精霊と女神の踊り
「……お父さん?」
ものの数分でリーファが一階へ下りてくると、寝ぼけたような口調でトウルを呼んできた。
「リーファ大丈夫か!?」
「うん。ちょっと眠たいけど大丈夫。あのねお父さん。なんかすっごく懐かしい夢をみてたんだ。顔は分かんないのに、お母さんとかおばあちゃんみたいな感じな人がいたの」
「……そっか。良い夢だったか?」
「うん」
「そっか。……良かった」
リーファは怖い思いをしていない。
それが分かったトウルはリーファの身体を抱きしめると、喜びのあまり肩を震わせた。
「……お父さん? どうしたの? 泣いてるの?」
「大丈夫。大丈夫だ」
「よしよし。リーファがいるよ。怖くないよ」
「はは……これじゃ立場が逆だな」
「えへへー」
いつもの笑い声が聞けて、トウルはリーファを一度離した。
マリヤは約束通りリーファを返してくれたのだ。
「あ、お父さんお祭りはどうなったの? みーちゃんの踊りが見たいな。リーファも踊りたいし!」
「あぁ、そっか。よし、それなら急いで戻ろうか」
トウルは倒れていた錬金術師に風船をくくりつけ、彼の身体を浮かせながら引っ張った。
「ところで、このおじーさんは誰なの?」
「んー、酔っ払って迷い込んだんじゃないか?」
トウルは誤魔化すように笑顔で取り繕った。
本当なら色々と問い詰めてやりたいところだったし、縄で縛り付けて引きずってやっても良かったのだが、リーファが祭りを楽しんでいるのに水を差すようなことはしたくなかった。
狙われていることを知るのは、リーファが自分の出生を知った後で良い。
それまでの何も知らない幸せな時間を守るのも、父親としての役割だとトウルは考えていた。
「へぇー。おっちょこちょいなんだね」
「そうだな」
楽しそうに笑うリーファを見て、トウルは笑顔で頷いた。
○
トウルはクーデリアに犯人を引き渡すと、祭り会場に戻った。
取り調べにはゲイル局長を使うように依頼もしておいたので、裏側に誰がいるかもそのうち明らかになるはずだ。
「では、本日のメインイベント。精霊踊りを始めます!」
「踊りに間に合ったー!」
祭りのアナウンスにリーファがはしゃいだ声を出して、ぴょんぴょんと跳ね回った。
そして、程なくして広場の中央には村の楽団が演奏を始めた。
リズミカルに音を刻み始めた打楽器に、バイオリンとフルートが明るいメロディーを奏で始める。
すると、足下にいた精霊達が一斉に空に飛び上がり、舞台に向かって飛んで行く。
そして、一斉に魔法の光を舞台に向かって放つと、白い煙の中から春の女神を模したミスティラが現れた。
会場の目はミスティラに注がれ、屋台の客を呼ぶ声すらも消える。
宝石箱のように六色に輝く世界で、純白の女神が長いリボンを振りながら精霊達と舞っている。
「綺麗だな」
「うん。みーちゃん、綺麗」
精霊と心を通わせ、光で踊りを演出する様子はまるで花火のようだ。
そして、五分ほどで音楽が止み、ミスティラの踊りが終わる。
ミスティラが最後に深くお辞儀をすると、精霊達が一斉に空に向かって魔法を打ち上げた。
「すげぇな……これが本物の精霊の祝福、精霊祭か……」
打ち上げられた精霊の魔法は空で弾けると、六色のカラフルな小さな欠片となって空から舞い降りてきた。
魔法の欠片は地面や人に触れると淡い暖かな光へと変化して、その場に残った。
そうして、村は幻想的な光る雪に優しく包まれる。
「精霊に祝福されし村に豊穣を約束します」
ミスティラが女神としての宣言をすると、村の人々が一斉に大きな拍手を送った。
その拍手は村の外の人にも伝染していき、村が大きな拍手の音で満たされた。
その中心にいる少女に向かって、トウルも惜しみない拍手を送る。
