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村長の無理難題。おかわり

 翌日、トウルの目元には酷いクマが出来ていた。

 トウルがあくびをしながらリーファと店番をしていると、帰り支度の済んだレベッカが降りてきた。


「先輩ひどい顔してますよ」

「……レシピを覚えていたら、いつのまにか日が昇ってた。まぁ、こういう時用の修羅場クッキーだ。といっても居眠りしたところで、大丈夫な村ではあるけどさ。花火の基本設計も出来たし、忙しくなる仕事はそんなに無いよ」

「ふふ、先輩お疲れ様です。おかげさまで私はよく眠れましたけどね」


 レベッカはちょっとした煽り口調でトウルをからかってくる。

 心なしか昨日会った時よりも彼女の肌は綺麗で、顔も可愛らしく見えた。


「れーちゃん。なんだか綺麗になったねー」

「ふふ、さすが女の子は気がつくのね。良く聞いてリーファちゃん、そのお父さんは女の子の気持ちに少し鈍感だから、化粧品とか女の子向けの商品は私のレシピを参考にするんだよ?」

「れーちゃんが美人になったのも、その化粧品のおかげ? リーファも使えば美人になれる?」

「えぇ、もちろん。このレベッカ=グレイスがこの村に来たからこそ生まれたスプリングシリーズ。化粧水に乳液に顔面パック、効果はどれも保証しておくわ」


 子供らしいリーファの問いに、レベッカは髪の毛をかきあげてから頷いた。

 茶色い髪がフワッと宙に舞い、窓から差し込む光できらきらしていた。

 レベッカの回答にトウルは子供に分かるのかと疑問に思ったが、リーファは興味津々と言った様子で、新しく棚に並んだ化粧品を眺めている。


「おー、すごいねれーちゃん。よーし、全然何か分からないけど、リーファもがんばって覚えるね」

「えぇ、次会う時はもっと綺麗になれる道具を作ってあげる」

「おー、楽しみー。れーちゃんのノートすごく綺麗でかわいくて、絵を見てるみたいだったから、また今度見せてね。約束だよ?」

「良いわ。約束してあげる。その時はもう一度、錬金術で勝負しましょ。今度は絶対負けないから」

「うん。待ってるっ! リーファも負けないよっ!」


 レベッカとの勝負の約束を、リーファは遊びの約束でもするかのように受けている。

 この明るさをずっと持ち続けて欲しいと、トウルはリーファの笑顔を眺めていた。

 そんな中、珍しく朝早くから来客を告げる鈴の音が鳴る。

 開店時間前に客が来るのは初めてだ。


「トウル様おるか!?」

「村長?」


 汗だくになった村長が真っ赤な顔で息を切らせながら、トウルのもとに駆け寄ってくる。

 まるで何か恐ろしいモノから逃げているような雰囲気に、トウルは慌てて村長のもとへと駆け寄った。


「どうしたんですか? そんな急いで」

「頼みがある!」

「花火、じゃないですよね? 誰か怪我か病気にでもなりましたか?」

「祭りに人を千人集めてください!」


 錬金工房への依頼は基本的に道具の製作だ。

 だが、村長の依頼は道具では無く、人だった。


「……はい?」

「誤発注で大量の食材が届くのです! 五千人分! 村の人口五百人しかいないので、ざっと十倍です!」

「えっと、それは俺に人を錬金しろということでしょうか?」

「違いますよ! 中央から観光客を呼んで欲しいのです! 頼れるのはトウル様しかおらんのです!」


 トウルは一番ありえない冗談を言ってみたが、村長は全く意に介さず、必死に頼み続けてきた。


「俺にそれを頼みますかっ!?」


 花火に続いて、観光客の誘致を依頼されたトウルは、初めての依頼にたまらず叫んだ。

