来た!」
「ううん。あれはもうリーファにしか作れない花火だよ。よっし、それじゃ、ラストは俺だ。俺だってちゃんと成長してるところを見せてやらないとな!」
トウルはリーファを地面に下ろすと、肩を大きく回して気合いを入れた。
マリヤが確認したいのは、きっと錬金術師としてのトウルの腕だ。
大事な子供を託すに相応しい人間をアピール場として、この花火はこの上ないチャンスだ。
技術的にも発想的にもトウルは資格を持っただけの国家錬金術師とは違うことを、マリヤに見せつけるつもりで、空に向かって吼えた。
「俺の花火で歌って! 踊れっー!」
気合いを入れたトウルのかけ声とともに、花火が連続して打ち上がる。
弾けた花火は普通に色のついた花火だったが、破裂音に音程があった。
「あれ? これって祭りの曲ですか!?」
「そうだ。音ってのは空気の振動だからさ、振動の仕方を制御すれば音楽に出来ると思ったんだ。防音加工している時にふとやろうと思ったけど、出来るもんだな」
イントロが終わると、精霊の形をした花火が打ち上がり、光が奏でる音楽に合わせて巨大な光の精霊が踊り始める。
トウルは発射台から離れると、リーファの手をとって花火と一緒に踊り始めた。
夜だというのに、トウルの目の前は花火のカラフルな光で照らされて、昼の精霊達にも負けないほど幻想的で明るかった、
「ほら、レベッカも踊ろうぜ!」
「し、仕方無いですね。先輩の頼みならお供します!」
気付けば三人の周りにも精霊が集まってきて、小高い丘の上は精霊達の小さなダンス会場になっていた。
「きゅー! きゅっきゅっきゅー!」
「精霊さんも楽しいみたいだよ。お父さん」
リーファの肩に止まった風の精霊が小鳥のような音を出すと、精霊達が一斉に色々な音を発し始めた。
リーファは笑顔で精霊達のもとに飛び込むと、精霊達が一緒に踊るようにリーファの周りを飛び回り始めた。
「よっし! 俺もっ!」
「あ、待って下さい。私も混ぜて下さいよ先輩!」
トウルとレベッカもその光の渦の中に混ざり、花火が終わるまでの間、三人は異世界的な光の中で踊り続けた。
「あ、終わっちゃった」
「時間は五分って決まってたからな。リーファは楽しかったか?」
「うんっ! すっごく楽しかったよ!」
「そっか。良かった。よし、みんなが待ってるし戻ろうか」
リーファの笑顔と喜びは中のマリヤにも届いただろうか。
トウルは祈るような気持ちでリーファの手を握ると、レベッカの方に視線を向けた。
「レベッカも楽しめたか?」
「ちょっーっと、保安員の二人がかわいそうになるくらい楽しめました。……でも、いいですよね。私、先輩にはあんまり会えないんですし、ちょっとくらい独占する時間があっても」
レベッカが途中からもじもじとし始め口ごもったせいで、トウルは途中から聞き取れなかったが、楽しんで貰えたことだけは理解出来た。
「やっぱり、この村良い所だろ?」
「昼間、冗談みたいに言ってましたけど、また休暇に遊びにきていいですか?」
「あぁ、もちろん。今度はちゃんと案内するよ」
「楽しみにしてます!」
「んじゃ、行こうか」
その後、広場に戻ったトウル達は観客からなかなか鳴り止まない拍手を貰い、雑誌社や新聞社からのインタビューを受けることになった。
若き天才達が空に描いた火は瞬く間に中央に広がることになるが、それはまた別のお話だ。