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器としての覚醒

 工房までの道のりには人影一つ見えなかった。

 だが、そのことがトウルを余計に不安にさせた。

 人が全て祭り会場に集まっていれば、犯人は単独で自由に工房が使える。

 錬金炉にリーファを閉じ込めて、身体を再錬成するつもりかもしれない。

 そうなれば、今のリーファの人格は死ぬ。

 祈るような気持ちでトウルが扉に手をかけると、鍵は開いていた。

 空いた扉の奥を見て、トウルは言葉を一瞬失った。

 白髪の男が一人倒れている。

 そして、店の奥の椅子にリーファが腰掛けていた。


「リーファ大丈夫か!?」

「ん、リーファ? あぁ、そうか。こやつの名か」


 トウルが呼びかけると、リーファは随分と大人びた口調で自分の身体を確認するように見ながら答えた。

 あまりの変貌ぶりにトウルは背中が凍り付くほどの寒気を覚え、震える声で祈るような声を発した。

 リーファの生まれを思い出せば、こうなる可能性はあった。


「マリヤじゃなくて……リーファだよな?」

「すまないな。我はリーファじゃなくて、マリヤだ」

「っ!?」


 リーファの冷淡な受け答えに、トウルは声にならない声を出した。

 同時に、様々な錬金術式がトウルの頭を巡り、リーファをもとに戻すための図面を描き始めている。


「小僧、名は?」


 御年二百超えとなれば、トウルは小僧と呼ばれても仕方がないだろう。

 トウルはマリヤがリーファの身体を使って逃げ出さないように、刺激しないよう細心の注意を払いながら受け答えをすることにした。出来るだけ彼女の悪評という地雷原を避けて進まなければ、リーファが危うい。


「トウル=ラングリフです……」

「錬金術師か?」

「……はい」

「察するに、このリーファの身体を元に戻そうと錬金術式を考えているところか。おかしなものだな。私を呼び起こそうとする小僧もいれば、私を眠らせようとする小僧がいる。お主も無礼を働こうと考えているのなら、この男のように一撃で落とすぞ」


 五十代後半の白髪頭の男ですら小僧よばわりするマリヤは、トウルの思考まで読み取っているようだ。

 小さな身体から大人を一撃で気絶させるほどの力が出せるとは、普通なら思えない。

 だが、リーファの身体は普通とは違う。本当に力を秘めているかもしれない。

 あらゆる状況がトウルにとっては不利で、戦うにしてもリーファを傷つける事になる。

 今、トウルに出来ることは頭を下げてお願いするしかなかった。


「お願いします……。リーファに身体を返して貰えないでしょうか……」

「ふむ。そうきたか。なら、いくつか我の質問に答えてもらおうか」

「……分かりました」

「では、一つ目、我は死んだのか? 我にはこの子を救った時の記憶までしかなくてな」

「はい。亡くなられたと聞いています」

「そうか。なるほどなぁ。道理で本体ではなく、器の子についた我を呼び起こす訳だ。くくく、この転がっておる男、我の培養剤を錬成するほどの錬金術師だったか。確かに懐かしさを感じる匂いだったな」


