師匠として言うべき言葉
「よっし、それじゃリーファちゃん。私達は何をすればいいの?」
「あのね。くーちゃんとみーちゃんにはこの棒を持って、河の向こうに立って欲しいの」
リーファはそう言うと、金属の短い棒が先端に刺さった木の棒をクーデリアに手渡した。
クーデリアは拍子抜けしたのか、きょとんとした顔でリーファに聞き返している。
「うん? それだけ?」
「うん。それだけだよ。成功すれば、次に何をしたら良いか分かるよ」
リーファが弾んだ声でもう一度お願いすると、クーデリアとミスティラはお互いに理解していなさそうな顔で見合わせた。
「何か良く分からないけど、いこっか。ミリィ」
「そうね。橋を渡る必要あるから、五分くらいかかるかしら。いってきますわ」
二人が工房を出て行くと、リーファも手紙の入った瓶と空飛べ袋一号のセットを持って川岸に向かって飛び出した。
トウルもリーファの後をついて川岸に到着したころ、反対側でクーデリア達が手を振っていた。
距離は大体五十メートル程度で、初めての飛行実験にしては飛距離がある。
「リーファちゃん。ここでいいのー?」
「そこでいいよー。リーファのプレゼント受け止めてねー」
河を挟んでクーデリアとリーファの声が行き来すると、リーファは袋に空き瓶を入れて、地面に置いた射出台にくくりつけた。
後は引き金を引けば袋が発射される。
その様子を見ているトウルの心臓は、自分の道具を試して貰っていた時より早く鼓動を打っていた。
明後日の方角へ飛んで行かないか、その場で爆発してリーファが怪我をしないか、傘が上手く開かずにリーファがショックを受けないか。そもそも飛距離の問題は大丈夫かと不色々な不安が頭をよぎる。
それでもトウルは強く成功を願っていた。
(頼む。上手くいってくれっ!)
トウルが心の中で強く念じた瞬間、リーファが元気の良い声で引き金を引いた。
「いっけっー! 空飛べ袋っ!」
バネが解放される音とともに、袋が勢いよく発射された。
青い空に向かって打ち上げられた袋はあっという間に豆粒ほどの小ささになり、河の向こう側へと落ちていく。
「開いてくれよっ……!」
トウルが絞り出すような声を出すと、袋がパッと開き、赤い色の傘が現れた。
「よしっ!」
射出機構と展開機構は上手く作動していることにトウルがガッツポーズをとる。
後は誘導機構が上手くいくかどうかだ。
ただ、先ほどから静かにしているリーファも気になって、トウルがふと視線を落とすと、リーファは両手を握り締め、祈るように空を見上げていた。
やっぱりこの子は錬金術師だと思うと、トウルはリーファの頭の上にそっと手を置いた。
「リーファ。大丈夫。自分の道具を信じてあげよう」
「うん」
赤い傘の花が咲いた袋はタンポポの綿毛のようにフワフワと落ちてきている。
トウルの見立てでは、落下コースはちゃんとクーデリアにあった。
だが、突如突風が吹くと、袋が風に煽られてくるくると回転し、進路をずらされてしまう。
「あぁっ!?」
向こう岸でクーデリアがトウル達に聞こえるほどの大声をあげた。
それでもトウルは冷静だった。
(あの下書きに書いてあった機構がちゃんと機能すれば……)
トウルが空いた拳を握りしめると、リーファが空に向かって叫んだ。
「お願い。動いて空飛べ袋!」
その叫びに応えたのか、袋から白い煙が噴出され始めた。
煙はリーファの袋に仕込んだ二つ目の機能である、軌道制御機構によるものだ。
風にも負けない推進力を生み出した袋は、そのままクーデの持っていた木の棒に引っかかるように落ちた。
「やったー! やったよとーさん! くーちゃん中開いて!」
リーファがトウルの足下を回るように飛び跳ねながら、はしゃいだ声を出している。
袋の出来はこの時点では完璧だ。
トウルもたまらず気分が高揚すると、リーファの身体を抱き上げて一緒にその場で跳び跳ね始めた。
「すげぇよリーファ! 一発で袋の仕組みを成功させたじゃないか! やっぱリーファは天才だな!」
「えへへー。とーさんの本のおかげだよー。いっぱいいっぱい教えて貰ったから」
「それでもやっぱリーファはすごい! 自慢の弟子で、自慢の娘だ。あははは!」
錬金術師の親子が盛り上がっていると、向こう岸にいたクーデリアが声を張り上げてきた。
リーファの手紙を読んで、次の指示を確認したらしい。
「リーファちゃん! ミリィだけ橋の所にいけば良いんだねー?」
「あっ! うん! くーちゃんはそこにいてー!」
そのやりとりで、トウルはリーファを地面に降ろすと、リーファはいそいそと第二射の準備を始めた。
やっていることは同じだったが、リーファは棒を持っているクーデではなく、橋にいるミスティラに射出口を向けた。
