テント?設計
クーデリアとミスティラが工房を後にすると、トウルはリーファと自分の住みたい宿泊施設について、アイデアを出し合い始めた。
「石の上って硬いから、ふかふかが良いなー。あのお花畑みたいなの」
「そうだな。収納性を考えたら、ベッドとかの家具は入れられないし、床を柔らかくするのは効果的だ。後、夜間は冷え込むから一定の気温に保てるような暖房機能も欲しいな」
「うん。あっ! リーファが風邪ひいた時、お父さんが作ってくれたスライム懐炉配る?」
「さすがに全員分を用意すると、片付けが大変だな。でも、良いアイデアだリーファ。おかげでふかふかの床も暖かい部屋も一気に作れる」
トウルの閃きにリーファは手をポンと叩くと、大きく両手を広げた。
「リーファも分かった! テントをスライム懐炉で作っちゃうんだ!」
「その通りだ。やっぱりリーファは賢いな。せっかく温泉があるんだ。あの暖かいお湯を有効活用しないとな」
「えへへー。お父さんの弟子だからねー。ねー、お父さん。リーファも設計図書いてみてもいい?」
「もちろんだ。よし、それじゃ、お互いに書き終えたら見せ合おうか」
トウルは四人同時に入って寝られるサイズの三角形型テントを設計した。
吸水性のスライムに温泉を吸わせて膨らませることで、ハンカチサイズのテントが肥大化する仕組みを作り、保温性までも付加させる。
そして、床と幅の広い寝袋を一体化させ、身体を優しく包み混むベッドのような空間を作り出そうとしていた。
「リーファもできたー。お父さん交換しよー」
「どれどれ? リーファ……これは?」
リーファの設計図にトウルは面食らって、頭が一瞬固まった。
トウルの想像していたテントの形とは全く別のモノが書いてある。
まさかの二階建ての一軒家だ。可愛らしい玩具の家のような見た目をしている。
中は四つに仕切られていて、それぞれの部屋に四人分のスペースが用意されている。
「宿屋だよ。お家を作っちゃえばみんな安心できるよね」
「ぷっ、あはは! なるほど! そう来たか!」
「うん。二階建てにしたら、いっぱい人が入るかなーって思ったの」
「そうかそうか。うん、ただ、今の設計だとちょっと強度が足りなさそうな気がするな」
スライムで出来た壁や床では、大人が十六人も入ったら支えきれずに曲がりそうだ。
自重を支える支柱のようなものが必要になるだろう。
「どうすればいいの?」
「よし、んじゃ、俺の設計図を見てみようか」
トウルは机の上に自分の書いた設計図を開いた。
そして、テントの頂点をそれぞれペンで指し示しながら説明を始めた。
「こういう柔らかい構造物の強度を高めるためには、骨を用意してやると良い。傘も骨が入って柔らかい布を支えているだろ? 俺達の作ろうとしているモノは、たたむことが出来る折りたたみ傘に似ているんだよ」
「あ、そっか。リーファのは全部柔らかい素材で出来てる」
「うん。だから、支えるための柱と骨を入れようか。二階建てだから、二階の床にも骨組みがあると、より安定するぞ」
リーファは自分の設計図を取り出すと、トウルのアドバイス通りに四隅に柱を入れ、二階の床にも粗い網目状の骨組みを追加した。
「これでもう大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。骨組みの伸縮機構とスライム建材の膨張具合も問題無さそうだ。収納状態だと傘ぐらいのサイズか。二階建てなら十分小さいな。後は換気口の位置を書き足して……。よし、早速試作品一号を作ろうか」
「おー。つくろー。水の宿一号君だー」
トウルがリーファの案にゴーサインを出すと、リーファは笑顔で右手を上につきあげた。
収納性を考えれば、トウルの作る小さなテントの方が効率は良かった。
だが、せっかくの祭りであるのなら、宿泊施設も意外性や面白みがある方が楽しいだろうと、リーファの案を採用したのだ。
そして、同時にリーファがこんなに凄いモノを作ったぞと、大勢の人に見せつけてやりたい気持ちもかなり強かった。
○
折りたたんで小さくなっているとは言え、水の宿を作るにはかなりの量の材料が必要だった。
それに建築資材も錬金術で作る複数の素材が必要となる。
