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錬金術師達の夜

 トウルは子守歌や寝る前の絵本の代わりに、レベッカの描いた設計図を読み聞かせて、リーファを眠りにつかせた。

 すやすやと気持ちよさそうに眠りに落ちたリーファをの頭を軽く撫でると、トウルはリーファの部屋を出て、リビングで待っているレベッカの元へと移動した。


「待たせたな」

「待ってませんよ。先輩の設計図見てましたから。それにしても、寝付きがいいんですね。あの子」

「おかげで助かるよ。ホットミルクで良いか?」

「ありがとうございます」


 トウルは暖めた牛乳を両手に持ち、レベッカの前に座った。


「それにしても、先輩の子、すごい子ですね。一目見ただけで模写してくるなんて思ってなかったです」

「あぁ、あれか。俺も初めはびびった。これが本当の天才かってさ」

「すごい才能ですよね。私達の考えたモノをわずか一瞬で自分のモノにしちゃうなんて。ちょっと自信なくしました。今の錬金術の基礎を築き上げた伝説の錬金術師マリヤ様を思い出しますよ」


 両手でホットミルクの入ったコップを握り、レベッカが俯いた。

 それを見てトウルはわざと窓の外に目を向けた。リーファの生まれた経緯を教えればレベッカは敗北に納得するかも知れないし、自信も回復するだろう。だが、例え同僚であってもリーファの事情を知らない相手にはリーファの生い立ちや才能の原因を伝える訳にいかない。どこかから情報が漏れだしてリーファを研究材料にされることだけは絶対にあってはならないからだ。

 その話題を変えようとあれこれ考えていると、トウルはふとリーファの言葉を思い出した。


「なぁ、レベッカ。お前って何で錬金術始めたんだ?」

「生まれた時から錬金術師になれって言われたからだと思います。お兄様もお姉様も錬金術師ですし。曾祖父の代から王宮の調度品を作り続けて、貴族となった一家なので、それが当然だと思っていました」

「……楽しかったか?」

「家で錬金術をやることがつまらなかったから、こうやって国家錬金術師をやってるんですよ。家の跡を継ぐとか絶対やりたくないです」

「え? てっきり継ぐ気だと思ってたよ。あんなに家の名前を出すのだから」

「あれはあの家を変えたいと思っているからです。錬金術師にしては頭が硬すぎるんです。だから、私みたいなのもいるぞーってアピールしてるんです」


 予想外の言葉にトウルがレベッカにむき直すと、月明かりに照らされた彼女は儚げに笑っていた。


「だって、王様相手にしかモノ作れないんですよ? 色々規則が厳しいし、師匠のお父さんは細かいことをぐちぐちぐちぐち言ってきますし、派手さとか可愛さとかそういうの全く追求出来ないんです。いかに重厚感と荘厳さを出すかしか考えていないんですよ?」

「あはは……なるほどな。王様相手ならではだ」

「だから、学校では平民の出ってバカにされていた先輩が羨ましかったんです。きっとこの人は自由にモノを作れるんだろうなーって」

「自由に作れたけど、羨ましがられるほど良いものじゃなかったぞ。何作っても、トウルなら仕方無いか。とか、平民でも天才は生まれるんだな。とか俺の努力を無視した嫌味ばっかりだったし。ってか、レベッカが入学したのって、俺が卒業する歳だろ? 新入生まで広まっていたのか」

「そりゃー、平民出でみんなよりも歳下の先輩が主席じゃ、貴族のみんなは陰口くらい叩きますって。私が十二で入学したのだって早い方ですよ? 平均十五歳ぐらいで入試に合格するんですから」


 呆れたようにレベッカが笑うと、トウルは小さくため息を吐いた。

 やはり、リーファを学校に送るのは難しそうだ。

 村以外のことも知って欲しいと思ったが、リーファがいじめられてしまったら、トウルは学校を吹き飛ばしかねない。


「そんな先輩に追いつけば、私も自由にモノを作れるほどの腕前になれるのかなって思って、先輩を目標にして今まで追いかけて来ました。今日、先輩の設計図見たらアイデアが詰まりまくってて、全然追いついてないって分かっちゃいましたけど」

「簡単に追いつかれるつもりは無いからな。でも、二年前の俺となら、肩を並べるだけの力はついてる。今日の花火の設計図も大胆にして繊細だった。勉強になったよ。精霊の喜ぶ花火っていうお題を理解していたらリーファは負けてた」

