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娘VS後輩の錬金勝負2

「あぁ、言い忘れてた。勝負するのは俺じゃなくてリーファだ」

「なっ!? 先輩それはいくらなんでも私をバカにし過ぎじゃないですか!?」

「バカになんかしてないさ。俺は大まじめだ」


 レベッカが胸に手を当てて、今にも泣きそうな表情を浮かべている。

 それでも、トウルは表情を崩さずに真っ直ぐレベッカの目を見つめた。

 数秒間、トウルと真っ赤になったレベッカが見つめ合うと、レベッカの方から口を開いた。


「先輩もそんな風に私のこと思ってたなんて……もう良いです。帰ります」


 レベッカは目元を袖で拭うと、がっくり肩を落として工房から立ち去ろうとした。

 レベッカが扉に手を掛けて外に出ようとすると、トウルは棚からタンブラーとカラフルな角砂糖のようなものが入った瓶を持ち上げて、彼女に声をかけた。


「レベッカ。俺はリーファがいたからこのキッチンポットを作れた。お前も錬金術師なら、もっと正面から道具に向き合え。さっきの勝負はいつでも受けるから、気持ちが乗ったら勝負しにこい」


 トウルの声にレベッカは振り向くこと無く工房から出て行く。

 その様子を隅っこで一部始終黙って見ていたクーデリアは、落ち着かなさそうにトウルに近づいた。


「あ、あのトウルさん。本当にあれで良かったの?」

「うん。多分すぐ勝負しに帰ってくるよ」

「って、そっちも気になるけど、リーファちゃん勝てるの? だって、相手はトウルさんと同じ国家錬金術師なんだよね? さすがにムリがあるような」


 クーデリアの不安はもっともな物だ。

 それでもトウルは安心したような微笑みを浮かべている。


「技術的にはレベッカの方が上だろうな。デザインの派手さに関しては、さすが貴族って感じで俺より上だし。ほら、俺はどっちかって言うと機能美を追求するタイプだから」

「いやいや、花火だよ? 派手な方が良いんじゃないの? 中央のお祭りの花火は大きいのが売りだったよ?」

「中央はな? でも、今回のお題は精霊の喜ぶ花火だ」


 質問攻めにしてくるクーデリアに、トウルは含みのある答えを返した。


「んー……、大丈夫かなぁ」

「リーファは誰かのために。っていうのが得意な錬金術師だからさ。大丈夫だよ」


 クーデリアがまだ納得していないように唸ると、トウルはきょとんとした目で見上げてくるリーファの頭を優しくなでた。

 リーファの才能を活かせば、国家錬金術師相手にも勝てる道具を作ることが出来ると、トウルは信じている。


「はぁー。やっと来られましたわ。そう言えば、クーデと別れた後、茶髪の女性の方に道を尋ねられたのですけれど、ちゃんといらっしゃいました?」


 呼び鈴の音とともに、礼儀正しい少女の声が聞こえた。

 村の魔法使いでクーデリアの幼なじみのミスティラだ。

 広い唾の黒帽子を被り、真っ黒なローブを羽織った少女が店の入り口に立っている。

 髪の毛はウェーブが少しかかった金髪で、目は緑色の瞳を宿している少女だ。


「あぁ、レベッカはミリィが案内してくれたのか」

「やはりお知り合いでしたか。でも、姿が見えないということは、入れ違いになっていまいましたわね」

「またすぐ戻ってくると思うよ。それよりも、精霊の喜ぶ花火について教えて貰えるか?」

「早速ですわね。良いですよ」


 ミスティラはトウルの言葉に帽子を取って頷くと、トウル達の近くの椅子に座って精霊について語り始めた。


「精霊はそれぞれ火、水、土、風、そして、光と闇に宿りますわ。それぞれ好みがありまして、火は赤色、水は青色、土は黄色、風は緑色が好みです。光と闇は色のコントラストが好きですね。彼らは自分の色が舞うのを見るのが好きなんです。だから、夜空に大きく咲く花火を見るのが大好きなんですよ」

「へー。自分の色が好きなんだね。でも、みーちゃん、精霊さんはたくさんいて、好きな色が違うんだよね? 喧嘩しないの?」

「そうね。火と水の精霊は一緒にいることをあまり好まないし、土と風の精霊もやっぱり仲があんまり良くないかしら。精霊祭の花火は精霊に感謝を送る花火なので、あまり相性の良くない組み合わせの色で花火を作ると、へそを曲げるかも知れないわ」

「へー。そうなんだ。んじゃ、火の精霊さんと風の精霊さんは仲良いの?」

「えぇ、さっき言った仲の悪い組み合わせ以外は、結構仲が良いのよ? 風で火は踊るし、水は大地を潤してくれる。みたいにね。だから、この組み合わせの色を使うのは喜んでくれるわ」

