迷子のリーファ
トウル達が祭り会場につくと、会場はすでに沢山の人でごった返していた。
中央の市場と同じくらいの人出だろうか。
千人を超える人間がカラフルな衣装を着て一箇所に集まり、色々な声が混じっている。
その人混みの中には、光り輝く精霊が飛び回っていて、人数以上の盛り上がりを感じさせられた。
「うわー! 人がいっぱいだー! 中央にいった時みたい!」
「うん。俺も村にこんなに人がいるのは、初めて見る」
屋台の客呼び込みも元気いっぱいだ。
「トウルさん! リーファちゃん! 腹ごしらえに串焼きでもどうだい?」
「リーファちゃん! 綿あめどうだい?」
色々な方角からトウルとリーファに声がかかる。
トウルはリーファと両親に確認を取りながら、物を頼んでいくとすぐに両手が一杯になってしまった。
屋台の中には村以外の所から来た人達が開いている物も存在していた。
「……恐るべし祭り」
「あはは。いっぱい買っちゃったねー」
「だな。あ、リーファほっぺにソースがついてる」
トウルはハンカチでリーファの頬を拭ったり、代わりに物を持ったりしている。
リーファは祭りでかなり興奮しているのか、村の人に呼ばれてあっちいったりこっちいったりしようとしていた。
「お父さんあっち行こうよ! 何か懐かしい匂いがするんだー」
「ちょっ! 待てって! リーファ!」
完全にトウルが振り回されていて、何度か急な方向転換やダッシュで転けそうになってしまう。
「あらあら、リーファちゃんは元気ね」
「はは。小さい頃のトウルよりやんちゃかもしれんな。がんばれトウル」
両親二人はのんきなもので、トウルが大慌てしている様子をただ見守っていただけだった。
「リーファ落ち着けって。このままだと誰かにぶつかっちゃうから!」
「あはは。あ、くーちゃん、みーっけ!」
リーファはクーデリアを見つけると、トウルの制止を聞かずにクーデリアに向かって飛び込んだ。
「クーデ! リーファを受け止めろ!」
「え? リーファちゃんに、トウルさんっ!?」
リーファの胸元に向かってリーファがジャンプすると、クーデリアは両手を使ってリーファを受け止めた。
咄嗟の反応はさすが保安員をやっている動きだった。
「あー、びっくりした。こんにちは。リーファちゃん」
「くーちゃん、こんにちはー。んー、懐かしい匂いはくーちゃんじゃなかった」
「リーファちゃん、危ないから急に飛び込んじゃダメだぞー」
「はーい。なんだろう? ……お母さんの匂いかな?」
クーデリアはリーファの頭を人差し指でつんとつつくと、リーファを地面におろした。
「悪いなクーデ。仕事中に」
「いいよいいよー。これも仕事のうちだからさー。それより、トウルさん色々食べ物持ってるねー。そんなに食べる人だっけ?」
「あぁ、リーファの分も持ってるからさ」
「そっかー。いいなぁ。私、お昼まで警備担当だから、まだ遊べないんだよねー」
クーデリアはトウルの持っている焼きトウモロコシを羨ましそうに見つめて、ため息をついている。
「あぁ、そっか。せっかくのお祭りなのに、やっぱ保安員は大変だな」
「ううん。みんなが安全で安心して遊べるなら、保安員をやってるかいもあるってもんだし、気にしないで」
「ありがとうなクーデ」
「どういたしましてー。あ、休憩時間になったらお祭り回るの付き合ってよー」
「付き合ってやりたいのはやまやまなんだけどさ」
「リーファちゃんがいるのは構わないよ?」
「いや……うん、リーファ以外がいるんだ」
トウルの歯切れの悪い回答に、クーデリアはきょとんとした顔で首を傾けた。
トウルは背後に感じる妙な気配にため息をつくと、嫌な予想通りカスミがクーデリアに詰め寄った。
「あっ、あなたがくーちゃんですね?」
「へ? あ、はい。保安員やっています。クーデリアです。何か困った事でもありましたか?」
「えぇ、うちの息子がこんなにかわいい子を放っておいていることに、困っていますわ」
「へ? 息子さんですか?」
「はい。今クーデリアさんがお祭りに誘ってくれたトウルが私の息子です」
カスミの告白にクーデリアは瞬きすら忘れて固まったまま、トウルに振り向いた。
言葉が無くても何が言いたいかはトウルに伝わっている。
クーデリアの言葉の無い疑問に、トウルは頭を押さえながら頷いた。
「クーデ……紹介するよ。俺の母さんと父さんだ」
「よろしくお願いしますっ! お母様! お父様!」
「切り替え早いなっ!」
クーデリアの変わり身と適応力の速さにトウルは全力でツッコミを入れた。