「そう言って貰えると助かります。先輩は私の憧れであった方が、追い抜く時に楽しそうなので」


 笑顔で告げられた宣戦布告にトウルは大胆不敵に笑った。


「そう簡単に抜かされないように、俺も頑張らないとな」

「もう、そういう所がホント強敵ですよ。うぅ、まずはあのおちびちゃんにリベンジだなぁ……」


 レベッカのプライドにトラウマレベルの傷をつけてしまったことに、トウルは改めてフォローを出すことにした。

 彼女は一つだけ大きな勘違いをまだしている。


「なぁ、レベッカ。リーファの模写能力は確かに天才だよ。でも、模写だけじゃ、新しい物は作れない。リーファは毎日俺と店を一緒にやりながら、設計図を書いて、レシピも覚えていっている。自分の才能にかまけて適当にやらず、ちゃんと努力をする子だし、他人の努力を尊ぶ優しい子だ」

「……それってもう何か最強じゃないですか?」

「まぁ、うちの娘は天才だからな。でも、いくら天才でもコピー出来ない物がある。経験や感情や好きなモノといったその人個人だ。レベッカの派手好きな所や、可愛い物好きなところからくる発想はレベッカにしか出来ない。その発想を伸ばして新しい物を作ることは、レベッカにしか出来ないさ」


 そして、リーファにはリーファにしか出来ない物があり、トウルにはトウルにしか作れないモノがある。

 その領域は誰かのコピーではなく、積み重ねてきた技術と想いで作られるモノだ。


「それが先輩の言う、普通の錬金術師には出来ない、自分にしか作れないモノですか?」

「そうだな。俺の目標だ」

「ホントに先輩は目を離すとすぐ遠くに行っちゃいそうですね。今ようやく分かりました。何であの先輩がここでそんなに楽しそうなのかってことも、プライドの高かった先輩がリーファちゃんに嫉妬せずにお父さんをやっているかってことも」


 レベッカは穏やかな笑顔でそう言うと、ホットミルクに口をつけゆっくりと飲み始めた。


「錬金術師は謙虚であり、傲慢であれ。私が公開公募に出した時は、思いをめぐらす想像力と、思いを現実に変える創造力の二つを持てと言われたけど、同じことだったんですよね。きっと」

「そうだと思う。俺はな」


 トウルがレベッカの言葉を肯定すると、急に彼女は椅子から立ち上がり頭を下げてきた。


「先輩。ごめんなさい」

「ど、どうした突然?」

「つまらないものばっかり作ってとか、色々生意気なこと言ってホントごめんなさい」


 トウルはすっかり忘れていたが、レベッカが訪問してきた時、確かに色々と言われたことを思いだした。


「あぁ、大丈夫気にするな。言いたい気持ちも分かるからさ。もし、過去の俺が今の俺を見たら同じ事言ってただろうし、リーファにも負けてたよ。レベッカと全く同じ失敗してさ」

「……ありがとうございます」


 レベッカが短く息を吐きながら椅子に座ると、トウルはもう一つの聞きたいことを聞くことにした。

 中央から村に来た人ならば、きっと驚いてくれるとトウルは信じていた話題だ。


「なぁ、レベッカ。温泉どうだった?」

「え? お、温泉ですか?」

「そう温泉。中央には無いのがすげー残念だとは思わないか? 公開公募で中央に戻った時にシャワーってこんなに味気ないものだったかなって、とってもガッカリしたんだよ」

「そ、そうですね。確かに気持ちよくて、寝ちゃいそうでしたけど」

「だよな! 疲れてる時とか、目を瞑るとそのまんま眠りそうになるんだけど、顔が水面についてビックリして起きるんだよ」

「……実はさっきやっちゃいました」

「ハハ。やっぱやったか」


 顔を真っ赤にしたレベッカが頷くと、トウルは嬉しそうに歯を見せて笑った。

 中央に戻った時は温泉の素晴らしさを説いても、ゲイル局長以外誰も反応してくれなかった。

 そこへレベッカが加わったことで、ようやく気楽に気持ちを分かち合える相手をゲットすることが出来たのだ。


「知ってるか? リーファに教えて貰ったけど温泉使ってゆで卵も作れるんだぜ。中が半熟でとろっとしてて、ちょっと塩をまぶすだけで美味いんだよ。明日、お弁当に入れるから、是非食べてみてくれ。あ、後、温泉の効能を付加させた湿布も入れておこう。今朝、リーファと設計したんだ。是非、皆に布教してほしい!」

