消えるチラシ
しばらくして、レベッカはペンを置くと思い出したかのように立ち上がった。
「しまった! 列車の時間が来ちゃう! 今日中に帰らないと明日の仕事間に合わない!」
「レベッカ。これ持ってけ。空飛べ袋一式だ。チラシの内容とばらまくための袋の設計図を今日中に作って、そっちに飛ばす。明日の昼間にはつくはずだから、ベランダにでも立てておいてくれ」
「分かりました先輩。ゲイル局長にも協力を要請するので、何かあればこれで飛ばすか手紙出します。いってきます!」
「また来いよ」
「もちろんですっ。私の花火も打ち上げるんですから。みんなまたね!」
慌てて店を出て行くレベッカに皆が一斉に手を振り、またくるように別れの挨拶をかけていく。
レベッカが帰った後、トウルをはじめ、リーファも、クーデリアも黙って作業を始めてしまった。
そんな中、一番大人しいと思われるミスティラが口を開いた。
「騒がしい方でしたね。まさに嵐のような方でした」
「そうだな」
「でも、何か今日は感じが変わっていました。それに、何だか昨日より肌の調子がよさそうだったんです……。トウル様、何かしました?」
問い詰めてくるミスティラは口元だけは笑顔だったが、目は笑っていなかった。
その毒気が感染したのか、クーデリアまで疑いの目をトウルにかけてきた。
「嘘つきは泥棒の始まりだからね。素直に取り調べに答えて下さいトウルさん」
「俺が何をした……。あぁ、でも肌が綺麗なのは温泉のおかげだろうな」
「へぇ……一緒に入ったりしたの?」
「いや? ただ、肌は触らせて貰った。この工房の温泉に美肌効果があるとは気がつかなかったよ。思わず触り続けたくなる良い肌だった」
「どこを触ったの!?」
クーデリアは顔を赤くしながらトウルに詰め寄ってくるが、トウルは彼女が何故恥ずかしがっているのか分かっていなかった。
「腕だけど」
「そ、そうなんだ」
「あぁ、そうそう。二人も良かったらあいつの作った化粧品を、使ってみると良いんじゃないか? 設計図は貰えたから定期的に供給出来るし」
トウルが何気なしに新商品の棚を指さすと、黙っていたミスティラが半笑いで低い声を出してきた。
「……やりますわねレベッカさん。いなくなっても私達にプレッシャーをかけてくるなんて……」
「あ、でも、ミリィもクーデも化粧品に頼らなくても肌綺麗だよな。髪も綺麗だし」
「トウル様、とっても嬉しいですけれど、それを誰にでも言うといつか大変なことになりますよ?」
ミスティラは少し呆れた様子でトウルに忠告をしてきた。
その意味をトウルは理解出来ずにリーファへと視線を向けると、リーファは明るい笑顔で両手をあげた。
「あのね。みーちゃん。れーちゃんが言ってたけど、お父さんは女の子の気持ちに鈍感だから、リーファが化粧品をつくってあげるよ」
リーファの一言で、ミスティラとクーデリアが顔を見合わすと、二人は揃ってため息をついた。
「塩を送る余裕まであるなんて……。それだけトウル様は鈍感だと言うことでしょうか。これも一つの信頼の形ではありますけど……」
「いや、まぁ、うん、分かってはいたけど、やっぱそうだよね。鈍感な上に親バカでリーファちゃんのことしか今見えてないもんね」
しらけた様子で作業に戻る二人を見て、トウルは余計に困惑した。
「あれ? 何か俺がバカにされてる流れになってる!?」
「大丈夫です。バカにしてはいません。あ、そういえば、クーデと書いたチラシなんですけど、こんな感じでどうでしょうか?」
ミスティラによって強制的に仕事の話しに戻されたトウルは、それ以上彼女達の言葉の意味を追求することが出来なくなってしまった。
トウルはもやもやとしながらも、仕事用に頭を切り換えた。
「なるほど。精霊をかたどったマスコットキャラクターが、花火や精霊の踊る街を説明する感じか。ミリィの絵がうまいのも良いし、クーデのノリの軽い説明もわかりやすくて楽しそうだな」
可愛らしく描かれた精霊達が村の位置や、トウル達が作った珍しい花火を説明している。
明るい絵柄と色使いが、村の説明に良く似合っている。
「ですが、トウル様。大量のチラシをばらまくとなると、ゴミの問題に発展しかねませんか?」
「あぁ、大丈夫。解決案はもう出来てる。ミリィに精霊を見せて貰った時のことを思い出して思いついたんだ。ちょっと待ってろ。すぐ作ってくる」
トウルはクーデリアの書いたチラシを持って、製図室へと駆け上がった。
材料は氷、煙玉、羽毛、乾燥レモン、発光するキノコである光茸だ。
トウルはチラシの絵を設計図に描き込むと、チラシを覆うように球体を描いた。
