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王立公開公募開始

 王立公開公募を控えた前日、トウルとリーファは村を出発することにしていた。

 公開公募の期間は二日間、一日目は見習いの部から始まり、二日目に資格を持った錬金術師による道具が公開され、最後に入選作品の発表がされる。


「リーファ、荷物の忘れ物は無いか?」

「うん。ないよ。空飛べ袋十号もちゃんと持った」


 工房の入り口でトウルとリーファは荷物の最終確認をおこなっていた。


「よし。なら、行くか」

「おー、いこー」


 トウルは工房の外に出ると店の看板を休業中の札に変え、大きなカバンを片手に駅に向かって歩き始めた。

 トウルは空いた手でリーファの手をしっかり握ると、大きく深呼吸をした。

 季節は春が近づいているのか、暖かな空気が村をつつんでいて、木に積もっていた雪が溶けて水が滴り落ちている。


「俺が来た時より暖かくなったな」

「春だねー。リーファ。春好きだよー。あっ、ね、とーさん。中央から帰ってきたら行きたいところがあるんだ。一緒にいってもらってもいい?」

「ん? あぁ、もちろん。どこにいくんだ?」

「えへへー。内緒ー」

「内緒か。なら、楽しみに待ってるよ」


 トウルの返事でリーファは嬉しそうに手を大きく振り始め、スキップをしながら駅に向かって進んで行く。

 雪の道に軽やかな音が足跡とともに刻まれていった。

 そして、村の駅に到達すると、駅の入り口でクーデリアとミスティラの二人がトウル達を待っていてくれた。


「おっはよートウルさん、リーファちゃん」

「おはようございます。トウル様、リーファ」


 二人の挨拶にトウルとリーファが会釈を返す。

 彼女達が見送りに来てくれたことに、トウルは思わず笑顔になっていた。


「クーデ、あの後キッチンポットのカードは抜いてないよな?」

「あんな目に会うのは二度とごめんだよ! 浮かんだタンブラーにスカート思いっきりめくられたしっ! ミリィにはずっとからかわれるし!」


 クーデリアが顔を真っ赤にさせてトウルの質問を否定すると、トウルは満足したように頷いた。


「早めに気付いて良かったよ。タンブラーの中にある気体ヘリヒュウムを水の失われたゲルに吸着させて、中のヘリヒュウムの量を減らすことで、重さと浮力のバランスをとっていたのに、おかわりが欲しいって言って、吸水カード取っちゃうんだもんなぁ。おかげで、取り外せない一体成形型に――」

