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娘VS後輩の錬金勝負。決着

 ちょうど日が暮れる頃に、リーファの花火も錬成が終わった。

 トウルはレベッカとリーファの花火を工房に流れる川の対岸に運び、打ち上げの準備をしていた。

 レベッカはとにかく大きい球状の花火で、リーファは大小さまざまなサイズの花火を錬成していた。


「打ち上げ準備完了だー。ミリィ、審査する精霊はいるか?」

「えぇ、六属性全ての精霊が見守っているわ」

「よし、打ち上げるぞー」


 トウルは打ち上げる花火を作った人の名前を言わずに、打ち上げ筒から出ている導火線にライターで火をつけた。

 導火線についた火がジリジリと進んで行き、筒の中へ入る。

すると、丸い大きな花火が夜空に向かって白い光を帯びながら打ち上がった。

 身を震わせるほどの巨大な音とともに、七色に輝く大輪の花が夜空に咲いた。

 紫色、青色、水色、緑色、黄色、オレンジ色、赤色の球が層状に重なったかと思えば、互いに行き交うように火花が散った。

 万華鏡の模様のように複雑で、きらびやかなとても派手な花火だ。


「すっごーい! きれー! れーちゃんすごい!」


 対岸にいるトウルに届くくらいリーファがはしゃいだ声を出している。

 クーデリアとミスティラも笑顔を空に向けたまま、拍手をしていた。


「どうですか先輩? 私に派手な物作らせたらすごいでしょ? 見直しました?」


 レベッカが大口を叩くだけのことはある。

 大胆に見えて、かなり繊細な計算に基づいて設計されたことが良く分かる花火だった。


「派手さを求めたら、レベッカはやっぱりすげぇなぁ。って、おい! 自分で言ったらせっかく名前伏せた意味がないだろ!?」

「へへーん。大丈夫です。この華やかさを見れば、もう誰だっていちころですから!」


 レベッカの言う通り、花火の出来は思わずトウルを唸らせるほどの物だった。

 技術で言えば、トウルの真似をしていない時の、リーファより上の可能性がある。

 自信満々に誇って良い腕だ。


「次リーファの花火いくぞー」


 トウルは続けてリーファの花火に火をつけた。

 リーファの花火の導火線は途中でいくつかに分岐し、分岐した先によって火の進む速度が変わっていた。

 その中でも最も早い四つが空に打ち上がると、四つの花が空に咲いた。

 赤、緑、黄、青、喧嘩すると言われた色は対角線上に配置されている。

 そして、最初の花が合図だったかのように、次々と花火が打ち上がっていく。

 花火が消えかけては、隣に次の花火が開いていく様子は、四つの花がまるで回転して踊っているかのように見えた。

 花火の輪っかが一回転すると、最後に一番大きな筒から巨大な花火が打ち上げられ、円の中央で四色の光の球が弾けて散った。

 精霊がそれぞれの力で空に祝福をしているかのような、そんな光景にトウルは息を忘れた。


「お父さんー。リーファの花火どうだったー?」


 笑顔で手をふるリーファにトウルはすぐ返事を返せなかった。

 どんな言葉も陳腐に思えてしまう。それほど、トウルはリーファの花火に見とれていた。


「お父さんー?」


 後輩がいることや、まだ精霊の審査があることを忘れて、トウルはリーファの呼び声を聞くと川岸を全速力で走り、彼女の元へと戻った。

 そして、息を整える間も無くリーファの頭に手を乗せると、彼女の頭をなで回した。


「綺麗だった。よくあれだけのものを作ったな。すごいぞリーファ」

「えへへー。でも、本当はお父さんと一緒に並んで見たかったなぁ」

「祭りの日は一緒に見よう。絶対に。約束だ」

「わーい。やった。約束だよ!」


 他人がいる前で親バカっぷりを発揮したトウルは、リーファの笑顔以外視界に入っていなかった。


「あのー。トウル様、審査結果聞く必要あります?」


 苦笑いを浮かべるミスティラがトウルを突っついて、トウルはようやく我に戻った。


「あ、あぁ、すまん。精霊達の評判はどうだった?」

「思ったよりおちびちゃんもやりましたけど、私の勝ちでしょう? 確かに動いたのには驚かされましたけど、私の方が迫力と優雅さと美しさで、遙かに上をいっていましたもの」