だが、トウルのツッコミも虚しく、クーデリアとカスミは二人で盛り上がり始めている。
「トウルさんにはすっごくお世話になってて、とにかく助かってます」
「あらあら、まぁまぁ、ありがとうね。クーデリアさん。ところで、うちのトウルちゃんがクーデと呼んでいたけれど、お二人はどんな関係なのかしら?」
「え、あはは、そうですねぇ。仲の良い友達ですよー。私はもっと仲良くなれないかと色々挑戦中です!」
「あらあら、うふふ。なら、休憩時間になったらトウルを誘ってください。私とユージさんは二人で回るので」
「ありがとうございますお母様! お父様! トウルさんは大事に預からせていただきます!」
トウルの意志は完全無視で話が勝手に進んでいく。
後でまた色々と聞かれそうな母親の反応に、トウルはもう一度長い長いため息をついた。
「ところで、トウル。リーファはどこにいった?」
「え? 何言ってるんだ父さん。リーファならさっきからクーデの横に……っていなくなってる!? リーファどこいった!?」
さっきまで居た場所にリーファはいなかった。
人混みに流されたのか、リーファがふらふらっと動いてしまったのか、周りにはリーファの人影は見当たらない。
「トウルさん落ち着いて。せっかく迷子ベルトがあるんだから」
「くっ、やっぱ使うのは俺なんだよな!」
トウルは袋を思いっきり引っ張ると、袋が赤く点滅し、コーンコーンと狐の鳴き声を発し始めた。
そして、遠くで緑色の蛍光と鳥の甲高い鳴き声が聞こえてくる。
場所はさっきまでトウル達がいた屋台の密集地帯だ。
「リーファ、待ってろよ!」
「私もいくよトウルさん。すみません保安員です! みなさん道をあけてくださーい!」
「助かるクーデ。ありがとう」
クーデリアのおかげで道が空き、トウルは一直線にリーファの元へと駆けだした。
だが、目的地に到達すると、そこにあったのはリーファのベルトだけだった。
リーファの姿はどこにもない。
「あのっ! さっきここに銀髪の女の子が来ませんでしたか!? 緑色の鳥っぽい服装をした女の子です!」
トウルは目の前にいた観光客に詰め寄るが、観光客は困ったような顔で首を横に振った。
近くにいた屋台の人に聞いても、リーファは見て居ないと首を振られてしまう。
「くそっ、リーファどこにいった!?」
「トウルさん落ち着いて!」
「だって、リーファが連れ去られたかもしれないんだぞ!」
「だからこそだよ。ここで慌てれば、色々取り返しがつかなくなるよ。まずは状況を整理しよ。村の人ならみんな知っているリーファちゃんが、一人で歩いていたらトウルさんを呼んでくれるはず。でも、誰も見ていないということは、見えないまま動かされたということじゃないかな」
クーデリアは保安員ということもあり、非常事態にも落ち着いた様子で推理を述べた。
いつもと違い、急に頼りがいが出たクーデリアに、トウルは落ち着きを取り戻すと、深呼吸をしながら思考を巡らせた。
クーデリアの推理通り、リーファの性格なら屋台の店員にも声をかけまわっているはずだ。
つまり、人を声が出せなくて見えない状態に出来る技術を持った人間が犯人となる。
「相手は……錬金術師か」
「それか魔法使いだね。でも、だとすると余計おかしいんだよなぁ。魔法だったら精霊さんが集まって色々やるはずだし。さっき近くで精霊さんは悪さしてる様子はなかったし」
トウルが錬金術師とアタリをつけたのは、リーファの生まれのせいだ。
もしも、リーファがマリヤの作った器の子だと知っている人間がいれば、マリヤの研究を知るために、リーファを誘拐してもおかしくないからだ。
「そう言えば、何か懐かしい匂いがするとかってリーファが言ってなかったか?」
「あ、そう言えばそんなこと言ってたね。何か良く分からなかったけど。お母さんの匂いとかって言ってた気がするよ?」
「……そっか。すまん。クーデは祭り会場でこのままリーファを探してくれ。俺はダウジングペンダントを取ってきて、リーファを探すから」
「うん。分かった。おじさんとおばさんには私から説明しとくし、駅員にもリーファちゃんのことを伝えておく。トウルさんは急いで!」
「助かる。クーデがいてくれて良かった!」
トウルは振り返ることなく、人混みをかき分けながら突き進んだ。
考えたくも無いが、器としてリーファに融合しているマリヤの部分を活性化させる薬や道具が作られているとしたら、一刻の猶予もない。
リーファの意志や生き方を否定される訳にはいかない。
「リーファ!」
トウルは身体にムチをいれるように、娘の名前を叫びながら工房に向かって全力で走った。