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娘、初めての錬金術

 掃除で汚れたリーファを、ジライル村長は工房の温泉に連れて行った。

 父さん。と呼ばれた意味をトウルは未だに理解出来ておらず、とにかく気を紛らわせるために、二階に駆け上がり錬金炉の確認をしていた。


「うん。使えそうだな」


 高さ二メートルほどの円筒状の炉は、左右に三箇所ずつ材料の投入口がある。

 材料の投入口に素材を入れ、錬成する物体の設計図を入れることで、この錬金炉が筒の中で物体を分解再構築してくれる。

 錬金術師に必要な技術は、物体の知識と正確な設計図やレシピを作れる能力だ。もちろんデザイン感覚も必要で、総合的な物作りの技術が必要となる。


「錬金炉の調子はどうですかな?」


 背後から村長に声をかけられたトウルは、満足げな表情で振り向いた。


「問題無さそうです。明日からでも錬成物の販売はできるかと」

「それは何より。村長としての要望は、まずは医薬品の充実を頼みたい所です。列車便だけを頼りにする訳にはいかないので」

「……分かりました。まずは基礎的な医薬品を充実させます」


 トウルは村長の依頼に少し間を置いてから頷いた。

 初仕事としては妥当だし、難しくない内容だ。

 薬草の類いも温室で栽培されているし、わざわざ寒い外に出る必要もない。

 ただ、どうしても気がかりなことが一つある。


「リーファの件なんですが……。何故俺の事を父さんと?」

「ガハハ。あれはあの子の癖でしてな。名前の頭文字を伸ばして呼ぶ癖があるんです。トウル様ですからね。頭文字のとを取ってとーさんです」

「あぁ、ですよね。ビックリしましたよ。まさか、いきなり父親呼ばわりされるとは思っていなかったので、というか、村長。この村に住んでいるなら、孫娘を俺に預ける必要なんて無いはずでは?」


 トウルは父親になったというのが自分の誤解だと気付くと、ほっとしたように胸をなでおろした。

 ただ同時に疑問もトウルの頭をよぎったのだ。

 両親が祖父母に子供を預けるのなら分かるが、祖父母が赤の他人に子供を預けるのか?


「ガハハ。ワシはあの子のおじいさんじゃないですよ」

「え?」

「ワシの名前はジライル。トウル様と同じ要領で、じーさんです」

「そ、そうでしたか。なら、家族の方はどちらに? 娘を預かる手前、挨拶くらいしとかないと不味いですよね」

「……おりません。ですので、父親までは求めませんが、良き保護者として面倒を見て頂ければと思います。それがこの工房を使う条件です」


 村長が初めて声をあげずに、口だけで笑顔を浮かべた。

 それだけで、トウルはリーファの境遇を理解するには十分だった。

 リーファは孤児らしい。


「では、私はこれで失礼します。リーファの衣服は既に運ばせていますのでご安心を。あぁ、錬金術の素材を運ばせる保安員にも声をかけてあって、そろそろ来ると思うので、来たら挨拶しておいてください」

「はぁ。分かりました」


 村長が部屋を後にすると、トウルは大きなため息をついた。

 狸上司の策略で、雑務が増えていく。

 教育だけならまだしも、孤児の面倒を見るのは全くの素人だ。

 教会や他の村の孤児院にでも送れば良いのに。とトウルは喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込んだ。