ステージの上に飛び出して、感激の言葉を伝えたくて仕方が無いトウルだったが、そこは大人らしく我慢した。
「さぁ、次は人の子の番だ。我らの祝福に応え、我ら精霊と踊るがよい!」
ミスティラの合図で楽団がもう一度音楽を奏で始めると、村の人達が一斉にペアを組んで踊り出した。
ミスティラは相変わらずステージの上で、みなのお手本になるように踊っている。
「お父さん踊ろっ!」
「あぁ! 今回は俺もちゃんと練習したからな!」
トウルは少しつたないステップを踏み、ちょっとタイミングを外したりもしていたが、失敗なんて一切気にせず弾けるような笑顔を浮かべるリーファと一緒に踊っていた。
トウルも楽しくて頬が勝手に緩んでいた。
踊りの上手いも下手も関係が無い。
夢のような光景の中で、音楽に合わせて動くだけで面白かった。
それにリーファとの間に精霊が入ったり、飛び出たりして、トウル達も精霊になったかのような気分になっていた。
参加者の多くが精霊の格好をしているおかげで、まるで異界のお祭りだ。
「あはは。楽しいねお父さん!」
「あぁ、すごいな!」
「あっ! れーちゃんとカー君だ」
リーファが指さした方向にトウルが振り向くと、レベッカとカイトが一緒にダンスをしていた。
トウルはリーファに引っ張られるように二人の元へと駆け寄った。
「カー君、踊ろー!」
「えぇ、喜んで」
「わーい」
リーファは遠慮無くカイトの手を取ると、カイトを振り回すような勢いで周りを飛び跳ねた。
そんな楽しそうなリーファの様子を見て、トウルもまたレベッカに手を伸ばす。
「踊ろうぜ。レベッカ」
「え、あ、いいんですか!?」
「もちろんだ。祭りだからな」
「はいっ! 踊ります! 踊りましょう!」
レベッカがトウルの手を握り返し、一緒にステップを踏み始めた。
リーファとカイトを守るように、位置に気を付けながら、二人は周りの人達の真似をして踊っている。
「あはは。本当に先輩も踊るんですね? 意外と上手くてびっくりです」
「練習もしたよ。それも仕事中に。今日初めて踊るレベッカには負けないさ」
「あっー! ずるいですよー! 私が仕事で忙しい時にー!」
「はっはっは。良いだろー。田舎勤務ならではって奴さ!」
「良いですもん! 毎週末、休暇に遊びにきてやるー! 中央勤務の財力で不自由無い最高の休日を過ごしてやるー!」
トウルとレベッカは良く分からない張り合いをしながら、踊っていた。
リーファには見せなくて良い物を覆い隠すように、トウルはとにかく明るく振る舞い続けた。
それは、マリヤの課題をトウル自身が忘れたいからだったのかもしれない。
「花火はちゃんと作ったのかレベッカ?」
「もちろんです。ど派手なの作ってきましたよ」
「そりゃ楽しみだ」
「フフ、勝負ですね?」
「あぁ、どれだけ盛り上げられるか勝負だ」
こうして、踊ったり屋台を楽しんだりして、時間はあっという間に過ぎていった。
○
空が暗くなり、星が見え始めた頃、トウル、リーファ、レベッカの三人は小高い丘の上に設置された花火の発射台に立っていた。
トウルが広場に集まっている集団を見下ろしていると、発射の合図を知らせるランタンの火がついた。
「まずはレベッカからだな。打ち上げの合図が来てる」
「奇しくも順番はあの時の勝負と同じになりましたね。先輩、リーファちゃん。今度は負けません」
トウルの言葉にレベッカは腕を組みながら胸を張って、意気込みを口にした。
だが、リーファはその言葉で対抗意識を燃やすのではなく、目を輝かせた。
「おー。れーちゃんの花火早くみたいなっ! すっごい綺麗だったもん」
「あはは。調子狂っちゃうなぁ。まぁ、うん、あの時よりも成長した私を見せてあげる」
レベッカが照れたように頬をかくと、咳払いをしてから発射台に点火した。




