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リーファの才能の真実とトウルの願い

 トウルが目を覚ますと、時計は三時を回っていた。


「あれ? 起こしに来てくれるはずじゃなかったかな……」


 トウルが目をこすりながら起きると、リーファも大きく伸びをして目を覚ました。


「お父さん。お腹空いた」

「あ、そうだな。とりあえず、キッチンに行ってみようか。っと、その前にリーファ、ヨダレ垂れてるよ」


 トウルはハンカチを取り出すと、リーファの口元をそっとぬぐい取った。


「ありがと」

「気持ちよく寝られたみたいだな?」

「うん。お父さんと一緒だったから」

「そっか」


 トウルはリーファの頭を軽くなでると彼女の手を握り、小さな歩幅に合わせてゆっくりと部屋を出た。

 ダイニングの扉を開くと、机の上にフタがされた木編みのカゴが置かれていたが、クーデリア達の姿は見当たらなかった。

 かわりに置き手紙が一枚置いてある。


「何て書いてあるの?」

「ん、気持ちよさそうに眠っていたから、起こさないでご飯だけ用意しました。スープは温めて下さい。ってさ。それじゃ、ありがたく頂こうか」

「うん。いただきまーす。くーちゃんのサンドイッチもみーちゃんのオニオンスープも、リーファ好きなんだ」


 フタをあけると、中には色々な種類のサンドイッチが詰め込まれていた。

 本当に気の利く少女達だ。時折、妙なことをしてきたり、分からないことを言ってきたりすることもある二人だけど、トウルのことを頼んでもいないのに気遣ってくれる。

 トウルはそう思うと、色々許せる気がして、自然と笑みがこぼれた


「お父さん。どうしたの?」

「ん? いや、なんでもない。また今度ご飯でもおごってあげようかなって」

「えへへー。お父さん太ってないけど、太っ腹だね」


 リーファは言葉の意味が分かって言っているのか、トウルには分からなかったが笑顔で頷いた。

 そして、トウルは適当に一つのサンドイッチをつまみ上げリーファの皿にのせると、続けて自分の分を皿にのせた。


「いただきます」


 二人で揃って声を出すと、リーファが先にサンドイッチにかじりついた。


「おいしいっ!」

「お、本当だ。美味いな! 中の玉子サラダとか、ポテトサラダとかはクーデが作ったのかな?」

「そうだよー。くーちゃんね。サンドイッチの具材だけは上手に作れるんだ」

「具材だけ? ってことは他の料理は?」

「焦げた味がするの。あはは」

「極端だなぁ。具材の味付けとかは完璧なのに。さすがクーデだ。あはは」


 トウルは一個目をぱくりとたいらげると、ミスティラのスープを温めて、二人分を机に持って戻った。


「ミリィのスープ。この味、どっかで食べた気がする」

「リーファも作ったことあるよ。みーちゃんに教えて貰ったの。簡単に作れるよって」

「あ、そっか。リーファに作って貰ったことがあるのか」


 トウルはリーファのコピー能力の高さに、改めて驚いた。

 錬金術以外の分野にも、リーファのコピー能力は活かされている。

 改めて才能を感じさせるリーファの言葉で、トウルはふとゲイル局長に頼まれた言葉を思い出した。


 あの子を幸せな錬金術師に育ててやってくれ。


 その言葉を思い出しながら、トウルはリーファにあることをもう一度尋ねた。


「リーファは将来どんな錬金術師になりたい?」

「えっと。えーっとね」


 リーファはどんな人間にもなれる。それだけの能力が与えられている。

 リーファは近代錬金術師の母と称されるマリヤが作り出した子なのだ。

 分解された物質を三次元的に再構築するある種の印刷機である錬金炉の基礎を作ったマリヤには、様々な逸話があった。

 天才的なコピー能力も、マリヤが持った力と言われている。

 人里から隠れ、孤独に研究を続けたマリヤは、薬と機械によって二百歳まで生きたと言われているが、不死の道具は作り出せなかった。

 最高の天才とも妄執に取り付かれた狂人とも称される彼女が、不老不死を願って作り出した最後のモノ。

 マリヤの細胞と遺伝子を、生きたまま合成された《器の子》と呼ばれた子供達だった。もしも、生前のマリヤの能力や記憶が無意識下でもリーファの中に残されているのなら、レベッカどころかトウルですら錬金術勝負で勝てるかどうか分からない。

 