 寒い部屋の中で冷たい独り言を呟いたら、余計冷え込みそうだと感じたからだ。

 外は風が強いらしく、窓ガラスが音を立てながら細かく震えている。


「はぁ……とりあえず、仕事しよ。寒いし……」


 明日からでも販売が出来るとトウルが言った手前、商品の準備を急がなくてはならない。

 有言実行だ。

 そう心の中で呟いたトウルは短く息を吐いて気合いを入れると、製図用の長い机の前に座った。

 そして、鞄の中から筆記用具と製図用品、そして薬の作り方が書かれたレシピ本を取り出した。


「とりあえず、風邪薬と傷薬でも作るか。環境の変化で俺が最初に風邪引きそうだ。やっぱ最北の村は寒い……」


 作る物を決めたトウルは机に銀色の紙を敷くと、まずは三本の線を縦、横、そして上に引いた。次に先ほど引いた線の内側に、液体の入ったビンの絵を描き始めた。

 トウルは立体感のある絵を描ききると、描いた絵の周りに、高さや半径など細かい数値を書き込み始める。


「採寸はこんなもんか。後は材料の変換式を書き加えてっと」


 風邪薬の投入素材は薬効を持つ植物、抽出用の液体が基本だ。後は容器となるビンを加えれば良い。

 アレンジも出来るが、まずは基本に忠実に作る。

 トウルは銀の紙に、植物の構成を分解。水で効力の抽出。ビンに入るよう濃縮率を五十と書き込んでいく。

 ノリに乗ったトウルは気分が高揚しているせいか、身体が暖かくなっていると感じ始めていた。


「とーさんも飲む?」

「え?」


 突然リーファに声をかけられたトウルが顔を上げる。

 すると、いつの間にかリーファが横に座って、湯気の立っているコップを手にしていたのだ。

 それに部屋の暖炉に火が点いている。暖かく感じたのはリーファが気を遣って色々やってくれたからだったようだ。


「あ、あぁ。くれるなら貰おうか。……お礼は言わないからな」

「はい。どーぞー」


 リーファが渡してくれたのは暖められた牛乳だった。

 火傷をしない程度のほどよい暖かさで、甘みが口いっぱいに広がって行く。

 そう言えば、工房につくまで何も飲み食いしていなかったと、トウルは思い出した。


「おー。とーさんも絵上手だね。字も上手! 何書いてあるか分からないけど! ねー、とーさん。これ何?」

「あぁ、これが錬金術の設計図でな。色々な人が残したレシピをこの専用の錬金用紙に書いて、錬金炉に認識させるんだ。そうすれば、錬金炉が俺の書いた設計図通りに物質を分解して再構築してくれる」

「んー……。とーさん何言ってるか分かんない」

「そか。悪いけど、俺は仕事の続きがあるから、邪魔しないで貰えると助かるよ」


 トウルは精一杯簡単に伝えたつもりだったが、話が全く伝わらなかったことにため息をついた。

 やはり七歳の子供相手に錬金術を教えるのは無理だ。

 ただのお絵かきだと思われている相手に、錬金術の奥深さが分かる訳がない。


「でも、とーさん。すごいいっぱいがんばったんだね。いっぱい書いて、いっぱい覚えたんだ。じーさんが言ってたの。錬金術は覚えることがいっぱいあって大変だぞって」

「え? あぁ、まぁ、ね」


 リーファの言葉にトウルはどきっとした。

 錬金術師になるために、設計図を引けるようになることも、レシピを覚えることも、錬金術式の法則を覚えるのも、全て当たり前のことだった。

 周りの人間から足を引っ張られないようにするには、圧倒的な実力差を見せるしか無かった。

 そのための努力は人に見せたことが無かったため、トウルは頑張ったと初めて言って貰えて嬉しかったのだ。


「とーさん。すごいね。がんばりやさんだ」

「まあ、そこらの錬金術師より腕は立つからな」

「おー、とーさんはやっぱすごい錬金術師なんだね」


 リーファの純粋な目で見上げられたトウルは、背中がむずがゆくなるのを感じた。

 がんばった過去を褒められたり、すごいと言われたりしたのは、トウルにとって久しぶりで嬉しくも懐かしく感じられた。

 そんな自分の感情に戸惑ったトウルは思わず、リーファの目をぼーっと見つめていた。


「じーさんに言われたの。錬金術を覚えたらみんなの役に立てるよって。ねー、とーさん。私もやってみたい!」

「遊びじゃ無いぞ。失敗したら事故だって起こるし、俺達の作った物で人が命を落とすことだって」

「やーりーたーいー! 私も錬金術やりたーい!」

「あぁ、もううるさい! 大声を出すな! ひっつくな! 分かった。一枚紙をあげるから、俺の傷薬の設計図をお手本にして書いて見ろ」


 目の前で騒ぐリーファに折れたトウルは、自棄になりながら紙とペンを渡した。

 すると、リーファは満面な笑顔で紙とペンを受け取り、トウルの横で鼻歌を歌いながら設計図を書き始めた。


(もう一枚風邪薬の設計図を書く予定もあったし、これで静かにしてくれるのなら別に良いか)


