先輩と後輩はじめての外食
宿屋のレストランに入ると、既に仕事上がりの鉱員達が酒と食事で盛り上がっていた。
がやがやと地元民で賑わう店内に入ると、トウル達は空いている机についた。
「いらっしゃいトウルさん。あれ? そちらのお美しいお嬢様はトウルさんのお知り合いですか?」
「中央の後輩です。今日は遊びに来たんですよ」
「これは遠路はるばるようこそいらっしゃいました。是非、村の名物をご注文下さい。今なら春限定メニューの山菜鶏鍋がオススメです。トウル様もまだ食べたことありませんよね?」
ウェイターのお兄さんが水の入ったグラスを持ってくると、すぐにレベッカのことに気がついて挨拶してきた。
そして、人懐っこい笑顔ですかさずオススメの高そうな物を選ぶ辺り、抜け目の無い人物だとトウルは逆に感心してしまった。
「レベッカはそれで良いか?」
「……あまりこういう所で食べたことがないので、先輩にお任せします。……というか、先輩と外食なんて初めてですし」
「あぁ、そっか。実家が爵位持ちのグレイス家だもんな。んじゃ、山菜鶏鍋を一つお願いします。後は、ミリィ注文してくれ」
トウルがミスティラに話を振ると、横のクーデリアが不満そうに口を尖らせた。
「えー、私は?」
「お前は前科持ちだからな……今日は後輩がいるから任せるのが怖い」
「うぐっ……」
がっくりとうなだれるクーデリアに、ミスティラが横でクスクス笑いながらメニューを指さして注文をすすめていく。
適量の注文を終えると、話題はすぐに花火の件に戻った。
「先輩は何で精霊の好きな花火が分かったんですか?」
「俺じゃなくて、リーファな? 花火の作り方は教えたし、危ないところは口を出したけど、デザインとか錬成の術式は基本リーファのアイデアだったし」
「むー……。分かりましたよ……。リーファはどうやって精霊が好きな花火を作ったんですか?」
レベッカがジト目でトウルを睨み付けながら尋ねてくる。
本当のことを言ったら怒られるだろうな。と思いながらトウルはミスティラから精霊の説明を受けたことを話した。
「つまり、俺とリーファはどんな花火を作れば良いか分かってたんだ。レベッカは精霊のこと知らなかっただろ? それが理由だ」
「えぇっー!? ずるいですよ先輩。私だけ知らないなんて」
「黙っていたのは謝るけど、なら、何でミリィに聞かなかった?」
「うっ……。それはそうですけど……。で、でも技術は私の方が上ですし……普通に満足させられると思ったんです」
レベッカはまだ納得していないのか、不満げな視線をトウルに送っている。
そんなレベッカの様子にトウルはため息をつくと、申し訳ないと思いながら飲み物を運んできたウェイターに、コックを呼ぶように頼んだ。
店の奥から線の細い身体付きで丸眼鏡をかけた青年がやってきた。
白いエプロンを身につけ、コック帽をかぶっている。
背丈は百五十五センチくらいだろうか。
がたいの良い鉱員達に紛れ込んだら、子供のように扱われそうな見た目だ。
「ハー君、こんばんはっ!」
「こんばんは。リーファちゃん来てくれていたんだね。あ、どうぞ。前菜のセロリのさっぱり和えです」
丁寧に机に置かれた皿の中には、一口サイズに切られたセロリが盛られている。
淡い緑色のセロリは粗挽きのこしょうがまぶされ、店内の光を反射し淡く光っていた。
ほのかに香るレモンの香りと、ごま油の香りが食欲を誘ってくる。
「ねー。ハー君。この前のお鍋どう? ソースとか煮込み料理でこびりつくと洗うとき大変って言ってたけど、こびりつきはなくなった?」
「うん。リーファちゃんが作ってくれた鍋になってから、こびりついたことは無いよ。あ、後すごく軽くて使いやすいね。体力のない僕でもあんまり疲れずに済むよ」
