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試作品完成

「おはよー。トウルさん。リーファちゃん。この前みたいに配る薬貰いに来たよー」

「私達だけ朝から仕事っていうのも、何か不満に感じてきますわ。これも公務員の定めなんでしょうけど」


 開店時間ぴったりに、村の保安員であるクーデリアとミスティラの声が聞こえた。

 トウルが顔をあげて二人を見つけると、二人は手慣れた様子で店に入ってきて、薬を探していた。


「クーデとミリィか。既に薬と修羅場クッキーは袋に小分けにしておいた。俺とリーファは手が離せないから、配達頼む」


 トウルは積み上げた本の隙間から配達を頼むと、すぐ自分の書面に視線を戻した。

 そして、入れ替わるように今度はリーファが声を発した。


「くーちゃん、みーちゃん。みんなのお金を持って帰ったら、リーファと遊んでもらっていい?」

「俺からも頼む。ちょっとリーファに時間をあげてくれ」


 リーファのお願いを、トウルも一緒になって頼んだ。

 すると、二人の足音がゆっくりと近づいてきた。


「別に良いけど、二人は何してるの? って、うわっ!? トウルさんもリーファちゃんも難しそうな本読んでる!?」

「書いているのは設計図のようですわね。トウル様とリーファは何を作られるのですか?」


 勉強嫌いなクーデリアらしい反応が聞こえ、トウル達の作業にミスティラが興味深そうに尋ねてきた。


「試作品が出来てからのお楽しみだ」

「うん。くーちゃんもみーちゃんも喜ぶ物作るから、楽しみにしてて」


 トウルもリーファも本を片手に明るく二人をあしらうと、ワクワクして仕方のないような笑顔でペンを走らせた。


「なるほど。行きましょうクーデ。二人の邪魔をしちゃ良くないわ。配達は出来るだけゆっくりやってきますね」

「え? ゆっくりで良いの? リーファちゃん遊びたいなって言ってたし、早めに終わらせた方が――」

「いいから。静かに集中させてあげましょ」


 戸惑いの声をあげるクーデリアとミスティラの足音が次第に遠くなっていき、出発の挨拶が残された。


「いってきますわ。頑張って下さい」

「いってくるねー?」


 ミスティラの気遣いとクーデリアの優しさに、トウルは心の中で感謝した。

 そして、二人を驚かせたいという気持ちが、ふつふつとわき上がっているのを感じている。

 心と腕が軽い。頭が冴え渡っていて、問題と必要な物が手に取るように分かった。

 この道具を作れば、二人はきっと喜んでくれる。そう思うと手が止まらなかった。


「リーファ、俺は試作品用の設計図を描き上げた。そっちはどうだ?」

「とーさん。早いね。リーファはまだ材料の二枚目」

「十分早いよ。この年でレシピ開発なんて普通やらないんだからさ」

「えへへ。ありがと」

「先に錬成してくる。誰も来ないと思うけど、少しの間、店番頼むよ」

「任せてー」


 トウルは積み上がった本を崩さないように立ち上がると、設計図案をまとめて製図室へと移動した。


「よし、まずは容器。次に吸水カード。最後に味付き粉だな」


 トウルは銀色の錬金用紙に下書きで描いた設計図を描き始めた。

 容器の見た目は長細い蓋付きのタンブラーだ。

 容器は二重構造になっていて、空気の層が金属で挟まれていた。


「容器材料はとにかく軽いフェザーメタル。錬成で作った比重の軽い安定気体ヘリヒュウムの入った瓶。フタにはダイヤメタルを使って――よし。いけるっ!」


 錬金前の最後の確認を済ませたトウルは、材料を量って錬金炉に投入し始めた。

 そして、錬金炉を勢いよく起動させると、トウルはすぐに次の設計図に取りかかり始めた。


「よし、次は吸水カードだ。材料は蒸留アルコール、耐圧ガラス、後はゼラチンだな。これでいけるはず。っと、ちょうど容器が出来たか」


 トウルが二枚目を描き上げると、ちょうど錬金炉が錬金術の終わったちーんという音を告げた。


《浮かぶタンブラー。ランクA級。容量五百ミリリットル。付加特性、空気より軽い、頑丈、耐腐食》


「よし、バッチリ出来た。っと、おぉー、設計図通りとはいえ、タンブラーが宙に浮かぶとびっくりするな」


 トウルはタンブラーを紐で机にくくりつけておくと、錬金炉に次の材料を投入して、錬金炉を起動させた。


「よし、吸水カードの錬金も始まったな。最後はリーファのレシピの改良か。これを作ったうちの娘は天才だな。まさかこんな応用に使えるなんて」


 最後の設計図はもともとトウルが描いた物を、リーファが改良し、トウルがさらに発想を逆転させて手を加えた物だった。


「材料はリンゴ、柑橘、ゼラチン、最終工程に完全脱水と凝縮固体化を入れてっと。あ、ミリィとクーデのことだから、別のも一緒に作るか。えっと、お茶系とスープも良いな」


 トウルは三つ目の設計図も完成させ、錬金術を済ませた。

 物は全て一級品のA級だが、端から見れば意味も無く宙を飛ぶタンブラーと、やけに重たいゼリーの入ったカードのような小さなガラス容器、そして、カラフルな角砂糖のような物が入った瓶だった。


