色々な人が村にやってきました
レベッカやゲイル局長、そして、家の両親までがやってくる。
みんな一斉に案内は出来ないけれど、招待した手前、挨拶はしておかないといけない。
トウルはそう思って駅に到達すると、ちょうど列車がホームにやってきた。
いつもの列車便の何百倍とも思えるほど、多くの人が村にやってきている。
「れーちゃんと狸さんも来るんだよねー?」
「うん。あ、ほら、レベッカが出てきた。おーい、レベッカー」
賑やかな人の集団の中から、見覚えのある格好を見つけてトウルは手を振りながら声をあげた。
人混みの中からでも目立つ赤いコートを着た茶髪の少女が出てきたのだ。
レベッカの顔はどこか誇らしげだった。
「ふっふっふーん。どうですか先輩? こーんなにもいっぱい連れてきましたよ!」
「何というか本当にやってみれば出来るもんなんだな」
「えっへん。国家錬金術師の面目を守りました! ……なんか色々失った気もしますけど」
「あの後、中央で何があった!?」
胸を張った途端、青ざめた顔を反らすレベッカにトウルは驚いた。
トウルの質問にレベッカが乾いた笑いを続けると、後ろからもう一人、見知った顔が現れた。
丸々としたお腹に丸い顔をした狸のような中年男性だ。
「ゲイル局長。来て下さったんですね」
「あぁ、がんばって休暇をとってきたよ。それに、レベッカ君と君とリーファ君が色々やっていると聞いたら、私も手を差しのばそうと思ってな」
「へ?」
「あぁ、君から貰ったチラシな。女性向けはレベッカ君がちょっと書き換えたんだ」
ゲイル局長から手渡された煙広告をトウルは手に取ると、手元で早速割ってみた。
すると、煙の中からはやけに布地が少ない服を着たレベッカが現れた。
「ぶっ!? レベッカ何やってんだ!?」
「……温泉のイメージ映像です」
湯煙で胸元と腰元が隠れて、何も着ていないように見えるレベッカが、温泉につかりながら身体を伸ばしている。
美肌効果や健康効果を謳い、その言葉にあわせてレベッカが動いている。
そして、最後は美肌の湯、カシマシキ村へようこそ。と締めくくられていた。
「……これ、中央にばらまいたのか?」
「さすがに女性限定です。私の実家のお店で女性客にのみ見せました……。ゲイル局長のおかげで、えぇ、親の確執とか全部超えてやれちゃいましたけど……アハハ」
「レベッカ……。ありがとう」
「あはは……。先輩達の力になれたなら良かったですよ。おかげで女性客もたくさん連れてこられましたし」
レベッカの身体をはった広告にトウルは手を合わせて感謝した。
すると、隣のゲイル局長がわざとらしく咳払いをした。
「ちなみにトウル君。誤解が無いように言っておくが、内容は私が指示した訳ではない。ただ、温泉をアピールするにはレベッカ君が最高のモデルだと秘書に提言しただけだ」
「えぇ、さすがに強制してたら、どん引きです。というか、案件として局長を更迭できますよね」
「さすがにそれは困るからねぇ。私はレベッカ君と彼女の秘書の自主性にお任せしたのさ。ただ、予測通り貴族の娘様方には大人気だったようだ。レベッカお姉様と慕われる彼女ならではだね」
「そうだったんですか……」
「それと、後はもう一人、私の方から特別ゲストだ」
ゲイルの後ろには青いコートとフードを被った少年が隠れていた。
リーファより少しだけ背が高い。身長から察すると歳は八歳ほどだろうか。
ブロンドの髪、四角い眼鏡の奥には緑色の瞳が宿っている。
服装は水の精霊の祭衣装だが、トウルにはどうも見覚えのある顔だった。
少年はトウルに手を伸ばして、握手を求めてきた。
「初めましてトウルさん。僕はカイトと言います。王立公開公募で何度もお名前を拝見させていただいています。毎回、わくわくするような道具を作ってくれて、楽しませてもらっていますよ」
「ありがとうございます」
トウルは妙な引っかかりを覚えながらも、直接聞くことが出来ずにいた。
初めて会ったはずなのに、初めて見た気がしない顔だ。
少年はそんなトウルの疑問を置いて、今度はリーファに手を差し出した。
「初めまして。君がリーファだね。公開公募で君の名前を見てから、ずっと会いたかったんだ」
「初めましてカー君。カー君も錬金術師なの?」
「ううん。僕は錬金術師じゃないんだ。でも、錬金術で作られる道具にはすごく興味があるんだ」
「へー。リーファが錬金術教えてあげよっか?」
「本当かい? それは是非ともお願いしたいね」
カイトはリーファと楽しそうにお喋りをし始めた。
年相応の子供っぽい様子に、トウルは何故か逆に違和感を捨てることが出来なかった。
そして、トウルの頭の中に浮かび上がってきた一つの答えを確認するために、トウルはレベッカに耳打ちをした。
「な、なぁ、レベッカ。まさかとは思うんだけど……ゲイル局長が連れてきたってことはさ……」
「えぇ……。そのまさかです。というか、そのせいで緊張しちゃって、私、列車内で一睡も出来てないです……」
「えっと……いわゆるお忍び?」
「はい……。私は実家の都合上、何度かお仕事で会っているので、今回同行することになりました……。うぅ、先輩とお祭り回りたかったのに……。花火の時間まで空き時間がないです……」
トウルは予測が確信に変わったことで、全身の血の気が抜かれたような感覚を覚えた。
(あの狸、王子つれてきやがった!? しかもリーファがカー君って呼んでる!?)
