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第一村人がやってきた

「ねー。とーさん。何で爆発したの?」

「え、あぁ、水の圧縮率が五十じゃなくて五百になってたからな」

「あっしゅく?」


 リーファには言葉の意味から説明しないといけないことに、トウルは頭を抱えて辺りを見渡した。

 子供にも分かるような分かりやすい物が無いか探してみると、それは足下にあった。


「あぁ、えっと、あぁ、そうだ。鞄に物を無理矢理詰め込んだらどうなる?」


 トウルは鞄を開いて、リーファに見せながら問いかけた。

 自分でもおかしいというのは分かっているが、トウルは彼女の見せた製図能力をもう一度確認したかったのだ。


「ふくれあがってバーンってなる」

「そうそのバーンってなったのが、さっきの爆発だ。圧縮っていうのはどこまで詰め込むかを決める数字なんだ。さっきの設計図覚えているか? 間違えた所を教えてやるよ」

「うん。描けるよー」


 トウルの問いに、ペンを拾ったリーファがさらさらと設計図を描き始める。

 またしても見せる驚くほど正確な模写に、トウルは舌をまいた。

 この子は本当に天才かも知れない。そう直感的に思わせるほどの出来映えだ。

 術式や文字を理解して書いた訳ではない。言葉や計算式ですらも、トウルの書いた物をほぼ完璧に写し取っている。


「描けたよ? ね、とーさん。私どこを間違えたのかな?」

「ここの数字を書き間違えたんだ。手に隠れて見えなかったところかな」

「どうやって書くの?」

「あぁ、こうやって書くんだ」


 今度はリーファにもよく見えるように紙に数字を書き込んでいく。

 その間、リーファの目はトウルの手から一切離れずじーっと集中していた。


「今度は上手くできる?」

「あぁ、俺が描いた設計図と同じだからな。失敗するはずが無い」

「よーっし。もっかい挑戦だー!」


 トウルが自信満々に頷くと、リーファは設計図を握り締め、元気良く椅子から飛び降りると、材料を持って錬金炉の前に躍り出た。


「青いハーブ三十グラム、水五百ミリリットル。できた。よーっし! えいっ、えーい!」


 リーファは身体中を真っ黒にされたにも関わらず、楽しそうに素材の計量と投入をしている。

 その光景を見てトウルは自分の失敗に気がついた。


(って、楽しませてどうするんだ!? 諦めて貰うつもりだったんだろ俺!?)


 錬金術の話をしている時は周りが見えなくなるトウルの癖で、ついリーファにやらせてしまっていた。

 同時にこの子の才能がどこまで本物かというのも、トウルは見極めてみたかった。

 本物の天才なのか、それとも自分と同じ努力家なのか。

 そんなことを思いながらトウルは揺れ動く錬金炉を見つめていた。


「できたー! とーさん、すごい! 本当にできた!」


 リーファの歓声に釣られてトウルは錬金炉に近づくと、表記されている効能を確認した。


《傷薬:効能A。傷口に塗ることで、軽い傷の止血と癒合が可能です。錬金術師による付加効果。速乾性、大きい、プロの完成度、毒を弱める》


「うん、ちゃんと出来てる。良くでき――ごほんっ! ま、俺の設計図だから当然だな!」

「うん、さすがとーさんの設計図だね!」

「お、おう! そこらの国家錬金術師より良い設計図を描く腕があるからな!」


 トウルは照れ隠しに威張ってみるが、リーファに素直に褒められてしまったせいで、余計恥ずかしくなった。

 道具を作って目の前で喜ばれたのは数年間見ていない。学校時代は何を作っても同学年には妬みの目を向けられていた。

 その上、最高級の道具を作っていたのに上司からは左遷された。

 そんな男が七歳の少女に褒められて、嬉しいと思ってしまっている。


(って……、何喜んでるんだよ俺は……。というか、二回目で錬金術を成功させたのかこいつは)


 天才と言われるトウルですら、錬金術を始めた時は失敗して、十数回爆発させている。

 それをリーファが二回目で成功させたせいで、トウルの中にちょっとした嫉妬が芽生えていた。

 そんな過去を思い出したトウルは、リーファの笑顔があまりに眩しくて、彼女の顔を直視出来なかった。


(にしても、何だったんだあの模写能力? 二度目だしまぐれじゃ無いよな? 一体どうやってこんな能力を身につけたんだ?)


