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王立公開公募2

 翌日の発表でトウルに向けられた視線は、皆の困惑の視線だった。

 兵器開発局から最北の村に左遷されたトウルが、娘でもある弟子を連れてやってきた上に、専門だった兵器ではなく、料理道具を持ってきたと聞かされれば、混乱するのもムリは無い。

そうトウル自身ですら思えたことに、トウルは苦笑いを浮かべながら壇上にあがった。


「私が今回錬成したのは、食料と水を一つにまとめて冒険者の食糧事情を大幅に改善するキッチンポットです」


 トウルがキッチンポットの説明をスラスラと進めながら、審査員の前にコップを並べていった。

 そして、それぞれにゼリードリンク、茶、オニオンスープにシチューなどのスープ、そして、最後にはリゾットやスープ麺までがキッチンポットから注がれていった。


「とまぁ、このように五十リットルも水が入り、冷たい物から熱い物まで作れます。というか、実際に作ってある物を戻している訳ですけどね。さぁ、お召し上がり下さい。カシマシキ村のみんなから教えて貰った料理レシピで作った物です」


 トウルは審査員の前でウェイターのように一礼すると、キッチンポットを片手に壇上に戻った。

 審査員達は恐る恐るスプーンでそれぞれの飲み物や料理を口に運ぶが、口に入った後から動きが一気に早まった。


「うまいじゃないか! なるほど、これは便利な物を作ったな」


 猪顔の男が他人の分など考えずに、勢いよくリゾット口の中にかきこんでいく。

 他の審査員の反応も上々で、皆が笑顔で舌鼓をうっていた。


「この固形食とキッチンポットを支給すれば、糧食問題はかなり改善されますね」

「あぁ、だが、大事なことを忘れている。トウル君質問だ。君のエアロポットは水の重さを相殺するために、浮力を持たせていると聞いた。中の水が減ってしまったとき、キッチンポットが浮いて邪魔にならないか?」


 狐顔の男が頷いていると、白髪で白髭をたくわえた錬金術師の審査員が手を挙げトウルに質問してきた。

 錬金術師らしい質問にトウルは苦笑いを浮かべた。

 答えにくい質問だったからではなく、クーデリアがポットにスカートをめくられた事故を思い出してしまって、真っ赤になって恥ずかしがるクーデリアの姿を思い出したからだ。

 やっぱりクーデリアは大舞台にいると頼もしいと、トウルは心の中でクーデリアに感謝した。


「中のヘリヒュウムは水が抜けたゲルに吸着されて効果が消えます。消えた水の重さ分、浮力も減るので、飛んで邪魔になることはありません。事故で抜けないように吸水カードと一体成形にしておきました」

「ふむ。なるほど。だが、水の補給はどうする? 一体成形となると錬金術で再錬成か?」

「いいえ。タンブラーの中に水を入れればゲルが水を吸い、代わりにヘリヒュウムを解放します。冒険者が現地で飲み水を発見した場合、それを使えるように配慮しました」

「素晴らしい判断だ。面白いことを考えられるようになったねトウル君」

「恐縮です」


 トウルは恭しく一礼をすると、発表時間を終えるベルの音が告げられた。

 その後の個人的な商談でもトウルのもとには数多くの冒険者ギルド関係者や、保安員、錬金術師達が列を作っていた。

 天才は死んでいない。そんな言葉がトウル自身も聞こえるほど会場で発せられていた。

 だが、トウルにとってその評価は心底どうでも良い物となっていた。

 自分のキッチンポットが入選するよりも、遙かに大事なことがある。

 リーファの見習い部門での入選だ。


「長らくお待たせ致しました。今年度の王立公開公募審査結果の発表に移らせて頂きます。名前を呼ばれた方は壇上の上にお上がり下さい」


 司会の声がマイクを通じて会場内に広がる。

 その声でわき上がっていた会場内が一気に静まりかえった。

 地面を踏んで石がこすれる音が聞こえ、近くにいる人達の息づかいが聞こえるほどの静寂だ。


「まずは見習いの部、佳作。《濃霧吸着球》、ムラグ=ラッハ。優秀選《カプセル展開型テント》、モンベル=スノーピーク――」


 道具と名前を呼ばれる度に歓声が上がり会場が興奮の渦に包まれていく、対照的にトウルは名前を呼ばれる度に唇を噛んだ。

 もう最後の一枠、最優秀選しか見習いの部は残っていない。

 リーファの作った物は悪くなかった。仕組みは破綻していない。

 問題があるとすれば、インフラ整備事業に近いせいですぐには実用化が出来ないところだ。

 それでも、審査員には保安局員もいる。リスクを理解した上で支持してくれるだろうと、トウルは強く願った。


「最優秀選――」

(頼む……選ばれてくれっ。頼む!)