巨大な錬成物を作るには、それなりの手間暇をかけなければならない。
だが、この工房には錬金炉が二つも存在し、天才と称される錬金術師が二人もいる。
「リーファ、ダイヤメタルの錬成は?」
「後ちょっとー。お父さんの方は?」
「こっちもスライム懐炉があと少しで出来る。ナイロンシートの設計図も出来た」
「なら、リーファは乾かすためのドライシリカを作るね」
「任せた」
トウルとリーファは互いに製図台と錬金炉を行ったり来たりしながら、声をかけあって互いの進捗を報告しあっている。
寸分の狂いも詰まりもなく、二人は流れるように作業を進めていく。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるリーファと、すたすたと作業場をテンポ良く進むトウルの姿は二人で踊っているようにも見える。
「トウルさん、村長連れてきた――。って、トウルさんもリーファちゃんも、なんかすごい動きしてる」
「……鮮やかだな。リーファはもうこんなに立派に錬金術をやっておったのか」
勝手にあがっていたクーデリアと村長の声が、トウルの耳に届いた。
タイミング的にはちょうど良い頃合いだ。
「村長、クーデ、下で待っていて下さい。もうすぐ終わりますんで!」
「お父さん出来たよ。これで最後の材料だよね?」
「あぁ、ばっちりだ。よし、最後は一緒に材料を入れるぞリーファ」
「うん。任せてー」
最後に二人は一緒に炉の中に材料を投入していき、錬金炉を起動させた。
「ふー、久しぶりの大型錬金は疲れたな。初めてなのによくついてこれたなリーファ。すごいぞ。やっぱリーファは頑張り屋さんだ」
一仕事終わったトウルはリーファを抱き上げると、彼女を思いっきり抱きしめた。
「えへへー。頑張り屋さんなお父さんと一緒だからね。でも、もっとリーファに頼ってもいいよ」
抱き上げられたリーファもトウルに抱きついてくる。
リーファの力は底が知れない。
その力を持って生まれて来たことをトウルは知っていても、それ以上に驚きと刺激を与えてくれる。
「あ、そう言えば、お父さん。くーちゃんとじーちゃん来てるよ?」
「あ、忘れてた。村長、敷地の件ですがどうでしょうか?」
トウルはリーファを下ろすと、慌てて扉近くの村長の下へと駆け寄った。
「すっかり父親ですなトウル様。じーさんとしては嬉しいような寂しいようなですよ」
「あはは……見られちゃいましたね」
「なに、トウル様に任せたかいがあったというもの。さてと、河原の件ですが問題ないですよ。特に誰かの土地という訳でもないので。まぁ、敢えて言うのなら工房の敷地です」
「なるほど。助かります」
「助かるのはこちらですよ。クーデリアに聞きましたが、私の無茶振りに付き合って頂いたあげく、本格的に中央から人を呼ぼうとしていらっしゃるご様子。宿泊施設のことなど頭の中から抜け落ちていたので、トウル様が提言してくださって本当に助かっておりますよ」
村長の必死な様子を思い出したトウルは、やっぱりかと苦笑いを浮かべた。
もし、仮に人が来たらどうするつもりだったのだろう。
トウルはふと、そんなことを気にしてしまった。
「ちなみに、宿屋に収まりきらない分の人はどうするつもりだったんですか?」
「友人として呼ばれた人は、各々呼んだ人の家に泊まって貰おうかと思っておりました」
「ははは……」
村長の無計画さにトウルは改めて乾いた笑いが出た。
トウルの両親に加えて、レベッカが連れてくる十人ほどの友達と、上司であるゲイル局長が工房に泊まることを一瞬想像しただけで、変な汗が出そうになる。
「キャンプ地にする許可を頂いて本当に助かりました……」
「トウル様、何故か顔色がよろしくないように見えますが……」
「いえ、何でもありません。……大丈夫です」
トウルは頭を振って想像をかき消すと、もう一つ頼まないといけないことを思い出した。
「村長、これから時間ありますか?」
「えぇ、ありますけれど」
「ミリィが戻ったら、ここにいる人達で簡単な実験のお手伝いをして欲しいのです」
「分かりました。このジライル。トウル様の力になれるのなら、なんなりとお使い下さい」
少し大げさな村長の反応に苦笑いしつつ、トウルはリーファと作った水の宿一号の試験準備を始めた。




