精霊祭の朝
道具の改良や生産で二週間はあっという間に過ぎていった。
ゲイル局長とレベッカも中央で動き回ってくれたらしく、参加人数も無事に千人を超えそうだという報告があった。
そして、祭り当日の朝、トウルが目を覚ますと庭からリーファのはしゃぐ声が聞こえてきた。
「ん……? 誰か来てるのかな?」
トウルが目をこすりながら一階へ下り、扉を開ける。
「うわっ!?」
「あ、おはよー。お父さん。みてみてー。精霊さんがたくさん遊びにきてくれたよー」
トウルが思わず驚くほど、リーファの周りには精霊がたくさん集まって、光り輝いている。
頭の上にはランタンを持つ少女と赤い三本尻尾の狐が乗り、両肩にも緑の鳥と青い人魚がいる。足下では紫の双頭犬が丸くなり、黄色い小人がジャンプしていた。
身体の周りでこれだけいるのに、地面にはまだまだ二十匹くらいの精霊達がリーファの周りではしゃいでいる。
「えへへー。みんな今日のお祭り楽しみにしてるってー」
「言葉が分かるのか?」
「ううん。でも、楽しそうだから、そうかなーって。リーファも楽しみだし」
リーファの笑顔は精霊達にも通じたのか、精霊達も一斉に飛び跳ねた。
まるで、ずっと前からの友達やペットみたいだ。
「ね?」
「あはは。本当だ。なら、俺も工房をあずかる錬金術師として、ちゃんと挨拶しないとな」
トウルはこほんと小さく咳払いすると、恭しく精霊達の前で一礼した。
「精霊の皆様、初めまして。錬金術師のトウル=ラングリフです。今宵の花火も楽しんでいって下さい」
トウルが初めてのお客に対してするような挨拶をすると、精霊達も揃ってトウルにお辞儀を返した。
意外と礼儀正しい精霊達に、トウルは頭を上げるとニッコリと営業スマイルを向けた。
精霊と言っても、彼らは立派な錬金工房のお客さんだ。
「リーファ、朝ご飯にしようか」
「うん。精霊さん達また後でねー」
リーファが手を振ると、精霊達も手と尻尾を振って挨拶に応えてくれる。
その光景にトウルはこれまでに感じたことの無い新鮮さを覚えた。
「すげーなぁ。本当に精霊が現れるんだ」
「ねー。かわいいよね。精霊さん」
「そうだな。それにしても、さっきの精霊まみれのリーファはすごくかわいかったなぁ」
「えへへー」
祭りの日は朝から驚きで始まった。
そして、暖かくてほっこりとした空気にトウルは祭りがより楽しみになっていた。
○
朝食を済ませたトウル達のもとに、村の雑貨屋が馬車を引いてやってきた。
「おはようございます。トウルさん。商品の受け取りにきました」
「ありがとうございます。軒先に出ている木箱で全部です」
工房としての出店は、トウルとリーファが祭りを楽しみたいという理由から辞退したが、村長たっての頼みもあり、工房の商品を雑貨屋に委託販売することになったのだ。
販売する物はクッキーや酔い醒ましの薬など祭りで使うものと、特産品にしたいと押された化粧品だった。
リーファの作った防犯ベルトは前日に祭り会場に搬送済みで、来客みんなにつけてもらう予定だ。
「これで全部ですね。では、ばっちり売り切ってみますので、売上金を楽しみにしてくださいね」
「ハハ。燃えてますね」
「トウルさんのおかげで観光客が例年より多い絶好の商機ですからね。では、また祭り会場で!」
雑貨屋店主が馬を走らせるのを見送り、トウルはリーファの手を繋いだ。
「俺達も着替えたら行こうか?」
「うん。みーちゃんがねー。すっごい綺麗な服着てるから、見るのが楽しみなんだー」
「へぇ。俺達にも配られた祭り衣装より派手なのか」
祭り用の衣装を事前に村長から配られていて、かなり派手だったのだが、それ以上と聞かされると、さすがのトウルも興味がわいてきた。
トウルの衣装は炎の紋様が描かれ、ふかふかの尻尾のような飾り付けがついた赤いジャケットだ。
帽子にはとんがった耳のような飾り付けが施されている。
リーファは若草色のノースリーブのシャツに、大きめの袖が紐で繋がった服だ。
トウルは火の精霊を、リーファは風の精霊を模した衣装だ。
二人はそれぞれ祭り用の衣装に着替えると、工房の中で互いの格好を見せ合った。
「どうだリーファ、何か変なところないか?」
「お父さんかわいいー! 狐さんだー」
「リーファもかわいいぞ。うん、自由に飛び回る鳥ってのもぴったりだ」
「えへへ。いつかリーファもお空を飛べるかな?」
「錬金術師ならきっとな。よし、それじゃ、リーファのくれたベルトをつけてっと」
リーファがトウルに作ったベルトは狐の尻尾を模していて、財布入れ用の袋のところには可愛らしくだれた狐があしらわれている。