 マリヤは腕を組むと、面倒臭そうに頭をかいた。


「では、次の質問だ。お主、こやつのなんだ?」

「……父親です」

「ほぉ。これはまた興味深いことを言う。お主、この名も無き赤子がどうして器の子になったか知っていて言うか?」


 冷淡だったマリヤの口調に、わずかに感情が乗り始めた。

 それだけ、マリヤにとってトウルの回答は意外だったのだろう。


「はい。捨てられた赤子だと聞いています」

「何故捨てられたかはしらんのか?」

「はい。詳しくは知りません」

「嘘をつくな。声が強ばったぞ」

「……伝聞ですので、確証がないのです」

「構わん。言うてみよ。我の生前の噂を聞いておれば、何となくの予想がつく」


 諦めたように落ち着いた声音で話すマリヤに、トウルは大きく息を吸い込んだ。


「不老不死の研究をおこなう材料として、金や薬で子供を買い取ったと……」

「まぁ、そうなるだろうなぁ。ちなみに、その説明。お主はどこまで信じておる?」

「……少なくとも、不老不死の研究をしていたことは信じています。中央に保管されていた資料で研究記録を見ました。その結果、二百歳を超えたということも信じています」

「くふふ。賢い小僧だな。論点をずらした肯定が実に上手い」


 口を手で押さえながら、マリヤが尊大に笑っている。

 リーファの身体だからまだ可愛げがあるが、大人にやられたらかなり腹が立つポーズと笑い方だっただろう。


「我は子供を材料にしたという話を信じているかどうかを聞いておる。それと対価として金品や道具を支払ったか、どうなのか? をな」

「子供を引き取った際に、薬と道具を渡したという記録は残っています。その事実は信じています。ですが、あなたが真に何を思って器の子を作ったのかまでは分かりません」

「くくく。いいな。こうやって起こされたかいあって、面白い会話が出来る。まぁ、八割方本当のことだな。ただ、一応言っておくぞ。我が赤子を買ったのは、こやつらが流行病で身体は生きていても脳が死んだ後だ」


 マリヤは頭を人差し指でさして、とんとんとこめかみをつついている。

 その様子を見て、トウルは納得したようにため息をついた。


「なるほど……。やはり、リーファの複写の才能もあなたの脳が原因ですか」

「あぁ、そうだ。それに、契約ではたとえ生き返っても、その子は我が貰うことになっていた。どいつもこいつも、どこかで生きていてくれればそれだけで良いと、泣いて頼んできたぞ」

「……それで、何であなたは自分の記憶と能力を、他人に、それも赤子に埋め込もうとなんてしたんですか? あなたほどの錬金術師ならそんなことせずとも、救えた命のはずです」

「くくく。お主も錬金術師の末端なら、自分の頭で考えてみよ。それとも、自分の答えが否定されるのが怖いか? この小娘が我に奪われるのが怖いのか?」


 リーファの顔と声で煽って来るマリヤに、トウルは必死に自制した。

 マリヤとの会話以外に、この窮地を脱するヒントは隠されていないのだ。

 今すぐにでも飛びかかりたい気持ちを抑えなければ、リーファはトウルのもとからいなくなる。


「不老不死を願ったからですか? こうやって死んだ後も己の意志で俺と会話している訳ですし……」


 トウルが持論を述べると、マリヤは呆れたように鼻で笑ってきた。


「ハッ、やはりケツの青い小僧だな。全く分かっておらん」

「では何故、子供達に自分を植え付けたのです?」

「不老不死を諦めたからだな」

「え?」


 トウルの頭は色々な意味で疑問に埋め尽くされた。

 全く正反対だったマリヤの理由と、まるでトウルがおねしょの話しをされた時のような照れた笑顔をマリヤが見せた。

 マリヤが不老不死を諦めて子供に自分の細胞や意志を残した理由も、笑った理由も、トウルは何一つ理解が出来なかった。


「むしろ、我だけが気がつかなかっただけかもしれんのだがな」

「どういうことですか?」

「我は天涯孤独だった。伴侶もいた例しがない。世界の理に至ろうと研究に没頭する日々だった。ただ、二百近くも生きてある日突然気がついた」


 マリヤは椅子から降りると、黙ったままトウルの足下まで近づいて来た。

 そして、トウルの目の前で足を止めると、どこか偉そうな雰囲気でトウルの顔を見上げてきた。


「やはり不老不死というのは限界がある。身体は老いる。老いた部分を機械に置き換えていったら、もはや、これは自分の身体なのか、分からなくなったよ。機械がダメなら、生の生体で置き換えていっては見たものの、やはり自分では無い何かになっていく気がしてならなかった」


