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娘VS後輩の錬金勝負1

 村長が帰った後、トウルとリーファは錬金術で作る花火の設計図を本から学んでいた。

 物質が燃えた時に生じる炎の色と、その組み合わせが花火の基本だ。

 見せたい色によって配合を変え、爆発したときに見せたい形によって中の火薬の詰まり具合を変える。

 その基本に錬金術によって色々な効果を付加していこうと、トウルは考えていた。

 ただ、どのような効果を付加するかは、全く決まっていない。

 トウルはリーファに教えながら思案を広げていると、来客の鈴の音とともに、元気の良い挨拶が飛び込んできた。


「やほー。村長に言われて遊びに来たよー」

「いらっしゃい。クーデ」


 腰に剣を二本ぶら下げ、茶色いマントを羽織る冒険者風の少女がトウルに声をかけてきた。

 赤いセミロングの髪に、ぱっちりとした瞳。背はそこまで高くなく、しなやかな身体付きだ。

 クーデの愛称で呼ばれる少女、クーデリアは十五歳ながらも村の保安員として、魔物退治や村のパトロールをする警察組織の人間だ。


「あれ? クーデだけか?」

「ん、あぁ、ミリィはちょっと遅れるって、精霊祭の巫女の確認もあるからさ」

「一応聞くけど、精霊祭で実体化する精霊って本物なのか?」

「うん、本物だよ? ミリィの魔法をお手伝いしている精霊の子も見たことあるし」

「中央じゃ見たこと無かったなぁ……」

「ミリィが言うには、精霊はこういう自然の多い所が具現化しやすいんだってさ」

「へぇー」


 中央へ保安官になるために修行に来ていたクーデリアまでもが、精霊を見たと言ったことで、トウルも本当に精霊を目で見えるのではないか、と思い始めていた。


「でも、精霊って魔法使いの素質を持った人しか見えないんだろ?」

「なんかねー。年に数回、精霊の力が強まって素質の無い人でも見えるようになるんだって。その日に祭りの日をあわせてるんだよ」

「そういう物なのか。中央ではそういう日があるって聞いた事もなかったな。何というか俺にとっての精霊は、言葉に反応して爆発する目に見えない爆弾みたいな感覚だったから」

「あはは……それミリィが聞いたら怒りそうな台詞だね。ミリィと一緒にいる精霊は羽根の生えた狐みたいな感じだったよ?」


 クーデリアが苦笑いしているが、トウルに悪気があった訳ではない。

 実際魔法を目の前で見ると、道具も何も使っていないのに、突然に炎や氷が現れるのだ。

 戦うときは自分で作った道具を使うトウルにとってみれば、道具も無しに爆発をさせる魔法は、目に見えない爆弾のような物のように映っていたのだ。

 それでも、クーデリアの言葉は精霊が実在することを仮定するには十分なほどの証言だ。

 そこでトウルは過去の祭りの状況を聞いて、精霊祭でどんな花火を見たか聞くことにした。


「魔法使いと精霊か。なぁ、クーデ。精霊祭ってどんな花火が打ち上げられたんだ?」

「いや、私も小さい頃に見ただけだからなぁ。覚えてないんだ。錬金術師がいなくなっちゃって、予算も減って花火買うのも出来なくなってからは、色のついたマントみたいのを着る踊りだけになったし。それでも十分に精霊は楽しそうだったけど」