「お父さんみたいな錬金術師になりたいな。それでね。お父さんと一緒に錬金術やってみんなを喜ばせてあげたい」

「そっか。錬金術は楽しいか?」

「うん。楽しいよ。お父さんと一緒だし、みーちゃんとくーちゃんとも会える日が増えたし、じーさんも喜んでくれたし。れーちゃんも友達になってくれたし」

「うん。それならみんなのために食べ終えたら、水の宿の改良とか、チラシを飛ばす装置を作るか」

「うんっ!」


 明るく頷くリーファの様子を見て、トウルは安心した笑顔を見せた。

 リーファはどこまでも純粋だ。狂人と呼ばれるマリヤとは違う。

 人格を移すための器として、マリヤの細胞を融合させられた子供であっても、リーファの人格はリーファだけの物だ。


「リーファ。お前は俺の弟子で娘だ」

「うん」

「だから、リーファはきっといつか俺よりすごい錬金術師にもなれる。でも、俺も簡単には負けてやらないからな?」

「うんっ! あ、でも、リーファがお父さんに勝てるようになっても、お父さんはお父さんだからね?」

「ぷっ。あはは。言ったなリーファ? これはますます負けられないな」


 こんな風に明るく笑える子が、妄執に取り付かれた錬金術師であるはずがない。

 本物の天才だとしても、このまま真っ直ぐ成長してくれれば、他人を幸せにしてくれる錬金術師になってくれるはずだ。

 トウルもリーファの笑顔や励ましに救われている。

 だから、リーファも自身を幸せにして欲しいと、トウルは改めて願った。


「えへへ。おいしいね。お父さん」

「だな。後で二人にお礼を言わないとな。レシピも教えて貰おうか。これなら、俺も作れそうだし」

「うんっ!」


 リーファの嬉しそうな笑顔を見つめるトウルは、いつか伝えるべき真実を胸の奥にしまい込んだ。



「ごちそうさま」

「ごちそうさまー」


 ゆったりと食後のお茶まで飲み干して、トウルとリーファは一階の店に降りた。

 すると、トウルの椅子の上にミスティラが一人で座っていた。


「あ、目が覚めましたか。食事もとっていただけたみたいですね」

「ミリィ? 何でここに?」


 トウルの質問にミスティラはゆっくりと立ち上がると、スッと席を離れた。


「クーデにパトロールは任せて、私は店番をしていたんですよ」

「そうなのか。ありがとう。ミリィの作ってくれたスープも美味しかった」

「それは何よりです。クーデがここにいないのが残念ですね。せっかくの悪戯チャンスなのに本人がいないと言う意味がありません」


 ミスティラはつまらなそうにため息をつくと、少し残念そうな笑顔をトウルに見せた。


「あぁ、サンドイッチの具のことか?」

「あら? リーファから聞きました? そうなんですよ。クーデったら包丁はちゃんと使えるのに、焼いたり炒めたりが苦手で、ゆでるのだけは出来るんです。だから、ろくに作れるのがサンドイッチぐらいなんですよ。あ、後、ふかし芋とか?」

「本当にミリィとクーデは仲良いよな」

「えぇ、親友で幼なじみですから」


 自信満々な笑顔で言ってのけるミスティラに、トウルはうらやましさすら感じてしまった。

 色々な物を作り出したけど、トウルは作れなかったし、手に入らなかった物の一つだ。


「喧嘩とか無さそうで羨ましいよ」

「トウル様、喧嘩ぐらい私達もしますよ。ちなみに、つい最近の喧嘩は、クーデが私のデザートのプリンを勝手に一口食べたことです。交換したかったなら最初から言えば良いのに。急に盗られるんですもの。びっくりしましたわ」

「思った以上にしょうもない理由だ……。というか、ミリィがそれで喧嘩になるってのも意外だ」

「私は聖人君子じゃありませんもの。好きな物を急に盗られたら、怒ることだってあります。でも、それ以上にクーデと一緒にいるのが楽しいですし、当たり前になっていますからね。ふふ、トウル様もリーファも仲良しですけど、これからたくさん喧嘩すると思いますよ」


 悪戯っぽく笑うミスティラに、トウルは口の端をひきつらせた。

 リーファと喧嘩することなど、想像したこともなかったし、したくもなかった。

 そんなトウルの気持ちを知ってか、ミスティラはトウルに視線を送りながらリーファの前にしゃがんだ。


「リーファ。トウル様は大人だし、お父さんだけど、リーファは自分の気持ちを抑えなくていいからね」

「んー……良く分かんないけど、喧嘩しちゃったらどうすればいいの?」

「自分が悪いと思ったら謝る。相手が悪いと思ったら許す。それだけですわ」

「うん。分かった。お父さんが悪いことしても許してあげるっ」

「えぇ、それで良いのです」


 リーファが両手を広げて心の広さをアピールすると、ミスティラは満足そうに頷いた。

 ミスティラの言っていることは悪くないのに、悪いことをするのがトウルだということに、トウルは若干の不満を抱いた。


「トウルさん。こういう時ですよ?」

「うっ……、分かったよ」

「ふふ、まだ喧嘩していませんよ?」

「ミリィ相手だと喧嘩にすらならない気がするよ……」


 彼女のからかいはいつだって絶妙だ。人に墓穴を掘らせるのがとても上手い。

 トウルは諦め気味にため息をつくと、あぁ、これも許す一つかと納得した。


「ふふ、トウル様のそういう優しい所、大好きですよ?」

「え、あぁ、うん、ありがとう?」


 下からのぞき込んでくるようなミスティラの笑顔に、トウルは思わず息を飲んだ。

 からかわれているのか、本気なのか分からないせいで、トウルはどういう顔をしていいのか分からなかった。


「良い顔を見せて貰いました。では、私もクーデと一緒に仕事を片付けてきます。あ、晩ご飯はご一緒にいかがですか?」

「あぁ、良いよ。それじゃ、またみんなで宿屋か?」

「あら、二人っきりでも良かったのですけれど、のってくれるだけ前進とも言えます。良いですよ。クーデにも伝えておきますね」


 嬉しそうに身を翻したミスティラは、滑らかに一礼するとツバの広い黒い帽子を頭に被った。

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