「なるほど。多少ずれてても、ちゃんと届くかの確認か」
「うん。最後の軌道制御はできたけど、最初の軌道制御はまだわからないから。くーちゃん! みーちゃん! いくよー!」
リーファは先ほどに比べれば幾分か余裕のある様子で、射出台の引き金を引いた。
ミスティラの方へ射出された袋は、最高高度に達すると白い煙を吐きながらクーデリアがいる方へと軌道を変化させ始める。
そして、ミスティラの真上に到達すると傘を開いてゆっくりと落ち始めた。
「やったー。うまくいったよとーさん!」
「やっぱリーファは天才だな! 軌道変更もバッチリじゃないか」
「えへへー」
リーファはにんまりとした笑顔を浮かべながら、袋が落ちていくのを眺めている。
上手く行きそうだなとトウルもホッとした表情で眺めていると、また風が吹き始めた。
「ん? あれ? 風に流され始めた? あっ、噴射が止まってるせいか!」
風に飛ばされた袋は下流の橋に向かって飛んで行き、結果的にミスティラが追いかけてキャッチした。
「あ……」
その様子をリーファが悲しそうな目で眺めていた。
残念ながらこの実験は失敗してしまった。
それでもトウルは怒ることも、声を荒げることもせず、微笑みを浮かべながらリーファの頭に手を置いた。
トウルの手に対してリーファは俯いたまま、なかなか顔をあげなかった。
「残念だったなリーファ」
「リーファ……失敗しちゃった……」
「大丈夫。誰も怒ったりしないさ。それよりも今の失敗でリーファは大事なことを学んだ。それが何か分かるか?」
「え?」
トウルの問いかけにリーファがようやく顔をあげた。
その反応が見られただけでリーファは良い筋をしていると思い、トウルは微笑んだ。
「まずは一つ。成功したら嬉しいこと、そして失敗したら悔しいことを学んだ。これからたくさん悔しいことがある。でも、最初の成功をわざわざ失敗扱いしなくても良い。一つでも上手くいったなら素直に喜ぶ。そして、失敗した理由を考える。その次もまた失敗するかもしれないけど、一つは上手く行く物があれば、また喜ぶ。そうやって実験を何度も繰り返せば良いってことを学んだ」
「とーさんも失敗したことあるの?」
「そりゃ何度もね。薬の錬成だって、術式書き間違えたりして、何度も爆発させたよ。その度に師匠から笑われた。何を間違えたか見つけてみなってさ。安心しろ。リーファは俺の弟子だ。俺みたいに、いや、俺以上になれる可能性だってある。だから、笑って次のことを考えよう」
「うんっ! とーさんみたいな錬金術師になるなら、リーファがんばるよ」
ようやく笑顔を見せたリーファの頭をトウルは優しくなでると、かがんでリーファと視線を合わせた。
「そして、二つ目。失敗した原因は何か分かったか?」
「うん。圧縮空気が足りなかったんだと思う。最後まで空気を出してくれればくーちゃんに届いたはず」
「なら、次はどうすれば良いと思う?」
「うーん……。もっと圧縮空気を増やす? でも、これ以上空気を入れる場所作っちゃうと、袋に物があまり入らなくなっちゃう」
「うん。袋自体はこれ以上いじれないよな? なら、錬金術師らしくどうすれば良いと思う?」
トウルの質問にリーファは顎に手を当てながら、悩む素振りを見せている。
トウルは師匠として、弟子の考える力を伸ばしてあげたいという気持ちで、一人の錬金術師として成長する機会を奪いたくないと思いながらも、親として喜ぶ顔を見たい気持ちでトウルの内心で葛藤していた。
その葛藤は師匠の方が打ち勝ったようで、トウルは喉まで出かけている答えを無理矢理押し込み、わざと質問だけを繰り返した。
「発想の逆転?」
「うん。発想の逆転」
「うーん……袋の中はもう変えられないから……あっ! わかった!」
「お?」
「袋の外だ! 袋の外にたくさんつければいいんだ!」
答えを閃いたリーファが最高の笑顔でトウルに抱きついた。
その答えにトウルは頷きながら、リーファの頭をぽんぽんと叩いた。
リーファの答えこそが、もう一つ隠れていた問題である飛行距離も解決してくれる。
トウルにはその確信があった。
そして、今すぐにでも工房に戻ろうとした時に、クーデリア達が戻ってきた。
「ねぇ、リーファちゃん。これ結局何のための道具だったの?」
「袋が飛んだのは驚きましたし、クーデの所に落ちていくのはすごいと思いましたけど」
袋を持った彼女達はまだリーファの開発意図を聞いていなかった。
今すぐに説明しても良かったが、外は寒いし、リーファには早く改良案を描いて貰いたいと思ったトウルは、一旦工房の中に戻ることをみんなに提案した。