そして、リーファの方も翼がベルトで袋に鳥があしらわれた精霊風のベルトだ。
「なるほどな。これなら、確かに祭りにピッタリな見た目でかわいいな」
「えへへ。無理矢理引っ張ろうとすると、音が出るんだー。後、ぴかぴかーって光るから、迷子になっても安心だよ。お父さん迷子になったら引っ張ってねー」
「あはは……俺が引っ張るんだな。リーファも迷子になったらすぐ引っ張れよ?」
「うん。それじゃいこー! お祭りだー!」
「あぁ、お祭りだっ!」
リーファに釣られて、トウルもはしゃぎながら外に飛び出した。
錬金工房は臨時休業。この日は目一杯祭りを楽しもうとする二人だった。
○
トウル達は早く出過ぎた。
村の広場につくと、まだ祭りの始まる前なのか、皆が慌ただしく屋台の準備をしていた。
食べ物に伝統工芸品に特産物など、色々なお店が出回っていそうだ。
どのお店も手作り感にあふれている。そんなお店の周りでは、精霊達が商品を見て楽しそうに手をあげていた。
「あ、みーちゃん! おはよー!」
「あら、おはようございます。リーファ。トウル様」
リーファがミスティラの存在に気がつくと、一目散にトウルの手を引いて走り出した。
「おは……よう」
「あら、どうしました? そんな挨拶ですら固まってしまうなんて」
「いや、その……ミリィだよな?」
「ふふ。最後まで黙っていたかいがありましたね」
トウルが驚いた原因はミスティラの衣装にあった。
いっつも黒い服を着ていたミスティラが、今日は真珠のような白い色のドレスを纏っている。
しかも、ドレス自体の露出度が高く、踊り子の衣装のようにも見えた。
今まで見る機会が無かったが、光にさらされたミスティラの肌は驚くほど綺麗で、白く見えた。
「ふふ、見とれてしまいましたか?」
「あぁ、正直驚いた。いつも黒い服で身体全体を覆っていたけど、印象が変わりすぎて。その、なんというか、うん。すごく綺麗だ。リーファが見たいと言っていた理由がようやく分かった。ところで、その姿は何がモチーフなんだ?」
トウルは思わず顔と話題をそらしてしまうほど恥ずかしがると、ミスティラはくすくす笑いながらトウルの腕に抱きついてきた。
「ふふ。何を恥ずかしがっているんですか? トウル様、顔赤いですよ?」
「うっ、あんまり大人をからかうな」
「からかいがいのあるトウル様がいけないのですよ。ちなみに、この姿は春の女神がモチーフですわ」
「随分悪戯好きな女神様だな。暖かい春なら、もうちょっとお淑やかな女神様を想像していたよ」
トウルはちょっとした嫌味をぶつけてミスティラを離そうとしたが、ミスティラは絡ませた腕でトウルの腕をより引っ張ってきた。
嫌味すらも逆効果だったらしい。
「ふふ、春は恋の季節ですからね。好意を持った殿方に対するイタズラなら、女神様も許してくれますよ」
「ミリィの場合は年中イタズラしてないか!?」
「えぇ、殿方にイタズラできるのは、乙女の特権ですからね。季節なんて関係ありません」
「女神も全く関係無いな!」
ミスティラはケラケラと笑うと、トウルに絡めていた手を解いて、トウルから離れた。
離れ際のステップはダンスを踊っているかのように軽く、表情は心底楽しそうな笑顔を浮かべている。
「あー、面白かった。今日はこの後かたーい巫女の仕事ばっかりですので、始まる前に楽しめて良かったですわ」
「はは……。そりゃ、何よりだよ」
「では、トウル様。また後ほど」
先ほどまでの失礼を帳消しにするような、礼儀正しい雰囲気をまとったミスティラが一礼する。
もともと大人しい印象の子が、随分と変わった。
トウルは苦笑いしてしまったが、伝えないといけないことを思い出して、彼女が行ってしまう前に声に出した。
「ミリィ、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。トウル様」
ほんのりと顔をピンクに染めたミスティラは、お礼だけを残してスタッフの人達に向かって立ち去った。
一つだけまた大人に近づいた分、また色っぽさが出てきたような、そんな素敵な笑顔だった。
ただ、それ以上のお喋りが出来ないほど、祭りの主役は朝から忙しいらしい。
「みーちゃん嬉しそうだったね」
「ミリィにはからかわれてばっかりだな」
「あはは。みーちゃんお父さんのこと好きだからねー」
「玩具扱いだよなぁ。っと、さて、そろそろ列車が着く頃か」
トウルは手元の時計を確認すると、リーファの手をひいて駅へと向かった。