リーファがコックのハー君ことハイラルに、ついこの間最近売った鍋について尋ねると、ハイラルは満足そうに笑った。
ハイラルの嬉しそうな笑顔に釣られたのか、リーファは明るく笑いながらトウルの腕に抱きついた。
「えへへー。良かったー。軽くすると良いよ。って言ったのはお父さんなんだよ? ハー君、身体弱そうだから、軽い方が喜ぶと思うぞって」
「あはは。鉱員の皆さんに比べたら、僕細いですからね。トウルさん、お気遣いありがとうございます」
さりげなく失礼な物言いのリーファにトウルはあたふたしたが、ハイラルは照れ笑いを返した。
「今日は楽しんでいって下さい。お鍋やフライパンだけじゃなくて、包丁まで新調していただけたお礼に、デザートをサービスします」
「やったー。ハー君ありがとー!」
リーファが感謝の言葉を口にすると、トウルとクーデリア、ミスティラが続いた。
お礼を言われたハイラルはお辞儀をして厨房に戻っていく。
そして、みんなの飲み物が揃ったことを確認したトウルはジュースの入ったグラスを手に持った。
「とりあえず、乾杯するか。ジュースだけど」
トウルがグラスを少し掲げると、隣のリーファが立ち上がり、コップを両手で頭上に掲げながら声をはりあげた。
「乾杯じゃああああ。皆のもの乾杯じゃああああ!」
「村長の悪い癖がリーファに移ったっ!?」
「あはは。じーさんの真似上手でしょー? かんぱーい」
村長の真似をしたリーファが、クーデリアとミスティラのコップを軽く合わせていく。
二人の少女はリーファの乾杯に楽しそうに応じ、ガラスの澄んだ音が鳴った。
「れーちゃんもかんぱーい」
「え、あの、えっと」
レベッカは差し出されたリーファのグラスに困惑しているようだった。
いつの間にか乾杯の音頭を盗られたトウルだったが、先輩としての責務は果たすことにした。
「レベッカ。まだ聞きたいことも言いたいことも沢山あると思うけど、まずはグラスを持って」
「え、あ、はい」
「乾杯。良い花火だったよ。中央の夏祭りが楽しみになった」
「あ、ありがとうございます先輩。乾杯です」
トウルとレベッカのグラスが触れ、黄色い透明な林檎ジュースの液面が左右に揺れる。
「あ、お父さんずるいー。れーちゃん、かんぱーい」
「あぁ、もう……、人の気も知らないで……はい、かんぱい、かんぱい」
リーファの笑顔に根負けしたのか、レベッカは文句を良いながらもリーファとグラスを合わせた。
二人の様子を見てトウルは小さく笑うと、クーデリアとミスティラの方へとグラスを伸ばした。
「クーデ、ミリィ、今日も一日おつかれさま。乾杯」
「かんぱーい。トウルさんもおつかれー」
「トウル様の方こそお疲れ様です。乾杯」
仕事上がりの公務員っぽい乾杯の挨拶に、三人が小さく噴き出した。
村長の悪い影響を、トウルもしっかり受けていたことに気がついたからだ。
「ちょっとトウルさんにミリィ。何かおじさんくさいよー」
「何言ってるのクーデ。クーデが子供っぽいだけよ? 私達は保安員でトウル様は錬金術師、お互いに働く大人としての対応なの」
「子供っぽい言うなー! 私だっていっぱしの保安員なんだよ? ミリィより、討伐実績あるんだし!」
「ふふ、そういうすぐに張り合おうとする反応が、子供っぽいって言ってるの。そんなクーデが私は大好きだけどね」
「うぐ……けなされてるのか褒められてるのか分からないせいで、怒るに怒れない」
ブドウジュースを持った二人が、いつもの楽しそうなやりとりを繰り広げている。
後五年もすれば持っている物がジュースからワインに変わることに、トウルは楽しみにしていた。