煙玉と光茸に合成術式を書き込み、チラシの絵の部分に収まるように術式を書いていく。
完成した設計図はトウルの作ったイラスト花火とよく似ている。
「よし。出来た」
錬金炉からトウルが取り出したものは白い雪玉のようだった。
その雪玉を持ってトウルは下の階に降りると、ミスティラ達を外に出るよう誘った。
「トウルさん、それ何?」
「ばらまき用のチラシだよ。ま、見てな」
トウルがぽいっと宙に放り投げた雪玉はフラフラと地面に落ちると、キラキラとした雪の欠片が舞い上がり、白い球形の煙が現れた。
「わっ!? 何か出てきた!?」
「これは……」
白い煙の中にカラフルな光が灯ると、ミスティラの描いた精霊が現れた。
「あ、みーちゃんの描いた子だっ! かわいいー」
リーファがはしゃぎ始めると、煙の中の精霊はお辞儀をしてから祭りの説明が書かれた文字や、絵を呼び出した。
そして、一通り祭りの説明を終えると、煙は霧散してその場には何も残さず消えてしまった。
「煙自体に光と色を付けて動かしてみた。ま、簡易花火みたいなもんだ。これなら何も残らないし、ゴミも問題にならないさ。紙媒体は駅に貼って貰う手はずになっている」
「ミリィの精霊を見ただけでこんなの思いつくなんてなぁ。さすがトウルさんだね。同レベルである私のチラシをここまで具現化できるなんて」
「その設定まだ続いてたのかよ!?」
「もちろん」
クーデリアの返答にトウルは一瞬目眩を覚えたが、顔は笑っていた。
専門分野は全然違うのに、トウルと張り合おうと背伸びしているクーデリアの感じが、とても子供っぽくて、かわいいと思える。
開発局や学校の人間が見せた嫉妬や恨みとはまるっきり違う、トウルを尊敬してくれる笑顔とからかいだ。
そして、もう一人のミスティラによるからかいも、今ではトウルの日常となっていた。
「安心してください。トウル様の方がすごいのは皆分かっています。ただ、二人のレベルはある領域でのみ、一致しているだけですわ」
「ふむ? というと?」
「子供っぽいところです」
トウルとクーデリアの視線がミスティラに注がれた瞬間、ミスティラは腕を組むと、ニッコリ微笑みながら言い放った。
「それだけはねぇよ!」
「だから、子供っぽい言うなっ!」
トウルとクーデリアのツッコミが重なったことで、ミスティラはこらえきれなかったのか、顔を隠してくすくすと笑い始めた。
「ふふ、あはは。息ピッタリだった。やっぱり二人を一緒にからかうのも、おもしろいわ」
完全にはめられたトウルとクーデリアだったが、クーデリアは拳を握りしめ、目に熱い炎を宿していた。
「仕方無いよトウルさん。私と一緒に大人になってミリィを見返そう!」
「クーデのポジティブさは俺を遙かに超えている気がするよ」
「大丈夫。私とトウルさんは同レベルだからね。ちゃんと私みたいに前向きに成長できるよ!」
「何のフォローにもなってねぇ!」
完全に調子を狂わせられたトウルだったが、頭の中はかなりクリアになってきた。
いつの間にかもやもやしていた気持ちはなくなっている。
「えへへ。お父さん楽しそう」
「そうだな。中央にいた時はこんな感じにワイワイ出来なかったからさ」
リーファの笑顔にも癒やされたトウルは、しゃがむとリーファに視線を合わせて彼女の頭をなでた。
「どうだった?」
「うん。すごくかわいかった。リーファも作っていい?」
「もちろんだ。設計図を今度は一緒に描こうか」
「うんっ!」
元気良く頷いたリーファを見てトウルは立ち上がると、皆を連れて工房に引き返した。
第一の課題であったチラシはこれで完成した。
第二の課題であるばらまく方法も解決の目処が立っている。設計図はすぐに中央へ飛ばせる。
そう判断したトウルは宿の問題に着手することに決めた。
「クーデに頼みがある。村長に工房周りの河原をキャンプ地にする許可を貰いたいから、連れてきてくれないか?」
「分かった。それじゃひとっ走りいってくるよ」
クーデリアが元気良く飛び出すのを見送り、トウルはミスティラにも新たな依頼を振り分けた。
「ミリィには保安員達にキャンプ地の警備依頼を伝えて欲しい。保安員用の宿直施設の設計図と手紙をすぐに書くから、上司に持っていってくれ」
「分かりました。ふふ、やっぱりトウル様は頼りになりますね」
「あぁ、俺は錬金術師だからな」
トウルは宿直施設の設計図と内装を描きあげると、依頼文と一緒にミスティラに手渡した。
「確かに受け取りました。ではいってきますね」
「あぁ、頼む」
許可さえ降りれば、後はリーファと一緒におこなう錬金術師の仕事だ。
トウルはリーファと自分の住みたいテントの下書きを開始した。