「なるほど……。クーデも分からないとなると、やっぱりミリィに聞かないとダメか」


 考えても仕方が無さそうなことに、トウルはため息をつくと階段の方へと振り向いた。


「クーデ、お茶を用意してくるから、そこらへんに座ってゆっくりしてってくれ。リーファもキリの良い所でクーデと遊んでて良いよ」

「はーい。くーちゃんは今年のお祭り何やるのー?」


 リーファとクーデリアの楽しそうな声を背中に受けながら、トウルは階段をゆっくりあがっていった。

 トウルが一人でお茶の準備をしに、工房二階のキッチンへと向かったのには理由がある。


「祭りかー。わたあめだろ? フランクフルトだろ? 焼きトウモロコシもあるな。リーファは喜んでくれるかな?」


 そう呟きながら茶葉を用意するトウルの顔は、子供のように輝いていた。

 仕事を依頼されて、リーファに指導をする手前、彼女達の前でトウルは舞い上がることが出来なかったのだ。


「祭りと言ったら素材屋の特売や掘り出し物もあるよな! 鉱山の村だと珍しい鉱石とか宝石とかあるかな? あ、春になったし山の植物なんかも良いなぁ」


 錬金術師らしい祭りの楽しみ方をしつつ、トウルはお茶の準備を進めていく。

 心が躍っているせいか、ミスティラに譲って貰ったお茶の香りがいつもより良く感じられた。

 後で来る魔法使いミスティラの分も加えて、トウルは四つのマグカップをお盆にのせて一階の店に降りた。


「お待たせ――」

「先輩……? 本当にいた!」

「へ……?」


 下に降りると、村にいないはずの女性が店の中にいた。

 肩まで伸びるストレートの明るい茶髪に、黄金のような瞳の色。

 肩を露出した黒いドレスの上には、高そうな金色の刺繍が施された赤いコートを羽織っている。

 彼女の出で立ちは貴族のお嬢様そのものだ。


「え、レベッカ? レベッカ=グレイスか? って、なんでこの村にレベッカが来てるんだ?」

「ねー、お父さん。あの人だれ?」

「あ、あぁ、レベッカ=グレイス。俺の前の職場に去年入ってきた後輩なんだけど……」


 トウルは目をこすると戸惑い気味にリーファの疑問に答えた。

 歯切れが悪いのには理由がある。トウルはレベッカのことがあまり得意では無かったからだ。


「グレイス家三女レベッカ=グレイスよ。覚えていただけたかしら? おちびちゃん?」


 右手を胸にあて、気取ったポーズをレベッカはとっている。

 トウルには下手に出る癖に、他の人にはやけに高慢な態度を見せるレベッカのことが、トウルは苦手だった。

 全く変わっていないレベッカの様子に、トウルはたまらずため息をついた。

 リーファがレベッカの言動を真似しないかと、トウルは心配したが、彼の予想以上にリーファの癖は強かった。


「へー。れーちゃん、よろしくー」

「れ、れーちゃん?」

「うん。レベッカだから、れーちゃん」


 にへらーっと笑顔で愛称を決めたリーファに、さすがのレベッカもたじたじになっているようだ。

 レベッカはぱちぱちと瞬きをしながら、信じられない物をみるような目で、リーファのことを見ている。


「リーファはリーファだよ。お父さんに錬金術を教えて貰ってるの」

「へぇ。あんた錬金術師見習いなの? って、おかしいでしょ? ゲイル局長はこの村には先輩以外の錬金術師はいないって言ってたし」

「うん。だから、お父さんに教えて貰ってるの。ね、お父さん」


 リーファはトウルの方に振り向くと、とてとてと跳ねてトウルの隣に戻ってきた。

 幸せそうなリーファの笑顔に釣られて、トウルも頬を緩めながら頷く。

 ただ、レベッカは一人だけ無表情でカクカク動きながらリーファとトウルを見比べていた。


「あ、あの、先輩……? 今、私の勘違いじゃなければ、この子、先輩のことお父さんって呼びました?」

「あぁ、そっか。レベッカにはこの前の公開公募後に会ってなかったか。うん、紹介するよ。うちの娘のリーファだ」

「せ、先輩。リ、リーファさんはおいくつですか? というか、先輩って今おいくつでしたっけ? 私の記憶では二十歳だったかと……」

「二十だよ。ちなみにリーファは七歳だ」

「十三歳の頃の子供っ!? 先輩学校行きながら子供育てたんですか!? 貴族でもないのによくそんなことが出来ましたね。さ……さすがは先輩。私のライバルと認めた方です」