 トウルの隣でリーファも目を瞑って祈りを捧げている。


「《アンカーワイヤー》。クラーフ=マイン。では、続けまして、王立公開公募、正規錬金術師の部――」


 リーファの名前が挙がること無く、次の発表に司会者が移ると、トウルはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。


「マジ……かよ……」


 ショックのあまり、司会者の言葉がトウルの耳に入らなくなっている。

 視界が歪んだように見えて、立ち上がろうとしても立ち上がれなくなっていた。


「とーさん。呼ばれてるよ。最優秀選だって。やっぱとーさんは凄いね。リーファも頑張らないと」

「リーファ……?」


 背中から覆い被さるようにリーファがトウルに抱きついてきた。

 リーファの声は落ち着いていて、トウルのことを尊敬している気持ちが籠もった柔らかい声音だった。


「リーファは今回ダメだったけど、いっぱいいっぱい新しいこと覚えたよ。次はもっと良い物作れるよ。リーファは今回約束守れなかったけど、とーさんはリーファに錬金術教えてくれるよね? 来年はリーファも入選して、とーさんのことお父さんって呼べるようにがんばるから」

「ごめんな。もっといっぱい教えてあげれば良かったのに」

「これからも一緒にいてくれるから、リーファはそれだけで嬉しいよ。リーファの師匠のとーさんはすごい人なんだから、みんなの声にこたえてあげて。リーファはちゃんとここで待ってるから」

「分かった。すぐ戻ってくるから、待ってろな」


 トウルは大きく息を吐いて立ち上がると、穏やかな笑みを浮かべるリーファの頭をなでててから壇上に向かった。


「最優秀選おめでとうございます。トウル=ラングリフ様」

「ありがとう」


 トウルは申し訳ないと思いつつ笑顔を浮かべること無く、真顔で司会者の祝辞に答えてしまった。

 強がりを見せたリーファを一人きりにせずに、抱きしめてやることが出来ない自分の不甲斐なさに涙が出そうだったのを抑えるために、仕方が無かった。

 トウルは嬉しそうな笑顔を浮かべる入選者達が並ぶ中、一人浮かない顔をして俯いた。


「最後に審査員特別選の発表です。《空飛べ袋》リーファ=ラングリフさん」


 司会者の言葉でトウルは突然自分の頬を思いっきりつねった。

 かなりの痛みでトウルが思わず顔を上げると、ポカンとトウルを見上げるリーファと目が合ってしまった。

 自分だけの聞き間違えでは無いことに気付いたトウルは、リーファに目線を合わせたまま壊れた玩具のように頭を上下にかくかくと動かした。

 それでリーファに意味が伝わったのか、彼女はゆっくりと壇上に歩いてあがってきて、無事司会者に迎えられた。


「以上が今回の王立公開公募で選ばれた道具の入選者の皆様です。盛大な拍手をお願いします!」


 嵐のような拍手が鳴り響く中、トウルはずっと呆けた顔でリーファと見つめ合い続けていた。

 そして、拍手が鳴り止み、見習い部門で選ばれた各道具の選評が述べられ、ついにリーファの番になった。

 代表者である白髪の錬金術師がマイクを手に持つと、リーファは視線を錬金術師に向け、トウルの横でピッと背筋を伸ばした。


「リーファ君の空飛べ袋を今回審査員特別選にしたのは、量産化とそれに伴う道具の行き来の増加による保管場所や、窃盗の対策がまだ整っていないためです。そのため、他の発明品と比較し即実用化が困難であることから、選考からは漏れました。ですが、アイデアの基幹とそれに対する答え、そして、利便性と応用性の高さから重要検討案件として認められ、設計図の登録をすることになりました」


