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水の宿

 十分後、ミスティラが工房に戻ってくると、トウルの顔を見てニヤニヤとしていた。

 まるで、何か悪戯をされているようなミスティラの顔に、トウルはたじろいだ。


「……ミリィ。何を企んでいる?」

「ふふ、いやですわ。何も企んでいません。ただ、上司の御言葉を伝えに来ただけですよ?」

「そ、そうか。で、警備の許可は取れたか?」


 トウルが本題を尋ねると、ミスティラは笑顔のまま頷いた。


「うまくいきました。一日だけなら交代制で警備できます」

「ありがとうミリィ。助かった」

「いえいえ、どういたしまして」


 ミスティラがニコニコしていたのは、依頼が上手くいったからだったようだ。

 トウルは少しでも彼女を疑ったことを心の中で謝り、宿泊地整備に向けて実験を始めようとした。


「よし。これで問題は解決されたな。後は水の宿が成功すれば、量産体制に入る。みんな工房の外で実験につきあってくれ」


 トウルは今すぐにでも外へ出ようと、扉に向かって歩き出すとミスティラに腕を掴まれた。


「ん? ミリィ?」

「トウル様。私の話はまだ終わっていませんよ?」

「へ?」


 ミスティラの薄ら笑いは消えていない。


「クーデと私はトウル様の工房に泊まりますので」

「どうしてそうなった!?」

「高い位置から監視する役割を与えられています。トウル様の工房の三階からなら、川岸がよく見えますし」


 ミスティラの説明は理にかなっている。

 だが、あまりにも突然なお願いにトウルは困惑した。


「それにリーファと一緒に遊べますしね。トウル様のお世話もできますよ?」

「リーファと遊んでくれるのは確かにありがたいけど」

「それとも、トウルさんは私達がいると何か困ることがあるのですかぁ?」


 言葉にたっぷり色気とタメを作ったミスティラの口調に、トウルは一歩後ずさった。

 対照的にリーファは目を輝かせながら、ミスティラの元に近づいた。


「みーちゃんとくーちゃんお泊まりするの?」

「えぇ。リーファは迷惑じゃないかしら?」

「ううん。うれしいよ。みーちゃんとくーちゃんも一緒に寝よー」

「リーファは大丈夫なようですよ? お父さん?」


 黒い衣服に似合わない明るい笑顔を見せるミスティラに、トウルは一本とられたことに気がついた。

 リーファが断るわけ無いし、こうもリーファに喜ばれてはトウルも断る理由を用意出来ない。

 ただ、何となくこのままだと、上司、後輩、保安員、両親のカオスな空間が生じる気がしてならなかっただけだ。


「……分かったよ。断る理由もないしな」

「ふふ、ありがとうございます。うろたえるトウル様も可愛らしくて面白いですね」

「はぁー。ミリィ、大人として言っておくけどな」

「はい?」

「あんまり男をドキッとさせるようなことを言うなよ? 勘違いされるぞ」

「ぷっ、あはは。トウル様、ドキッとされたんですね。ありがとうございます」


 トウルは小言を言ったつもりだったが、ミスティラは噴き出して大笑いしている。

 天才と称されるトウルでも、この反応は予想外だった。


「あはは。クーデ。やっぱ、この人鈍感だよ」

「うん。知ってた。けど、ナイスッ! ミリィ!」


 ミスティラとクーデリアは分かり合っているようで、お互いに親指を立てて健闘をたたえ合っている。


「ナイスみーちゃん!」


 そこにリーファまで加わってしまえば、トウルは為す術が無かった。

 盛り上がる三人の少女の傍らで、村長は苦笑いだけを浮かべている。

 トウルはこそこそと村長の横に移動すると、小声でどういうことかを尋ねた。


「村長。俺何か変なこと言いましたか?」