もう少し大人になっても変わらないのか、酔っ払い始めたら立場が逆転してしまうのか、それとも二人とも村長のようにはっちゃけるのか。
その時は一緒に飲んでみたいな。とトウルは自分のジュースを口につけながら思った。
「で、先輩。さっきの話しなんですけど」
「まずは、これ食べてからな?」
「実家では食事は静かにと言われていて。それに、皆で一つの皿からとった経験が……」
「なら、こういう世界もあるってことの勉強だと思えばいいさ。ほら、取り分けてやるから」
トウルは取り皿にレベッカの分を小分けし、彼女の前に置いた。そして、続けてリーファとミスティラの分をよそい、最後に自分の分を用意した。
「あれ? トウルさん私のは?」
「クーデは自分で好きなだけ盛りたいタイプだろ?」
「あはは。良く分かってるね。でも、トウルさんによそってもらうのも悪くないんだけどなー。仲間はずれはちょっと傷つくよ?」
「うっ、軽い冗談のつもりだったけど悪かったよ。お詫びに量は多めにするぞ?」
「完璧ッ!」
クーデリアがすがすがしい笑顔で親指を立てたので、トウルは苦笑いを抑えられなかった。
子供っぽいと言われることが嫌いなクーデリアだが、その子供っぽさがトウルは大好きだった。
皆の分が行き渡り、トウルも自分のセロリにフォークを刺した。
口に運ぶと、ほどよい塩気とピリッとしたコショウの刺激、そして、ごま油の甘みと香りが口の中に広がった。
レモンの酸味と爽やかな香りがセロリの青臭さを消してくれて、強い香りが苦手な子供でも食べられるように工夫がしてある。
「美味しいねお父さん」
「だな」
リーファがフォーク片手にトウルに微笑みかけると、トウルも笑顔で頷いた。
トウルはレベッカの方にむき直すと、もう一切れ自分の口の中に運んだ。
「レベッカも食べてみな。美味いぞ。この村は喋っても誰も文句なんて言わないからさ。むしろ、喋らないと文句言われるぞ? 俺、初めてここで食事した時、踊らされたんだぜ?」
「踊ったんですか!? あの先輩が!?」
「そこまで驚かれることなのか……」
「あぁ、ご、ごめんなさい。うぅ……先輩がそこまで言うなら、いただきますっ!」
レベッカが目を瞑り、恐る恐る口の中にセロリを入れようとしている。
その様子で、トウルは自分の気遣いが間違いだったことに気がついた。
「あっ! しまった。レベッカってセロリ苦手だったか!?」
「あむっ!」
トウルの制止も虚しく、レベッカがセロリを口の中に入れてしまった。
「あ、あれ? 意外と食べられますね……。苦手で長いこと食べていなかったのですけれど、何とか食べることなら……」
「はは……あはは……。苦手なら貰おうか?」
トウルはホッとすると、乾いた笑いが出た。
まさか、好き嫌いで手を止めていたなんて考えてもいなかった。
ただ、トウルの気遣いはまたしても水泡に帰した。
「あはは。れーちゃん、セロリきらいなのー? 子供だー」
リーファがセロリを食べながら、無邪気にレベッカのことを笑った。
ただでさえ花火の件で、因縁のあるリーファからの言葉だ。
レベッカはリーファの煽りを受けて、闘志を燃やしたかのようにセロリを口に一気に流し込んだ。
「セロリが何よ。食べられるわっ!」
「おー、すごい食べっぷり。れーちゃんすごい! リーファも負けないぞー。いっぱい食べて早く大人になるんだー」
若干、涙目になっているレベッカにトウルは心の中で手を合わせた。
そして、彼女を助け出そうと、トウルはようやく本題を切り出した。
緊張も良い意味でほぐれているだろうし、今なら素直に聞いてくれると思ったからだ。
「レベッカ。リーファが俺にくれたのは、さっきのハイラルさんが見せてくれたよ」
「え?」
トウルの言葉でレベッカは手を止めると、真剣な顔をトウルに向けた。