 最長かつ最高の頭を持った天才だからこそ、至った苦悩にトウルは息を飲んだ。

 気の遠くなるような時間と、失敗の苦痛で精神がおかしくなっても仕方が無い。

 だからこそ、マリヤは孤独を貫いたのだとトウルは直感的に理解した。

 親しみや愛情を抱く人が現れても、その人は必ず自分の前から先に消えていくのだ。


「……寂しいですね」

「くくく。小僧、先ほどの評価を訂正しよう。お主、感じる頭はあるな。そう、我は寂しく、虚しくなった。だからこそ、我は残したくなったのだよ」

「残す?」

「あぁ、我の意志を託し、我の意志を広げていく。我の生きた意味を未来永劫、残したかった。二百も生きて生物としての理と、意志の不死を叶える方法に至った」


 マリヤは胸に右手をあてると、トウルの胸にも左手を伸ばした。


「我はな。我の意志を宿す子が欲しくなった。だが、我は長く生きすぎて既に生物としては朽ちた身だ。だからこそ、死にかけ、一度命がなくなったに等しい子に、新しい人生を与えるため器の子を作った」

「あなたは――」

「人助けとは言う気はないよ。我のワガママなのでな。傲慢な錬金術師らしい考えそのものだ」

「なら、何故今こうやってあなたの意志が話しているのですか?」

「この子は我の子だ。死んで貰っては困る。知識を夢で擬似的に経験させるだけでなく、生命に危機が迫った時、我の意志が現れるよう細工をしておいた。ありとあらゆる知恵を使い、生きるための道具を作りだすためにな。ま、こうやって狙われるために作った訳ではなかったので、失策だったがな。ふー、いくら歳を重ねても失敗というのは起きる物だ。小僧、良く覚えておけ」


 最後に八つ当たりのように説教をされたトウルは、ため息をつきそうになったのを必死にこらえた。

 とりあえず、マリヤに敵意は無いらしいことが分かっただけでも前進だ。

 ただ、トウルの頭の中でマリヤの言葉がもう一度再生されると、トウルは慌てたようにマリヤの肩を掴んだ。


「あの、というか、今、命の危機がある時に出るって言ってましたけど、リーファの身体に何があったんですか!?」

「おっと、驚かせるでない。何、薬でちょっとした睡眠状態になっただけだ」

「……良かった」


 相手がマリヤだということも忘れて、トウルはリーファの身体を両手で思いっきり抱きしめた。


「ククク。安心するのはまだ早いのでは無いか小僧」

「え?」

「誰がお主に、この子を返すと言った?」

「お願いします。俺の大事な娘なんです」


 トウルはリーファの身体を逃がさないように抱きしめたまま、マリヤに頼み込んだ。


「とりあえず、身体を離さんか? 逃げはせんよ」

「分かりました……」


 トウルが腕を解くと、マリヤは崩れた服を正して真っ直ぐトウルを見据えた。

 七歳の少女には見えない威圧感がある。


「最後に一つだけ知りたいことがある」

「なんでしょうか?」

「それは教えられん。錬金炉を借りるぞ。培養液で活性化した我の細胞を抑える薬を錬成する。それを飲めば元のリーファに戻る。ただし、わざと今夜には我がもう一度覚醒するように細工をしておくし、お主とリーファの会話は記憶から確認させてもらう。その時、満足行く答えがあれば、こやつの身体を完全に返してやる」

「……分かりました」

「聞き分けが良くて、ありがたいよ。では、部屋には入ってくるなよ? あぁ、後その男はちゃんと縛っておけ。また何かされたら敵わん」


 マリヤは冷たい視線を倒れた男に向けると、身を翻して二階へと消えていった。


「リーファ……」


 マリヤは希代の天才だ。

 やると言ったことは守ってくれる相手だと思われる。

 それと、マリヤに対してトウルは不思議な信頼感があった。

 言うなれば、同類としての直感だ。


「我の子……か」


 命を与えた親としての責任を果たす。マリヤの気持ちがそうであることをトウルは願った。

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