「へー。精霊さんも友達と一緒が良いんだねー」


 ミスティラとリーファのやりとりで、トウルは依頼の内容がハッキリしていくことを感じた。

 やはり普通の花火では無くて、花火の組み合わせが鍵になる依頼だ。


「えぇ、精霊は楽しいことが好きだから、踊りとか音楽とかも好きなのよ。今年はトウル様のおかげで、花火と踊りと音楽の三つが揃った精霊祭が出来そうね」


 期待とちょっとしたS気が込められたミスティラの視線が、トウルに向けられる。

 また、何か悪戯でも思いついたようなミスティラの表情に、トウルは苦笑いを浮かべた。


「悪戯は勘弁してくれよ?」

「ふふ、仕事の邪魔はしませんわ。さすがにそこは弁えています。ただ、トウル様なら例年以上に盛り上げてくれると期待しているだけですわ」


 トウルはミスティラの様子に若干の不安を覚えつつも、頭の中で花火の設計図を描いた。

 精霊は意外と自己主張が強くて、友達と一緒に楽しめる物がお好みな客らしい。

 そんなお祭り好きな彼らにぴったりの案をトウルが思いついた瞬間、工房の扉が勢いよく開かれた。

 レベッカが無言で茶色い髪を振り乱し、大股でカツカツと音を立てながら店の中に入ってくる。


「先輩! もう列車便が無いんですけど!」


 トウルの目の前でレベッカは目に涙を溜め、顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 あまりにも予想通りだった反応に、トウルは笑いをかみ殺しながら勝負の話を振った。


「うん。だろうと思って戻ってくるのを待っていたよ。あぁ、紹介しよう。今回、花火の出来を審査してくれる魔法使いのミスティラだ」

「先ほどはどうも。魔法使いで保安員やっています。ミスティラです」


 ミスティラが頭を下げると、レベッカは思い出したかのように相づちをうった。


「あー、さっき道を教えてくれたあなたが魔法使いだったのね。言われてみれば、それっぽい格好してるし納得」

「うふふ。見るからに派手で貴族っぽい格好ですね。どこかの良家で、箱入り娘として大事に育てられたお嬢様でしょうか?」

「へぇ、見る目あるじゃない? グレイス家三女のレベッカ=グレイスよ」


 ミスティラの皮肉に気付かず、レベッカがポーズをとって自己紹介をする。

 ミスティラの黒い笑顔と、レベッカの高慢な笑顔が両方目に入ったトウルは後悔を覚えた。


(会わせちゃいけない二人を会わせた気がする……)


 ミスティラの皮肉が通じたら犬猿の仲になりそうな二人に、トウルは冷や汗をかきはじめた。

 二人の間に火が点く前に、トウルは急いで話題をそらすことにした。


「レベッカ。勝負受ける気になったか?」

「はい。明日まで帰れないのなら逆に好都合です。先輩の帰り支度をする時間が出来ました」

「それじゃ、錬金炉を貸すよ。素材も自由に使って良い」

「先輩こそ約束守って下さいよ? 私がそのおちびちゃんに勝ったら、中央戻って貰いますからね?」

「あぁ、約束は守るさ。製図室の案内をするよ」


 レベッカに強い目で睨み付けられるも、トウルは余裕の表情で彼女を製図室へと案内した。

 そこから先は勝負の世界だ。トウルは彼女の設計図を見ること無く、下の階に降りた。

 すると、下の階で待っていたミスティラがトウルに疑問を投げかけた。


「あのトウル様、おちびちゃんに勝ったら中央に帰るって何のことですか?」

「ん、リーファが花火を作って、レベッカと勝負するんだよ。どっちの方が精霊に喜ばれるかってさ。で、リーファが負けたら俺がリーファと一緒に中央へ戻るって勝負」

「トウル様も意地悪ですね……」


 呆れたように笑うミスティラに、トウルは肩をすくめた。

 ミスティラの言う通り、トウルはレベッカに対して意地悪をしている自覚がある。


「お父さん、リーファが負けたら本当に中央にいくの?」


 するとようやく事態を飲み込めたのか、リーファが不安そうな顔でトウルを見上げてきた。

 トウルはそんなリーファの頭に手を置くと、しゃがんで目線を合わせて微笑んだ。


「大丈夫。リーファ、さっきのミリィの言葉を良く考えながら、精霊が喜ぶような花火を作れば良い。そうすれば、リーファは負けないよ。俺の弟子だし、俺の娘だからさ」

「うんっ、リーファがんばるね。よーっし、れーちゃんには負けないぞー。精霊さんが喜ぶ花火つくろー」


 トウルの応援にリーファは両腕でガッツポーズをとって応えると、ペンを持って下書きを始めた。

 その頼もしい姿を見れば、トウルは安心してリーファを見守ることが出来た。


「あ、あのさ、ミリィが審査するから、リーファちゃんは絶対勝てるんだよね?」


 トウルとリーファの後ろで、クーデリアがミスティラに不安の声を漏らしている。


「クーデ何を言っているの? 私もトウル様もそんな卑怯なことをするつもりはないわよ?」

「へ? じゃ、まさか、リーファちゃんが負けて、村を出て行っちゃうこともあり得るの?」

「そうね。精霊次第だけど。あのお嬢様を精霊が気に入ったら、そうなるでしょうね。あの人はきっと優秀だもの」

「大変なことなのに、のんきに言ってる場合!? リーファちゃんの応援してあげようよ」

「もう十二分にしたわよ。後は待つだけ」


 慌てるクーデリアに対して、ミスティラは冷静だった。

 彼女の言うとおり、トウルもリーファも十分過ぎるほどのヒントを貰っている。

 そのヒントを活かす才能をリーファはしっかり持っていた。

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