「中央に戻るための道具を考えたり、風邪をひいたりして、自分のことで一杯になってた時に、リーファが思い出させてくれたんだ。自分の作った物で人を喜ばせるっていう気持ちをさ。道具を作る側も、そういえばこんな風に笑ったんだってさ」
「それぐらい今の私にだってあります」
「なら、自分のことだけじゃなくて、人の話もちゃんと聞くべきだ。道具を欲しがる人達は何か困った事がある。でも、その解決のために自分の技術を押しつけるだけじゃダメなんだ」
レベッカはまだ納得しきれていないのか、黙ってトウルの目を見つめてきている。
トウルは机の上においてあったナイフをひょいっと持ち上げると、刃の部分を指さした。
「ハイラルさんが新しい包丁欲しがっている時に、切れ味が良くて何でも切れるからって言って、剣みたいな包丁を渡しても困るだろ?」
「……まぁ、そうですね」
「それに、その包丁でパンを切りたいのか、肉を切りたいのか、野菜を切りたいのか、用途がある。そのための道具を渡すことで、彼らは問題が解決出来て喜ぶんだと思うんだ。リーファはどんな物が欲しいか知るのが天才的に上手くて、人を喜ばせることを第一に考えて錬金術をしているんだよ。俺達は上司とか同僚の顔しか見なかっただろ?」
「でも、一人一人の用途に合わせていたら、多くの人を幸せにすることなんて出来ません。先輩みたいな最高位の錬金術師には、最大公約数の道具を作って多くの人を助ける仕事だってあるじゃないですか」
レベッカの言い分ももっともだった。
個人では無く、全体の生活水準を底上げするような革命的な仕事をすることも、錬金術師の大事な役割だ。
ただ、そういう意味で言えばへたをしたらリーファは誰よりも最高位の錬金術師の知識と経験を引き継いでいる可能性がある。でも、トウルはリーファが生まれの才能だけで勝ったと思いたくなかったし、今のリーファだからレベッカにトウルの学んだことを教えてあげられると思いたかった。
「あぁ、その通りだ。だから、俺は両方やろうと思うんだ。俺は今まで中央で全体をよくするための研究をしてたけど、今はこの村で個人が持つ感情や問題を学んで、新しい道具を作る力にしようと思ってる」
「……欲張りですね」
「リーファの師匠として、そこらの錬金術師より上でいたいからな」
トウルは照れたように笑うと、頬を三度かいた。
酒も入っていないのに、語ってしまったことがどうも恥ずかしく感じてしまっている。
その気恥ずかしさを飛ばすために、トウルは師匠の言葉を引用した。
「錬金術師は謙虚であり、傲慢であれ。師匠が昔言ってたんだ。どっちが欠けても、ありすぎても、新しい物は作れないってさ。今なら、何となく分かるよ」
「それで、そこまで言うんだったら、先輩もすごい花火作ったんですか?」
レベッカが疑いと不満の入り交じったような目をトウルに向けると、トウルは笑顔で首を縦に振った。
「あぁ、もちろん。この後、試射するよ」
そう言ったトウルの顔を、レベッカは目を丸くして見つめてきた。
「中央にいた頃から、俺は有言実行をしてきたつもりだぜ?」
「はぁー……やっぱりまだ敵わないなぁ……」
「なんのことだ?」
「なんでもありません」
レベッカはぷいっとそっぽを向いてトウルの話を打ち切った。
かわりに、リーファが期待のこもった視線をトウルに向けてくる。
「お父さんの花火みれるの!?」
「うん。楽しみにしてろよー」
「うんっ! 設計図も後で教えてね!」
「あはは。さすがリーファだな。そっちに興味があるあたり、立派な錬金術師だ」
錬金術師としてのメッセージを込めた花火を、後輩と弟子に見せるのが俄然楽しみになったトウルだった。