「先輩、顔が近いですっ!? ……私今すっぴんですよ」


 興奮気味のトウルは気付いたら机に乗り出して、熱く温泉について語り始めてしまった。

 レベッカに若干ひかれてトウルは我に返った。


「すまない。つい温泉の良さを共有出来たのが嬉しくて……」

「あはは……でも、そうですね。んー……先輩ちょっと紙とペン貸して貰えます?」

「ん? 普通の紙で良いか?」

「はい。普通の紙で大丈夫です。今出たアイデアの下書きをしたいので」


 レベッカの突然の思いつきの内容は、さすがのトウルでも予想が出来なかった。

 頭に疑問符を浮かべつつトウルは紙とペンをレベッカに手渡すと、レベッカはペン回しをして袖をまくった。

 すらすらと流れるように動くペン先は、丸い水晶玉があしらわれたフタが刺さった楕円形の瓶だ。

 書き込まれた文字は温泉とハーブなどの植物類だ。


「温泉湿布では無いな?」

「はい。湿布ではないですよ。よし、こんなもんかな? 先輩どうですこれ?」

「可愛らしい容器だけど……。うーん、ハーブの種類的に傷薬でも無いし、ん? あぁ、化粧水か?」

「正解です。ちょっと悩んだみたいですけど気付くあたり、さすが先輩ですね」


 男のトウルにとっては縁が薄い化粧道具だったが、レシピブックの中にあったことを思い出した。

 トウルが化粧道具にあまり馴染みのないことを見抜かれたのか、レベッカはペンを回してニカッと笑った。


「ふふ、先輩が言ってたことも本当だったみたいですね?」

「えっと?」

「先輩に思いつかなくて、リーファちゃんにも思いつかない。でも、私になら思いつく道具ですよ。先輩は男性ですし、リーファちゃんは子供ですし、大人の私にしか思いつかない温泉の使い方です。知りませんでした? あの温泉、肌がすごくすべすべになるんですよ?」


 レベッカは目を細めて挑発的に笑うと、トウルの前に腕を差し出した。

 青白い光に照らされた肌は魔性すら感じそうな色気がある。


「触ってみます?」

「良いのか?」

「どーぞ。先輩にならいいですよ?」

「ありがとう。後学のために試させてもらう」


 レベッカの囁くような誘いに、トウルは感謝の言葉を口にしてレベッカの腕に触れた。

 ひんやりとした肌は、もちもちと柔らかく、ハリのある弾力もある。

 そして、指を動かすと滑らかな絹でも触っているかのように、スーッと指が滑っていく。


「ひゃっ」

「あ、悪い」

「いえ、大丈夫です。ちょっとくすぐったかっただけなので。あ、後、先輩、触り方がなんだかエロいです」

「あっ、その、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだが」


 レベッカが急にジト目でトウルを睨み付けてきたので、トウルは慌てて腕を引っ込めた。

 だが、引っ込めた瞬間に、レベッカは口端をつりあげて小悪魔的な笑みを浮かべた。


「なーんてね。ふふ、やっぱ開発局の中と外では違う先輩がいるんですね? そっくりさんとか双子の兄弟じゃないですよね?」

「ハハ……。俺もレベッカが冗談言うのは初めて見たな。お互いに開発局じゃ見ない顔を見せたか。なら、恥ずかしがることもないな。うん、綺麗な肌だった。ずっと触っていたいと思ってしまうぐらいに」

「先輩、無自覚に言っているのなら、気を付けて下さいよそれ?」


 トウルの感想にレベッカは笑顔を消して真顔で忠告をしてきた。


「へ?」

「あはは……。二人の保安員の子が少し可愛そうですね。私は安心ですけど。さてっと、早速先輩の錬金炉お借りしますね。今夜は私も先輩を驚かせて見せますから。先に寝ないで下さいよ?」

「うん。出来るまで起きてるよ。この村の時間はゆっくり流れるからな。少しくらい寝坊しても大丈夫だ」


 レベッカが立ち上がりトウルを指さしてくると、トウルは余裕の笑みを浮かべて頷いた。

 今の彼女は挑発的だけれども、肩に力も入っていないし、空回りをしている様子もない。

 この顔ならきっと良い物が作れる。とトウルは思って手を振った。


「あ、どうせなら作る所を見ても良いか?」

「先輩に見られるのも久しぶりですね。入局以来じゃないですか? これは気合い入れて頑張らないと」

「勉強させてもらうよ」

「ふふん、この分野でだけは絶対に負けられませんからね。乙女として!」


 意気揚々と製図室に移動したレベッカは、銀色の紙に先ほど描いた下書きと同じ絵を描いていく。

 一枚目を描き上げると勢いに乗ったのか、レベッカは続けて何枚も設計図を書き下ろし、トウルに説明をしていった。

 化粧をしたことのなかったトウルにとって、レベッカの説明は呪文のように聞こえてしまっていた。


「どうですか先輩? 私のこと見直しました?」

「くっ、負けるかっ!」


 そんなレベッカの挑発はトウルの負けず嫌いな心に火を点けてしまい、トウルはレベッカの寝た後も、レシピ集を読みふけった。

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