「ははは。さすがのトウル様でも分からないことがあるのですな。何、ワシはこの先を生暖かく見守らせてもらうだけ。出来れば、トウル様にずっとこの村にいて欲しいですし」

「はぁ……」


 村長の返答をうまく把握出来なかったトウルは、気の抜けた返事を返した。


「ははは。トウル様も年頃の男です。意中の女性などいなかったのですか?」

「え、あぁ、いないですよ。学校でも職場でもみんな年上でしたし、みんな敵のように見ていたので」

「……大変失礼なことをお尋ねしますが、ご友人はおりますか?」

「うっ……クーデとミリィが友達です」

「先は長そうですな。ハハハ。クーデリアとミスティラには頑張って頂きたいですな」


 村長までトウルの分からないことで笑っていて、トウルは一人蚊帳の外に置かれてしまった。

 意中の女性。という言葉をトウルは頭に残したまま、クーデリアとミスティラを一瞥すると、胸の辺りがドキリとはねた。


「いやいや、うん、何を考えてるんだ俺は……」


 家に泊まっても大丈夫と思われるほどの信頼を裏切るわけにはいかないと、トウルは頭を振って妄想を吹き飛ばした。


「よし、もうこれ以上は追加の情報無いよな!? 実験するぞ! みんな外に出てくれ!」

「あ、お父さん待ってよー」


 トウルは傘を片手にわざと大声を出すと、大股で工房の外へと出て行った。

 背中に刺さる視線に振り向くのをトウルは必死に我慢して、ただひたすら前を向いて歩く。

 そして、河原に降りると、思いっきり地面に傘を突き刺した。

 すると、傘がむくむくと開き、工房より一回り小さい家へと変化した。

 見た目は木造建築だが、表面は木造風の絵が描かれた布で出来ている。


「うわっ!? 宿屋が生えてきた!?」

「ふぅむ。さすがは錬金術。すごいモノを作るモノだなぁ」


 クーデリアと村長が驚いて、水の宿を見上げていた。


「うん、無事に開いたな。みんな靴を脱いで、中に入ってくれ」


 水の宿の中に入ると、トウルは足下を踏みつけて足場を確認した。

廊下は意外と丈夫で歩いても足がとられることはなさそうだ。

 ぺらぺらの扉を超えて部屋の中に入ると、幅の広い寝袋が四つ床に埋め込まれていた。

 みんなが部屋の中で床の感触を楽しんでいると、ミスティラがトウルに声をかけてきた。


「トウル様、中の床は何故ふかふかしているのですか?」

「あぁ、部屋の中で寝っ転がるから、スライム状の建材を使って柔らかい床にしたんだ」

「へぇー。あ、でも、戸締まりはどうするのですか? 他の人が隣の部屋を使うんですよね?」

「あぁ、扉のジッパーをあげて、天井のかぎ爪にジッパーの穴を引っかければロックがかかる。クーデ、試しに部屋の外に出てもらっていいか?」


 クーデリアが部屋の外に出ると、トウルはジッパーを引き上げて扉を閉めた。


「クーデ、開けようとジッパーを下ろそうとしてみてくれ」

「はーい。ん? あ、本当に硬いね。結構がんばって引っ張ってるんだけど動かないや」

「突き破ろうと体当たりとかして貰って良いか?」

「りょうかーい。みんな下がってね」


 クーデリアが布のドアに体当たりを始めると、扉が内側に凹んだがすぐに元の形に戻った。


「もしかして今、あのクーデを弾き飛ばしました?」

「よし、扉の防犯設計も大丈夫だな。頑丈さもばっちりだ」


 ミスティラが信じられないような目でトウルを見つめてくると、トウルはガッツポーズをとって笑った。

 トウルは浮かれた顔で扉のジッパーを下ろすと、クーデリアが頭を押さえながら床にぺたんと座り込んでいた。


「うひゃぁー。びっくりしたぁ……」

「クーデ立てるか?」

「トウルさん、こうなるなら最初から言ってよ!」


 トウルが座り込んだクーデリアに手を差し出すと、クーデリアは拗ねた様子でトウルの手を握って立ち上がった。