 トウルは明らかに動揺している村長の肩を揺すり、正気を取り戻そうと試みた。


「村長しっかりしてください! まだ朝です! 酒を飲んで酔っ払うには早すぎます! それか朝まで飲んでから来たんですね!?」

「しっかりしております! しっかりしておるからこそ、トウル様に知恵を狩りに来たのですっ!」

「リーファ! 酔い醒ましと安眠クッキーを村長に投与するんだ!」


 興奮している村長を落ち着かせるには、言葉よりも道具の方が早いとトウルは判断した。


「トウル様! 慌てず、焦らず、落ち着いて私の話を聞いて下さい!」

「落ち着いてないのは村長ですよっ!?」


 錯乱している人間がいつの間にかトウルにされたことに、トウルは全力で村長につっこんだ。


「じーさん。これ飲んで落ち着いて」


 そこへ言いつけを守ったリーファが、透明な緑色のお湯の入ったコップをもってやってきた。


「リーファ。今ワシはトウル様と大事な話をしとるんだ。後で飲むから今はあっちにいってなさい」

「むー、リーファだって錬金術師だもん。工房のお仕事できるもん! だから、じーさんは早くこれ飲んで落ち着いて。お父さん困ってるの!」

「分かった分かった。飲むから、ワシに話をさせてくれ」


 リーファの駄々に負けた村長は、彼女からコップを受け取り一気に飲み干した。

 そして、長い長いため息をつくと、先ほどまでの真っ赤な顔から一転、蒼白な顔に変化した。


「リーファ……今のお湯に何入れた?」

「普通のハーブティだよ? 気持ちが落ち着くかな? って思ったの。でも、なんでじーさん泣きそうになってるの?」

「それを今から聞こうか」


 乾いた笑いを浮かべる村長にトウルは改めて声をかけると、村長はうつろな目をトウルに向けた。


「役場の若いもんがな。祭りに必要な物資を発注したんだがな。桁を間違えおった……。祭り前ということもあって、列車便で運ばれるモノが多いのは良かったのだが、既に予定していた量を超えてもやってきたことで気がついた……」

「そこは早く気付いて下さいよ……」

「面目ない。ただ、何とか過剰発注分は千人分で抑えられた。村の信頼にも関わるので、送り返したり完全に止めたりすることは出来なかった……」


 村長はよほどショックを受けているのか、村長の口調はいつものトウルに対する丁寧口調ではなく、少し砕けた口調になっていた。

 その様子にトウルはどう言葉をかけて良いのか分からず困惑していると、トウルの横にいたリーファが村長の隣に移動し、村長の手を握りしめた。


「大丈夫じーさん。リーファが何とかしてあげる」

「リーファ……。だが、お前は中央に知り合いなんぞおらんだろ……」

「だいじょーぶ。だいじょーぶ。リーファは錬金術師なんだから。ね?」


 リーファは明るい声を出して村長を元気づけると、最後は首を少し傾けてニッコリ微笑んだ。

 春の陽気に負けないくらい暖かいリーファの笑顔に、村長は手で顔を覆ってしまった。


「それに中央に行ったのはお父さん一人じゃないよ。リーファも、くーちゃんも、みーちゃんもいるし、ここにはれーちゃんもいるんだから」

「れーちゃん? はて、確かに見慣れないお嬢様だ。トウル様のご友人ですか?」


 聞き慣れない名前に村長が顔をあげ、幾分か精気の戻った表情で声を出した。


「お父さんと同じ国家錬金術師のれーちゃん。だから、じーさんも笑って頑張ろう? 錬金術師が三人もいるんだよ。きっと良いことがあるよ?」

「ハハ……。そうだったな。リーファにそう教えたのはワシだったな。まさか逆に教えられる立場になるとは思わなかった。初めまして。お名前をお伺いしてもよろしいですかな? 錬金術師様」