 トウルはレシピ本のページを変えて、風邪薬のレシピを設計図に書き込んでいった。

 そして、数十分後、錬金術用の設計図が完成した。

 一度もリーファの方を見ていなかったが、相手はまだ子供だ。どうせ落書きのような絵が出来ているだけだろう。

 トウルはそうタカをくくっていたのだが、リーファの描いた設計図にトウルは目を丸くした。


「とーさん私もできたー」

「え!? なにこれ上手いなっ!? お前、模写の才能でもあるのか!?」

「わーい。とーさんに褒められたー」


 トウルが驚くくらい、リーファの描いた設計図はトウルの物とかなり近かった。

 文字は多少間違えているが、七歳の子供にしては出来すぎている。

 錬金術師として本物の天才か、それともただ絵が上手いだけのお絵かきの天才か。トウルはリーファの才能を見極めることにした。


「ま、まだ喜ぶのは早いぞ。これから材料を調達しないといけないからな。温室にいくぞ」

「はーい!」


 ぴょこぴょこ跳ねるようについてくるリーファとともに、トウルは温室からハーブの類いを収集した。

 その後、河から水を汲んで錬金炉のある部屋へ戻った。

 これで素材の準備は整った。


「さて、後は設計図に書いた分量通り物を入れるだけだ」

「はーい」

「こんな感じにね」


 トウルは分銅と天秤を使ってハーブや水の重さを量ると、左右の素材投入口に材料を別々に入れた。


「素材を入れたら正面の設計図投入口に、さっき描いた設計図を入れる」

「わくわく! とーさんお薬作ってるんだよね?」

「あぁ、そして、最後に錬金炉に対して、自分の魔力を込める」


 錬金炉の下には魔法陣が描かれていて、トウルはそこに自分の手を置いた。

 すると、錬金炉が大きく一度揺れて、蒸気を放ち始めた。


「わぁっ!? 動いた!」

「あぁ、これで後は数分待てば傷薬が出来るはずだ」


 トウルが腕を組みながら待つこと三分、錬金炉の動きが止まり、フタが開いた。


「おー! 本当にお薬が出来てる! 私も作りたい!」


 リーファがぴょんぴょん飛び跳ねながら、錬金炉を指さしている。

 炉のフタの奥には青色の液体が入ったビンが置いてあり、特に爆発する様子もない。

 錬金炉に表記された仕様もしっかり回復薬になっている。


《傷薬:効能A。傷口に塗ることで、軽い傷の止血と癒合が可能です。錬金術師による付加効果。速乾性、大きい、毒を弱める、プロの完成度》


 どうやら無事に成功したようだ。

 ちなみに、失敗するとこの表記が傷を悪化させるとか、火傷になるとか、毒で苦しむとかになる。

 錬金術師の腕と式、そして素材によって、付加効果は変わる。

 今回は質と量を両方求める配合と術式で作り上げたのだ。

 当たり前のように最高品質を作れる設計図を書いて、錬金術を成功させるのに左遷された理由がトウルは分からなかった。

 左遷された時の言葉をまた思い出して、トウルは不機嫌そうにリーファに視線を送る。


「とまぁ、こんな感じだ。リーファもやってみるか?」

「はーい!」


 リーファは左右する天秤に釣られて、銀色の頭を左右に揺らしている。

 お風呂に入っただけで随分と綺麗な髪になるものだと、トウルは感心していた。

 ただ、またこの頭が真っ黒になるのだろうなぁ。と思うと申し訳ないとも思っていた。

 順調に素材を投入していく様子は悪くないし、量りも悪くなかった。

 ただ、設計図に書いてあった変換式の圧縮係数が一桁高かったのだ。


(多分、最後に爆発するなぁ……。やっぱりお絵かきの才能があっただけか)


 圧縮されすぎた水が耐えきれずに、きっと破裂する。

 分解されたハーブは魔力の暴走で黒炭になって、黒い水が一気にリーファに襲いかかるはずだ。毒は無いから良いけど、汚れるだろう。


(でも、それで諦めてくれるだろう。子供なんだし、びっくりして泣き出して、錬金術なんてもうやりたくない。と言ってくれれば、掃除ぐらいやる)

「設計図を入れて、最後にここを押すんだったよね? えいっ!」


 リーファの問いかけに適当な相づちをうちつつ、トウルは後ろに下がった。


「まだかなー? まだかなー?」


 錬金炉の前をリーファは行ったり来たりして、完成を心待ちにしている。

 ただ、その行動は突然噴き出した黒い蒸気で止まった。


「あれ? さっきと何か違う?」


 リーファが異常に気付き立ち止まると、錬金炉が激しく揺れだした。


「とーさん! これ壊れた!」


 慌てた様子でリーファがトウルに振り向いた瞬間、黒い水が一気に扉から噴き出した。


「きゃああっ!?」

「おー……久しぶりに失敗の爆発を見た。やっぱ初心者だし、そうなるよな」


 黒水の威力でリーファは顔から床にダイブし、全身が真っ黒な墨でも被ったようになっている。


「リーファ大丈夫か? 分かっただろ? 錬金術は危ないし、難しいんだ。だから、錬金術以外の物を学んだ方が良い。それに出来るようになった所でみんなから色々言われて――」

「あははっ! なにこれすごい! おもしろい! とーさん、もっかい作らせて!」

「え?」


 トウルの当てが外れた。まさか失敗を楽しむ子だとは思っていなかったのだ。

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