お昼休みはお昼寝付き
真っ暗な世界でドタバタと何人かの人間が飛び跳ねる音と、笑い声が聞こえてくる。
楽しそうにはしゃいでいるのだろうか。トウルはその音が夢では無く現実だと気付くと、目をゆっくり開けた。
「お父さんがね! ――をね――」
「リーファ……? あれ? 周りには誰もいない……」
トウルは寝ぼけた頭で周りを見渡すと、音の出所に注意を向けた。
外でも隣の部屋でもない。音は真上から聞こえている。
「あいつら二階に行ったのか……。というか、地味に音がうるさいな」
骨のしなる音と喋り声が聞こえるのは、壁が薄いせいだろう。
壁は布とゲルで出来ている分、防音性は高くないらしい。
「祭りで興奮した人が騒ぐと、うるさくて眠れなくなりそうだな……」
意外な欠点に気がついたトウルは、頭を押さえながら起き上がった。
中途半端に居眠りしたせいで、眠気が急激に襲ってくる。
「とりあえず……リーファに伝えるだけ伝えよう……」
トウルは手を壁につきながら二階に上がると、リーファ達は部屋の中で祭りの踊りの練習をしていた。
みんなが楽しそうにステップを踏んでいるのを見て、トウルは思わず見とれてしまっていた。
リーファは小さい身体を一生懸命使って跳ねていて、大きく手を振っている。
クーデリアは元気の良い勢いのある動きで踊り、ミスティラは落ち着きのあるしっとりとした印象を受ける。
三人がそれぞれの魅力を最大限に活かした姿を見せていた。
「あっ、お父さん起きたの?」
「あぁ、うん。みんなの踊りの音が下に響いてな。みんな踊るの上手だな」
「えへへー。でしょー。あ、じーさんは次の仕事があるから帰ったよ。寝袋すごく気持ちよかったって!」
リーファはトウルに気がつくと、小躍りしながら近づいてきた。
お昼寝がしたいと言っていた癖に、元気なリーファの様子にトウルは思わず笑ってしまう。
リーファの後に続いてクーデリアも近づいてくると、彼女は心配そうな表情をトウルに向けてきた。
「あれ? トウルさんまだ十分ちょっとぐらいしか経ってないけど、もう眠くないの?」
「まだ眠いんだけど、起こされたからな。改良しないと音のせいで、眠れそうになかったんだ」
「……そんなにうるさかったの?」
「三人も同時に踊っていればな」
トウルは作り笑いを浮かべて怒っていないことをアピールしてみたが、クーデリアは申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「……ごめんねトウルさん。リーファちゃんから聞いたけど、寝不足なのに起こしちゃって」
「ありがとうクーデ。その気持ちはありがたく受け取るよ。三人で飛び跳ねても崩れないことは分かったし、改良点も見つけられたし、感謝している」
「あのトウルさん、あんま無理しちゃダメだよ? 保安員も疲れてフラフラしている時に戦闘とかは危険だし、体調管理は万全にしないとって言われるよ」
「心配してくれてありがとう。そうだな。お昼の後に一眠りするよ。それじゃ、戻ろうか」
トウルは皆を連れて外に出ると、リーファから星形の白い結晶を受け取った。
ドライシリカと呼ばれる乾燥用の吸水結晶だ。
「ドライシリカをセットしてっと。よし、縮んだな」
トウルが結晶を入り口の扉にセットすると、宿屋がしぼみ、元の傘の形へと戻っていく。
これで基本構造は全て正常に作動していることが確認出来た。
トウルは地面に刺さった傘を抜いて戻ろうとすると、トウルの目の前でリーファが大きなあくびをした。
「ふぁー……。ほっとしたら眠たくなってきちゃった」
「ハハ。リーファも昼寝したいって言ってたのに、踊ったからな」
「でも、お昼の準備しないとだよね」
「んー、なら、ご飯食べにいくか? んで、戻ったら一眠りして、手紙を送ろう」
トウルの提案にリーファは目をこすりながら頷いた。
帰りはリーファを抱いて戻ることになりそうだとトウルが考えていると、ミスティラが声をかけてきた。
「あの、トウル様」
「ん? ミリィ達も一緒にいくか?」
「いえ、たまには私達が食事を作りましょうか?」
ミスティラの意外な申し出にトウルは一瞬答えに戸惑った。
いつも外食に行く時はトウルにおごらせるために、あの手この手を使うミスティラが食事を代わりに作ると言ってきたのだ。
そのことが信じられなくて、トウルは半信半疑で聞き返すことにした。
「ミリィって、料理できるの?」
「えぇ、これでも一通りのことは師匠のお世話で出来るようになっています。それに、リーファのお菓子は私が教えたモノですし」
「へぇ、あ、私達って言ったけど、クーデもできるのか?」
トウルがクーデリアに視線を移すと、彼女は平らな胸に手をあてて自慢げな表情を見せた。
「食べる専門!」
「……だと思ったよ」
「なーんてね。それなりに出来るよ。保安員でたまに山奥入ったりする時に、お弁当とか作るし。というか、トウルさん? だと思ったよ。ってさりげなく失礼だよ」
「あ、悪い。でも、そっか。クーデも料理出来るのか。どんなの作ってるんだ?」
トウルは勝手に決めつけていたことに素直に謝ると、クーデリアは改めて胸をはった。
「サンドイッチ」
「他には?」
「ハムサンドと玉子サンド」
「全部サンドイッチじゃねぇかっ!?」
「大丈夫! サンドイッチだけなら作れるよ!」
「前言撤回だ! やっぱ料理苦手だろ!?」
クーデリアが謎のサンドイッチ押しをするせいで、お昼ご飯はサンドイッチに決定してしまった。
それでも、作って貰えるだけでありがたかったトウルは、二人の申し出をありがたく受けることにした。
「そっか。なら、食材は自由に使っていいから、お願いしできるか? 先にリーファと少し休むから、準備が出来たら部屋に呼んできて欲しい」
リーファははしゃぐ元気すら無いようで、頭が船をこいで今にも倒れそうになっている。
トウルはリーファを抱きかかえながらお願いすると、二人は笑顔で快諾してくれた。
「私達に任せてよトウルさん」
「分かりました。あ、安心して下さいね。私はクーデとは別にサンドイッチ以外のモノを作るので。ではキッチンをお借りしますね」
彼女達はそう言うと、トウルよりも先に工房の中へと入っていってしまった。
変に遠慮をしない彼女達になら、自宅を任せても大丈夫だろうという信頼感もあり、トウルは彼女達に遅れて工房へと入ると、真っ直ぐ自室に向かった。
修羅場クッキーに頼ること無く、お昼でも眠れることにトウルはちょっとしたワクワク感を胸に抱きながら、リーファと一緒に自分のベッドで横になる。
すると、リーファはすぐに静かな寝息を立てて眠ってしまった。
その寝顔を見たトウルもまたすぐにまぶたを閉じた。
クーデリア達は気を利かせてくれているのか、トウルの部屋は鳥のさえずりが聞こえるほど静かだ。
村に流れる時間も中央に流れる時間も同じ速さのはずなのに、この村にいると時の流れが遅く感じられる。
(レベッカは中央に戻って戸惑ってるかもな)
時間に遅れそうになったり、新しい道具の製作会議でぼけているかもしれない。
次にレベッカと会った時に色々聞いてみたいと、トウルは悪戯心が芽生えていた。