 頭をかいて笑うトウルと腕を組んで勝ち誇るレベッカが、同時にミスティラに審査の結果を尋ねた。


「私個人としては甲乙つけがたい所で、個人的にはレベッカさんの花火が好きです。大きくて綺麗だったので、あれが何発も打ち上げられたらすごいだろうなって思います」

「ふふん。でしょ? やっぱりあんた分かってるじゃない」


 ミスティラに褒められてレベッカは、どこか上から目線だったが純粋に嬉しそうに笑っている。

 その笑顔に応えるようにミスティラもニッコリと微笑んだ。


「でも、精霊達の評価はリーファの花火でした」

「でしょ? さ、先輩、中央に戻りましょ――え?」


 トウルに手を差し出そうと、レベッカが組んだ腕を解いたタイミングで、彼女は硬直した。


「ちょっと待って。精霊の評価はおちびちゃんってどういうこと?」

「んー、今なら一体ぐらい出せるかしら。火の精霊よ。顕現せよ」


 ミスティラが杖を掲げて言葉を発すると、ミスティラの足下に三本の尻尾が生えた狐のような小動物が現れた。

 身体は赤色の光を帯びていて、長細い翼はぼんやりと向こう側が透けて見える。


「この子以外にも水と風と土、そして光と闇の精霊が集まっているのですが、彼らは自分の色が好きなんです」

「これが精霊。本当にミリィが描いた絵と同じ姿だな」


 トウルは思わずしゃがみこんで、珍しい虫を発見した少年のように、色々な角度から精霊の姿を見回した。


「わー。精霊さんひさしぶりー」


 トウルに続いてリーファもしゃがみこむと、昔からの友達のように声をかけていた。


「私も久しぶりに見たなぁ。うん、やっぱりかわいいなぁ。あーあ、私もずっと見れたらなー」


 クーデリアまでもリーファと一緒になって精霊を囲み、指で顎をくすぐっていた。

 もはや勝負のことなど完全に忘れているトウルの頭の上から、ミスティラの呆れた声がした。


「あの、皆様。私、まだ選評の途中なのですけれど?」

「あ、悪い。つい、好奇心が」

「ごほん。では、気を取り直して。レベッカさんの花火は確かに綺麗でした。でも、精霊達は自分の色が主役になって踊っているリーファの花火が好きだったようです。この子達は結構自己主張が激しいですから、それに合う花火が受けたんだと思いますよ」


 クーデリアの選評はトウルの予想していた通りの物だった。

 お題は美しい花火でも派手な花火でもない。精霊が喜ぶ花火だった。

 そのお題を理解しようと努力を払ったリーファが勝利するのは、当然だとトウルは思った。


「そんな……このレベッカ=グレイスがこんな小さな見習いに負けるなんて……。何かの間違いよ。だって、私は……やっぱり……ダメなの?」


 レベッカは事実を認められない様子で、俯きながら握り拳を震わせていた。


「レベッカ。多分俺もな、中央から来たばかりだったら、今のリーファに負けてたと思うぞ?」

「下手な慰めはやめてくださいよっ! 大口叩いた癖にって笑えばいいじゃないですか」


 トウルの言葉に、レベッカは目をこすりながら叫び返してきた。

 レベッカのプライドをへし折ったのはトウルだ。

 その自覚があったトウルは怒ることなく、静かに彼女と向き合った。


「笑わないさ。大口を叩くだけの技術はあった。センスもあった。ただ、村に来る前の俺や今のレベッカには、足りないものが一つだけあった。その差だ」

「なんなんですか!? やっぱ才能ですか!? それとも努力ですか!?」


 目を赤くしながら喚くレベッカの言葉に、トウルは首を横に振った。


「道具を欲しがる人の笑顔を見てなかっただろ。俺達は研究室に閉じこもって、自分が思う最高の物を作ろうとしていた。作って見えるのはゲイル局長の真顔と決済の判子だけだったろ?」