「って、しまった。つい乗っかっちゃったけど、トウルさんこんな所で解説しないでよ。列車の時間来ちゃうよ? 早く中入って入って」


 時間にはまだ余裕があるはずだったが、トウルの背中はクーデリアとミスティラに押され、駅の中へと押し込まれた。


「トウル様、リーファ、村の代表として頑張ってきて下さい!」

「村長!? それにみなさんどうしてここに!?」


 駅のロビーでは村長をはじめ、村の人々が集まっていた。


「じーさん、今日は起きるの早いね」

「ガハハ。二人の応援と見送りに来たからな」

「あはは、じーさんありがとー。リーファがんばってくるよっ!」


 孫と祖父のような会話をリーファと村長が終わらせると、村長は改めてトウルに手を差しのばしてきた。


「村の者一同、笑顔でお帰りになる二人を待っております」

「ありがとうございます。行ってきます」


 トウルとリーファは村の皆に見送られる形で列車に乗り込み、中央に向かう旅が始まった。

 初めは暗い気持ちで抜けたトンネルをくぐると、外の景色は一面新緑の青々とした世界がまっていた。


「わっー! 山の向こう側はもう春なんだねー」

「みたいだな。俺が来た時は落葉してて、こんな青々としてなかったし、村に来て時間結構たったんだなぁ」


 椅子に膝立ちで登ったリーファが外の景色を見て、はしゃいだ声をあげていた。

 列車に乗ったのは初めてのようで、かなり興奮しているようだった。


「ね、とーさん。中央まではどれくらい時間がかかるの?」

「んー、大体六時間くらいかな。ふぁー……。ゆっくり寝てれば良いよ」


 リーファの質問に、トウルは急に出てきたあくびをかみ殺しながら答えた。

 トウルは公開公募の原稿を頭の中に叩き込もうと、夜中に必死に覚えていたせいで、少し寝不足気味になっていた。


「うん。とーさんはゆっくり寝てて。ついたらリーファが起こしてあげるね」

「あはは。よろしくお願いしようかな。お腹が空いたらお弁当食べて良いからな」


 トウルはカバンを開いてお弁当の位置をリーファに教えると、小さな毛布を取り出して自分の足下に掛けた。


「うん。分かった。とーさん。おやすみ」

「おやすみ」


 列車の揺れに揺らされたトウルが眠りについて数時間後、身体が誰かに揺らされた感覚でトウルは目が覚めた。

 トウルが目を開けると、肩にリーファがもたれかかって小さな寝息を立てていた。


「このまま寝かせてあげよう」


 トウルは自分にかけていた毛布をリーファの膝にかけると、もう一度目を閉じた。



 中央都市ノウエストに降り立ったリーファは目を輝かせて建物を見上げていた。


「へー。中央って赤いんだね。村の真っ白なのと全然違う」


 五階建ての赤煉瓦の建物がほとんど隙間無く連なっている。

 村しか知らないリーファにとって、都会の高い建物と密度はかなり衝撃的だったようだ。


「人もたくさんいるねー。村の人達より多いかも」

「まぁ、だろうな。百万人都市。なんて自称するぐらいだし」

「へー」


 手を離した瞬間に人混みの中へと飛び出しそうなリーファを見て、トウルは絶対に手を離すまいと心に誓った。


「迷子にならないよう、手を離すなよ? あ、後知らない人に付いていくなよ? 食べ物をあげるとか言われても、貰っちゃダメだからな?」

「はーい」


 ゆるいリーファの返事にトウルは自分がしっかりしなければと、気を張った。

 そして、荷物を宿屋に運び込み、次の日に行われるリーファのプレゼンテーションの練習を繰り返すのだった。



 王立公開公募はノウエストの王城前の広場で開催されていた。

 錬金術師の見習いの多くは十代中盤から後半が集まっていた。

 各自、それぞれの展示スペースに机を置いて、道具を並べて解説している。

 錬金術師の師匠と思われる中年や初老の人達が見習いのすぐ近くで座っていた。

 広場の中央には一段高い赤い台と、机が置かれている。展示するだけでなく、そのお立ち台に立って観衆の前で実演と説明する機会が、錬金術師の見習達に与えられているのだ。

 運が良いのか悪いのか。一番手は最年少参加者のリーファだった。


「リーファ。あまり俺は口出しできないけど、ちゃんと側にいるから、昨日練習したみたいに自信持って説明してみろ。ゲイル局長にも手はず通り動いて貰っているから」

「うん。がんばるっ」


 台の近くでリーファが空飛べ袋のセットを持って頷いた。

 そして数分後、王立公開公募の開演が告げられる放送が流され、リーファの名前が呼ばれた。


「今年のプレゼンテーションの一番手は何と若干七歳の少女、最年少参加者リーファ=ラングリフさんです。そして、師匠の方もこれはまた最年少のトウル=ラングリフさんです。今回発表する道具は《空飛べ袋》。では、リーファさん壇上へどうぞ!」


 ノリノリの司会者に促され、リーファが壇上に上がった。

 壇上の机からギリギリ頭が出るぐらいしか身長のないリーファの姿に、会場が一斉にざわつく。


「冗談だろ? あんな歳で参加するとか」

「トウル=ラングリフってあの兵器開発局のトウルだよな? いつのまに弟子なんかとったんだ? というか、同じ家名ということは妹か何かか?」

「公開公募はお遊戯会じゃねぇんだ。質問攻めにあってすぐにメッキが剥がれて泣いて帰るさ」


 色々な意味で規格外の参加に、心ない言葉も聞こえてくる。

 それでもトウルはその言葉を聞き流し、真っ直ぐリーファの姿を見つめていた。


(大丈夫。リーファは自分の力で錬金術を覚えて、自分の力で設計図を書いた。何も恥じることは無い。みんなを驚かせてやれリーファ!)


 トウルの応援にリーファは気付いたのか、ちらっと視線をトウルに合わせるとにっこり笑って頷いた。


「おはようございます。錬金術師見習いのリーファ。リーファ=ラングリフです。今日は私の作った空飛べ袋を紹介します。空飛べ袋は射出機と受信機がセットになった道具です。袋をセットして打ち出すと、受信機のあるところに向かって袋が飛んで行きます。道具の運搬の手間や労力を省けるだけじゃなくて、街から冒険者に向かって飛ばすことで道具の補給も出来ます。とーさん――あ、トウル師匠お手伝いお願いします」