不敬罪にされたらひとたまりもない。と頭が警鐘を鳴らしているが、ゲイル局長はニヤニヤとこちらを見つめてくるだけだった。
「君が何を心配しているか分かるよトウル君」
「局長……」
「ま、そのための私だ。あぁ、後、この前公募に集まった審査員達にも声かけておいたぞ。そうしたら、冒険者ギルドやら商工会にやらに広まってな。精霊の守護にあやかりたい人間がこうやってたくさん集まってきた。そんな場所だ。まさかと思うだろ? 身を隠しているがちゃんと護衛もいる」
「えぇ……まぁ、本当にまさかですよ……」
トウルは余計な気をリーファに遣わせないように、あえて今話をしている少年が王子であることを伏せた。
「へー。カー君は今の学校を卒業したら、錬金術師の学校にいくんだねー」
「はい。今は基礎的な学問を学んでいます。後は剣術や騎馬なども学んでいますよ」
「へー。カー君って器用だねー。ねー、カー君、学校ってどんなところなの?」
「えっと、そうですね。皆で一緒に学問を学ぶところですかね」
「へー、学問かー。なんかむずかしそうだねー。リーファ学校いったことないから分からないなぁ」
「錬金術の方がよっぽど難しいと僕は思いますけどね。だから、リーファさんの方が僕よりも優れていますよ」
「ありがとう。カー君は優しいねー」
トウルの見ている限り、カー君ことカイレートル王子は楽しそうにリーファとお喋りをしている。
相変わらず誰相手にもすぐ打ち解けてしまうリーファの能力に、トウルは驚くと同時にほっとした。
きっとお互いに立場を知らなかったら、良い友達になれる。そんな予兆を感じさせる雰囲気だ。
「カイト君。そろそろ私達も移動しよう。トウル君も一緒にどうだい?」
「あ、すみません。両親を案内しないといけないので」
「そうか。では、また祭り会場で会おう」
ゲイル局長はカイトの前に立つと、レベッカに視線だけを向けて合図を出した。
自由に祭りを回れなくて残念がっているのか、レベッカは小さくため息をつくとカイトの後ろに立つように歩いた。
そんな様子がいたたまれなくて、トウルはつい声をかけてしまった。
「レベッカ。花火の後に工房に遊びに来い」
「良いんですか!?」
「あぁ、温泉も貸すし、飲み物くらいは出すよ」
「絶対行きます! 花火、誰が一番喜ばせられるか競争ですからね。忘れないで下さいよ!」
「はいはい。んじゃ、お互い楽しんで頑張ろうぜ」
「はいっ! 不肖レベッカ=グレイス。全力でお祭りを楽しんできます!」
半ば自棄なのではないかと思えるほど、元気な声を出して敬礼するレベッカにトウルは失笑してしまった。
また妙な空回りをしなければ良いけど。そんな心配をしながら彼女達をトウルが見送ると、最後のお客さんとして、聞き慣れた声の人物が声をかけてきた。
「あぁー、トウルちゃん元気にしてた? ふふ、なんだかかわいい格好ね」
「久しぶりだな。トウル。祭り衣装もなかなか似合っているじゃないか」
懐かしい声にトウルが振り向くと、そこには懐かしい顔がいた。
ゲイル局長よりも若い三十代後半の夫婦。
「母さん……この歳でトウルちゃんは止めてくれよ。父さんも久しぶり。元気そうだな」
黒い髪に琥珀色の瞳、少し険しい顔立ちをしているトウルの父親と、同じく黒髪と琥珀色の瞳を持つ、どこか幼い顔立ちをしている母親だ。
その二人を前にしてトウルはあれ? と思い、首を傾げた。
いつもなら、元気に挨拶をするリーファが声を出していない。
ふとトウルが周りを見渡すと、リーファはトウルの足の後ろにしがみつくように隠れていた。