「……最高の物を作れば、それで喜んでくれるはずです。先輩はそうしていたじゃないですか」

「その考えは変わってないよ。ただ、誰にとって最高かが抜けているだけだ。意地悪したお詫びに晩ご飯をおごるからついてこいよ。リーファを見てれば、それが分かるから」

「……先輩のおごりですか?」

「あぁ、好きな物頼んで良いよ」

「分かりました……お付き合いします」


 レベッカが落ち着きを取り戻すと、トウルはホッとため息をついた。

 ただ、同時に背中に妙な寒気が走るのを感じてしまった。


「ねぇ、トウルさん。リーファちゃんと私達はー?」

「そうですよトウル様。私がいなければ、どうなっていたと思うんです?」


 クーデリアとミスティラからおねだりの言葉をかけられトウルが振り向くと、彼女達はリーファと手を握って、ニコニコとした笑顔を浮かべていた。


「ま、待て。お前ら二人はっ――」

「わーい。みんなでご飯だー。みんなで食べるとご飯おいしいよねー。お父さん」


 リーファが二人の手を上下に振りながら喜んでいるのを見て、トウルは言葉を引っ込めざるをえなかった。

 ここで断ったらリーファは間違い無く落ち込んでしまうだろう。


「そ、そうだな。はぁー……。クーデ、ミリィ、頼むから今回は節度を持って注文しろよ?」


 クーデリアとミスティラは食が細そうに見えて、成長期なのか軽く二、三人分の量を注文した前科がある。

 トウルはツケ払いになりかけた記憶を思い出して、あらかじめ釘を刺したのだ。


「やっりぃっ! さすがトウルさん。話しが分かるね」

「ありがたくごちそうになりますわ。トウル様」


 リーファの手を握ったまま、空いた手でハイタッチするクーデリアとミスティラに、トウルは苦笑いしながら頭をかいた。


「リーファちゃん、いっぱい食べようね」

「うんっ」


 クーデリアがしゃがんでリーファとハイタッチすると、ミスティラも後に続いてリーファとタッチした。

 盛り上がった三人は何を食べたいか楽しそうに好き勝手言い合っている。

 そんな光景を見て、トウルは二人にまんまと乗せられてしまったと気付いたが、特に悪い気がしなかった。

 きっと、リーファが嬉しそうに笑っているからだろう。


「まぁ、これはこれで良いか」


 トウルが穏やかな笑顔で呟くと、レベッカが不思議そうな顔で見つめてきた。


「先輩のそんな顔初めて見ました」


 トウルからすると、中央にいた時はレベッカのような顔をしていたのだろうな。という気持ちを抱いていた。


「俺、中央にいた時、そんな酷い顔してたか?」

「開発局の中にいた時の先輩って、ずーっと真顔で、たまに笑ったと思ったら、なんか魔王の高笑いみたいな笑い方してましたよ」

「……予想より酷かったな」

「真似しましょうか?」

「……止めてくれ。リーファが真似したら困る」


 大まじめに尋ねるレベッカに、トウルはため息をつきながら断った。

 周りの人間が必死に結果を出そうとしている空間では、笑うことは確かに少なかった。

 その中で笑ったのは、スランプを脱した時や新しい閃きがあった時ぐらいで、テンションが妙に上がっていた時だとトウルも認めている。

 だが、魔王の高笑いと言われるほど怖い笑い方をしたつもりはなかった。


(三人が食いつく前にさっさと行くか……)


 トウルは話を区切るように手を叩いてみんなの注目を集めると、揃って宿屋に行くことを提案した。


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