 褒められて調子に乗っていたトウルが落ち着きを取り戻し、考え事をしていると、リーファはトウルの顔をのぞき込める位置に移動していた。


「とーさん顔が赤い」

「なんでもない! というか、何でリーファは傷薬を作りたかったんだ? 子供にしては作りたい物が渋いというか、実用的過ぎるぞ」

「友達にプレゼントするの。よく怪我する仕事だから、仕事中は付いて来ちゃダメって言われるの。だから、傷薬をあげると喜ぶと思ったんだ」


 弾んだ声を出したリーファは、宝物でも手に入れたかのように嬉しそうに笑っている。

 嬉しさを抑えきれないのか、傷薬のビンを両腕で抱えて跳ね回っているのだ。


「って、墨水をまき散らかすな! 落ち着けえええええ! 部屋を汚すな! こいつ止まれ!」

「早速プレゼントしに行ってくる!」

「お、おい! 待て!」

「あはは。鬼ごっこだー」


 トウルがリーファを追いかけると、リーファは思った以上にすばしっこい動きでトウルの腕を避けて部屋中をドタドタと走り回った。

 部屋が汚れるのも問題だが、それよりも、どうやって設計図を書いたかが気になる。

 村長から何か特殊な訓練を受けたのかもしれない。

 それをトウルは問いたかった。


「お前、何でそんなに人の物を真似るのが上手いんだ!?」

「あはは。わかんなーい。何かねー、写真みたいなのが頭に残るんだー」

「どうやって、その能力を身につけた!」


 普通に生きているだけではそんな才能は手に入るはずが無い。

 必ず何かをしたはずだとトウルは考えていた。

 だが、答えを貰う機会は突然開いた扉に、走っていたリーファが勢い良くぶつかって失われた。


「いたっ!?」


 宙に赤い液体が舞う。

 床に勢いよく倒れたリーファの額には、切り傷が出来て血が流れ出ていた。


「リーファちゃん大丈夫!?」


 倒れたリーファの隣に、扉の外から一人の少女が慌てて飛び込んできた。

 赤いセミロングの髪に、ぱっちりとした瞳。背はそこまで高くなく、しなやかな身体付きの少女だ。

 冒険者なのだろうか、腰のベルトには二振りの剣と道具袋が携えられている。


「すぐに包帯と傷薬を持ってくる」


 奥から誰かの声とともに走り去る足音が聞こえてきた。

 来客はどうやら二人いるらしい。


「ん……? くーちゃん? あれ……? 何か頭が痛いなぁ」

「あぁ、大丈夫喋らなくて良いから。今ミリィが傷薬と包帯持ってくるから、大人しくして」


 どうやら扉を開けた少女はリーファの知り合いらしい。

 だが、自己紹介をしている暇は無い。

 リーファは子供だ。自分の傷薬を持っていても、使い方を知らないだろう。


「くーちゃんさん、ちょっと離れていてくれ」

「あ、もしかして錬金術師の?」

「あぁ、でも、話は後だ」


 くーちゃんは色々と言いたげな様子だったが、トウルは彼女の言葉を一言で遮った。

 そして、先ほど作ったばかりの傷薬のフタをあけ、リーファの額に向けて中の液体を垂らしていく。


「とーさん。冷たい」

「黙って我慢しろ。今傷口を探してるから。よし。これで。って、勢いよく使いすぎた……」


 まさか作った商品をいきなり使うことになるとはトウルも思っていなかった。

 墨で真っ黒になっていたリーファの傷口を探すのは難しくて、焦ったトウルはとにかく傷口に触れれば良いと思い、傷薬を全量使い切ったのだ。

 だが、おかげでリーファの出血はすぐに止まり、彼女は怪我の痛みなど無いかのように元気良く飛び起きた。