 リーファが最後にいつもの癖でトウルのことをとーさんと呼んだせいで、会場がまたざわつき始めた。

 おじさん世代からいつの間に結婚したのか、とか十三の時の子供だと? など色々とあらぬ噂が立ち始めている。

 トウルは苦笑いを浮かべながら壇上に上がると、射出機と袋を受け取った。


「審査員の皆様、名札を拝借します」


 トウルは壇上から降りて審査員席に近づくと、十人居る審査員達から名札を借りて袋の中に入れた。

 そして、会場の入り口まで走ると、射出機と袋をセットして手を大きく振った。


「発射してくださーい」


 リーファの元気の良いお願いがマイクを通じて会場中に広がる。

 入り口から壇上まではおおよそ百五十メートル。

 最後に試験した時よりも遙かに短い距離だった。

 トウルは余裕の笑顔を浮かべて引き金を引くと、袋が勢いよく空に向かって発射された。

 発射された袋が震えると、袋の側で五つの風船が膨らみ始めた。

 風船に囲まれた道具袋は白い煙を吐き出しながらリーファの方へと飛んで行くと、風船が急速にしぼんで落下を始めた。

 そして、最後に赤い傘の花が開くと、ゆっくりとリーファの手元に落下した。

 リーファは中から名詞を取り出すと、会場に見せるように広げた。


「よいしょっ。最後はゆっくり落ちるので中身は無事です。こうやって射出機と受信機の間で道具を飛ばし合って、持ち物の調整をするのが空飛べ袋です。これがあればお腹がすいた人に食べ物とか水とか送れます。いじょーです。質問はありますかー?」


 リーファが説明を終え、トウルが名詞を審査員に返却していると、審査員の一人が手を挙げた。

 痩せ気味の男性で、長細い顔とつり上がった目が狐のような人だ。


「初めまして。リーファちゃん。その空飛べ袋はどれくらいの距離を飛ばせるのかな?」

「えっと、カシマシキ村の次の駅のダイセント村までは飛んだよ」

「なるほど。五十キロ程度は飛ぶのですね」

「それより先はまだ試してないから分からないの」

「ありがとうございます」


 狐のような人の質問が終わると、次は隣に座っている筋肉隆々の猪のような男が手を挙げた。


「どれぐらいの量の道具が飛ばせる?」

「えっとね。傷薬なら十個くらい入ったよ。重さはねー。あ、ちょうど来た」

「む?」


 リーファが質問に答えている最中に上を指さすと、空飛べ袋がふわふわと落ちてきた。


「えっとね。ゲイルさんに何か適当に重い素材送ってって言ったら――。重くて持てない……。とーさん代わりに運んで貰っていい?」


 困ったような顔でリーファがトウルに助けを求めると、トウルはダッシュで壇上に駆け上がり、落ちてきた袋を拾い上げた。

 十キロぐらいは入っているだろうか、トウルの腕にかなりずっしりと来た。


「ど……どうぞ」

「ふむ。なるほど。これぐらいの量か。面白い。ありがとう」


 トウルが猪っぽい男に袋を渡すと、彼は軽々と袋を持ち上げトウルに返した。


「はい。ということで、規定の質問二つが終わったので、次の審査に移ります。まだ質問がある方は、後ほどリーファさんの展示スペースに行って質問してください。リーファさんありがとうございました」

「ありがとー。それじゃ、最後にもう一度ゲイルさんに袋返すねー」


 リーファは壇上から射出機と受信機を持って飛び降りると、トウルと一緒に新たな袋に、ゲイルからの贈り物を詰め替えた。

 そして、リーファはトウルと審査員の前で袋を射出すると、改めて審査員にお辞儀をして自分の展示スペースへと走って戻った。

 トウルもお辞儀をしてからすぐにリーファを追いかけると、リーファは展示スペースの隅っこで会場に背中を向けて、肩を細かく上下させていた。


「リーファ? 泣いてるのか?」

「あははは」


 トウルが心配して声をかけると、リーファは突然こらえきれなくなったかのように笑い出した。


「ど、どうしたんだリーファ? 緊張から解放されてホッとしちゃったとか?」

「ううん。違うの。だって、質問してくれた人達が狐さんとか猪さんみたいで、笑うのすっごい我慢してたの。あはは。げーさんも狸みたいだったし、中央の偉い人の顔は面白い人が多いねー」

「ったく、相変わらずキモが座っているというか、リーファらしいというか……ハハ」


 トウルの思っていた以上に強かった娘の精神に、トウルも笑うしか無かった。

 その後の個別質問でもリーファは大人顔負けの受け答えをし、トウルは確かな手応えを感じていた。

 そして、自分も負けていられないと闘志を燃やすのであった。

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