 レベッカが半歩下がりながら、赤く染まった顔を腕で隠している。

 明かなレベッカの勘違いに、トウルはため息をついた。


「んな訳あるか……。先月の公開公募の時に養子になったんだ。かわいいだろ?」


 トウルはリーファの頭に手を乗せると、歯を見せながらニカッと笑った。

 さりげに平民出であることをバカにされている気もしたが、トウルはその言葉をリーファのためにもスルーした。

 下手にリーファの出自に言及され、孤児であることをバカにされたらスルー出来ない自覚があったせいだ。


「養子? あぁ、なーんだ。驚いて損しました」

「……ってかホントに今日は何しに来たんだ? 観光だったら案内ぐらいするけど」


 トウルがレベッカに訝しむような目を向けて尋ねると、レベッカはトウルに近づくと、机の上に思いっきり手をついた。


「大事なことを伝えなければなりません」

「大事なこと?」

「先輩! 中央に戻ってきて下さい!」

「何かあったのか? 先月戻った時は、問題無くみんな仕事していたように見えるけど」

「大ありです! 問題だらけです! 先輩がいなくて張り合いがないんです! というか、先輩もこんな雑貨とか日用品しか作ってないじゃないですか! 先輩が作るのはこんなつまらないものじゃないです!」


 レベッカがまくしたてると、トウルはあまりの言われように苦笑いを浮かべた。

 彼女の言うとおり、トウルは兵器開発局にいた時に複雑な機械仕掛けの兵器を設計していた。

 そう言った物に比べれば遙かに簡易的な物だ。だが、だからといってトウルにとっては、薬も雑貨も食料もつまらない物とは思えなかった。

 村のみんなが喜んでくれる大事な道具達だ。


「相変わらずだなぁ。お前は」

「そこですよ! 以前の先輩なら、そこらの錬金術師じゃ作れない物を錬成できるから、俺はここにいる。とかって言ってたじゃないですか! それが、そこらの錬金術師が作れるような物作って、隠居生活とかどうしたんですか!? あの孤高の天才トウル=ラングリフはどこ行っちゃったんですか!?」

「お前俺を何だと思ってるんだよ……」

「優秀な錬金術師ですっ! 今すごく褒めたじゃないですか? 私も先輩みたいに自分だけにしか作れない物を作って、先輩をぎゃふんと言わせようと思ってるんですよ」


 レベッカがトウルを指さすと、火の点いたような真剣な目をトウルに向けてきた。

 レベッカの敵対的な態度と、褒め言葉とは思えない言葉に、トウルは頭を押さえた。


「そういう訳で先輩、中央に帰りましょう!」

「悪いな。レベッカ。俺は帰れないよ」

「何でですか!?」

「依頼を貰ったばっかりだからな。承ったのに急に断るのは、錬金術師として情けない」

「それなら、そこらの錬金術師をここに派遣するようお願いすれば良いんですよ! 王国に最高技術を持ったと認められた私達、国家錬金術師がやることではありません!」


 全く引く様子がないレベッカにトウルは、打開策を見つけるために思考を回転させた。

 すると、トウルの隣にいたリーファが突然トウルの袖を引っ張った。


「ねー、お父さん。れーちゃん、お父さんに似てるね?」


 リーファの言う通り、レベッカはトウルの言葉を意外と真似していた。

 トウルはそう思って、ぎゃふんと言わせたい。と言ったレベッカを見ると、あることを思いついた。


「なら、今ここで勝負してみないか?」

「勝負ですか?」

「あぁ、依頼品の試作をして、依頼者に満足して貰えるかどうかな。レベッカが勝てば、俺も中央に戻って、一緒に仕事をしよう」

「良いでしょう。先輩がいなかった数ヶ月で私も成長した所を見せてあげます。何を作るんですか?」


 トウルの申し出にレベッカは即答した。

 その即答振りにトウルは若干申し訳無さを感じつつも、リーファにとって良い経験になるような予感していた。


「作る物は精霊が喜ぶ花火だ」

「花火ですか? 余裕ですね。先輩、私をバカにしてます?」

「国家錬金術師のレベッカなら余裕だろうな」


 トウルのお題に、レベッカは胸を張って鼻で笑った。

 一流料理人にふかし芋を作ってくれというようなもので、作れない訳がないという余裕の表情をレベッカは浮かべている。

 しかし、その表情は悪意の無いトウルの一言で怒りの赤に染まり、震え始めた。


「あぁ、言い忘れてた。勝負するのは俺じゃなくてリーファな?」

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