「なおった! 痛いのも飛んでった! とーさんのお薬すごいね!」


 リーファの笑顔を見て、傷薬を最初に作って良かったと、トウルはほっと胸をなでおろした。

 すると、目の前であたふたとしている赤い髪の少女の姿が、改めて目に入った。


「ふぅ……ったく、驚かせやがって……。って、あぁ、すみません。くーちゃんさん。今日からこの村に住むことになった錬金術師のトウルです」


 そして、改めてくーちゃんにトウルは挨拶をした。


「私の名前はくーちゃんじゃないです。クーデリアです!」

「あぁ、リーファは本当に一文字だけ取って呼ぶんですね」

「そうなんですよ。そのせいで私なんか村の人にまでくーちゃんって呼ばれて、未だに子供扱いされるんです! もう十五なんですよ! 十五! 十五でくーちゃんと呼ばれるのは辛いです!」


 やけに食ってかかってくるくーちゃんこと、クーデリアにトウルは若干身を引いた。

 年頃の女の子らしい悩みだが、トウルにはどうすることも出来ない。

 何せ、そういうことを言う時点で子供っぽいと思ってしまった。


「クーデ。錬金術師様が困っているわ。それと包帯と傷薬は無用になったみたいね」

「あぁ、ミリィ。ありがと」


 開いた扉から広い唾の黒帽子を被り、真っ黒なローブを羽織った少女が、白い包帯を持って部屋に入ってきた。

 ミリィと呼ばれた少女は、先ほど包帯をとってくると言っていた人だろう。

 どこか優雅さと大人っぽさを感じる声質をしている。


「それとクーデ。あなたが大人扱いされないのは、その身体――いえ、今はクーデをからかうのは止めておきましょう」

「それだけで十分バカにしている気がするよミリィ!?」

「あら、それは被害妄想よ。誰もクーデの小動物っぷりをバカにしてはいないわ」

「……と、こんな風に口が悪くて悪戯好きなのがミリィこと、ミスティラです」


 クーデリアの精一杯の皮肉をミスティラは軽く受け流すと、帽子を机に置いて、スカートの端をつまみ上げ、貴族のお嬢様のようにお辞儀をした。

 黒いスカートから白くて細い脚が覗いている。

 髪の毛はウェーブが少しかかった金髪で、目は緑色の瞳を宿している。

 顔もクーデリアが元気溢れる可愛さだとすれば、ミスティラはお淑やかさを感じられるお嬢様のような可愛さだ。

 見た目でも性格でも対照的な二人である。


「ご紹介にあずかったミスティラです。クーデリアと同じ十五歳です。どうか親しみを込めてミリィとお呼び下さい。それとご安心を。私がいじわるするのは、いじわるしがいのある人だけですので」


 礼儀正しい癖になかなか怖いことを言う子だと、トウルは思った。

 それと同時に、こういうことを言い合えるクーデリアとミスティラは仲が良いのだろうなぁと直感的に理解した。

 トウルには二人のように言い合える相手はいなかったせいで、余計に羨ましく感じた。


「からかわない場合は、トウル様がいじわるしがいのある人でない。という前提条件がありますが」

「あはは……」


 ニッコリと良い笑顔で笑うミスティラに、トウルは変な笑い声が出た。

 この村の女の子は遠慮が無い。村長の薫陶を受けているせいだろう。出来るだけ関わらないでおこう。とトウルは若干失礼なことを考えていた。


「それにしても、さっきの傷薬はかなりの効力ですわね。リーファの出血はなかなかのものだったように見えたのですが、もう怪我が治っています。市販のランクC級の物ではこうはいかなかったでしょう」