 村長は立ち上がるとレベッカに向けて、弱々しい笑顔を向けた。

 状況を静かに見守っていたレベッカだったが、村長の挨拶に対してスカートの端をつまみあげてお辞儀を返した。


「レベッカ=グレイスです。グレイス家の三女です。以後お見知りおきを」

「ご丁寧にありがとうございます。レベッカ様」


 トウルから見て村長はまだ本調子ではなさそうだったが、リーファのおかげで大分まともになったように見えた。

 落ち着きを取り戻した村長になら頼み事の内容が聞けるとふんだトウルは、改めて村長に依頼の内容を尋ねることにした。


「あの、村長。さすがに人間は錬成できないので、それ以外で何かお手伝いが必要であれば言って下さい」

「ハハ、先ほどは失礼しました。お二人に頼みたいのは中央のご友人の方々をお祭りに誘っていただきたいのです。一人でも多く呼んで頂けると助かります。すみません。私は他の者の家にいって親族や友人が他の場所にいないかを確認してきます」


 落ち着いた村長は笑顔でほんの些細なお願いだけを残して立ち去った。

 手紙をいくつか書くだけのとても簡単な依頼だ。

 中央で生活していれば、難なくこなせるはずの仕事だった。


「お父さん。なんで困った顔してるの?」

「……俺、中央に友達いねぇ……」

「狸さんはお友達じゃないの?」

「上司をお友達と呼ぶ勇気はないな……」


 上司を友達ではないと言ったトウルだったが、狸上司ことゲイル局長に手紙を出すつもりでいた。

 村長とゲイル局長は旧友と言っていたし、あの人なら喜んで来ると思ったためだ。

 だが、呼べる知り合いはその一人しかいない。


「……狸さん。上司? まさかゲイル局長!?」


 レベッカがトウルとリーファのやりとりに飛び上がるほど驚いていた。

 トウルもリーファが初めて言った時には、こんな反応だったなと懐かしく思いながら頷く。


「さ、さすが先輩の娘。あの人を狸呼ばわりとか半端ないです」

「最初はお父さんが言ってたんだよ?」

「さすが先輩。半端ないです! あの局長に喧嘩を売って、公開公募で最優秀選をとったなんて!」

「おいっ! 何か誤解が生じてないか!? 喧嘩なんて売ってない! 中央で絶対に間違った噂を流すなよ!?」


 火の無い所に煙は立たないと言うが、すでに鎮火したトウル左遷事件を再点火させられたらひとたまりも無い。

 少なくともトウルは当分リーファの親としての役割があって、首になる訳にはいかないのだ。


「と、とにかくだ。レベッカの方は呼べる人いないのか?」

「え、うーん。そうですね。友人なら十人くらい声かけられると思いますけど」

「友達の数、半端ないな……」

「え? そうですか? 少ない方だと思いますけど。先輩は何人呼ぶんですか?」

「……三人」

「……友達は数よりも質ですよ?」


 トウルの回答にレベッカは躊躇いながら返事をしてくれた。

 とても気を遣ってくれていることが良く分かるフォローだったが、トウルに対しては追撃以外の何物でも無かった。


(言えない……。ゲイル局長と両親の三人だなんて絶対言えない……)


 トウルはぎこちなく笑って本当のことを誤魔化したが、改めて途方も無い数字にため息をついた。

 二人合わせてたったの十三人しか呼べていないし、全員が全員来るとは思えなかった。


「あ……あの先輩。……ちなみに今、友達います?」

「うん、友達はちゃんと出来た」


 レベッカに突然ふられた問いかけに、トウルはしっかり頷いた。

 中央にはいないが、村にはちゃんと友達がいるのだ。


「そ、そうですか。あの保安員二人ですか?」

「すごいな。良く分かったな?」

「あ、あはは……かわいくて良い子達ですよね?」


 レベッカが何故苦笑いをしているのか、トウルは良く分からなかった。だが、そんなことを追求するよりかは、観光客を集めることの方に思考を集中させることにした。

 村長はトウルを暖かく迎え入れた人だ。トウルは少しでもその恩返しをしたかった。

 錬金術師にとって未知数の依頼に、トウルは立ち向かうことにした。

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