 その選評を聞けたトウルは安心したのか嬉しいのか、天を仰いで長い長い息を吐いた。

 夢でも見ているのではないかと思えるほどの奇跡が起きた。

 トウルは今すぐにでもリーファを抱きしめたかったが、まだ授賞式は終わっていない。

 むずむずしだした全身を必死に抑えながら、トウルは残りの選評も直立姿勢で堪え忍んだ。

 一通りの選評が述べられ、最後の時間がやってきた。

 国から貰える表彰状と特許状を、錬金術師が書いた設計図と交換する交換の儀だ。

 リーファの名前が呼ばれると、彼女は白髪の錬金術師に向かって、設計図を片手に元気良く飛び出した。


「リーファ=ラングリフ。審査員特別選。王立公開公募の名において、貴殿の設計図を王国図書館、錬金術設計図保管庫に登録し、その価値をここに表彰します」

「ありがとう! はい、これリーファの設計図」

「がんばれ。未来の天才錬金術師」

「えへへー。ありがとおじいちゃん」


 リーファが偉い人相手でも子供っぽく振る舞っていることに、トウルは笑うのを必死に我慢した。

 周りのみんなが、あの人をおじいちゃん扱いしてるだと!? と驚いているような目をして、拍手を忘れているせいだ。

 皆の度肝を抜いたリーファが入選者の列に戻ってくると、トウルはリーファと視線を合わせて精一杯の拍手を送った。

 そして、皆が思い出したかのように拍手をリーファに送り、彼女は皆に向かってお辞儀した。



 授賞式が終わり、皆が撤収を始めようとしている中、トウルはリーファを真正面から思いっきり抱きしめた。


「とーさん、急にどうしたの?」

「うん。リーファが受賞したのが嬉しくてさ。よく頑張った。リーファはやっぱり天才だ」

「……でも、リーファ錬金炉貰えなかったよ?」


 申し訳無さそうにリーファが呟くと、トウルは一旦リーファを抱きしめるのを止めて、目を合わせた。


「リーファの賞金と俺の賞金があれば買えるよ」


 トウルはその言葉に色々な意味を込めた。

 錬金炉を手に入れるだけではない、もう一つあった大事な目的が果たされたことを告げる言葉だった。


「ねぇ、とーさん。リーファ、もうとーさんのことお父さんって呼んでいいの?」

「あぁ、リーファはもう俺の家族だ。頼りない父親だけど、これからもよろしくリーファ」

「――っ! ひぐっ……」


 トウルが微笑みながら頷くと、リーファは目に涙をため必死に泣くのをこらえようとしていた。

 俯いて震えるリーファの頭を、トウルはそっと左手で抱えると、泣き顔が見えなくなるようにリーファを胸元に抱き寄せた。


「リーファは泣き虫だな」

「泣き虫じゃっ……ないもんっ……。ずっと、ずっと今まで一度も泣かないで頑張ったもん……」

「俺は泣き虫だったよ。嘘が苦手だったからね。大丈夫俺はここにいる。村の人は誰も見てない」


 リーファの嘘と強がりを見抜いたトウルは、リーファの背中と頭を軽くとんとんと優しく手を当てた。


「うわあああああん」


 トウルの手で堰が切られたようにリーファが声をあげて泣き始めた。

 リーファがいつも見せていた笑顔の裏に隠された涙を、トウルは自分の身体で覆い隠し続けた。

 リーファにはゆっくり本心を晒してくれれば良い。

 そのための時間はたっぷりある。

 いつか、リーファが涙を隠さずに甘えてくれたら、改めて父親になれるだろうと思ったトウルは、リーファが泣き止むまで彼女を抱きしめ続けた。


「お父さん……」

「どうした?」

「ううん。なんでもない」

「そっか」


 トウルに抱きついたまま、リーファが二人で温泉に入った時と同じ言葉を呟いた。

 トウルはリーファの背中を軽く叩くと、今度はトウルから切り出した。


「リーファ」

「なに?」

「なんでもない」

「えへへ。覚えててくれたんだ。リーファはもう大丈夫だよ。ね、お父さん。お片付けしたらご飯食べて、遊びに行きたいな」


 ちょっと恥ずかしそうで楽しそうなリーファの声で、トウルはようやくリーファを離した。

 泣きじゃくったリーファは目を真っ赤にはらしていて、頬も紅く染まっている。それでも、トウルにとっては天使のようにかわいらしい笑顔を浮かべて、首を小さく傾けながらおねだりをしてきた。


「もちろん。今日はリーファが満足するまで色々な物食べて、遊びに行こうっ!」


 トウルはたまらずリーファを抱きしめると、リーファを抱いたままその場で飛び跳ねた。

 トウルもリーファも一緒になって幸せな笑い声をあげている。

 いつの間にか周りの錬金術師の目など、トウルにとってはどうでも良い物になっていた。

 それは知り合いでも例外ではなかった。


「やぁ、トウル君おめでとう。どうだい? これからお祝いがてら一杯やらないか?」


 ゲイル局長がやってくるが、トウルは爽やかな笑顔で首を振った。


「すみません局長。俺の可愛い娘が遊びたいっていうので、今日はずっとリーファに付きっきりのつもりでいます!」

「ハハハ。おめでとう。そうだな。親子水入らず楽しんでくると良い。トウル君、リーファ君、二人ともよくがんばったな」

「うちの娘は天才ですからねっ!」

「ハハハ。すっかり親バカだな。それでは明日、役所での養子縁組申請で会おう」

「はいっ!」


 トウルとゲイルが約束を済ませると、ゲイルは軽く手を挙げて帰る意志を表した。

 それを見て、リーファも手を挙げると、両手をあげて挨拶をした。


「狸さんありがとー。今日お父さんはリーファのだから、また明日ねー」

「ハハ。リーファ君、存分にお父さんに迷惑をかけたまえ。父親というのは迷惑をかけられても、頼られることが大好きな生き物だ」

「狸さんもそうなの?」

「あぁ、それがリーファ君みたいな可愛い子なら尚更だ。ばいばい。リーファ君」

「うん。ばいばい狸さん!」


 ゲイル局長を狸呼ばわりするリーファに、またもや周囲の視線が集まった。

 錬金術師としてかなりの高官であるゲイル相手に、面と向かって狸と言える錬金術師はリーファ一人だけだろう。

 きっと、これで誰もリーファのことを忘れない。

 この先、リーファがここにいる人達を笑顔にする未来を想像したトウルは、リーファを降ろすと改めて頭をなでた。


「お父さんどうしたの?」

「なんでもない。片付け早く終わらせようか」

「うんっ!」


 一人ならめんどうな片付けも、リーファと一緒にいるだけで、トウルの腕は軽々と動いていた。

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