「よしっ、完成だ!」


 トウルは錬金した三つを持って急いで一階の店先に降りた。


「リーファ、調子はどうだ?」


 そして、本の山に隠れているリーファに声をかけると、本の山からリーファが立ち上がった。


「できたっー! リーファも今、全部描けたよ。とーさんはもう出来たの?」

「あぁ、ばっちりだ。すっげー見に行きたいんだけど、今回は王立公開公募の見習いの部だ。俺が手を出すと、反則になる。失敗したら片付けは手伝ってあげるけど、大丈夫だ。リーファなら錬金術を失敗せずにやれる!」

「うん。行ってくる! リーファもとーさんみたいな錬金術師になるから、リーファは大丈夫!」


 トウルの激励にリーファは笑顔で頷くと、設計図を持って二階に向かって元気いっぱいに走り出した。

 上の階の扉が閉まる音が聞こえると、トウルは足音を殺して二階にあがった。

 そして、製図部屋の扉をそっと少し開くと、隙間からリーファの行動を覗き始めた。

 別にリーファに嘘をついた訳ではない。

 錬金術に手を出してはいけないとは言ったが、見守ってはいけないと言ってはいない。

 トウルは自分の呼吸を忘れるぐらい、ハラハラしながらリーファの姿を見つめていた。


「えっと、うん。材料は全部ある。錬金術式もレシピ本と同じ。よーっし」


 えい、えーいとかけ声をかけながら、リーファが材料を投入口に放り込んでいく。

 錬金炉がガタガタと正常の範囲で揺れているのに、爆発しないか心配でトウルは目が離せない。


「よーっし。次の設計図書こー」

(あぁっ! 設計図が見たいっ! 材料の重さがいくつか知りたい! 一緒に出来るのをわくわくしながら待ちたいっ!)


 トウルは飛び出しそうになっている自分の足を左手で一生懸命押さえて、右手でドアの縁を握っている。

 そんなトウルの気持ちを知らないだろうリーファは暢気に鼻歌を歌っている。


「よっし。空飛べ袋の射出台が出来たっ!」


 リーファは小さな身体をいっぱいいっぱい使って、錬金炉の中から大きな射出機を取りだした。


(おぉ、さすがリーファだ。ちゃんと出来てる!)


「今度は傘袋だー」

(そうだ。がんばれリーファ!)


 トウルが見守る中、リーファは全ての錬金を終わらせると、飛び跳ねながら物をかき集め始めた。

 錬成が終わったことを把握したトウルは、いそいそと一階に戻ると本を開いて、何事も無かったかのように本を読み続けていた振りをした。


「とーさん! 出来た!」

「お、失敗せずに出来たか。偉いなリーファ」


 リーファが両手で袋と射出機を抱えて降りてきた。

 トウルは自然を装って首だけ振り向くと、笑顔でリーファを迎えた。


「えへへ。褒められちゃった。あれ? とーさん、何で本を逆さまにして読んでるの?」

「ははは。発想を逆転しようと思ってさ」


 トウルは爽やかな笑顔で誤魔化すと、リーファにちゃんと効いたらしい。


「おー。なるほどー。ね、とーさん、リーファも出来たから、見せ合いっこしよ」

「俺もそのつもりだったよ。俺はこれだ」


 トウルは机の上にタンブラーを置いた。

 空に浮かんでいたタンブラーはフタに作った差し込み口にカードを差し込むと、空に浮かばなくなっていた。

 リーファは大人の拳から肘までの長さがあるボウガンと、短い金属の棒が四本刺さったカブトムシの角のような木の棒、そして、縫い目のついている袋を置いた。


「リーファの空飛べ袋一号も見る限り、ちゃんと飛びそうだ。受信機が機能するかどうかだな」

「とーさんのは水筒?」

「まぁ、そんなところだ。でも、ちょっと違うのはな? このカードとこの角砂糖みたいなのが入った瓶なんだ」


 トウルがリーファに軽く説明をすると、リーファは目を丸くして驚いた。


「とーさん凄いね。くーちゃんは絶対に喜ぶよ。みーちゃんも喜んでくれると思うな」

「だろ? リーファの空飛べ袋も体力の少ないミリィは絶対喜ぶさ。二人が来たら驚かしてやろうぜ」

「うんっ。びっくりさせちゃおう!」


 そして、すぐにその時はやってきた。

 来客の鈴の音が聞こえた瞬間、トウルとリーファは店の扉にバッと身体を向けた。


「ただい……ま? ど、どうしたの二人して?」

「な、なんか妙なプレッシャーを感じますわね……」


 トウルの目がよほどぎらついていたのか、クーデリアとミスティラは扉を開けて困惑していた。


「おかえり。良く帰って来た。さぁ、こっちへ来たまえ」

「くーちゃん、みーちゃん、早くこっち来て」


 クーデリア達を呼ぶトウルの頬は緩みきっていて、真顔でいようとしてもにやついてしまっていた。

 リーファもトウルと同じ気持ちなのか、ものすごく楽しそうな笑顔を浮かべている。

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