「あ、ミリィもそう思う? ねー、トウルさん、その傷薬のランクはいくつなんですの?」


 二人の少女の視線が、空になった傷薬のボトルに注がれる。


「ランクAだよ。追加効果はさっき適当に四つつけただけだけど」


 錬成が終わった後、効能を表示する欄に一緒にランクが出てくる。

 きっとそのことを聞かれているのだろうと思ったトウルは、何事も無いかのように言い放った。


「マジ!? やったね。これで効果がいまいちな市販品とおさらばだよ! たっかい癖に追加効果も一個ついてるか、ついてないかだし。さっすが国家錬金術師だね!」

「本当に助かります。何せクーデが良く怪我するので、効き目の高い薬品は大歓迎です。あ、もしかして効果も指定してくれたら色々つけたりすること出来ます?」


 二人の少女は嬉しそうにガッツポーズを取ったり、頭を下げてくる。

 細身の女の子が怪我をすることや、傷薬で盛り上がっていることにトウルは首を傾げた。


「あぁ、そう言えば言っていませんでしたね。さっき村長から聞かされていないかしら? 私達、この街の保安員ですわ。新人ですけど、鉱山や山の魔物駆除が仕事なんですの。クーデが剣士として前衛を、私が魔法使いとして後衛を担っています」

「あぁ、冒険者かと思ったけど、そっか。村長が言っていた保安員だったのか。となると、鉱物資源の収集や山の資源を集めたい時は君達に頼めば良いのかい?」

「はい。錬金術師であるトウル様のお手伝いをするのも、私達の仕事ですから。これからもよろしくお願いします」


 十五歳でここまで礼儀正しい応対を出来るミスティラが隣にいたら、クーデリアは確かに子供っぽく見えてしまうかもしれない。


「あっ! トウルさん、今私のこと子供っぽいって思ったでしょ! 何か哀れみの目を向けられた気がするよ!」

「いや、そんなことはない。よろしく頼む。錬金術は素材が無いとなりたたないからな。頼りにさせてもらう」


 中央とは違って、錬金術向けの素材屋は存在しない。

 現地の人間に採取してもらわなければ、何も出来ないから田舎は苦手だ。とトウルは内心思いながら、作り笑いを浮かべた。


「ねー、くーちゃん。お仕事のお話終わったー?」


 大人しくしていたリーファが口を開くと、皆の視線が一瞬で移った。


「あぁ、ごめん。どうしたのリーファちゃん?」

「くーちゃんにプレゼントがあるの」

「私に?」

「うん。はいこれ。リーファが作った傷薬だよ」


 リーファは大事そうに抱えていた薬の瓶を、クーデリアの手の上に置くと、ニカッと笑った。


「え? リーファちゃんが作ったの?」


 受け取ったクーデリアは信じられないのか、視線だけをトウルに向けてきている。


「あぁ、俺が描いた設計図を真似て作らせた。効果は保証しとく。さっきの俺が使った傷薬と同じA級だ。俺が作った設計図だからな」

「マジで!? リーファちゃんありがとう。大事に使うよ」


 クーデリアはリーファに思いっきり笑顔を作ると、そのまま彼女の身体を抱きしめた。


「あっ」

「クーデ。嬉しいのは分かるのだけれど、リーファの姿と今のあなたの姿を鏡で見た方がいいわ」


 トウルが言いたかったことを、ミスティラが代わりに全て言ってしまった。

 呆れたような顔でミスティラが手鏡を取り出すと、みるみる内にクーデリアの顔から笑顔を消え去った。


「きゃあああ!? めっちゃついた!? 何この黒いの!?」

「あはは! くーちゃんもリーファも真っ黒だー」


 わーきゃーと叫ぶクーデリアと笑い転げるリーファは、やはり同類だとトウルは判断を下してしまった。

 そして、はたと横を向いたらミスティラがケラケラと笑っていた。


「ミリィさん。もしかして、こうなること分かってて止めなかった?」

「あら、良くおわかりですね。その通りです」

「……掃除は手伝ってくれるのか? あの二人が跳ね回るせいで酷く工房が汚れたんだけど」

「なら、私にも後でA級の傷薬を頂けます? クーデだけしか貰えないのはずるいので」

「……交渉成立。頼んだよ」


 その後、ミスティラと一緒に二人を温泉に叩き込んだり、服を洗ったり、部屋を掃除したりしていたら、日が落ちる時間になっていた。

 そして、全てを終わらせ落ち着いたトウルはふと思った。

 この二人の少女は一体何をしに来たのだと。

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