「悪い悪い。でも、クーデのおかげで防犯対策も上手くできたことが分かったよ。つい、体力系の仕事はクーデに頼っちゃうな。ありがとう」

「……どういたしまして。うぅ……恥ずかしいところみせちゃったなぁ」

「いや、気にするな。可愛らしいポーズだった」

「あはは……それフォローになってないよ」


 顔を真っ赤にしたクーデリアが手を握ったまま、トウルから顔を反らした。

 もう立ち上がっているのに、何故かクーデリアはトウルの手を強く握りしめてきている。


「あの、そろそろ手を離してくれないか?」

「あっ、ごめん。ね、ねぇ、トウルさん二階はどうなってるの!?」


 手を離したクーデリアが空いた手をぱたぱたと振りながら、階段の方を指さしている。

 二階のチェックもする必要があるが、まだ一階でしないといけないことがある。


「あぁ、二階も部屋になっているよ。まだ一階でやらないといけないことがあるから、後で案内するよ」

「ん? 今度は何をすればいいの?」

「一緒に寝てくれ」

「ふぇっ!?」


 湯気が出ると思えるほど赤くなったクーデリアが、トウルの目の前で飛び跳ねながら一歩下がった。

 一方でトウルの前にミスティラが一歩踏み出して近づいてくる。


「トウル様。私もですか?」

「あぁ、ミリィも一緒に寝て欲しい」

「あら欲張りですわね。トウル様」

「……何のことだ? 村長もご一緒にお願いします」


 悪戯っぽく笑うミスティラにトウルは若干嫌な気配を感じながら、村長にも話をふった。

 すると、何故か村長では無く、クーデリアがもう一度驚いた。


「トウルさんそっちもいけるの!?」

「ガハハ。構いませんよ。それとクーデリア。少しは落ち着きなさい」


 村長もクーデリアの反応に苦笑いを浮かべている。

 ミスティラもトウルの目の前で笑いをかみ殺して、必死に耐えていた。

 トウルはまたからかわれているクーデリアに同情しつつ、頭をかいた。


「クーデ。村長の言う通り落ち着いてくれ。寝袋の寝心地を貰えれば、すぐ上に案内するから」

「あっ! あぁ、そうか! そうだよねー。そうだよねぇ? ミリィ……」


 クーデリアがひきつった笑みを浮かべながら、ギロリとミスティラに黒い視線を送る。

 だが、ミスティラは何処吹く風と言った様子で肩をすくめていた。


「あら? クーデは何を想像していたのかしら? 寝袋が置いてあるのに試さないのは不自然でしょう?」

「うっ……。アハハ。私だってそれぐらい分かってたよ。で、でも、あ、そうだ。村長も寝袋に入ったら、リーファちゃんだけ仲間はずれでしょ?」


 彼女達の会話の脈略が微妙にずれていると、トウルは思っていたがこの流れでつっこむと、やぶ蛇になる予感がしたのであえて無視をした。

 そのかわりに、トウルはリーファの頭の上に手を軽く乗せる。


「リーファは俺と一緒に入ろうか。子供と親が入れるぐらいのサイズで作ったつもりだから」

「うんっ。いいよ。リーファも錬成で疲れたからお昼寝したかったの」

「そっか。それじゃ、上の確認も終わったら一緒にお昼寝しようか」

「うん!」


 トウルはリーファの手を握りながら一緒に寝袋の中に入った。

 寝袋とは思えないほど柔らかな感覚にトウルはたまらず目を瞑った。

 温泉の暖気のおかげで入った瞬間から、ほどよい暖かさが身体を包んでくれる。


(そう言えば、今日寝不足だったんだっけ……)

「気持ち良いねーお父さん」

「……そうだな」


 リーファの声が遠くから聞こえるような感覚に、トウルは違和感を覚えながらも目を開けることが出来なかった。

 修羅場クッキーの効果が切れたことに気がついた時には、トウルは目を開けること無く眠りに落ちてしまった。

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